青い牙 part4
「そこまでです。大人しく降伏することを推奨します。痛いのは嫌ですよね?」
左手に持った三双の切っ先を霧の男へまっすぐに向け、槍花が警告する。
彼女の掛け声に気づき、男が振り返った。
「……君も一緒に悪いことをしに来たのかな? お嬢さん」
男は彼女の姿を見て、微動だにしない。物珍しそうに見ず、まるでそれが日常において当たり前の如くあるかのようだ。
即ち、男はこの能力を知っている。ディノサウェポンを知っているのだ。
そんなもの、“宿主“以外ありえない。
黒だ。槍花の直感が、そう自分自身に囁いていた。
「真面目な場面でつまらない冗談を言う人は嫌いです。今ならまだ間に合います。今すぐ能力を解き、そのままアンバーを捨てて、投降してください」
「そう簡単に人の言うことを聞き入れるほど、こっちは人間出来てないんでねえ。ま、だからこんなことしているわけなんだけどね」
悪びれる様子もなく、男はへらへらとしている。
聞く耳持たず。反省の余地もなし。どうやら力ずくで止めるしかなさそうだ。
納得したかのように、槍花は一度ふぅ、と大きく息を吐き出し、
「わかりました。私の警告を無視したと判断します。なるべく峰打ちになるよう意識しますが、一ヶ月はベッドのお世話になる覚悟はしといてくださいね?」
「美少女の介護付きなら構わないさ。そちらもそのくらいの覚悟はしときなよ?」
にたり、と不気味に笑い、男がアンバーを構える。まるで氷のように冷たい笑顔だった。
ぞっとするような悪寒に襲われるがそれを槍花は抑える。
「起動〈リバース〉 アロサウルス」
アンバーから放出された絶対零度の霧が男を包み込む。その霧の中から、右腕に肉食恐竜の顎を装備した男が姿を現した。
その姿を見て、槍花はあり得ない物を見たかのように、酷く狼狽した。
――どうして、
「どうして、“そんな姿”なのですか!?」
そう、あり得ないのだ。
“盾賀美槍花以外の人物が、第二形態を顕現させることはできない”はずだった。
その常識が覆される。
人間の姿をし、その身を鎧で包んでいるのだ。
――第二形態
右腕の顎、凶悪に光る眼を携えたそれと、青白い装甲を男は纏っていた。
D.I.N.Oの技術以外で、これを再現できるなんて話を、槍花は一度も聞いたことが無かった。
浮かぶは一つの可能性。D.I.N.O以外に、この技術を有している組織が存在しているということだ。
「姉さん、この姿もしかして」
『ええ、第二形態ね。私たち以外にも第二形態に変身できるアンバーを所持している者がいるのはおかしいわ』
美鈴の声はさらに強張っていた。やはり彼女にとっても予想外の展開らしい。
「私達以外にもアンバーを改造できる人物が存在するということでしょうか?」
だとしたら男を止めるだけでは済まない。対象を確保次第、情報を確認してアンバーを調べる必要がある。
『槍花ちゃん、あなたの事だから対象を捕獲しようと考えているかもしれないけど、相手は初めて交戦する第二形態よ。最悪、対象のアンバーを破壊しても構わないわ。思う存分やっちゃって』
美鈴の言う通りだった。第二形態同士の交戦を、いままで槍花は経験したことが無い。
手加減をすると、こちらがやられる可能性がある。
「わかりました。作戦を開始します」
槍花が通信を切ると、男が待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「お話は終わったかな? それじゃあ、聞き分けのないお嬢さんに、お兄さんによるとっておきのお仕置きといこうか」
「なんとでも言いなさい。この場でお仕置きを受けるのはあなたです。その事実に揺らぎはありません」
「堅苦しい娘だと思ってたけど、冗談を返すくらいのユーモアはあるんだね」
男の言葉を無視し、槍花は相手の観察に集中する。
まず、目に入るのは右腕の大きな顎だ。
(……この男、アロサウルスと言っていました……)
獣脚類、アロサウルス。
ジュラ紀後期に生息していた肉食恐竜の中でも有名な恐竜の一種。
ティラノサウルスと比べ、体の大きさはやや劣るが、大きいもので、体長は十二メートル程はある。恐竜のトップとして、恥じない強さを持っているのは明らかだ。それはあの右腕の顎も証明している。
その顎が見せる眼光は見るものを凍り付かせそうなほど鋭かった。今にもその視線に縛りつけられそうだ。
「肉片になる準備はいいかい、お嬢さん」
その言葉と同時に、男がこちらへ肉迫してきた。




