邂逅 part1
「はぁ…………寒い……」
やや強めの夜風にあおられ、少し冷えてしまった少女の体が震えた。冷たい指先の寒さをごまかすため、先ほど外の自販機で買った缶コーヒーを両手で包み込むように持つ。
まだ春の夜の寒さは人肌には少し厳しい。病院の屋上を冷たい風が通り抜ける。
盾賀美槍花は冷え切ったコンクリートの上で柵に体を預けていた。
時刻は午後11時に差し掛かろうとしている。
事の顛末は槍花が鎧鉄矢の監視する任務を課せられたことから始まる。彼の通う聖場大学で思わず接触し、その後紆余曲折あって彼を見逃してしまった。
現在は彼が病院に運ばれたと美鈴から聞き、引き続き監視のため彼女は病院の屋上にいる。
その情報を聞き、病院の屋上なら不審人物をすぐに見つけられるだろうと目論み、実行に移ったのは槍花だった。
確かにここからなら周りを見渡せるし、今のところ彼を襲うと思われる人物は現れていないのはわかるが、夜空の寒さが裏目に出てしまった。その表れとして、必死に寒さを耐えている彼女の鼻先と耳が少し赤くなっている。
「今日はなにも問題なく、終わりそうですね……」
東京にしては珍しくきれいな満月を眺めながら、槍花は独り言をぽつりと漏らす。
柵に肘を置き、その上に顔をだらしなく乗せながら満月を見つめているとまた強めの風が吹き、彼女のさらりとした青い髪が少し乱れた。
髪を整え、両手で持っていた缶コーヒーの中身をそのまま口に流し込む。その辺で売っている安物のコーヒーだ。あくまでも睡魔対策のカフェインが取れれば、彼女にとってはそれで構わなかった。
口の中に広がる安いだけの粗末な苦みに顔をしかめていると、左ポケットにしまっていた無線が鳴った。本部からの連絡だ。
柵から身を離し、無線の応答に応える。
「はい」
『どう? 槍花ちゃん、なにか反応はあった~?』
無線から呑気な声が届く。彼女の姉、盾賀美美鈴の物だった。張りつめた空気に相反するようなのほほんとした口調の姉に茶々を入れられた気分になり、彼女は小さくため息をついた。
まったく、こっちの苦労も知らないで……。
「今のところ反応は見られません。それにしても、本当に彼の能力はアンキロサウルスなのですか?」
鎧竜、アンキロサウルス。
鎧鉄矢が病院に運び込まれたという情報が届いた後、こちらで得た情報を解析した結果、一つの結論に至った。
彼の能力の最有力候補として、護身能力が極めて高いアンキロサウルスが挙げられたのだ。
理由としてはやはりトラックの一件だろう。何トンもの質量を持つ巨大な物体に激突し、傷一つなくピンピンしているのだ。どの宿主もある程度の防御力は持つが、ここまでとなるとアンキロサウルスであるのは明白だ。
『ええ、それについては何度も確認したわ。私はできる女よ? もしかして、私が嘘でもついてると?』
「いつも私をからかう為に、下らない嘘しかつかないじゃないですか……」
うんざりとしながら、槍花は美鈴の癖の一つを指摘した。
美鈴はよく槍花に嘘をついてからかうことが多い。例えば『赤ん坊はコウノトリが運んで来る』という判りやすい嘘から、『ゴリラは皆サウスポーだ』という微妙に判断がつかない嘘まで、種類は様々だ。
初めはよく騙されていたが、ある程度慣れてくると槍花はとりあえずネットで検索を掛けるようになってきた。
とにかく、彼女は美鈴のくだらない嘘に振り回されて飽き飽きしているのだ。
そういう時、彼女はいつも嘘つき行き遅れと心の中で呟いている。この時もそれは例外ではなかった。
『今、何か言った? 私はまだ29よ?』
「な、なんでもないです。マム」
『よろしい。で、本題に戻るけど、彼は自分の状況を全く把握してないわ。もし襲撃があったり、能力の発動が見られたらまずは彼の確保を優先してね』
「了解しました。では、通信終――」
瞬間、会話を遮るように大きな破砕音が下の階から響いた。
腹の底から轟くような重い衝撃に対して槍花は驚きのあまり肩を一瞬震わせた。
(…………まさか……ッ!?)
轟音の原因を探るため、槍花は柵越しに身を大きく乗り出し、下を覗く。
意識を下の階層に集中させていると、彼女の視界の右奥――四階の壁にできた大きな穴から影が二人、飛び出してきた。
『今の音はいったい!?』
「……確認します!」
目を細め、闇夜に踊る二つの影をかろうじて肉眼で追う。
一人は何故か”右手だけに”鉄爪を生やしたトカゲ男。獣脚竜、ヴェロキラプトルの能力を保有した宿主、武田爪ノ助としか考えられない。恐らく、彼女が監視中にほんの僅かだけ目を離していた隙にこの病院内に忍び込んでいたのだろう。
槍花は自分の不手際に憤りを覚えつつも、今はその感情を抑えて状況報告に努める。
「姉さん、武田爪ノ助の姿を確認しました! そうなると残るはおそらく……」
槍花は再度目を凝らし、今度はもう一つの影に注目する。
彼女の予感は的中した。もう一人はこぶ状の大槌を左手に生やしている。この形状は間違いなく鎧竜、アンキロサウルスだ。彼女の監視対象である鎧鉄矢であるのは確実だが、幾分様子がおかしく見受けられた。
「鎧鉄矢です。しかし――」
鉄爪の男に大槌で攻撃しているというより、目に映るもの全てを破壊しているように見える。明らかに自分の能力に呑まれて、暴走している状態だ。
ごくまれに能力を抑えきれず、暴れてしまう宿主が発見されているが、彼がその例の一つだった。
流石に看過できない事態だ。このままだと周囲に甚大に被害を及ぼしかねない。
「ダメですね。力を抑えきれず、暴走しています。武田爪ノ助と交戦しつつ、周辺を破壊しつくしています」
『まずいわね……周辺施設に甚大な被害が及ぶ前に、ラプトルタイプを追い払った上でアンキロタイプを確保よ! できるわね?』
「勿論です。〝アンバー〝の使用許可を」
『OK、許可します!』
胸の内ポケットにしまっていた“アンバー”。金属なのに何故か琥珀色に透き通る楕円型の物体。手の平サイズのそれを槍花は握りしめる。
「起動〈リバース〉 トリケラトプス!」
彼女の宣言と共に“アンバー”と呼ばれた物が呼応したかのように砕け、彼女の全身を漂うように舞う。
その後、それはまばゆい光の球体となり、彼女を包み込んだ。
光の中でヘッドギアのようなものが最初に彼女に装着され、音声案内に伴いシーケンス制御を始める。
――宿主本人の照合、終了。対象を盾賀美槍花と認識。
――能力確認、終了。角竜トリケラトプスを登録。
――装備、“三双”を確認。
――バイタルチェック、オールグリーン。終了。
――ディノサウェポン、人体とのインターフェーステスト開始。終了。
――ファイナルチェック、終了。起動<リバース>を承認します。
変身。
少女の柔肌に似つかない鋼の装甲がどこからともなく現れ、装着。
やがて全身に備え付けられたそれから蒸気が吹き荒れる。
それは、鎧鉄矢や武田爪ノ助のような獣の姿ではなかった。
二人の土色の皮膚とは全く違う姿――月より強く、静かに輝く白銀の甲殻が露わになる。
「盾賀美槍花、出ますッ!」
脚部のブースターに意識を集中させ、点火。轟音が夜闇のしじまを裂く。
爆発的な火力を瞬時に得た彼女はその勢いを利用し、六階建てはある病院の二倍ほどの高さまでわずか数秒で飛躍する。
脚部に加えて背部のブースターも作動させ、空中内で姿勢を制御し、急降下の体制を取り始める。空気抵抗から顔面を保護するため頭部のギアが作動――バイザーが上下から伸び、やがて顔を覆った。
そのまま彼女は自由落下を持って二つの影へ肉迫する――




