お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その2
のんびりとセーヌ川クルーズを楽しみながら私は神戸教授の言葉を思い出していた。
「お嬢様がご招待されているだろう行事にこれからはそう言う殿方が必ず現れるでしょう。
このイベントですら、そういう殿方を見かけております。
つまる所、このドラマは『お嬢様が誰を花婿に選ぶか?』という庶民から見ればそういう娯楽なんですよ」
今回の修学旅行にまつわるイベントの基本はたぶんこれだ。
その上で、どうしてフランス政府が私をルーブルに行かせたがっているのかを考えると納得できる答えが一つ浮かんでくる。
(なるほど。ロンドンには殿下が待っているからか)
今年秋に独立した南イラク首長国の一族である殿下の嫁にというのは米国国務省からでたネタだが、関与しているのはあの地に影響力があった英国である。
事実、南イラク独立前まで自衛隊と共に南イラクを占領統治している上に、ロンドンで待っているだろうから英国が手を回しているのは間違いがない。
じゃあと私の思考はさらに深くなってゆく。
なんでパリのルーブル美術館なのか?
騎士見習いはヴェネツィアでこう言っていた。
「窮地に助けたら共倒れになるじゃないですか。
我々が差し伸べる手は、窮地の前か後なんですよ」
彼はヴェネツィアに出てきた。
ローマでなくパリでもなくヴェネツィアに。
あの時の私は窮地を脱した後だからと思ったが、パリで起こる何かの前に出てきたとも取れると気づいたから悩ましい。
そして、パリ暴動中にも関わらずフランス政府は私をルーブル美術館に向かわせようと躍起になっているし、エヴァをはじめとした米国側は行ってほしくない態度を隠そうともしない。
情報を頭の中で整理して、その問いに向き合うことにする。
(何でルーブル美術館に私を行かせようとするのか?)
つまるところ、この話の肝はそれだ。
その上ではっと気づく事がある。まぁ、ある意味アラスカの政治的茶番劇をするために組まされたスケジュールだからその日付はある意味必然でもあった。
(……米国大統領選挙の投票日が明日だからか……)
選挙の趨勢を決める接戦州はフロリダ・オハイオ・ペンシルベニアの三州だが、事前情勢でオハイオは共和党が、ペンシルベニアは民主党が取る可能性が高く、フロリダは前回の因縁から大接戦だが、私が共和党支持を直前で表明した事でフロリダも現職の共和党が取る可能性が高い。
それだと、共和党現職の再選は揺るがないように見えるが、そう簡単でないのが米国大統領選挙。
いくつかの取りこぼしで民主党大逆転のシナリオがあるという。
その中で有力なのが接戦州であるバージニアを取って、アリゾナかニューメキシコのどちらかを民主党が取るケースで、これだとフロリダを失っても綺麗に民主党側がまくれるのだ。
つまり、フロリダ・オハイオ・ペンシルベニア・バージニアの四州の開票時間である米国東部標準時間に選挙の大勢がわかる訳で、それは今日にもロンドンに入る私を何とかする最後のチャンスという訳だ。
現状現職逃げ切りの可能性が七割ほどだが、その七割にオールインできる人はとても少ない。
ついでに言うと、イラク戦争を巡って米国と仏国の関係が冷え込んでいるのも見逃せない。
仏国政府が現職再選阻止を狙って私に何か仕掛ける可能性は否定できないのだ。
さて、その上で私の動きを決めなければならない。
改めて神戸教授の言葉を思い出す。
「桂華院くん。こういう時にやってはいけない事は何か分かるかね?」
「多分ですが、何もしない事ですか?」
「それも一つの正解だ。
だが、もう一つある。それはね……何でもする事だよ」
だからこそここまで待ったのだ。
決定的だからこそ、大駒であり、時代劇でいうならば20時45分に出てくる将軍や副将軍や名奉行よろしく出番を。
何をやっても話がそれで動くのならば、決定的なタイミングで最大火力でぶっ叩く。
「ねぇ。エヴァ。
今から独り言を言うんだけどぉ……」
私の独り言というのに露骨に厄介事の顔をするエヴァ。
今までの信頼と実績の積み重ねである。
「もし私がパイを食らってルーブル美術館入りが遅れたら、責任問題になるんでしょうねぇ……」
「…………そうですねー。偉い人の首が飛ぶと思いますけど、この暴動で内務大臣の辞任は不可避ですから、今更の話でしょうけどねー」
やった。
蛍ちゃんにまでお願いして行かせたくなかったからこそ、あくまで私の独り言という形にエヴァが食いつく。責任問題が発生するだろうが、当人たちの責任すら仏国内務大臣が辞任でかぶってくれる事の意味をエヴァは的確に理解してくれた。
さも観光地を楽しみにしている体で私は独り言を続ける。
「たとえばー、顔を洗うために、船着き場近くのサント・シャペルに入る事ってあり得るかしら?」
「周辺チェックはしていますが、船が遅れるならば、そういう事もあるんでしょうねー」
なんて言いながらさりげなく口元のマイクに船の速度を落とさせる事と、警備チームにサント・シャペルの再チェックを伝えるエヴァを尻目に、私は蛍ちゃんの所へ。
蛍ちゃんの手には、エヴァによって買収されたマカロンがあった。
「ボンジュール。パリのみな……んぐっ!!!」
「大変だ!
大衆に挨拶をしようとした桂華院公爵令嬢の口にどこからともかくマカロンが突っ込まれたぞ!!
警備は何をしていた!!!」
「とりあえずサント・シャペルへ避難を!」
後日、この生放送を見ていた某地方番組の軍団は、
「俺たちより面白いじゃないか……」
と敗北宣言を伝えて、どうやら芸人の道もしっかり残っていると私がちょっと凹んだのはないしょだ。
サント・シャペル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%9A%E3%83%AB




