道化余話 三田守と秋祭り 後編
一度帝都学習館学園近くの社まで来た三田守はそこから駅に向かって車を走らせる事になるのだが、これは現役タクシードライバーである近藤俊作のアドバイスに従ったものである。
「余裕があるなら、目的地から客の待つ方にタクシーを走らせると、客を乗せて走る道の状況がわかるからやっておくといい。事故なり渋滞なりで状況が変わる事が多いから、こういう事前準備はタクシードライバーの知恵って奴だよ」
カーナビなんてついていないワゴン車の中で三田守が地図を開いて駅までのルートを確認していると、コンコンとドアが叩かれる。窓を開けると、そこには巫女服を着た少女がにっこりと笑っていた。
三田守は一瞬目を逸らして神奈水樹経由の資料を頭で確認して該当者を見つけ出す。
その間が怪しまれない程度だったのは、彼が万一を考えて資料に目を通していたたまものである。
「あー。えーっと、開法院さんだっけ? 水樹ちゃんのお友達の?」
(こくこく)
無口でほとんどしゃべらないって本当なんだなと思いながら言葉を出そうとした三田守を制して、巫女服少女は助手席を指さす。
「乗せろって? あー。水樹ちゃんから聞いたんだな。彼女の妹弟子を迎えに行くって事を?」
(うんうん)
日本人あるある。知っている人にはガードが緩くなって、勝手に情報を漏らすのは三田守もしっかりやらかしていた。
普通、お狐様が巫女服の少女に化けているなんて思うより、男が巫女服少女をワゴン車で連れ去ろうとしているなんて思われるのがこの国のこの街の常識なのである。
変に怪しまれる前に、三田守は無線でこの状況を告知する。
(こちらナンバー〇〇。これより、神奈水樹の依頼で彼女の妹弟子の相良絵梨を駅に迎えに行きます。同乗者あり)
(了解。事故らないように気を付けて)
まぁ、関係者扱いならば、こうして無線で情報を流せばおまわりさんに誘拐未遂と疑われない訳で。
なお、同乗者である開法院蛍の名前を出さなかったあたり、偉い人の友人ゆえに護衛とかついたらめんどくさいという下心なのだが、そのあたりを見越して接近しているこのお狐様も賢いというか人の世を知っているというか。
ワゴン車で走る事数分で駅前に。
車を止めてサイドブレーキをかけたあたりで巫女服の少女がつんつんと三田守をつっつくと、彼女の視線の先には惣菜屋があった。
ショーウインドーの中にいかにもないなりずしが鎮座している。税込み500円。
巫女服の少女の口が開いてよだれが出ているのを見てなんとなく察したが、真面目系クズの三田守である。しっかりと確認をとってゆく。
「ほしいの?」
(うんうん)
「お金は?」
(にっこり)
「持っていないと」
(……)
うわめんどくせーと思いながらも、日本有数のお金持ちである桂華院瑠奈公爵令嬢のご友人、一説には義姉妹の契りを交わしたなんて言われる開法院蛍である。
500円ぐらい、言えば5000円になって返ってくるだろうとため息をついて買う事にする。
なお、桂華院瑠奈本人が聞けば5000円どころかジュラルミンケースでお返しするのだが、そこまでの想像力は三田守にはなかった。
「買ってきますから外に出ないでくださいよ」
(にっこり)
かくして総菜屋に行っていなりずし500円を2個買う三田守。
この後来る相良絵梨が欲しがるのではと千円出したのも、どうせ経費だからと小銭をもらうより領収書をもらった方がいいやという小市民的下心の結果である。
そんな下心は見事結実する。
「すいませーん。水樹おねーちゃんの知り合いの方ですか?」
「ああ。という事は君が相良絵梨ちゃんかな?」
「はい!相良絵梨です!よろしくおねがいします!!」
(あれ? 顔教えたかな? たしか携帯電話で呼ぶ事になっていたんだが……まぁいいか)
所詮三田守はそういう事を流してしまう真面目系クズであった。
そんな彼は相良絵梨にいなりずしが入った袋を手渡してワゴン車に。
待っていた巫女服少女と共に帝都学習館学園へ。
「はい。到着」
「ありがとうございます!」
(ぺこり)
仕事終わりという訳で、帰ろうとする三田守に巫女服少女が何かを差し出すとそれは奇麗な紅色のもみじの葉だった。
「お礼だそうですよ」
「はは。お代はもう十分もらっているけど、じゃあありがたくいただこうか」
三田守がもらった紅葉の葉を財布に入れると、二人は楽しそうに神社に駆けてゆく。
元々神社があった場所に戦後、教会が建てられたのだが、その教会が移転。空いた土地に元の神社が戻ってきたものの、氏子などが散っていたためこの神社は桂華グループの全面支援で建てられたとか。そのため三田守を含めて警備が凄い事になっていたのだが、見た限りはよくある日本のお祭りのようにしか見えない。
「三田さーん!」
帰るかとワゴン車に乗ろうとした三田守に声をかけてきたのは巫女服姿の神奈水樹である。
どうやら相良絵梨が着いたのでお礼を言いにきたのだろう。
「ああ。水樹ちゃんか。絵梨ちゃんと開法院さんは着いたかい?」
「ん? 絵梨は来ましたよ。おいなりさん持って。
開法院さんはずっと巫女として私と一緒でしたけど?」
「んっ……???」
三田守は真面目系クズである。
そのクズたる本領をこういう所で発揮する。
「ああ。いいよ。気にしなくて。
じゃあ俺帰るから」
「はい。気をつけて帰ってくださいね」
これで終わればいい話である。
だが、北都千春との自由恋愛の代金を払おうとして、財布に入れていた紅葉の葉が落ちた事から北斗千春が気づき、代金を値引きした事でなんともしまらない話になるあたりが三田守という男の物語である。
その紅葉の葉はアクリルキーホルダーになってワゴン車の鍵の下で揺れる事になる。




