湾岸カーレース 秋予選 その2
そろそろ真面目に局長の名前を決めよう。
ついでに読書会の本を探さねば……神戸教授の年代だから2000年代あたりに40代ぐらいかな。
「あら?神戸教授。いらしていたの?」
「お嬢様がらみで呼ばれてワイドショーのゲストとして。
お嬢様は政経、芸能、スポーツの三分野で出せるから美味しいんですよ」
こんな所でテレビ局から見た私の価値なんてのを教えてくれる神戸教授。
私のVIPルームにやって来たのは、あのスポーツ局長が気を利かせたのだろう。多分。
「彼とは長い付き合いでね。高宮ゼミのゼミ生だったんですよ。彼」
「え!?あの局長帝都学習館学園の出身なの!?」
驚く私に神戸教授は楽しそうに笑う。
タネを明かすと簡単なものだった。
「違いますよ。彼は都内私学の出身ですが、インカレサークルで帝都学習館学園大学部に絡んで高宮ゼミに入った口なんですよ。
『高宮ゼミのバッジをつけていると、帝都学習館学園ならモテるから』が理由で」
「うっわー。ありそう……」
ありありとそのシーンが見えるから困る。
とはいえ、自称も可能な高宮ゼミだが、それゆえにバレたら袋叩きでは済まないだろうにと考えていた私の顔を見て神戸教授が懐かしそうに続きを口にする。
「私に車の趣味を教えてくれたのが彼でね。
読書会まで付き合いましたよ」
「え?じゃあ、あの人ちゃんと取ったの!?」
「そりゃあもうあの高宮先生の質問を捌ける人だからこそ、このテレビ局のスポーツ局長にまでのし上がったんじゃないですか」
言われてみると納得である。
今度あの局長がどんな本で読書会を開いたのか調べてみよう。
しかし、こう考えると恐るべし高宮ゼミ……話がそれた。
「欧州の方で楽しい事が起こったそうじゃないですか」
「お耳が早い事で。
対処はさせていますのでご安心を」
人の繋がりをこういう所で感じる。情報の流れは人の繋がりでもあるのだ。
私の内心を知ってか知らずか、神戸教授は湾岸の夜景を眺めながら呟く。
「まぁ、暇つぶし程度に聞いておいてください。
スポーツ局長からも『あの仕掛けでどう面白い物語が作れるか』って無茶振りされたので」
なるほど。スポーツ局長の話のネタ元がここか。
興味が無いふりをしつつ私は神戸教授に続きを促す。
「この手の話は結末から考えると楽なんですよ。
詰まる所、お嬢様を悲劇のヒロインにするか、ハッピーエンドにするかという訳で。
相手が機械ならば、人間は負けてはいけませんから、ハッピーエンドにしかなりえない」
「へぇ……機械に負ける物語って駄目なの?」
ちよっと興味を引かれたので突っ込んでみると、神戸教授はさも当然のように部屋にあるテレビを指さして告げる。
「『機械に人が負ける』のはいずれは認めないといけないのでしょうが、それは機械に人が隷属されるという裏返しでもあります。
多くの人たちが見るテレビにおいて、お嬢様が機械に負けるのを視聴者は見たがりませんよ」
そう言われると納得する私が居た。私が小鳥遊瑞穂に負けるのはただ一点、彼女が『主人公』だからという訳で、機械が主人公というのはたしかに受け入れがたいなとは思ったり。
「この騒動は、『お嬢様がロマノフ家の財宝を用いて桂華グループを作り上げた』という誤った物語が先に流布されているので、それを否定する所から始まりますが、スイスの銀行は伝統的に顧客情報を教えないので、そこで詰まるようになっているんです」
「私たちがそれをオープンにするって駄目なの?」
「推理小説でいう犯人役が今のお嬢様です。
オープンにしたところで『証拠はありません』と犯人が開き直るようなもので、かえって火が着きますよ」
「じゃあ、この騒動をハッピーエンドにするってどういう感じなの?」
「簡単な事ですよ。
ロマノフの財宝が日本にあると思われているから問題なのです。
だったら、ロマノフの財宝をロシアに返還してしまえばいい」
「……ないものを返還するのは無理ですよ。神戸教授」
私の呆れ声に神戸教授はこの物語のハッピーエンドを告げる。
ああ。それならば欧州がこの仕掛けに乗るわ。確かに。
「だから、お嬢様がロシア人になってしまえばいいんですよ」
何とも言えない顔をする私に、神戸教授はもう少し踏み込んでくる。
このあたりはコメンテーターとして情報を常に吸収し処理していた彼と、娯楽として見ているのだろうスポーツ局長との違いだろう。
「この茶番劇は、米国国務省がやらかした『南イラクにお嬢様を嫁がせる』って素案が流れたのが元凶と私は思っています。
何しろ覇権国家米国を揺るがせた9.11テロの復讐の総仕上げがイラクです。
ここでしくじって『九仞の功を一簣に虧く 』なんて目も当てられませんからね。
それがすっぱ抜かれて大騒動になった事で、お嬢様の将来に皆の目が行く事になった」
「私、まだ中学生なんですけどー」
「それを私に言っても仕方ないでしょう。
言うべきなのは欧米のそういう人たちなので、彼らに言ってあげてください。
もっとも、聞く耳を持っているかどうかは別問題ですが」
やるせない顔で私がぼやくと、神戸教授は他人事として私を突き放す。
本筋は秋の米国大統領選挙だろうが、なんとなくこの仕掛けの脇道が見えてきた。
そう私が考えている事を踏まえて、神戸教授が今度は真摯に助言をする。
「お嬢様がご招待されているだろう行事にこれからはそう言う殿方が必ず現れるでしょう。
このイベントですら、そういう殿方を見かけております。
つまる所、このドラマは『お嬢様が誰を花婿に選ぶか?』という庶民から見ればそういう娯楽なんですよ」
日本における報道番組のワイドショー化
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%B1%E9%81%93%E7%95%AA%E7%B5%84
ついでにワイドショーの項目も張っておく
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC
人が機械に負けてはいけない
『2001年宇宙の旅』(1968年)、『地球へ…』(1977年連載)、『ターミネーター』(1984年)あたりを見て、機械の反乱を人が恐れている流れがあるのだなと思ったり。
『鉄腕アトム』(1952年)や『ドラえもん』(1969年)みたいな流れがある事も分かった上で、個人的に衝撃を受けたのは第2回将棋電王戦(2012年)で人間が敗れた事である。




