お嬢様の夏休み in 愛媛 その5
これを書くために愛媛に取材に行ったようなものである。
作業BGM『夏影』(AIR)
これを聞きながら佐田岬から下灘までドライブするのは気持ちがいいぞ。
大街道と銀天街を大名行列した後で今度は市電に乗って松山駅に。
予讃線を列車で南に下って目的地に行くらしい。
改めて入ってみると松山駅は松山市駅と比べると何というかうん。
それでも、乗降客が多いのは、この駅が特急終着駅であり、始発駅であるからだろう。
「何で同じホームに列車が並んで止まっているの???」
えらく長い一番ホームに列車が二編成並んで止まっている。
その答えはすぐに出た。長い編成の列車から人が降りたと思ったら、短い編成の列車に乗り換えてゆくのだ。
「こっちの列車が高松や岡山を結んでいた特急『しおかぜ』と『いしづち』。で、短い方が八幡浜と宇和島を結ぶ『宇和海』。
ここは、日本でも有数の特急街道なのよ」
明日香ちゃんの説明に鳴地湯姫さんが補足説明をする。
恭しく頭を下げての説明は、私絡みだった。
「お嬢様が新坂出駅まで新幹線を引いてくれたおかげで、松山-岡山間が二時間半を切りましたからね。
愛媛県の人たちは本当に感謝しているんですよ」
「あー。香川の人が『うどんの最後の一杯を私に譲る』って言っていたけどアレ本気だったのか」
ネットの掲示板にそんな事書いてあったなと漏らしただけなのだが、微妙なライバル心を刺激したらしい。
二人が急遽ひそひそ話を。
(湯姫さん。何かいい言い回しない?
うどんに負けない奴)
(みかんは駄目っすね。あれ冬になったら勝手に増えてくるし……)
明らかに茶番なのだが、そういうのも含めての接待である。
この二人の仲がなんとなく分かったような気がした。
「列車?電車ではなくて?」
「これは列車なのよ。電車じゃなくてね」
薫さんのツッコミに明日香ちゃんが返事をするが、あーそうだよなーと納得する私。
一応予讃線は伊予市駅までは電化されているのだが、列車、つまりディーゼル車なので電車ではないのだ。
地方で電化されている列車に乗るとある呼び方の違い。
私も北海道の夕張に行く時に知った口なのだが。
「貸しきりなんだ」
「まぁね」
松山駅三番ホームに停車したキハ47系列車に乗り込む。
二両編成で、友人や護衛に側近団全員乗れるのもありがたい。
もっとも、警備は車で先回りしている連中もいるとか。ご苦労様な事である。
「で、何処に行くの?」
座って車窓を眺めながら私が尋ねると、明日香ちゃんは満面の笑みで言ってのけたのだった。
「海が見えるところよ!」
単線の予讃線を臨時列車がそこそこのスピードで走る。
伊予市駅から向原駅の所で分岐して、少し登ると右手に広がる一面の青い海。
これが瀬戸内海か! 私はこの景色に素直に感動していた。
海が青い。空が青い。だからこそ、海と空が溶けるような感覚。
太陽は午後三時を回ったあたりで瀬戸内の島々の向こうに見える水平線は何とも言えず美しい。
明日香ちゃんが自慢する訳だ。
列車が止まったのは下灘駅。
この辺りではその美しさから名所として有名になりつつある駅である。
私たちを降ろすと列車が元来た線路を走ってゆく。帰りにまたやってくるという。
「という訳で、おやつをご用意しました」
いまだ現役らしい駅舎の中で先に準備していたらしく、鳴地湯姫さんの合図で私たちの前に次々とおやつが。
タルトと呼ばれる松山名物のお菓子に当然ついてくるポンジュース。
暑いが、それを気にするほどでもないのは、この駅が少し高台にあって海風を浴びれるのが大きい。
「下灘駅は『日本で一番海に近い駅』として有名でした。今は目の前の国道の拡張工事で道路が下にできていますけどね」
下を見ると立派な道路を程よい間隔で自動車やトラックが走っていた。
四国は海の次が山みたいな地形が多く、この道路ができる前は船でという時代もあり、安定的に移動ができる鉄道、そして更に自由に動ける車の時代は、大規模な公共事業の賜物だったりする。
それは同時に船や鉄道の衰退を意味する事になり、この駅のある予讃線は山側に内子線という短絡線が引かれた事でメインルートの座を明け渡し、時が止まったような風景を今も留める事になる。
ここに来る列車は、特急はなく、普通列車も一両や二両編成で一・二時間に一本という感じ。
東京のあの通勤ラッシュを捌く電車を知っているだけに、その差とここに流れる時間ののんびりさを私は気に入ろうしていた。
「ほら。そろそろ日が暮れるわよ」
日が暮れてゆく。夏の夕暮れは短く、空を茜色に染めながら、海にもその色を映してゆく。
波の音、風の音、時折聞こえる自動車の音すら愛おしく、太陽が海に沈んでいく光景は、やはり美しかった。
やがて日が完全に沈み、夜の帳が降りる頃、私たちは迎えの列車に乗って松山駅に着く。
「……うどん?」
「瑠奈ちゃんお目が高い。
ここのうどんはテレビでも有名になったうどんで、名物はじゃこ天うどんなのよ!」
もちろん、夕食として皆で食べたのは言うまでもない。
なお、下灘駅とじゃこ天うどんはしっかりとニュースになって、全国的に大ブレイクする事になった。
松山駅一番ホーム
https://www.nhk.or.jp/matsuyama/lreport/article/000/93/
下灘駅
https://www.city.iyo.lg.jp/machizukuri/kanko/guidemap/jrshimonada.html
タルト
https://www.itm-gr.co.jp/ichiroku/guide/
じゃこ天うどん
https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g298230-d15638589-r659503089-Yasuoka_Kamaboko_Chokubaiten_Kakehashi_Matsuyama-Matsuyama_Ehime_Prefecture_Shi.html
有名になったTVの企画
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E5%90%8D%E3%81%97%E3%82%8A%E3%81%A8%E3%82%8A




