樺太競馬観戦記 その5
あ。これ、何も知らずに凱旋門を走るミラ子のアレだと書いて気づく。
なお、次までに殿下の名前が決まらなかったら『大豊娘娘』『樹大枝細』『清渓川構文』で何かでっち上げる予定。
お茶会からの帰還後、私はテントの中のテーブルに二通の舞踏会の招待状を置いてため息をつく。
イケメン二人からのダンスの申し出ともなれば、乙女ゲームではご褒美イベントみたいなものなのだが、如何せんここは現代社会。
乙女ゲームにはない色々な事情やしがらみというものがあったりする訳で。
「で、お受けになるんですか?お嬢様?」
メイドの一条絵梨花は羨ましそうに招待状を眺めるが、私は気だるそうに彼女に対して返事をする。
それが今の心境を端的に物語っていた。
「めんどい」
「何でですか!お嬢様!!
晴れ舞台じゃないですか!!!」
そりゃあ、私だってイケメンからのお誘いなので本来なら二つ返事でOKするのだけども。悲しいかな、あの二人が私に求めているのは恋愛ではなく親同士の政治的な思惑が複雑に絡み合った政略結婚である。
ここは現実であってゲームの世界ではない。
今世の私こと桂華院瑠奈にだってちゃんと意思はあるし、自分の将来設計だってある訳で。
だから、いくらイケメンからお誘いを受けたところでそれに応じる訳にはいかないが、それすら超えて来るのが国際政治のダイナミックさと容赦なさというか。
「一条さま。
片方に行けば、片方が遺恨を持つ。これはそういうたぐいのものでございます」
お茶を持ってきた橘由香が一条絵梨花に説明する。
中学生の橘由香と大学卒業の一条絵梨花だが、華族社会をきっちり仕込まれているが年下というのを自覚している橘由香と、一般人感覚でかつ年上だが新人という事を自覚している一条絵梨花の関係が垣間見えて面白い。
あと、橘由香が『一条「様」』とつけたのもポイント。
両方身内ではあるが、お見合い攻勢に目を回している一条絵梨花が結婚すると、私の譜代格の家になる事が内定しているからだ。
話がそれた。
「けど、二つの舞踏会って開催する日がずれているから、両方出られるんじゃないですか?」
「そうしてしまうと、後に開催される方は『二番手』と意識してしまい、より遺恨が深くなるのでございます」
橘由香の言葉に私が頷いて肯定する。
これは前世の知識というか、しがらみを知らない私でも容易に予想できるもので、参加の如何に関わらず、舞踏会の招待状には送った時点で政治的なメッセージが込められているのだ。
片方に出席して、もう片方を無視するというのは貴族としてはマナー違反も甚だしく、それをやってしまうと、あとあとの婚姻関係が拗れる可能性がある。
かといって出たら出たで遺恨が発生するという何この罰ゲーム状態?
おまけに舞踏会というものは一つの催しで複数の社交界が絡む。
今回の招待状は二つ。
一つはアングロサクソンで、パクスアメリカーナの勢力。
もう一つは欧州大陸で、EUというパクスアメリカーナに対抗しようと意識している勢力。
そうなると……まあ、我が国日本国は必然的にアングロサクソン派閥な訳で、これが米国直々ならまだいいのだが、英国という所が実に困っている。
私にはロマノフの血が流れている。
これはいい。
問題は英国王室においてロマノフの血というのはかなり強いらしく、結構なロシア勢力が英国内にいるとか。
英国でこれである。欧州側ともなればもっといる訳で、私自身ではなく私に流れる血だけで既に貴族の因縁としがらみで雁字搦めになりそうな今日この頃。
式典で忙しいのに顔を見に来た天満橋のおっさ……天満橋桂華商会副社長に愚痴ったらあっさりとこんな言葉が。
「そら英国でっせ。
米国が沈まへんよう保険かけとるに決まっとりますわ。
米国が直接動くと新大陸の連中が欧州から馬鹿にされますよって、こういう場では英国が前に出るんですわ。
そして、英国はEUにも加盟しとるんです」
何その二枚舌と目で語ったらあのおっさん私の目の前で指を三本立てやがった。
あの国の舌の枚数が一枚足りなかったらしい。
閑話休題。
「ところで一条様。
今夜のパーティーでお召しになる衣装はお決まりでしょうか?」
橘由香の確認に、何を言っているのか分かっていない一条絵梨花。
あ、これ私が何も知らずに深夜バスに乗せられる流れの奴だ。
「え?式典??
私、メイドですよ???」
「一条様。
申し上げましたよね?
今夜のパーティーは樺太政財界のお歴々がいらっしゃると。
最近の話題の渦中に一条様がいらっしゃるとも」
「聞いていましたけどー!
冗談だと思うじゃないですかーーー!!」
「由香さん。
もしかして、彼女を呼んだのは……」
私の確認に、橘由香はとてもいい笑顔で一言。
なお、彼女のこの笑顔は、私が何かやらかした時に浮かべる笑みと同じだった。
「はい。
一条様の御披露目も兼ねております」
「助けてください!お嬢様」
うん。
ぱんぴーらしく即座にボスたる私に助けを求めるその姿勢は良しなのだが、私もそのパーティーで腹黒イケメン二人のお相手するの忘れてね?
という事で橘由香と同じ笑みを浮かべて見捨てる事にした。
「ファイト♪」
「おにー!あくまー!!おじょうさまー!!!」
橘由香と一条絵梨花の関係 (分かる人にだけ分かる説明)
平頼綱と安達泰盛
英国王室にロマノフの血
……改めて系図を見ると欧州全部親戚ってあながち嘘でないのがまた……
あっ。お嬢様の系図どこかで作っていたがたしか……
完成版! イギリス王室に流れるロマノフ王家の血とは? https://kaorilavender.blog.fc2.com/blog-entry-978.html
英国の三枚舌
しっかりウィキベティアにあったよ。
三枚舌外交
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%9E%9A%E8%88%8C%E5%A4%96%E4%BA%A4




