帝都学習館学園七不思議 将来ギャンブル その3
今から起こる七不思議は私こと桂華院瑠奈が没落する物語で、おそらくはこのギャンブルの負けが将来的に没落の決定打になるのだろうという予感はあった。
そうなると、大事なのは『誰と』ギャンブルをするのかという所になる訳で。
心当たりがない訳ではなかった。
小鳥遊瑞穂。
たぶん彼女とこういうギャンブルをやって負けるのだろう。
それは元々の乙女ゲームとしてはある意味正しい物語である。
「ありましたよ。
高宮館長のヒントのおかげでしょうけど、開法院老が企んだ座敷童子作成システムの全貌が。
えげつないものですね。これ」
帝都学習館学園に隣接する敷地に建てられた神社、通称『桂華稲荷』の社務所にて今日の私の担当である久春内七海が呆れ声を出す。
旧東側の人間にとってこの宗教というか伝統というか因習は非効率かつロジックが破綻している不可解な物でしかない。
私にその資料を手渡して、説明を続ける。
「このシステムは、ここに通う学生たちの将来を奪う事によって得た莫大な将来を一人の人間に付与する、英雄作成が本質なんです。
そして、その工程は人の手で管理できるオカルトを複数駆使する事で構成されています」
当たり前だが、人の手でどうにもできないのがオカルトなのだが、技術なり科学なり執念なりで制御できるオカルトというのもあったりする。
その制御できるオカルトを駆使して、時代を作る英雄を作成する事がこのシステムの目的らしい。
「まぁ、このあたりは高宮館長の受け売りなんですけどね。
ギャンブルを司るオカルトが人々から将来を奪い、集まったその将来を座敷童子の加護を受けた誰かがオカルトから奪って、その人間は英雄となる……と」
私の隣にいた神奈水樹が口を挟む。
一応巫女服を着ているが相変わらずコスプレにしか見えない。
「日清・日露戦争ぐらいの頃まではまだ英雄が幅をきかせていたのよ。
その前の明治維新なんかも英雄の最たるものでしょうね。
そういう、英雄を見てきただろう開法院老が英雄に期待したってのは分からなくもないわ」
「馬鹿馬鹿しい。
それで戦争に勝てるのならば、この国は第二次世界大戦の勝者に名を連ねていたはずよ」
久春内七海は神奈水樹の言葉を冷酷に切り捨てる。
だが、前世の歴史を、この国がもっと酷く負けたのを知っている私は神奈水樹の言葉を切り捨てる事はできない。
ん?待てよ??
史実になかった桂華院家の台頭。
それにこの座敷童子英雄作成。それをうちの祖父である桂華院彦麻呂が利用していたとしたら……
私は頭を振ってその疑問を追い出した。
「どうなさいました?お嬢様?」
「気にしないで。
で、何処まで話したっけ?」
「英雄譚というのは人の心に響くものって所よ」
「神奈さん。もう少し真面目に話してくれない?」
「結構本質の話よ。これ。
英雄となる為には、倒されるべき敵がいる」
「それが私って訳ね。
分からなくはないけど、英雄作成の為の将来ってどれぐらい必要なのかしら?」
引っかかったのはここである。
英雄作成に対して、どれぐらいの将来を必要とするのか?
その答えも資料にあり、久春内七海が呆れ声でそれを口にした。
「問題ないぐらいは集まったみたいですよ。
彼らは学校というものを『将来を奪う場所』と定義していました」
「ああ。そういう事ね」
神奈水樹がポンと手を叩く。
私が視線を向けると、その先を説明してくれた。
「私が占いの前に言った言葉を覚えている?」
「確か、『可能性』と『未来』を失うだっけ?」
「そう。
楽園から追放されるぐらい、禁断の果実なのよ。『知恵』って」
そこに繋がるのか。
もう怒りとか理不尽さとかを通り越してあきれ果てるしかない。
「学校で学ぶことで、弱者の生活が改善されると同時に、強者の将来にブレーキがかかるのよ。
たとえば、どれほど優れた天才芸術家の卵が居たとしても、その進路に進まなければ、その将来は無いも同じ」
たしか神戸教授もぼやいていたな。天才がどうやって潰されるかを。
そんな事を考えていたら、神奈水樹がとんでもない事を言い出し背筋が凍る。
「考えてみれば、おかしいのよね。
ギャンブルだから、勝ちか負けしかない。
引き分けなんて曖昧な状況が続く訳がないのよ。
『一億総中流社会』だっけ?
多くの弱者の救済の代償に、この国はどれほどの天才の卵を潰してきたのでしょうね」
この帝都学習館学園は、この国のエリートたちが集まる学園の一つでしかないが、そのエリートたちから半世紀は確実に奪い続けた将来によって英雄を作成する。
見事だ。ただ、その仕掛けが色々な事があって機能不全を起こしたという点を除くのならば。
PHSが鳴る。
見ると、仲麻呂お兄様だったので、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「ああ。瑠奈かい?
元気そうで何よりだ。
たまには本家の方に顔を出してくれ。
桜子や道麻呂が喜ぶ」
「お兄様にそう言われると行かない訳にはいきませんね。
それで、本題は?」
「瑠奈や岩崎が火消しに追われている食券問題だ。
華族特権剥奪前に枢密院で押し切って片づける方向で動いている。
さすがに全部の穴埋めは無理だが、平成の大合併と財政投融資で火消しぐらいは行っておきたい。
父もお前の話を聞きたがっているし、岩崎頭取も孫の顔を見る名目で来てもらう予定だ」
私は聞こえないようにため息をつく。
今年秋から始まる郵政劇場前に済ませるには圧倒的に時間が足りないし、参議院選挙前だから強引な火消しは与党にマイナスに動く。
結局問題の先送りにしかならないが、それでもやらないよりましだろう。
「わかりました。
今夜にでも本家の方に足を運びますので」
そう通話を切ってある事に気づく。
本家。そう。開法院老の用意した座敷童子は本家こと仲麻呂お兄様に憑かなければならなかったのだ。
何があった?
いや、何が狂ったんだ???




