特典SS 立憲政友党総裁室の一幕 2026/10/22 投稿
「入るぞ。その総裁の座り心地はどうかな?
渕上恵一総裁」
「もちろん最高と言いたいが、よくぞまぁ後始末をここまで残してくれたと嘆きたい所だよ。
泉川辰ノ助副総裁」
「だったら代われ」
「やなこった」
立憲政友党党本部総裁室。
立憲政友党という政党のトップが座る部屋であり、この国の総理大臣の多くが座る椅子でもある。
この椅子を巡って争ったライバル二人はこうして総裁という勝者と副総裁という敗者に分かれたが、敗者の泉川副総裁は皮肉を言うが敵意は見られなかった。
「煙草いいか?」
「構わんよ」
泉川副総裁が煙草を咥えて火をつけると、渕上総裁も紫煙をくゆらす。
吐き出す言葉には煙と共に過去が乗っていた。
「最近は禁煙がうるさいからな。
昔は集まって酒と煙草を友にして天下国家を語ったものだ」
「とはいえ『厚生白書』の『生活習慣病』に載ってしまうとなぁ。
その椅子に座ったまま倒れるなんてしてくれるなよ」
「そうならんように祈ってくれといいたいが、倒れた時に椅子が回ってくるならば?」
「もちろん座るに決まっているじゃないか」
そんなやり取りの後、話は本題に入る。
この厚生白書を出した前厚生大臣だった恋住総一郎の話題に。
渕上総裁は彼と総裁選を戦い、圧勝してこの椅子に座っている。
「で、こんな白書を出した大臣だがどうする?」
「干さざるをえんだろう。
あれだけ内輪もめを避けるようにと警告したのに出たんだ。
だが、林さんが詫びを入れてきたから、退路は残しておく」
渕上内閣の党側の責任者である幹事長に恋住前厚相の兄貴分である林楽斗総務会長をつけて党内融和を演出したばかりである。
弟分の不始末を兄貴分が侘びた以上、それ以上の処分を求めたら林幹事長が敵に回る恐れがあった。
参議院選挙で大敗して参議院で過半数を割り込んでいる現在、派閥内で内輪揉めなんてしている体力は渕上内閣には残っていなかった。
それを確認した泉川副総裁は灰皿に煙草を押し付けて次の話題に移る。
「で、どれから片付ける?」
「まずは参議院だ。
過半数を割り込んでいる以上、何も通らないから何処かと連立を組む必要がある。
野党が分裂しているから引っ張り込む」
「それしかないだろうな」
二大政党制を目指した複数野党が合併した巨大野党は政策不一致や内部対立で瓦解しており、この参議院選挙は勝てると立憲政友党は選挙に臨んで見事なまでに大敗した。
そうなると伊達に長く政権の座についているこの党は割れた野党と連立を組むことで政権を維持しようと考える訳で、既に水面下で連立交渉が密かに行われていた。
「で、だ。
近くロシアの方に行くが、小さな女王様の誘拐未遂事件を片付けないとならん」
小さな女王様こと桂華院瑠奈誘拐未遂事件は表には出ていないが、その背景はロシア内部の勢力争いとロシア金融危機、それで大火傷をした米国の思惑があった。
渕上総裁も灰皿に煙草を押し付けて泉川副総裁に切り出す。
「今だから聞くが、何で俺と組んだ?
俺が勝つとは思うが、恋住前厚相と組めばかなり嫌がらせができただろうに」
「で、それだと俺を徹底的に干すんだろう?」
「わかっているじゃないか」
互いに言葉は冗談を装っているが目はまったく笑っていない。
灰皿に押し付けられた煙草の煙が消える程度の沈黙の後、泉川副総裁が理由を口にする。
「俺が総裁選に出た場合の公約、知っているだろう?」
「『不良債権処理の早期完遂』と『世界と戦える金融機関の再編』だろう?」
「表向きはな。大蔵大臣をやっていたから、アピールしたに過ぎん。
実務は官僚に丸投げだ」
泉川副総裁は吐き捨てるが、顔は笑っていた。
泉川副総裁や実際に丸投げしていた官僚ですら、不良債権処理がわかっていなかったのだから。
わかっていて実行したのはただ一人。
「この国の不良債権処理を進めたのはあの小さな女王様だ。
ついでに、世界と戦える金融機関を作り出そうとしたのもあの小さな女王様だ。
そして、あの小さな女王様の足を引っ張ったのが俺で、彼女に助けられて副総裁の椅子に座ることになった。
ここまでお膳立てされて恩を忘れるほど俺は恥知らずじゃないんだよ」
渕上総裁が渋い顔をする。
彼の公約は『財政支出による景気刺激策』で消費税増税による経済ダメージの回復を第一にしていたからだ。
不良債権処理は金融機関の貸し出しを絞り、市中にお金が流れずに景気刺激策を台無しにする可能性があったのだ。
「何も総裁の邪魔をするつもりはない。
だが、小さな女王様が進める不良債権処理の邪魔だけはしないでくれ」
「……だから金融再生担当大臣を真っ先に抑えたのか」
不良債権処理の司令塔となる金融再生委員会はこの国会にて設置法案が審議されており、可決後の国務大臣として金融再生担当大臣が無任所大臣として用意されていた。
泉川副総裁は渕上総裁当選に協力した功績として、この副総裁と金融再生担当大臣の椅子のみを求めた。
さすがに功績に対する報奨として少なすぎると、渕上内閣には他の泉川派議員が優遇されて入ることになり、その報奨の少なさゆえの疑心から渕上総裁は泉川副総裁にこの場で尋ねたのだ。
泉川副総裁は渕上総裁に凄む。
「あの小さな女王様に舐めたマネをした輩に落とし前をつけさせなきゃならん」
「つけるのはいい。だがどうやってだ?」
ここで泉川副総裁が笑う。
さっきとは裏腹に冗談でも言うように。
「それも小さな女王様が勝手にやるだろうよ。
俺は足を引っ張る輩の邪魔をするだけさ」
二人はまだ知らない。
その小さな女王様のえげつない報復が米露両国に行われた事を。
この二人の関係は渕上内閣の間破綻する事なく、決定的な局面で物を言うことになる事を。
解説
煙草……それまでも禁煙運動は広がっていたが97年の厚生白書に生活習慣病の一つとして煙草が記載された事をきっかけにその動きは加速する。
無任所大臣……各省大臣以外のどの行政機関も管掌しない大臣の事。




