新宿ジオフロント完成式典 その4
『ここは仮装して反省を促すダンス会場になっております。
ご覧ください。新宿ジオフロントにやってきた観光客の皆様が仮装をして踊っています。
仮装の方もジオフロント街開き委員会の方が用意して貸し出し……』
VIP控室のテレビでは、新宿ジオフロントがらみのイベントを流していた。
眺めていた岩沢都知事が苦笑する。
「これ、こちら側が仕掛けたものらしい。
こういうのは体制側が仕掛けると白けるらしいからな。
九段下の騒動の対策だそうだ」
テレビは次のシーンを映していた。
「こちらは、新宿中央公園です。
新宿ジオフロント反対デモが行われており、野党国会議員の姿も見えます。
『無駄な箱ものである公共事業反対!その金を弱者に使え!!』とシュプレヒコールをあげて……」
同じく見ていた泉川副総理が苦笑する。
これを仕掛けたのが実はこの泉川副総理だったりする。
「桂華金融ホールディングスのデモを見て『一枚噛ませろ』と言ってきたので任せた。
こいつらと仮面ダンスが合流されるのが一番怖かったからな。
木更津方舟の件と合わせて野党の追及が厳しくなるが、国対委員長には汗をかいてもらう事になるな」
年金問題が官房長官と野党党首の刺し違えでけりがついたと思ったら、方舟都市での偽札発見で二級市民問題に火が着こうとしていた。
この部屋に居るのは私に岩沢都知事に泉川副総理、そして恋住総理である。
「今国会で枢密院改革に一定のめどをつけたい」
何を言っているのか分からない人間はこの部屋には居なかった。
華族特権のはく奪。ついにそれに手をつけるつもりなのだろう。
枢密院議長も兼ねている泉川副総理が確認する。
「で、どこまで踏み込む?」
「向こうの自主的な改革に期待したい所だが、華族という名前は残しておくさ。
桂華院公爵や渕上さんもいる事だしね」
総理を退いた後、渕上元総理は病気静養を行っていた。
その回復にめどがついたという事で、春の叙勲に合わせて元総理という資格で伯爵に叙爵させるのだ。
彼に華族内部の取りまとめをお願いする気だろう。
泉川副総理と義父の桂華院公爵の取りまとめに逆らう可能性があるのは樺太華族ぐらいだが、ここで抵抗して『抵抗勢力』呼ばわりされたら完全に詰む。
人事がらみでこういう妙手を打ってくるからこの人は厄介なのだ。
私は皮肉をこめて神奈水樹の言葉を口にした。
「『何もなかった』そういう事になっているそうですよ」
この新宿ジオフロントで何か起ころうとしたのは知っている。
それを私以外の誰かが防いだ事も知っていた。
私の独り言に恋住総理が反応した。
「そうさ。『何もなかった』。
我々はそう動かねばならない。
それを覚えておく事しかできないのはもどかしいけどね」
恋住総理は私以上に何か知っているのだろう。
それを私に教える事なく、視線は天井というか過去に向かっていた。
「大将が前に出るのはよっぽどの時だ。
そして、大将が出た以上は勝たねばならない。
桂華院くん。
覚えておくといい。
大将というのは、勝とうが負けようが、身近な人間を失う人だという事をね」
きっと加東さんの事を言っているのだろう。
友情と打算の果てにあの頃の仲間で総理の椅子に座っているのは彼一人である。
「きっと、この四人もいずれ一人になるのだろうね。
それがこの椅子に座る条件なのだろう。
仲間と集まっていた時には、そんな事まったく知らなかったけどね」
「私は上がった人間だよ。
短かったからこそこの椅子に座れたし、その椅子に座れたのも自分の力ではなかった。
だからこうしてここにいるが」
恋住総理の述懐に泉川副総理が苦笑する。
彼は自分が脇役である事を理解していた。
続いて岩沢都知事が口を開く。
「東京都知事という一つの椅子に座ると、その伏魔殿ぶりに笑うしかないよ。
きっとあいつは、ああいう事を知って我慢できなかったのだろうな」
あいつとは誰なのかと首をかしげて考えて気づく。
第二次2.26事件の決起は、岩沢都知事の友人でもあった文豪が精神的支柱だった事を。
その文豪は決してこの椅子に座る事は望まなかったが、その椅子の汚さに我慢できなかったのだろう。
やっと気づく。
この三人は私に、王の孤独を教えようとしていることを。
「お時間です。皆様、式場の方に移動してください」
ドアがノックされ、SPの護衛の下式典会場に向かう。
式典は何事もなく終わった。
九段下桂華タワーに戻った時には午後の市場がちょうど終わった時間だった。
ムーンライトファンドのオフィスに居た岡崎が声をかけてきた。
「おかえりなさい。お嬢様。
平穏無事でしたよ」
新宿ジオフロントで何かあった場合、東京市場の午後の相場で激震が走る事を意味する。
だから、岡崎が東京市場で怪しい動きがないかを見張っていたのである。
「まったく動きがありませんでしたね。
こりゃ、裏で悪さをしようとした人間はかなり前に手を引いた臭いですよ。
超大国の面目躍如ですな」
誰が何をやったのかは私は知らないし、知るつもりもない。
だが、これだけは分かっていた。
「ピンチをしのげばチャンス到来って訳ね」
岡崎も笑う。
とてもいい笑みで。多分私も同じ笑みを浮かべているはずだ。
「ええ。奴らは仕掛けを放置して降りました。
帝興エアライン、日樺石油開発、富嶽放送。
よりどりみどりで食べる事ができますよ」




