エースはどこにある? その1
湯治の旅行が仕事の取材になる
「え?
オカルトなもので桂華院さんを守れないかって?」
帝都学習館学園の隣という事になっている真新しい神社の社務所で、放課後の神奈水樹はシャンプーの香りを漂わせながら私の隣にいたユーリヤ・モロトヴァに返答する。
というか、社務所のシャワー浴びてたのかよ。こいつは……
「守れるか守れないかというと守れるとは思うけど、弊害が凄いのよ」
「弊害?」
私が尋ねる。
多分この会話も録音されているんだろうなぁ。
「神様って、人間の事情を理解しないのよ。
だから、願いが『猿の手』になる訳」
神奈水樹はそんな事を言って、写経をしている蛍ちゃんの方を眺める。
そんな彼女はとある理由というかとある筆のおかげでメキメキと書道が上手くなり、都のコンクールで金賞を取るまでに。
ついでに古文と漢文もすらすらと読み書きができるように、そりゃ書けば覚えるわな。うん。
で、そんな蛍ちゃんに神奈水樹が写経やお札のアルバイトを紹介したのだが、まぁこれが見事なまでに図に当たる。
「まるで弘法大師が書いたような筆跡だ!」
そして蛍ちゃんの所にやってくる諭吉数十枚。
神奈水樹の紹介料分を差っ引いてのこれだから、多分、贋作書家として生きられるんじゃないかとも思う。
クライアントには知らせないようにしよう。うん。
蛍ちゃんが何処に行こうとしているのか、それは蛍ちゃんにも分からない。
話がそれたが、私は視線を戻して神奈水樹に話の続きを促す。
「たとえば、この社に祀られているお狐様だけど、九州にはこんな話があるのよ。
お産で苦しんでいた狐が若い娘に化けて、産婆に助けを求め、出産のお礼に鯛を送ったの。
けど、その鯛はその土地のお殿様の献上品で、盗みを疑われた産婆はあわれ打ち首に」
「うわぁ……」
神奈水樹の言わんとする事が理解できた。
たしかに、狐は恩を返したのだろうが、産婆が救われない。
「なお、産婆を打ち首にしたら、産婆の首が狐に変わったそうよ。
狐が産婆の身代わりになったという訳。
で、地元の人はその首を埋めて弔いましたとさ」
一応救いになっているのだろう。うん。
けどなんだろう。このもやもや感は……
「昔話も時代に合わせて改ざんされるのよ。
あと百年もして時代が記憶を放棄したら、産婆に狐が鯛をあげてめでたしめでたしになると思うわよ。
『シンデレラ』とかも元を知っていると、色々と考える事があるわよ」
「あ、それ私知っている。
元だと姉たちが残酷な報いを受けるのよ。たしか」
ユーリヤが口を挟むと神奈水樹は空のお皿を流しで洗う。
朝にはこのお皿は社に置かれていて、上にはお稲荷様が乗っていたはずである。
私のセキュリティーがらみでこの社は死角のないように監視カメラが置かれているのだが、誰が食べたのか未だ特定ができておらず、某超大国諜報機関では日々頭を悩ませているとかなんとか。
「へー。
ユーリアもおとぎ話を聞く時代があったのかー」
「私を何だと思っているんですか。
けど、昔話は昔の差別的表現とかがあって、それをできるだけ修正しようと私の国では動いているんですよ」
それが良い事か悪い事かは私には分からない。
話が大きくそれたのに気付いたユーリアが咳を一つたてて、話を元に戻す。
「じゃあ、完全に細かくきっちりと細部まで詰めた契約内容でお嬢様の加護を願い出た場合は?」
「神様がそんな細かい契約内容を斟酌してくれると思う?」
「ですよねー」
ユーリアではなく私が思わず突っ込んだ。
なお、訴訟大国かつ契約社会の米国では、その手の契約書で冊子が作れるなんてジョークが。
「だから、その手のお願いはある程度大きい方がいいと思うわよ。
結局、『天は自ら助くる者を助く』なのよ」
「弥勒菩薩様の救済におすがりするのはダメですか?」
「56億7000万年待ってみる?」
私の突っ込みに神奈水樹の返しもキレッキレである。
そして笑う三人。私と神奈水樹はいい笑顔で、ユーリアは引きつった笑みだが。
「そういえばさ、気づいたんだけど」
「ん?何?」
洗った皿を棚に置いて、神奈水樹は私の方に話を振る。
何の話かと思ったら、思っていたのと少し違う話題が出てきた。
「今度できる新宿ジオフロント、神様って居るの?」
「はい?」
「だから、何もなかった場所に街ができる訳でしょ。
そういう人々の信仰の受け皿になるようにものは置いてあるのって聞いているの」
「あ……」
完全に抜け落ちていたその考え。
この帝都学習館学園ですら、そういうオカルトな陰謀みたいなのが進行していた。
霊的カオス地帯の首都東京の新しい街に、そんな場所がなかったらどうなるか……
「橘。ちょっといい?
うちが絡んでいる新宿ジオフロントの敷地に小さくていいから社を立てる敷地を用意して頂戴。
神奈からのアドバイス。文句言えないでしょう?
うん。うん。祀る神様は後で決めるからお願いね」
慌てて携帯で橘に指示を出したのは言うまでもない。
(ちょいちょい)
「ん?蛍ちゃんどうしたの?」
見ると蛍ちゃんがお守りを一つ私に差し出していた。
中には、さっき書かれた『身代』のお札が。
「ありがとう。大事にするわね」
「いや、大事にしてどうするのよ?それ」
神奈水樹のツッコミを私は聞かなかったことにした。
蛍ちゃんはこういう時に意味もなくこういうお守りをくれるような人ではない。
社を出た私はため息ついでに愚痴を漏らす。
「やっぱり、あそこで狙われるか……」
「何か言いました?お嬢様?」
「別に」
タイトルの元ネタ
『エースはここにある』 松任谷由実
この歌大好きである。
大体ギャンブルシーンを書いている時はこの曲を聴いてイメージを固めていたり。
蛍ちゃんのお札
メガテン的な『効力のある』お札。
面白いぐらい諭吉が消える。
お狐様の昔話
扇森稲荷神社
https://xn--gpuz1m79owd17b268a.net/
『こうとうさま』で知られるが漢字でこれ書くと『狐頭様』って……ホラーになるからやめてほしい。
むかし話の修正
『政治的に正しいおとぎ話』 ジェームズ・フィン ガーナー DHC 1995年
今話題のポリティカルコレクトネス。この運動の中心層がこの本を読んだ世代であるというのを頭に入れると、この本のジョークと今のリアルに乾いた笑いしか出てこない……
訴訟大国米国
あの国、陸軍の兵士より弁護士の方が多い。
『天は自ら助くる者を助く』
ここに書くために調べたけど、元は『自助論』で西洋のことわざだったという事に納得。
このあたりの考えが進化というか悪化したのが『自己責任』な訳で。
弥勒菩薩
対比で出したけど、日本仏教の面白い所は救済が『最後みんなたすけたらぁ!』という大らかさにある。
『自己責任』を否定するのにうってつけな言葉『他力本願』は本当にいい言葉なんだが、宗教的意味でない人任せの方の意味が広がりきっているからなぁ……
神様の居ない土地
『レイセン』林トモアキ 角川スニーカー文庫
言われてみればその通りだなと今だから納得できる埋め立て地の色々。




