打算と陰謀の連立方程式 説明回
都市再生特別措置法。
この法律で推進を目指している都市の再開発は、バブル期の地上げあたりまで遡る事ができる。
東京を中心として急激な都市化が進んで地価が急騰し、東京の土地だけで世界が買えるとまで言われたバブルが終わると、そこには借金の山だけが残った。
この借金は大きく二つに分けられる。
まずは、税金系。
地価が上がった事で相続税がらみが急騰。
また、戦前世代から団塊の世代に財産が相続される時期だっただけに、この相続税をはじめとした税金系の支払いの為に借金をして、または土地を手放してというのが急増したのだ。
手放した人はまだましだったが、借金してまで土地を守った相続者たちは、今度はバブル崩壊に伴う地価崩落で支払い不能の借金を抱える羽目になり、貸した銀行共々地獄を見る羽目に陥った。
次が開発系。
別名地上げ系だ。
こんな土地があって、家が建っているとしよう。
□A□
B□□
□□C
このABCが家なのだが、これを移動させる事で空き地を有効に利用しようというのが再開発の基本である。
こんな風に。
ABC
□□□
□□□
これは、ABCの三軒が移転に同意してくれたのならば話は簡単だが、当然移転には金がかかるし、土地神話がまだ崩れていないバブル期の話である。
嫌がる地主が続出し、それを札束でぶん殴る行為が横行。
これが地上げの基本である。
なお、法的に問題がある行為もあり、その流れで不動産会社が政治家だけでなく暴力団まで使って地上げをなんて話もあったのがこの頃である。
それもバブル崩壊によって全員借金を背負う事になった。
バブル崩壊時に問題になった、総会屋問題や暴落株の損失補填問題の本質はここにある。
政治家や暴力団などの金よりも面子を大事にする連中の借金をなんとかして処理しないとという訳で、これが国民の怒りを買い90年前半の立憲政友党分裂と政権交代に繋がる訳だ。
これとは別の流れが実はこの法律にはある。
災害。もっとはっきりと言うと地震である。
95年の阪神淡路大震災をはじめとした地震の被害が耐震設計の強化と災害に強い都市再開発の方向性を進め、それが塩漬けされていた不良債権の土地の問題と絡むのはある意味必然だった。
都市部は開発できる土地が限られているが、塩漬けされていたモザイク状の土地を整理する事でその土地を生み出すことができるという訳だ。
つまり、不良債権処理というのは都市部の塩漬けの土地の再開発という見方もできるのであり、不良債権に苦しんでいた大手金融機関の損切がほぼ終わった現在、担保としてとっていたこれらの塩漬けの土地が放出される事を意味していた。
都市再生特別措置法で注目すべきは、この再開発を民間主導で行いやすくした点だ。お上が絡んだ公共事業が箱ものと叩かれ続けた結果をうけた民間の知恵を用いて良いものをという、恋住政権の理念である『民間でできる事は民間で』を象徴した法律でもある。
だからこそ、こんなものがこの法律から登場する。
再開発会社。
スカベンジャーたちの本当の狙いである継続的なマネーロンダリングシステムの肝が多分ココだ。
これから始まるだろう都市再開発に伴って、多くの再開発会社が立ち上がるのだが、この再開発会社は当然その土地の保有者が絡むのが条件になっている。
だが、その土地保有者は未だ借金地獄で苦しんでいるので彼らが金を出すのだ。
かくして、マフィアがセックス・ドラッグ・バイオレンスで稼いだお金は、家賃なり株式の配当という形で変換されてマフィアに返る事になる。
「悪くない考えですね」
向こうは夜と言うのにアンジェラの言葉に疲れも眠たさもなかった。
というより、話を聞いて興奮しているのがありありと分かる。
きっと、スカベンジャーたちからこのビジネスを掻っ攫う事を考えているのだろうなあ。
アンジェラに電話をしたのは、考えを聞くついでに釘を刺すためでもある。
「やっちゃ駄目だからね。
けど、悪くない考えって事は、まだ甘いって事?」
「えー」
なんだろう。
ありありと不満げなアンジェラの顔が電話越しなのに見える。
そんなアンジェラが、口調を戻して甘い所を告げた。
「お嬢様。気づいています?
これ、サブプライムローンの融資対象に入りますよ」
ことん。
受話器が手から滑りおちた。
動揺が、震えが収まるのに少し時間が必要だった。
「お嬢様?
大丈夫ですか?」
「ああ。ごめんなさい。
己の見通しの甘さに後悔していた所」
受話器を落としてしばらく取らなかったので、アンジェラの声がかなり心配したものになっている。
それはありがたいのだが、声にサブプライムの欲が残っているんだよなぁ。アンジェラ。
「けど、本当にもったいないですよ。これ。
仕掛けの段階から絡めば、確定で稼げますよ」
「で、今絶賛焼き鳥中のファンドみたいになりたくないわよ。
つつましく、恨まれない程度に稼げば十分……ん?」
私は一度口を閉じる。
たしか、マネーロンダリングシステムには金融機関の協力は必須だ。
この国にそういう仕掛けをするのならば、何処を利用する気だ?
「アンジェラ。
うちがこれに手を出さない場合、スカベンジャーは何処にこの話を持ってゆくと思う?」
「日本のメガバンクに手を出すのは今は無理でしょう。
公的資金の返済過程で金融庁の監査が入るので、大仕掛けをするには身綺麗過ぎます。
まずは海外銀行の東京支店をベースに、金を流すならば流れがばれないファイナンスカンパニーを押さえて仕掛けを作りますね」
なお、ファイナンスカンパニーというのは日本ではノンバンクや現在消費者金融と呼ばれ、その一つである消費者金融はその高金利支払いに対して社会問題として世間を賑わしていた。
「で、この二つの間をファンドを噛ませてレバレッジを繰り返して資金を用意して、大手金融機関を一気に押さえる。
証券会社ですかねぇ。私がその立場ならば」
めずらしくアンジェラの言葉の切れが悪い。
それが気になって、私は突っ込んで聞いてみた。
「何だか言葉にキレがないわね。
何か気になる事があるの?」
「お嬢様。
その『つつましく』という言葉、誰かに言いました?」
「結構言っていると思うけどどうして?」
電話越しに深い深いため息をついてアンジェラはその理由を告げた。
文化の違いという理由を。
「ウォール街でそういう言葉を吐くと、『引退したい』ってとられるんですよ。
スカベンジャーの奴ら、それを知ってお嬢様の後を、つまり上場後の桂華金融ホールディングスを狙うかもしれません。
私がいるから、多分サブプライムローンまでの仕掛けが全部整う。
そこまで見越した上で、お嬢様に接触してきますよ」
なるほど。
町下ファンドが岡崎に接触してきたのはそういう伏線があったのか。
海外金融機関の東京支店
この時期不良債権処理を錦の御旗に暴れまくったのが彼らである。
それはこの国の地縁血縁因縁を破壊して新しい創造の道をつけたのも事実だが、資本の論理でこの国の良いもの悪いものを一緒くたに金で押し流したというのも否定できない。
ノンバンク
グレーゾーン金利で派手にぶっ叩かれていた時期で2004年2月に『厳格に解釈すべきだ』との姿勢を最高裁が示していた。
この判決を伏線として2006年シティズ判決が出て、業界が致命的な打撃を受ける。
なお、この業界トップ企業、あのダンスCMを流していた企業が凋落するのがこのあたりである。
去年の騒動のハゲタカたち
「周囲を利用して暴れるお嬢様から実権を取り上げましょうよ。協力しますよ」
今回のスカベンジャーたち
「これだけ危ない目に合って引退したいのはとてもよくわかります。後は我々にお任せください」
利害もあるけど基本こいつら善意なんだよなぁ。
文化の違いがあるとはいえ。




