桂華電機連合設立式典
『最強の未公開企業 ファーウェイ: 冬は必ずやってくる』(東洋経済新報社 2015年より)
良いこと書いているなぁと思いながら、その実態がバレた2019年にこれを読むと色々と言いたいことが……
9月1日。
日米のコンピューター企業を股に掛けた大合併によって生まれた新会社が産声を上げた。
桂華電機連合。
その九段下の桂華タワーで行われた記念式典には政財界の大物たちが集められ、華やかに執り行われた。
「さすが政商桂華。
わずか数年でよくもここまで成り上がったものだ」
「時の政権とくっ付いて甘い蜜を吸い続けただけだろう」
「恋住政権では目の敵にされているのだから没落するかと思ったが、この盛況ぶりは本物だな」
「さぁな。
時間を掛けないと勝敗なんてつかないのがこの世界のしきたりだろうに」
出席者の声をこそこそ聞いていると、やはり現政権から目を付けられているのがマイナスに響いているのが分かる。
かといって、今まで散々私が生み出した富は本物であり、その上がりだけでもこういう場所に群がらざるを得ないというのが参加者の本音でもあるのだろう。
「四洋電機に古川通信にポータコンか。
ポータコンの販売不振は収まったみたいだし、決算では悪くない数字が出るんじゃないかと言われているな」
「桂華金融ホールディングスに帝西百貨店、赤松商事に桂華ホテル……
更に大きくなるのか、それとも……」
「お嬢様」
声を掛けられてびっくりするが、振り返るとメイドの橘由香が私をじと目で見ていた。
私が居るのは従業員用の通路で、こういう宴席にてお客の邪魔をしない隠し通路みたいな形になっているため、こういう噂話を聞くのにもってこいだったりする。
「おどかさないでよ。
びっくりしたじゃない」
「はしたないですよ」
私の抗議を気にも掛けず、橘由香は私の手を取って私の控室へ。
この企業も名前こそ桂華グループではあるが、実体は私の会社であるという事をここの参加者ならば知っているだろう。
それでも、表向きは義父の桂華院清麻呂が挨拶をして、私は挨拶も何もせずマスコットとして笑顔を振りまくのみというのが今日のお仕事である。
「君には資格が無いと言いたいのだよ。私は」
あの時恋住総理から告げられた一言はまごうこと無き真実だ。
これだけの事を成し遂げながら、その場所に私は立てない。
いや。
あの同時多発テロの時に私が倒れなかったならば……
そう思うことがあるが、それを悔やんでも遅い。
そんな事を考えながらも、手は用意された食事に伸びてパクパクと。
「食欲が回復なされて、一同ほっとしているのですよ」
もう二・三ヶ月前の事なのだが、未だそれを気にして心配してくれるのが嬉しい半分、めんどくさい半分。
グレープジュースを飲みながら、私は視線をそらせて意味深に言う。
「人ってね。食べないと死んでしまうのよ……」
「そのとおりでございます。
少し前のお嬢様はそれができておりませんでしたのよ」
何も言い返せない私は、プリンを食べることで橘由香への返事を放棄した。
「今日はこの式典にお越しいただき誠にありがとうございます。
この会社は日米のコンピューター企業が一つになり、日米の未来を繋ぐ会社になることをここに約束します!」
今日の主役であるカリン・ビオラCEOが自信満々に挨拶する。
この手の式典では最初が肝心で、その最初のネタを彼女はしっかりと用意していた。
「我々は大胆な事業の見直しを行い、優秀な企業を子会社にする事で収益の上方修正を見込んでいます!
さらなる事業の見直しで、この会社のさらなる価値の向上をこの場にてお約束します!!」
この手のアピールは大事である。
そして、具体的な名前は出さないが、夏のセールではリストラによる物流コスト削減で低価格化を実現して成功し、さらに高収益を叩き出しているTIGバックアップシステムを傘下に収めたことをここの面子は知っている。
初年度の成功はまず間違いがないだろう。
「21世紀に入り世界は激動していますが、この桂華電機連合はその荒波を乗り越えて、未来の先端を進むことをお約束します!!!」
万雷の拍手を浴びたカリンCEOを見て、私は拍手をしながらあの場に立てない自分がもどかしく感じた。
「で、実際にはどうなの?」
「リップサービスはともかく、しばらくは持久戦です」
パーティーの後、私の控室にやってきたカリンCEOに私はぶっちゃけて質問し、カリンCEOは客向けではない本音を私にぶっちゃける。
「ポータコンの立て直しはこれからです。
夏のセールは価格を下げてシェアを取りに行きましたが、それは利益が減ることを意味します。
物流はまとめる事で無駄を省けますが、生産拠点の一本化はかなり時間がかかります。
そして、研究開発拠点の整理と新商品開発には、資金を投入し続ける必要があります」
派手な花火を打ち上げたけど、この桂華電機連合は四洋電機の高収益が支えていると言ってもいいだろう。
古川通信は利益が出ているが、売上は下降線をたどっておりリストラは必至。
ポータコンは、競争が激しい北米市場で勝ち抜くにはリストラだけでなく、さらなる買収が必要と考えられていた。
「それでも、お嬢様が三年我慢していただけるのでしたら、こちらはきっちりと成果を出してみせます!」
胸を叩いてカリンCEOは断言する。
それに私は笑う。
「いいわ。
その代わり、三年できっちり成果を出してよね。
私のオーダーは『携帯電話で世界を取る』OK?」
PHSを出してドヤ顔をする私にカリンCEOも微笑む。
「そのオーダー承りました。
そして、その姿いただきますわ。
『お嬢様でも使える携帯で世界を!』。
いい旗だと思いませんか?」
これが、最終的に顧客至上主義の旗印になり、株価至上主義や技術至上主義に堕ちなかったというのだから世の中は分からない……
株価至上主義
株価の価値が企業の価値であると信じて株価を上げる事を経営方針に。
自社株買いとかで株価を上げ、現在の主流になっている。
技術至上主義
優れた技術にこそ企業の価値があるという考え方でかつての日本企業の多くがこれだった。
顧客が高度化した製品についてゆけずに離れた事が没落に繋がる。
顧客至上主義
顧客の望むものを届けることが企業の価値に繋がるという考え方。
デザイン経営という形で近年見直しが進んでいる。