お嬢様の逆襲 その3 11/9更新
この一連の話を書くきっかけになった事。
読者「こりゃ、アンジェラ・一条・お兄様がお嬢様に説教されるな」
私 「お嬢様が、アンジェラ・一条・お兄様に説教される」
たとえ成功したとしても、こういう危ない橋を子供が独断で渡ったらそりゃ怒られるでしょうに。
『速報:米長距離通信事業WCI社チャプター11申請。年を越せず』
空売りというのは、株を借りてそれを売り、値下がりした所を買って返却する事で、下がれば下がるだけ利益を得るという特性がある。
そのため、投機家で億万長者になった連中は軒並みこの空売りで財を成したという曰く付きの手段で、麻薬よろしく常用すると破滅するという悪魔の誘いでもある。
予想に反して株が値上がりすると、高値で株を買い戻さないといけないからだ。
さて問題だ。
借りた会社の株が倒産した場合は?
返さなくていいという訳ではない。
ちゃんと処理的には0の株を返しているのだ。
もちろん相手はそんな紙切れいらんと撥ね付けるだろうが。
15ドル前後で推移していたWCI社がチャプター11を申請した結果、その15ドル分の差額が丸々利益となる。
だが岡崎の賢い所は、このWCI社を避けてナスダックのハイテク企業群に分散して空売りを掛けていた所。
危ない橋を渡っていたが、法的には第一報が流れてからのギリ合法のタイミングでの空売り。
コンピュータートレードの速さがそれを補った上に、用意していた4000億ドルという巨額の資金がものを言って、最終的には莫大な利益が岡崎の懐に収まる結果になった。
年末年始の大暴落に岡崎が荒稼ぎした利益は元手に対する15%のリターン。
4000億ドルの15%だから600億ドル。
手数料にロンダリング費用に借金返済まで入れて250億ドルを返済し、手元に残ったのは350億ドル。
円高に振れたので目減りしたけど、日本円で約四兆円の資金の確保に成功した訳だ。
ハゲタカ達の本拠であるニューヨーク市場の大崩壊は、重要であろうとも一戦局に過ぎない東京市場の放棄に繋がった。
ハゲタカ達とて元手が自前なわけはなく、基本資金を集めてリターンを確保するビジネスをしている。そんなところに彼らのホームであるニューヨーク市場が年を跨いだ暴落を引き起こしたことで、彼らの持ち株に評価損が発生して他所に手出しなんてできない状況に追い込まれたのだ。
『速報:アイアン・パートナーズが古川通信へのTOB撤退を表明し帝国電話に持ち株を売却。帝国電話を中心とする企業連合は古川通信株の35%弱を集めたと発表』
時価会計の怖い所はここにある。
下がった時の穴埋めを即座に求められるからだ。
アイアン・パートナーズは本拠ニューヨーク市場の大暴落に巻き込まれ、その穴埋めのために高値を提示しているホワイトナイトである帝国電話に全株を売り払って撤退するしか無くなっていた。
アンジェラが事態に気付いたのはこのあたりである。
九段下桂華タワーの空中庭園で花に囲まれていたら、頬に紅葉の付いた岡崎が私の所にやって来たからだ。
「男前になったじゃない。
ビリオネアになった感想はどう?」
今回の騒動の資金、私とは無関係を装っているので、その気になればこの350億ドルを岡崎はまんま主張できるのだ。
もっとも、岡崎はニヤリと笑って、煙草を咥えて火をつけようとしてライターをまたポケットに戻す。
「俺は所詮下っ端ですよ。
賭けたのはお嬢様の信用ですからね。
お嬢様の存在無くして、このお金は有りえませんでしたよ」
「一条とアンジェラの目が怖かったわよ。
あれは後で叱られるパターンよね」
「それで怒らないなら保護者失格ですな」
二人して苦笑する。
悪巧みがバレたのでしっかりとエヴァがガン見しているが、すでに山場は越えている。
「1000億円は抜いておきなさい。
正当な報酬よ」
「へいへい。
俺自身使う気はあまりないんですが、またの時の裏口座にしまっておきますよ。
残りは全部ムーンライトファンドの方に移しておきます」
「またなんてさせませんからね。
ミスター岡崎」
エヴァの声がすげー低い。
彼女の立場からすればそりゃそうだろう。
やらかしたのは自業自得だが、大暴落に乗じて空売りを仕掛けられていい思いをする訳がない。
野党民主党の支持者だったアンジェラに手をばらした所が我ながら狡猾と自画自賛する。
米国政局の緊迫化が外交・安全保障面に悪影響を与えないように、今度は大統領に貸しを作ってやる必要があった。
「さてと、大統領のご機嫌を取るために、危ない会社を救済しておきますか♪」
「最初からそのつもりだったんでしょう?
お嬢様」
「ばれた?」
二人して笑いながら、笑い終わった後で真顔で私は岡崎に命令する。
「経営が行き詰まりつつある米国PCメーカー第二位のポータコンを買収しなさい」
「Yes, your majesty.」
岡崎は恭しく一礼してみせた。
「やってくれましたね……お嬢様」
桂華金融ホールディングスにやってきた私に、一条は少なくとも笑顔で出迎えてくれたが最初の一言がこれである。
腸は煮えくり返っているのだろうが、彼は私がムーンライトファンドを使って神懸かり的なリターンを叩き出していたのを知っているので、怒りの色だけでなく諦めの色も入っているのがアンジェラとの違いである。
「岡崎の口車に乗っちゃった♪
アンジェラは岡崎をぶん殴ったみたいよ」
「私からも一発殴らせろと伝えておいてください。
あとお嬢様。
仲麻呂お兄様もお怒りですのでお覚悟を」
「まぁ怖い♪」
ぶりっ子ぶっているが、お兄様を怒らせるのはかなり嫌だった。
お兄様に嫌われるのは、ずしんと心に刺さる。
ずっと私を庇護してくれた事を思い出す。
とはいえ、ここで頭を下げるのは下策だ。
土下座は最後の最後までやってからでいい。
「勘定系システム開発、凍結するわよ」
茶番はそこまでにして、私は本題に入る。
アンジェラが岡崎を問い詰めた際に、アンジェラ経由で私に対して帝国電話が圧力を掛けた事がバレたのだ。
その圧力の種が桂華金融ホールディングスで開発が難航していた勘定系システムである。
感付いた一条が呆れた声をだす。
「このタイミングで飯の種を取り上げますか……」
「このタイミングだからこそ、報復できるんじゃない♪」
私は一条のテーブルに幾つかの経済記事を置いた。
『年が変わったが米国ITバブルが完全崩壊し、IT企業は何処も資金繰りに苦慮している。
秋のゼネラル・エネルギー・オンラインに続き、年末に米長距離通信事業WCI社の破綻が尾を引き、日経株価は17500円で大納会を終わっている。
古川通信のTOB等「物言う株主」が始動した年でもあり、財閥の崩壊が加速するか強化されるのか予断を許さない。
一方で、不良債権処理に苦しんだ金融機関はなんとか苦境を脱しようとしているが、今度は先行と後発で体力差が顕在化しており、さらなる再編が進む可能性がある。
先行しているのは桂華金融ホールディングスや帝都岩崎銀行・二木淀屋橋銀行、後れを取っているのが穂波銀行や五和尾三銀行で、金融庁は「2003年度までの不良債権処理の完了」を目標に特別監査を実行する予定だ。
桂華金融ホールディングスは桂華グループの機関銀行化の懸念を武永大臣が発言する等、株式上場が今後の課題となり、いつ上場するかのスケジュールに注目が集まっている。
またそれ以外の銀行では大手流通企業太永や総合商社、ゼネコン等での不良債権処理が残っており、後発金融機関が持ちこたえるかを市場は注視している』
『古川通信のTOBで集めた株式だが、帝国電話以外の企業はその持ち株に対して苦慮している。
時価会計解禁が叫ばれる中、高値掴みで評価損が出る可能性が高く、米国市場がITバブル完全崩壊で何処も資金繰りに余裕はなく、買収の可能性は無いと判断して現金化したいというのが本音だ。
いくつかの企業はこの騒動の発端となった桂華金融ホールディングスに売却したらしく、早くも帝国電話を中心とする企業連合内で足並みの乱れが露呈する結果となった。
桂華金融ホールディングスも、自社の勘定系システム開発の発注を餌に彼らとの関係改善を画策しており、帝国電話内部でも米国内に伝のある彼らを使ってWCI社の買収を目指すべきだという声が……』
勘定系システムはさっさと片付けたかったが、どうせ穂波銀行の修羅場で人間を取られるのが目に見えている。
そして、こっちは古川通信を丸呑みする腹積もりだから、最後はそこに丸投げという最終手段があった。
「古川通信。
あくまで狙うんですね?」
「でないとこんな無茶する訳ないじゃない?」
互いににらみ合う事数瞬。
ため息とともに視線を外したのは一条の方だった。
「私はお嬢様に返せないほどの恩義がある。
だからこそ、お嬢様にはもう危ない橋を渡ってほしくはないんですがね」
「その気持ちはありがたく頂戴するわ。
けど、私は立ち止まっちゃいけないのよ」
その心積もりが分からないほど私は愚かではない。
それでも、この時代の変換点だけは無理してでも動かなければならなかった。
先の未来を知っているだけに。
そしてその未来を誰も信じないだろうと確信している為に。
自分に言い聞かせるように、強く、低く、決意を呟いた。
「そうでないと、誰も浮かばれないじゃない……」
『桂華金融ホールディングスは、勘定系システム開発について計画を一時延期する事を発表した。
複数金融機関の合併によってできた桂華金融ホールディングスは、勘定系システムがバラバラでその統一を目指した新規システムの開発を計画していたが、統合元となる各金融機関のシステムがあまりに複数にまたがることへの懸念と、救済した新田銀行の再建でシステム開発を一時凍結。
代替案として、複数金融機関の勘定系システムを統括処理するデータセンターを都内に設置し、バックアップラインを構築。
その上で、金融・証券・保険でまずシステムをまとめ、それから統一システムに移行するという三段階のシステム移行を発表した。
期間は五年、これにかかるシステム費用は2500億円を予定し……』
ビリオネア
1ビリオン=1,000,000,000 つまり10億から派生した語。
ミリオネア以上の超大金持ちの事を指す。
ミリオネアは、1ミリオン=1,000,000 つまり100万から派生した語。
単位が基本ドルなので、1ドル=100円で計算すると、
ビリオネア=1000億円
ミリオネア=1億円
この話でのドル円相場
一ドル120円から115円の円高ナイアガラ。
Yes,Your Majesty.
このやり取りが耳に残ったアニメ『コードギアス』は2006年。
11/9
少し加筆。
グレーゾーンを薄めてみる。




