エレベーターの中では死にたくないかな
ガッコン、あ、と声を漏らしたのは俺か彼女か。
真っ暗になった箱――エレベーターの中で、続けざまに「おぉ」と喜色混じりの歓声を上げたのは彼女の方だ。
過去に鳥目と言っていた割には、恐怖心も不安感も抱いていないらしい。
「エレベーターに閉じ込められるとか、何か、こう、エロ漫画的展開だね」
「作ちゃん!?」
ハイテンションとは言えないが、いつものローテンションよりも僅かに弾んだ状態で、今思っているありのままの感想を口にした彼女――作ちゃんに、俺は声を上げた。
あまり、こう、年頃の女の子が口にするような言葉ではないはずだ。
ポケットから取り出したスマートフォンの画面に明かりを灯せば、キョトンとした作ちゃんの顔が見られた。
「あのね、作ちゃん。これは、一種の事故だからね。喜べないし、女の子が軽々しく……その、そういうことを言っちゃいけません」
持っていた画材店の紙袋がガサリと音を立て、はぁ、作ちゃんが曖昧に頷く。
ローテンションに戻っているような気がしたが、狭いエレベーター内を歩き出す。
むしろ出掛け先でこんな目に遭うなら、最悪、と嘆いてもいいのでは?と俺が首を捻る。
「ボク、鳥目だけど、暗い所も狭い所も好きだよ。落ち着くし、何より作業が捗る」
エレベーター内の中央で、くるり、回る作ちゃんに、俺は唸り声にも似た相槌を打つ。
作ちゃんとは現在ルームシェア状態――同棲という言葉はどこか気恥しい――なので、その性質というか気質というかは分かっていた。
自室に引きこもって作業をする作ちゃんを呼びかける際、カーテンも閉められ、明かりがパソコンの青白いものだけというのは最早デフォルト化している。
だから目が悪くなるんだよ、と言えど、作ちゃんは頑なに部屋の電気を点けなかった。
俺のスマートフォンの明かりだけを頼りに、作ちゃんはぺたぺた壁に触れ、終いには閉じられた扉に触れる。
普段は自動で開くはずの扉と扉の継ぎ目に手を当て、その細腕で左右に割るように力を込めた。
何度かグッグッと力を込めては、開かないことを確認して、うん、頷く。
「いや、本当もう、何してるの?作ちゃん」
純粋な疑問から出した声に、作ちゃんはあっけらんとして答える。
「どれくらいの腕力の人なら、こじ開けられると思う?」
「……少なくとも作ちゃんじゃ無理だと思うし、仮にこじ開けられてもそれがちゃんと出口か分からないから」
適当な階に着く前の宙ずり状態で何が出来るの、と問えば、開けられるなら登れるんじゃない、という返答。
いつも色々な本を読んでいるけれど、フィクションとノンフィクションの区別は付いているのだろうか、心配だ。
「後、エレベーターって箱の中だし、お墓みたいだよね」
極めつけの一言に、俺は非常ボタンを連打した。