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僕の呪いと、君の物語  作者: kiki
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謎の王子様

ピアニーに仕える魔法使いになる。と決めてから、私は思案に暮れる毎日を送っていた。

彼女をどう幸せに導いたら良いか。彼女に相応しい王子様とは一体どんな人間なのか。

まずは王子様を知ることから始めなければならない。そう思い立った私は町人に変装して、町へ潜入した。


「王子様?全く姿を見せないねぇ。何でも用心深い王様が、人目に触れないようお城に閉じ込めているんだとか」

「いいや、王子は魔女に呪いをかけられたんだ。あまりに醜悪な姿になってしまったから、王様は王子を隠しているんだよ。かわいそうに」

「実際、王子は存在しないんじゃないかって話だ。長い間世継ぎに恵まれず、お妃様が病んでしまったのは有名な話じゃないか」


手当たり次第に王子様の話を聞いて回ったものの、どれも作り話か噂話だった。

とりあえずわかったことと言えば、王子様を見た町人は誰もいないということだけ。

果たして存在しているのか、いないのか。それすらもわからない王子様と、どうピアニーを結んだら良いのか。ますます頭を悩ませるハメになってしまった。

何の収穫もなくピアニーのあばら屋へ戻った矢先のこと。

耳をつんざく怒鳴り声が聞こえ、近くの木陰に身を潜めた。


「何だい!今日の毛糸はたったこれだけかい!チーズも柔らかすぎる。これじゃ売り物にならないじゃないか!」


中年の女性が髪を振り乱して怒り狂っている。その前に俯いたピアニーが立っていた。


「寝ずに働けと、あれほど言っておいただろう?」

「すみませんお義母様。ついうとうとしてしまって……」

「言い訳は聞かないよ。お前にはあの人のような才能もない。誰かの役に立たなければ生きている価値がないんだ。わかっているね?」

「……はい」


継母だ。と一瞬で悟った。ピアニーが恐れるのも頷けるほど、傲慢でおごり高ぶった態度が鼻につく。あんな人間の言いなりになっているなんて、ピアニーはお人好しだとさえ思った。

ロータスも同感なようで、荒々しい鼻息を漏らしながら私に目配せをする。言葉にするなら「だんな、やっちまいましょう」ってなところだろう。

どうしたものかと思っていれば、痺れを切らしたロータスが継母の元へ駆けだして行った。

「あっ」と言う間もなく、小さな(だけど鋭い歯をもった)口が継母の尻に被りつく。


「ギャア!何だいこのサルは!」


継母は痛みに飛び上がり、ロータスを足で蹴飛ばした。


「止めてお義母さん!乱暴しないで」

「先に乱暴したのはこのサルだ!ピアニー!お前がどうせ躾けておいたんだろう?私が来たら攻撃するように」

「そんな、まさか―――」

「言い訳は聞かないったら!」


継母が手を振り上げるよりも早く杖を振った。

杖の先から飛び出た細かい光はたちまち紫色の煙となって継母の体を飲み込んだ。

悲鳴は聞こえなかった。成功だ。


「お、お母様が……消えた?」


ピアニーが目を見開いて立ち尽くしているところで、名前を呼んだ。


「ピアニー!」

「ニル、お母様が!お母様がっ…!」

「消えてないよ。そこにいる」

「えっ?」


足元でどっしりと身を構えているウシガエル。ピアニーが目を向けると、モーモー鳴きだした。


「お母様が……ウシガエルに……」

「罰が当たったのね」

「だからってウシガエルだなんて……かわいそうに」


あれだけ虐げられていたにも関わらず、同情するなんて。慈悲深いにも程がある。


「大丈夫。3日経てば元に戻るから」

「え?そうなの……それなら、まぁいいかしら。ね?」


笑い合う2人の間に割り込むようにして、ロータスが飛び込んでくる。ピアニーの胸の中でわざとらしく甘えた声を出して、慰めてもらおうとしているらしい。


「ロータス痛かったでしょう?助けてくれてありがとう」


 ロータスは優しく頭を撫でられ、気持ちよさそうに身をゆだねていた。

 嫌な予感がする。



「ロータス、間違ってもピアニーを好きにならないでね」


あばら屋から離れた場所までロータスを連れ出し、強く釘を刺した。

ロータスは得意の聞こえないフリをして、腹の毛づくろいをしている。


「ピアニーは王子様と結ばれなきゃならないの。サルの出番はないの。もちろん、魔法使いもね。私たちは物語の主人公がハッピーエンドを迎えるために力を尽くす。わかった?」

 

ロータスに言い聞かせる間も悩んでいる。目指すべきゴールはわかっているのに、道順がわからない。


「緑色のサルなんて珍しいな」


聞き覚えのある声にハッと我に返る。

彼だ。

今日は白いローブを被っておらず、全身真っ黒だった。


「ロサ」

「あの娘と友達になれた?」

「うん!名前はピアニー。幼い頃にお父さんを失ってから、継母にいじめられてきんだって。なかなか不幸な暮らしでしょ!」

「随分嬉しそうに言うんだな」

「その方がやりがいがあるから」


聞かれたことを軽はずみに喋ってしまう。彼のペースに飲まれたら、自分が魔法使いだということもうっかり喋ってしまいそうだ。

気を引き締めて彼と向き合う。


「そうだ、ロサ。この国の王子様がどんな人か知ってる?」

「え?王子?」

「そう。町の人たちに聞いてみたけど、誰も知らなくて」


存在自体もあやふやな幻のような王子様の正体を。


「……さぁ、知らないね。わからない」

 

旅人である彼が知っているはずはなかった。


「そうよね、知らないよね」

「王子に興味がある?」

「どれだけハンサムな人かと」

「目の前にハンサムな男がいるのに?」


参った。自分の美しさを自覚しているのか。

だからといって自惚れを感じたり、不快に思うことはない。美しいのは事実だから。

旅をしているという割に、清潔感を感じるのはなぜだろう。衣服は多少薄汚れてはいるけれど、このまま舞踏会に参加してもおそらく見劣りしない。

彼のような人間はどこに暮らしている?

沼地?平地?それとも、丘の上?


「ロサの家はどこにあるの?」

 

気付いたら尋ねていた。


「今は、ない」

「ないの」

「旅人は家を持たないだろ?」

「じゃあどこで休むの」

「どこでも。適当に」


どこでもなんて。昼間は問題なくても、日が沈めばこの森は一変する。

もちろん明かりはないし、不気味な生き物の鳴き声も聞こえてくる。それに、オオカミも出る。


「火があれば近づいてこないよ」

「……そうかもしれないけど」

「心配しなくても大丈夫」

 

心配?この私が?ピアニーなだまだしも、たった数回言葉を交わしただけの人間を?


「この近くに休める場所を見つけたんだ。大きな木があって、寄りかかるのにちょうど良い窪みもある。今夜はそこで眠るよ」


「ふうん」と素っ気ない声を返した、その日の晩。私は火が燃える匂いを頼りに、その場所を探し当てた。

心配とかではなくて、ただの好奇心だ。こんな鬱蒼とした森の中で本当に安眠できるのだろうかと、興味本位で覗いでみたくなっただけだ。

彼は知らないだろうが、この森に潜む危険はオオカミだけじゃない。

人間を恨む悪い魔法使いが夜な夜な呪いをかけていることもある。火でオオカミは追い払えても、悪い魔法使いにとっては居場所を知らせる目印になるのだ。

彼が言っていた大きな木は、枝も立派だった。

触りの良い場所を選んで腰を下ろす。見下ろせば幹に横たわった彼の姿が目に入った。

見る限り、本当に眠っているようだった。今までもこうして収まりの良い寝床を探して、夜を過ごしていたのかもしれない。たまたま運が良かっただけで、今夜も無事に朝を迎えられるとは限らないのに。

育った枝葉が頭上を覆い尽くしていて、月や星の明かりも見えない。例えこれらの枝葉を切り取っても今夜は曇りだから、どうせ真っ暗だろう。

パチパチと火の粉を上げていた焚き火が、徐々に勢いを失くしていく。

彼は気づかないまま、静かに寝息を立てていた。

いよいよ火は小さくなり、燻った音をたて始める。

近くの茂みが揺れたかと思えば、一匹の黒猫がのそのと姿を見せた。オオカミよりも厄介な者がやって来たようだ。


「それがあんたの選んだ人間?」


黒猫の傍に立つ黒い人影。

陰を背負ってほくそ笑むとは、なかなか不気味な登場シーンだ。


「クインス、こんなところで何してるの?」


髪も黒ければ服も黒い。唯一晒された顔だけが闇夜に浮き上がって、お面だけが宙に浮いているように見える。


「人間の気配がしたから、ちょっと脅かしてやろうかと」

「まさか夜な夜な人間に呪いをかけてる魔法使いって、あなただったの」

「そんな無駄なことするわけないじゃない。私もあんたと同じように人間を物色してる最中なの。私に相応しい人間をね」

「私はもう見つけた」

「それがこれ?」

「これじゃない。ロサ」


クインスはロサに歩み寄り、寝顔をじっと覗き込んだ。今ロサが目を覚ましたら心底驚くはず。あんな強烈な顔が目の前にあったら、心臓がいくつあっても足りない。


「彼に近づかないで」

「何よ。やっぱりこいつなのね?」

「違うわ。私が選んだ人間は他にいる。とっても清らかで気高くて、美しい人間よ」

「だったらさっさと願いを叶えたらいいじゃない。何をもたもたしてるの」


村を出てからも文句を言いに現れるなんて。反論しただけ言葉が跳ね返って来るし、黙ったら黙ったでつけ上がる。何を選んでも不愉快になる。


「こっちにも色々都合があるの。簡単に済むなら、試練とは呼べないでしょ」

「大口叩いてたくせに慎重なのね。よっぽど優れた人間と出会ったのかしら」

「もちろん。あれほどの人間は滅多に出会えない」

「へえー……」


クインスの黄色い瞳が怪しく光った。


「見てみたいわ」


自分のこと以外は無関心なクインスが、他人に興味を抱くとは意外だった。


「だめ。邪魔しないで」

「その人間も、どうせならより優秀な魔法使いに願いを託したいんじゃない?」

「横取りするつもり?」

「しちゃいけないルールはないわ。あんたが呑気にしてるせいよ」


横柄な言い草に呆れ果てた。

散々貶したあげく、私が探し当てた人間を奪おうだなんて。


「そんなことさせないから」

「じゃあ阻止してみなさいよ。あんたの実力とやらで」


クインスは捨て台詞を吐いて、黒猫と一緒に暗闇へ消えて行った。

そのままオオカミに食べられたらいいんだわ。

邪なことを願ってしまったせいか、遠くからオオカミの遠吠えが聞こえてきた。

消えかかった火種にそっと息を吹きかける。たちまち炎は勢いを取り戻し、轟々と燃え滾った。

私の闘志を表しているかのようだった。



こうなったら直接城に出向くしかない。

朝の訪れと同時に決意した。王子様がどんな人間であるのか、いるのかいないのかを調べるためには、町人の噂話を当てにしてはいられない。自分の目で確かめる以外にない。

町を抜け、切り立った険しい一本道を歩き続けた先、小高い丘に城は建っていた。

悠然と佇む城を目の前にしても入口は見えない。まずは門をくぐり、延々と続く階段を上り詰めてようやく目にすることができる。

しかし門の脇には鋭い槍を持った門番が見張っていて、迂闊に近寄れない雰囲気だった。

これだけ厳重に守られた城では、辿り着くのも容易じゃない。

一思いに飛んでしまおうか。いいや、それこそ人間に目撃されたら終わりだ。試練は失格となり、私は村を追放されてしまう。

それなら動物に変身しよう。どんな小さい場所でも潜り抜けられるネズミに。


「よし。ロータスはここにいて。お前の姿じゃ目立ってしまうから」


物陰に隠れて杖を振りかざす。

瞬く間に目に映るすべてが巨大化した。違う。私の体が縮んだのだ。

しっぽを忘れてしまったから、ネズミというよりはモルモットだけれど、まぁいい。注意深く周囲を見回しながら、門番の足元を横切って行く。さすがにこの小ささでは気づかないようだ。

無我夢中で石畳を進んで行く。果てしない道のりだ。4本の足を駆使しているのに、いつまで経っても入口が見えてこない。

ネズミになったのは失敗だった。鳥になれば良かった。と後悔した矢先、殺気を感じた。

嗅覚が冴えわたる。この匂いは―――。


「ニャア」


ネコだ。

塀の上から眼光鋭く私を見下ろしている。これはまずい。

一目散に来た道を戻る。ネコは逃がすものか!と躍起になって追いかけてくる。全速力で走っていても、敵は背後まで迫っていた。鎌のような爪が伸びてくる。

ああああああああ。

命の危機を悟った瞬間、この体は宙に浮き上がった。咬まれたのだ。だけど不思議と痛みは感じなかった。

咬まれたショックと疲労で身動き取れずにいれば、朦朧とした視界に緑色の毛並みが入り込んだ。

私のピンチを救ったのはロータスだった。

ロータスは私を口にくわえながら器用に飛び回り、城から遠ざかって行く。

そうか。普段あまり役に立たないお前の正体は、ピンチの時に限って登場するヒーローだったのか。

いつしか気を失って、目が覚めた時には魔法が解けていて、おまけに日が暮れかけていた。草むらの中で目覚めるのは生まれて初めてだ。


「ロータス!」


元に戻ったらすぐに礼を言おうと思っていたのに、ロータスの姿はない。ヒーローは務めを果たしたら後はどこ吹く風。

とにかく今日は失敗だった。気持ちが空回ってしまった。直ちに別の作戦を練って、次こそは城へ潜り込もう。

青草だらけの体で立ち上がり、正面を向いた。

そこにはピアニーの姿があった。


「ピアニー?」

 

いつの間に傍にいたのだろう。足音や気配に全く気づかなかった。


「どうしたの?」


ピアニーの表情はいつになく硬い。というより、表情がない。いつも穏やかな笑みを浮かべていたのに、今はまるで人形のように私を見据えている。


「ニル、今日はあなたにお別れを言いに来たの」

 

何を言われたのか、一瞬わからなかった。


「え?お別れ……?」

「そう。もうあなたとは会わない」

「ど、どうして急に?何があったの」

「別に何も。ただ、あなたが嫌いになったの」

「私、何かした?」


突然のことに動揺を隠せない。

あの心優しかった彼女に何が起こったというのだろう。

問い詰めても答えは変わらなかった。


「とにかく会いに来ないで。あなたとの関係は今日で終わりよ」


ピアニーはほんの少しも表情を変えずに、絶縁状を突き付けた。

私は呆然と立ち尽くして、小さくなっていくピアニーの背中をずっと眺めていた。




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