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「……畜生。何でこうなっちまったんだよぉ……」
その夜。ロブは軽く震えながら路地裏に立っていた。懐には人を狂わせ獣に堕とす、『ブラッドムーン』が潜んでいた。
近くの物陰には、二人の影が潜んでいる。探偵リチャードと警邏エルヴィン。ハイプリステスに迫る脅威に人知れず抵抗している二人組なのだが、ロブにしてみれば狂った殺人鬼二人組だった。
(くそっ。アイツら何が目的なんだよ……何がこうしていたら別の売人とか、クスリを配っている少年が来るかもしれない、だ。楽観的にも程があるだろ……)
ロブはリチャードの言葉を反芻する。獣のような野蛮な光を瞳に宿し、釣り餌になるよう脅してきたのだ。引き受けないならここで殺してやる、とも言って。彼は震えが止まらない。物陰に潜んでいるリチャード達の目に見えてしまうほど。
「あいつめ、プロっていうよりただのビビりじゃねえか」
リチャードはぼそぼそ呟く。
「よかっただろう。そのおかげでお前の馬鹿らしい嘘にも騙されたんだ」
エルヴィンは微かに口端を持ち上げる。そう、もちろん嘘だ。売人を泳がせておけば、売人殺しが寄ってくるかもしれない。売人が潜伏を始めて数が減っている今こそ好機というわけだ。
「うるさい。アイツが乗ったんだし、何だっていいだろ」
「待て。誰か来たぞ」
エルヴィンはリチャードの襟を引いて後ろに下がらせる。ちらちらと遠くで二人の様子を窺っていたロブも、その様子を見てなおの事震えあがる。
(ま、マジか! 来るのか? 誰か……)
油の切れたブリキ人形のように、ぎこちなくロブは振り向く。濃紺のコートに身を包んだ金髪の男が、すたすたと彼に向かって歩いてくる。ポケットに手を突っ込んだまま、彼は生気の無い顔で真っ直ぐに歩み寄ってくる。
クスリを買いに来たのか? それとも他の売人がちょっかいをかけに来たのか? 次々と巻き起こる疑念が彼の肝を押しつぶそうとする。
「く、来んな! 来たらひどいぞ! 大変な事になる!」
「……む?」
ロブの言う通り、男はふと足を止めた。ロブは恐怖に堪えながら、どうにか笑みを作った。両手を男の方に差し出し、近づかないようにアピールする。男は蝋人形のような無表情で、真っ直ぐにロブを見つめた。
「来るなよ……来るなよ。来たら殺されちまうかもしれないぜ。お前もまとめてな」
「何だ。どういう意味だ」
「まず確認だ。お前も、クスリの売人なのか」
「お前も、か。なるほど」
ロブは男の言葉の調子が変わったことにも気づかず、へらへら笑いながらロブはこくりと頷く。
「そ、そうだ。俺もだ。今ヤバいことになってんだよ。わかるだろ? 俺達を狙ってる殺人鬼がいるってさ。知ってるだろ。それが、さ、あの――」
「そうか。それなら話は早いというものだ」
「えっ?」
訳が分からなかった。男はするりとポケットから手を抜き出す。その手には、小さなナイフがしっかりと握られ、くすんだ月光に照らされ鈍く輝いていた。
「……俺が、その殺人鬼だからだ」
瞬間、ロブの頭は真っ白になった。何にも考えられない。無表情のまま、抑揚のない口調で、まるで死神のようにするすると近づいてくる男。ロブは叫ぶしかなかった。
「ひえええええっ! 人殺しぃぃっ!」
「いい。その声だ」
その悲鳴を聞いた瞬間、男は口端を僅かに歪め、ナイフの切っ先をロブへと向けて一気に突っ込んだ。
「させねえっ!」