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デッドofナイト  作者: 影絵企鵝
胡乱な狐は仮面を被る
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page4

「アー、『ブラッドムーン』って何だったか?」


 ベッドと机があるだけの簡素なあばら家の中、リチャードよりも一回り大きな体躯の名物警邏、マディソンは頭を掻きながら首を傾げる。その仕草は全く熊のようだ。


「吸血鬼が精製したクスリだ。それを吸った奴は強い殺人衝動に襲われることが確認されている。三か月前の事件の犯人も、恐らくこのクスリを用いていたはずだ。そもそもその事件で初めて『ブラッドムーン』の存在は露見したろう。上から聞いていなかったのか」

「エルヴィン。お前に上から聞いたのなんだの言われるのは納得いかねえぞ……」


 ポーカーフェイスを貫くエルヴィンに、マディソンはげんなりして肩を落とす。なまじ能力があるから大目に見られている部分はあったが、エルヴィンは捜査中にふらふらどこかに消えたりしてしまう、まさにサボタージュの常習犯だった。マディソンはげんなりと脱力したまま、エルヴィンの鼻先を指差す。


「で、前の事件で使われたそのヤクが今イーストサイド中でばら撒かれてる可能性があるってこったな?」

「そういう事だ。連続殺人犯も見つけねばならんが、正直『ブラッドムーン』がこれ以上ばら撒かれないようにする事を優先した方がいい。このままだと件の薬狂いがここに溢れる」

「おげぇ。縁起でもねえことを言うんじゃねえ」


 マディソンは吐く真似をする。色々屈折しているエルヴィンと違い、マディソンは真剣に街の安寧について考える男だ。クスリで狂喜乱舞した中毒者達が刃物なり鉄管なり持って街を荒らしまわる光景を想像するだけで嫌気が差した。


「だが事実だ」

「へえへえ分かった分かった。けどよ、どうすんだ? お前の言う事を上が聞くとも思えねえぞ」


 エルヴィンは目を細くし、じっとマディソンの顔色を窺う。マディソンも顔をしかめ、しばらく無言で睨み合いが続く。


「俺に任せたってしゃあねえだろ」


 マディソンが負けた。両手を掲げ、厭そうに呟く。


「少なくとも俺よりは信頼されているはずだ」


 エルヴィンは悪びれることも無く言い放つ。マディソンは一瞬顔をしかめたが、このままやり込められるのも癪だ。彼はムキになって腕組みする。


「悪いが俺はバカだぜ。お前とかからの入れ知恵だってすぐ気づかれるぞ。俺が行ったところで仕方ねえな、うん」

「胸を張るな。売人達が最近『ブラッドムーン』を捌き始めていたらしいって言えばいいだけだ。上は俺達より頭がいい。幾つか手を打とうとはするはずだ」

「……わかった。一応警視さんには掛け合ってみるさ」

「すまんな」


「はっ! あっ! ここはどこ? 煉獄?」


 不意の叫びが二人のやり取りを遮る。軽く耳を塞ぎながら見ると、ベッドから起き上がったロブがパニック気味に叫び、怯えて縮こまっていた。


「残念だがここは俺の出張事務所だ。そんな大層なところじゃない」


 探偵リチャードは渋面作って唸る。彼の厳めしい面構えにすっかり怯えたロブは、慌てて毛布を盾のように突き出す。


「やめろ! もうやらない! クスリの売人なんてやらないから! だから殺すのは勘弁してくれ!」

「うるせえうるせえ! どうしたんだ。お前はさっきから」


 毛布越しでもうるさい絶叫に、リチャードは思わず仰け反りながら叫び返す。獅子が吼えるような声だ。ますます震えあがったロブは、毛布をぶるぶると震わせながら、しどろもどろに尋ねる。


「だ、だって。お前らが、そうなん、だろ? 俺達みたいなヤクの売人を殺して回ってるんだろ?」

「はぁ?」


 リチャードは耳を疑い、エルヴィンとマディソンも訝しげな視線を送る。


「どうしてそうなる。というか、お前は何なんだ。さっきも俺を吸血鬼と勘違いしたろう。どうしてそんなに俺を殺人者扱いしたがるんだ?」


 ロブは目を瞬かせる。一瞬、単に自分は探偵と警邏に保護されただけのような気がした。しかしすぐに気を取り直す。


(違う違う。こいつらは俺を油断させようとしてるだけだ。油断して、隙を見せたところを殺すつもりなんだ)


 彼らの目の前で気絶し、十二分に隙を見せていた事実には思い至らず、ロブはますます警戒を強めていく。


「俺はプロだ! 売人のプロだ! 騙されねえぞ!」

「何言ってるんだ。売人にプロもクソもあるかね」

「はんっ! 色々あるんだよ! 危険を嗅ぎ分ける力とか、金づるを見分ける力とか、色々! 俺には、とにかくすごい実力があるんだ!」

「へえ。全くどうでもいい、クソの役にも立たない実力だな」


 リチャードは皮肉交じりに呟く。二度も殺人鬼扱いされては、気も尖るというものだ。背後で腕組みしているエルヴィンに、リチャードは困ったような顔を向ける。


「俺はそんなに強面かね」

「さあ。だがこれではまともに手を貸してもらえないな」

「違いない。だが、こういう奴にはまた別のやり方ってもんがあるだろ?」


 リチャードは苦々しげに笑うと、いきなり毛布を引っぺがし、帽子を目深に被って思い切り邪悪な笑みを口元に浮かべる。


「そうかそうか。……なら取引といこうじゃないか?」

「ひっ」

「ひっ、じゃねえ。命は惜しいだろう? なら俺達に手を貸せ」

「な、何だよ。何しろって、い、うんだ?」


 殺人鬼になり切ったリチャードは、静かに頷く。


「ああ。そうだな……」



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