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リチャードの裏拳がエルヴィンの回し蹴りを弾き飛ばす。エルヴィンが平衡を崩してよろめいた隙に、リチャードはその脇を抜けて通りへと抜ける。顔をしかめ、エルヴィンは素早く体勢を立て直してその後を追いかける。
「逃げられると思っているのか!」
「分かってるさ、そんなことはな! 言って分からないなら、実際に見せるしかないだろうが!」
リチャードは振り向きもせず叫ぶと、そばの戸を乱暴に蹴りつけ、あばら家の中に押し入った。
「ひっ!」
突っ込んできた大柄な男に、今まさにまぐわっていた街娼と男は驚いて縮こまる。その後に続いて飛び込んできた狐面の警邏を見て、二人はさらに小さくなる。張りつめていたナニかも恐怖で萎れてしまった。
「あっと。お取込み中すまん」
リチャードはろくに罪悪感も無く、身を寄せ合う二人に頭を下げる。その頭上を、エルヴィンの拳がすり抜けた。
「頼んでた嬢ちゃんはいるよな」
「は、はい。そ、そっちに隠してます……」
娼婦は声を震わせつつ、部屋の隅に立てかけてある木板を指差した。エルヴィンが繰り出した拳をどうにか受け止めると、リチャードは板の方に振り返った。
「おい、取りあえずもう出てきてくれ!」
彼が叫ぶと、ゆっくりと板が部屋の真ん中に向かって倒れ込む。そこには、真っ青な顔をした、まだまだ幼げな少女が小さくなってしゃがみこんでいた。
「た、探偵さん……姉は」
エルヴィンは目を見開いた。その声色に、怯えのような感情は無かった。振りかぶる拳を止め、構えも解いてエルヴィンは目の前の怪しげな出で立ちの男をじっと見据える。
「貴様。……本当にあの女を殺したのではないのか」
なおもその口調は訝しげだ。下ろされた両手も、いつでも握り直せるよう力が込められている。リチャードはほとほと呆れて頭を押さえ、黒い山高帽を脱いでしまった。白髪交じりのぼさぼさな黒髪、眉間に深く刻まれた皺が露わになる。
「だから、さっきから言ってるだろう? 俺はこのお嬢さんに頼まれて、お姉さんを助けに入ろうとしたんだよ」
リチャードは少女の方に振り返ると、軽く頭を下げる。
「すまん。俺が行った時にはもう殺られた後だった」
「そう、ですか……」
泣き出しこそしなかったものの、少女は顔色をさらに青くして俯く。ここにきて、ようやくエルヴィンは自分がバカであった事に気が付いた。顔を手で覆うと、彼はそのまま元の人間としての姿に戻る。酔いに任せた高揚はどこへやら、落胆しきった顔で俯いてしまった。
「……申し訳ない。少々色々なものに酔っていたようだ」
リチャードは肩を竦める。彼の萎れっぷりを見ては、突っかかる気にもなれなかった。
「……いいよ。俺も色々慣れてるんでな」
今回は少々短かったです。
申し訳ありません。