語りの神様と光の剣の勇者
【語りの神サマと光の剣の勇者】
『今ではないいつか、ここではないどこか、君ではない誰かのお話です。
広い大陸の真ん中にある大きな王国には、昔々からの言い伝えがありました。
“大地の下の奥深くに、恐怖の大魔王を封印した。しかし、太陽が月に喰われることを千回繰り返したとき、再び大魔王は地上に姿を現すだろう”
この国の王様や国民は、みんなこの言い伝えを信じていました。
太陽が月に食べられるたびにお城の壁には文字が刻まれ、何度王様が代わってもそれは続けられました。
そしてとうとう千回目となりました。
太陽が月に食べられてお空が暗くなったとき、どこからともなく恐ろしい声が聞こえてきたのです。
“ぐわははは、ワガハイは恐怖の大魔王。よくも今まで暗い地の底に閉じ込めてくれたな。お前たち人間も、同じ目に合わせてやるぞ”
魔王がそう言うと、元々暗くなっていたお空が、もっともっと暗くなりました。
お昼時だというのに、まるで本当の夜になってしまったみたいです。
“お前らの太陽は、ワガハイがいただいた。返してほしければ、大地の果てにあるワガハイの城まで取りに来い”
どうやら、怒った魔王が太陽を持っていってしまったみたいです。
いくら待っても、お空はちっとも明るくなりません。
これには王様も国民も困りました。
太陽がなくなってしまっては、国中が暗く、さみしくなってしまいます。
お外に遊びに行くこともできません。
そんな、困っている王様の前に、ある日ひとりの若者が現れました。
“王様、僕が魔王のところに行って、太陽を取り戻してきます”
若者は、太陽の欠片から作られたという光の剣を持つ者でした。
どこに行っても真っ暗で、みんなが困っているのを見た若者は、みんなのために太陽を取り戻してこようと思ったのです。
王様は、藁にもすがる思いで若者にお願いをしました。
どうか太陽を取り戻してきてほしい、と。
若者は、任せてくださいと言うと、国を出て、魔王の城を目指しました。
若者の持つ光の剣は、若者の行く先を明るく照らします。
暗い夜に包まれた空の下でも、道に迷うことはありませんでした。
また、若者は、剣の腕もピカイチです。
魔王が、若者を邪魔するために作り出した恐ろしい化け物も、ばっさばっさと倒してしまいました。
そうして長い長い旅のすえ、ようやく若者は、魔王の城にたどり着いたのです……』
「――と、いうのが、前までのお話だったね。今日はその続きだよ」
天使たちは、誰ひとりとしておしゃべりをせず、神様のお話を聞いています。
神様の言葉には不思議な力がありました。
きちんとお話を聞いていると、まるで自分がお話の中に入っているような気がしてくるのです。
みんな、目の前で戦う若者の姿を見上げ、化け物の姿に驚き、魔王の声に身を寄せ合って、はらはらどきどきしていました。
神様は、楽しそうにお話を続けます。
『……魔王の城に乗り込んだ若者に、魔王が恐ろしい声で話しかけます。
“ぐわははは、ようやく城まで来たか、人間よ。しかし、いくら貴様でも、ワガハイの部屋まではたどり着けまい”
そう言って笑う魔王の言う通り、城の中には危険がいっぱいでした。
底の見えない落とし穴、弓矢の罠に吊り天井。
光の剣の導きがなければ、とても避けられなかったでしょう。
魔王の作った化け物も、今までよりももっと強いです。
岩でできたひとつ目の大男や六本腕の剣士など、どの化け物も一筋縄ではいきません。
若者は何度もピンチになり、そのたびに勇気を振り絞って戦い続けました。
痛くても苦しくても諦めません。太陽を取り戻すために、がむしゃらになって光の剣を振りました。
やがて、最後の化け物を倒した若者は、とうとう魔王のいる部屋に足を踏み入れたのです。
魔王は驚きました。人間が、まさかここまで来るとは思っていなかったのです。
“ワガハイの前に姿を見せるとは、貴様、なかなかやるではないか”
若者は、息も絶え絶えに言います。
“さあ、魔王! 僕はここまで来たぞ! 大人しく太陽を返すんだ!”
魔王は、うーーむ、と悔しそうにうめきます。
それから、バサリとマントをひるがえすと、大きな槍を持って立ち上がりました。
“まだだ。まだワガハイは負けてない。人間よ。太陽がほしければ、ワガハイを倒すのだ”
若者と魔王は部屋の真ん中でにらみ合い、それから戦いを始めました。
光の剣を使う若者と、暗闇の槍を使う魔王。
どちらも戦いの強さは同じぐらいでした。
しかし、若者のほうが苦しそうにしています。
若者は、ここまで来る間に何度も化け物たちと戦い、怪我と疲れでうまく戦えなくなっていました。
それに比べて魔王は、元気なままでピンピンしているのです。
剣と槍がぶつかるたびに若者が押され、後ろに下がっていきます。
“ぐわはははは。どうした人間、ワガハイを倒すのではなかったのか”
若者はつらそうにしています。
体が思うように動いてくれません。
“ううっ、このままじゃ負けてしまう”
このままでは、若者は魔王に負けてしまうでしょう――』
「負けちゃダメー!」
「がんばれー!」
神様のお話を聞いている天使たちが、必死に声をあげます。
魔王の姿や声は恐ろしいですが、それにも負けず頑張っている若者を、みんな応援しているのです。
「そうそうー。みんなの応援が、力になるよー」
神様も、もっと応援するように天使たちに言います。
みんなの力が集まれば、きっと魔王にも勝てるのです。
そして、天使たちの応援が一番大きくなったところで、神様はお話を続けます。
『――とうとう動けなくなってしまった若者に、魔王は暗闇の槍を振り上げて笑います。
“ぐわははは、どうやらここまでのようだな。さらばだ、人間よ!”
そうして、若者の体に槍を突き刺そうとした、その時です。
光の剣が、驚くほど強い光を放ちました。
“なっ、これは……!?”
魔王も、若者も驚いています。
光の剣から溢れる光は、部屋の中をいっぱいに埋め尽くしていきます。
“ぐわー! まぶしい!”
魔王は、まぶしくてたまりません。
ずっと暗い地の底に封印されていた魔王は、明るい光が苦手なのです。
若者は、苦しむ魔王の姿を見て最後の力を振り絞りました。
光の剣を掲げると、魔王に向かってまっすぐに振り下ろしたのです。
“うおおりゃーーーーっ!!!!”
光の剣は、魔王の体を真っ二つに切り裂きました。
“そんな、バカなーー!?”
魔王は叫びますが、決着はつきました。
魔王の体は、剣から溢れる光に飲み込まれて消えてしまいました。
若者は勝ったのです。
それにしても不思議なのは、剣から溢れた強い光です。あれほどの光は、はじめて見ました。
“いったいどこから、こんな力が……”
若者は、光の剣を見て首を傾げます。
実は、若者の活躍と無事を願う王国の人々の心が、祈りとなって剣に力をもたらしたのです。
みんなの応援が、若者の力となったのでした。
“おお、やったぞ。空が明るくなっていく”
魔王を倒したことで、太陽はお空に戻ることができました。
世界に光が満ち、暗い夜が明けていきます。
こうして若者は、太陽を取り戻しました。
恐怖の大魔王に立ち向かった“勇気ある若者”は、みんなから“勇者”と呼ばれるようになり、王国のお姫様と結婚して幸せに暮らしましたとさ』
「……おしまい」
神様は、パタンと本を閉じました。
それからゆっくりと、天使たちの顔を見渡していきます。
天使たちはみんな目を輝かせ、神様の言葉を待っています。
「どうだった? 面白かったかなー?」
何人かの天使が、我先にと手を上げて答えます。
「面白かったー!」
「ゆうしゃー!」
神様は上機嫌に頷きました。
ここからが、神様の本領です。
「じゃあ、このお話の世界に行きたい子は、いるかな?」
はいはいはーい、と再び手を上げた天使たちを見て、神様は閉じた本をもう一度開きます。
開いたページは、「おしまい」の次。
まだ何も書かれていない、真っ白なページでした。
神様が足元にそっと本を置くと、真っ白なページから柔らかな光が溢れ出し、大きな円を描きました。
「ひとりずつ、順番に並んでね」
そして一列に並んだ天使たちに、最後の確認をしました。
「みんな、準備はいいかな? もうここには戻ってこられなくなるけど、本当にいい?」
天使たちは、そろって答えました。
「だいじょーぶー!」
光の輪が、強く輝きます。
天使たちの新たなる旅路を祝福しているのです。
「それじゃあみんな、行ってらっしゃい。勇者の活躍で平和になった世界で、次の物語を作るのは君たちだよ」
並んでいた天使たちがひとりずつ光の輪の中に飛び込んでいき、最後のひとりが飛び込むと、本はゆっくりと閉じてしまいました。