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語りの神様と公園の幸子

【語りの神サマと公園の幸子ちゃん】



 その公園には、夢乃宮(ゆめのみや)幸子(さちこ)ちゃんという女の子が遊びにきていました。


 幸子ちゃんは、もうすぐ十歳になる女の子です。

 顔立ちは可愛らしいのですが、いつも不機嫌そうにしています。

 何かに怒っているのか、それとも気に喰わないことでもあるのか。とてももったいない女の子です。


 もっと笑顔でいるようにすれば、さぞや男の子たちから人気が出たことでしょう。


「べつに良いもん。かわいいなんて、思われなくてもいいし」


 というのが幸子ちゃんの言い分です。本心かどうかは幸子ちゃんにしか分かりません。


 幸子ちゃんは、公園に来てからずっとブランコをこぎながら足元を見ています。

 時間はまだお昼前です。今日はお休みでもなんでもない、平日です。


 学校には行っていないのです。

 お父さんの都合で引っ越してしまって、まだ転校の手続きができていませんでした。


 だから幸子ちゃんは、毎日こうして公園に来ては、夕方まで時間を潰して帰るのです。


 家に帰ってもお酒を飲んだお父さんがいるだけで食べ物もありませんが、夜は家に帰らないとお父さんが怒るので、仕方なく家に帰るのです。


 お母さんは、ずいぶん前からいませんでした。

 お父さんとケンカして、どこかに行ってしまったそうです。


 幸子ちゃんは、もうお母さんの顔も名前も覚えていません。

 夢乃宮、という名字が、お母さんの名字だということしか知らないのです。


「……はあっ」


 知らないうちに溜め息がでました。

 幸子ちゃんは、自分が幸せだなんて、これっぽっちも思っていません。

 幸せそうな人たちを見るとあっかんべーをしたくなりますし、幸子、という自分の名前ですら嫌いです。

 幸せというのは自分には縁のないものだと、そういうふうに考えていました。


 そしてなによりユウウツなのが。


「……あの子、また来るかしら」


 ここ数日、毎日のように公園にやってきては、幸子ちゃんに会いに来る男の子がいるのです。

 男の子は、金色の髪に青い目と、見るからに外国人のような男の子です。何がそんなに楽しいのか、いつ見てもニコニコしていて、幸子ちゃんの気にさわります。

 年のころは幸子ちゃんより少し下ぐらいで、公園で幸子ちゃんを見かけると寄ってきて、一緒に遊ぼうと言ってきます。

 幸子ちゃんが毎回「めんどうくさいわ」と言って断ると、「じゃあこれを読みます」と言ってきて、いつも手に持っている本を開くのです。


 本は、どこかの国の童話集なのか、たくさんのお話が載っています。

 よくある勇者と魔王のお話とか、砂漠に生えた大きな樹のお話とか、写真冒険家のお話とか、料理人たちのお話とか。

 男の子は、鈴の音のようなきれいな声と、楽しそうな身振り手振りを使って、幸子ちゃんにお話を聞かせてくれます。


 他にも、国を追われたお姫様が暗い森の中で魔法使いと出会うお話とか、人の心を読むオバケと口の悪い女の子のお話とか、雨垂れの町の信心深い肉屋さんのお話とか、世界中の海と川と湖を泳いで渡った男のお話とか。


 男の子は、幸子ちゃんが見たことも聞いたこともないようなお話を読んでいきます。

 男の子はお話を読むのがとても上手で、聞いたことのないお話なのに、まるで何度も聞いたことのあるお話のように、内容が頭に入ってきます。


 今日も男の子は、病気になった女の子が神様の力で病気を治してもらうお話を読みました。


「どうですか。面白いですか?」


 男の子は、上手な日本語で聞きました。

 幸子ちゃんは、いつものように答えました。


「ええ。とってもつまらなかったわ」


 男の子が、「どうしてでしょう?」と聞いてきます。


「だって、そんなのズルいわ。どうやっても治らなかった病気が、神様の力ならかんたんに治せるなんて。今も治らない病気で苦しんでる人たちが聞いたら、きっと怒ると思うもの」


 幸子ちゃんは、そんなふうに答えます。

 男の子は、「なるほどなるほど」と言ってから、別のお話を読み始めます。


 読み始めたお話は、森に捨てられた女の子がたくさんの人に助けられながら画家になっていくお話です。


 キリの良いところまで読んだ男の子は、幸子ちゃんに「どうだった? 面白かった?」と聞きます。


「ええ。とってもつまらなかったわ」


 幸子ちゃんはまた、このように答えました。


「結局その子は、運が良かっただけじゃない。絵の才能があったことも、りょうしさんに助けられたことも。そんな幸運、まさしくお話の中のできごとだわ」


 幸子ちゃんはどのお話を聞いても、このように悪かったところを答えます。

 男の子はこの日もいくつかのお話を読みましたが、結局幸子ちゃんは、一回も「面白かった」とは言いませんでした。


「うーん、残念。今日もダメだった」


 男の子は悔しそうにしています。

 幸子ちゃんは、呆れたようにしています。


「だってあなたのお話は、どれもハッピーエンドばかりじゃないの。わたし、ハッピーエンドってキライなのよ」

「どうして嫌いなんですか?」

「……ハッピーエンドなんて、お話の中でしかないからよ。げんじつはいつも、いたくて苦しくてつらいもだわ」


 冷めきったような幸子ちゃんの言葉に、男の子は反論します。


「確かに現実は、つらいことも多いかもしれないけど、だったらなおさら、お話ぐらいはハッピーエンドのほうが良いんじゃないかな」

「そんなことないわよ。お話の中だからこそ、つらくて悲しいこともがまんできる。がまんできるようになるから、つらいげんじつでも生きられるようになるの」

「……幸子ちゃんは、」


 男の子は、少しだけ悲しそうに聞きます。

 「生きているのがつらいの?」と。


 幸子ちゃんは、不機嫌そうな顔のまま、ぽつりぽつりと話してくれます。


 お母さんがいないこと。学校に行っていないこと。お友達がいないこと。お父さんがお酒を飲んで暴れること。怖いお兄さんが家に押し掛けてきたことがあること。だから家に帰りたくないこと。……自分はずっと、不幸せだったこと。


 男の子は、黙って幸子ちゃんの話を聞きました。

 そして幸子ちゃんに質問されました。


「あなた、言ったわよね。お話ぐらいはハッピーエンドが良いって。じゃあ、げんじつのわたしには、ハッピーエンドは来ないの?」

「……それは」

「わたしのところには、……神様は助けに来てくれないの?」


 男の子を見つめる幸子ちゃんの目から、涙がこぼれました。

 男の子は、悲しそうに唇を噛みました。


「…………それは、……その」


 そんな男の子の様子を見て、幸子ちゃんは涙をぬぐいました。

 勢いに任せてバカなことを言ってしまったと、そう思い直したのです。


「ごめんね、へんなこと聞いちゃって。それと、なさけないところ見せちゃって」

「…………」

「……今日はもう、かえるね」


 幸子ちゃんはブランコから降りました。

 ブランコの鎖がキィキィと鳴りました。


 男の子は、公園から出ていく幸子ちゃんに聞きました。


「また明日も、会えるよね……?」


 幸子ちゃんは答えません。男の子は、大きな声で聞きました。


「また明日も、ここに来るからね! 一緒に遊ぼうよ!! 約束だよ!?」


 幸子ちゃんは、少しだけ振り返って男の子を見ました。

 不機嫌そうな顔ではありませんでした。


 ただ、悲しそうに笑っていました。



 それから、何日たっても幸子ちゃんは公園に来ませんでした。


 風に揺られたブランコだけが、誰もいない公園でキィキィと鳴っていました。



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