第六話 ランクBへの招待状
「レ、レベルが伸びすぎですねえ……」
ラフィータ=クセルスアーチ
表層レベル65
潜在レベル44
「そうでもないでしょう」
「何をどう狩ったら、こんなに。こっそり教えてもらえません?」
片耳に手を当てて内緒話のポーズをするギルド職員をラフィータは冷えた顔つきで見つめる。
「規約に反したことはしていません。それでは、僕はこれで」
年若い女ギルド職員の引きつった笑みから目を逸らし、ラフィータは手の中で紙をくしゃりと丸め潰す。
周囲の冒険者がラフィータのことをちらちらと見ている。
高レベルの新人がいることはあまり話題になっていないようだ。ラフィータは他の冒険者とつながりが薄く、また人前で目立つような行為とは無縁の生活を続けているためだろう。
(マークされるのは時間の問題だろうけど……)
視界に垂れた金髪を横にかき上げながら、ラフィータは内心でため息をつく。
昨日の件はまた別として、若い才能が頭角を表すのを面白く思わない連中がいることは確実だ。冒険者同士、つまるところは商売敵である。『ゼブラ』を狩った事実が明るみに出るのは時間の問題だし、加えてこのままのペースでレベルを上げていけば近日中に何かしらのアクションが、下手をすれば妨害工作がとられる可能性もある。
「と言っても、マナの収集をやめるつもりはないけど」
「マスター? どうかしましたか」
「何でもない。さ、今日はエイジクロウの残りを始末しに行く。アーサにも働いてもらうから、しっかり気合い入れていくよ」
「はい」
背丈のほとんど変わらない少年少女がギルド館の出口をくぐり、今日も今日とて魔獣を狩るべく『ヘクトールの森』に向かう。
あまりに小さな二つの背中が屈強な冒険者たちの流れに呑み込まれていく。
「…………」
男が一人、その光景を眺めていた。
彼は顎に手を当ててしばし思案した後、ギルド館の掲示板からクエスト用紙を手に取る。
彼を応対した職員は不思議そうな顔で彼を見上げた。
「いいだろフィーちゃん。たまの休暇で懐かしい気分にひたりたくなったんだ」
「は、はあ……」
受領証と狩猟印紙を片手に、男は颯爽とした足どりでギルド館をあとにした。
曇り模様の空がどこまでも続いている。
東から駆けのぼるはずの太陽も今日ばかりは姿を見せず、地上には湿気の強い風が吹き荒ぶ。さきほどからずっと雨の匂いがし始めていた。降りそうで降らない、そんなどっちつかずの天候が冒険者達をもどかしい気持ちにさせている。
「マスター……」
アーサが救いを求める表情でラフィータを見上げる。
ラフィータは知らんぷりをした。
アーサの手前にはエイジクロウの死体が転がっている。
エイジクロウの死体はネットの上に乗せられていて、あとはネットの紐を結んで木の枝に釣り下げるだけの状態だ。
アーサは紐を両手に掴んだ状態で途方に暮れていた。
紐の結び方が分からないのだ。
猫耳がパタンと倒れてしまっていて、尻尾は萎びたウナギのように地面に垂れ下がっている。
アーサはもう一度ラフィータの顔を窺う。
もうほとんど泣きそうな表情だったが、ラフィータは動きそうになる体を鉄の心で自制する。
「アーサ、できなくても怒らないから。一度手を動かして取り組んでみるといい」
「うぅ」
いまだ手甲をつけたままの主人の姿を見て、本気で手を貸してくれないと察したのだろうか。
アーサはぐすんと鼻をすすり、目の前の作業に集中し始める。
「…………」
「…………」
三分ほど経っただろうか。
アーサがまたラフィータの顔を見上げていた。
彼女の手元では紐が絡まりまくって半ば鳥の巣めいたものが出来上がっている。
ラフィータはため息をこらえて手甲を脱ぐ。
彼はアーサの肩にぽんと手を置いた。
「よく見ておくこと。宿で練習させるからね」
これ以上時間を割くと生物大陸に魔獣の死体が呑み込まれてしまう。
ラフィータはアーサの隣に座り込んで紐を手に取った。入り組んだ謎の塊をほぐし、正しい手順で結び直していく。
「ごめんなさい……」
「結果だけが全てじゃない。努力も認められて然るべき」
「どりょく……?」
「うん。アーサは頑張ったろう。僕はそれを褒める」
「………」
するとアーサが目を閉じたままうつむき、ラフィータの目の前にずいっと頭をかしげてきた。
とっさに行動の意味が理解できず、ラフィータの手元が止まる。
(何のつもりだろう)
怪訝な顔で見つめるラフィータの視界で、アーサの猫耳がぴょこぴょこ動く。
アーサの頭がずいずいとせまってくる。タケノコが背伸びするような奇怪な行動の意味をラフィータは考える。
アーサは緊張しているのだろうか。若干呼吸を乱していて、眉間に小さくしわを寄せたまま下唇をぐっと噛んでいる。
といっても顔つきは苦しげではない。むしろ頬が赤くなるほど血色がいい。
まるで、なにかを期待しているような……
「…………」
ラフィータは試しにゆっくりと腕をあげて、アーサの頭にそっと手のひらを置いてみた。
アーサの顔つきが変化する。彼女は目をぎゅっとつむったまま口元をにやけさせている。どこか酸っぱいものを口に含んだような表情だった。両の拳をぐっと握って、尻尾は水を得た魚のように忙しなくばたついている。
アーサは喜んでいた。
(撫でてほしかったのか……)
ラフィータは手のひらを前後させながらアーサの反応を見る。
アーサの表情は次第に変化して、今は顔中の筋肉が弛緩したといっても過言ではないようなだらしない笑みを浮かべている。
「アーサは撫でられるのが好き?」
ラフィータはアーサの猫耳をいじりながらそんなことを聞いた。
くすぐったそうにしていたアーサが目をぱちりと開く。
「はい。それはもう、いつでも撫でてもらいたいくらいに……」
ふうんと相づちをうちながらラフィータはアーサの頭から手をのける。
アーサは「あ……」と声を上げ、悲しそうな視線をラフィータに向けてくる。
「またいつでも撫でてあげる。今は魔獣を吊り下げるのが先決。ほらアーサ、それくらいならできるだろう」
ネットに入った骸をアーサに手渡し、ラフィータは視線だけで辺りを見渡す。
目に映るのは、すでに木に吊り下げられた一羽目のエイジクロウ。枝に手を伸ばして奮闘するアーサの姿。粘着力をなくしたエイジクロウの巣の残骸。
ラフィータは体内マナを操り身体強化を実行する。
聴覚を強化し、視覚から意識を切り離して音の世界に身をひたす。
ラフィータはすぐに身体強化を取りやめる。異音は存在しない。
彼は納得がいっていなかった。
(なにか……)
「マスター、できました!」
アーサが駆けよってくる。
見れば、二匹目のエイジクロウが枝に吊り下げられている。なんてことはない、吊り下げ用の紐を枝にぐるりと回し、先端に付けられた金属製のフックをネットに引っかけるだけの作業だ。
「うん、よくやったよ」
とりあえずそう言ってお茶を濁しておく。
アーサはもう一度頭を撫でてもらいたそうにしていたが、ラフィータの心はとある懸念に捕らわれていたので気が回らなかった。
急ぎ支度をし、アーサにも荷物をまとめるよう声をかける。
彼女は最初こそ眉を八の字にして悲しそうな顔をしていたが、普段と違ってぴりついた主人の顔つきから何かを感じたのか、文句を言わずに荷物をまとめて背嚢を背負う。
ラフィータは小声で次のように言った。
「ごめんアーサ、雲行きが怪しい」
その言葉を聞いたアーサが曇天を見上げる。
ラフィータはわずかに脱力した。
「アーサ違う。きな臭いって意味だ」
「あ、ごめんなさい」
「言い方が悪かったよ。ねえアーサ、こっちにきて」
ラフィータはアーサを手招きし、自分の隣に待機させる。
彼は横目でアーサを観察した。昨日の一件が彼女の心に恐怖などの悪影響を与えていないか心配だったが、今のところそのような兆候はない。
ラフィータはしばし思考を巡らせ、次いで己の装備を確認する。
ククリナイフが一本、その他の仕込み武器が数個。
固形型魔法陣は手甲の下、靴裏にそれぞれ一組。袖下には計五つ。首飾りに扮したもの二つ、背中に一つ。
その他、紙に印字した魔法陣が懐に複数。
ラフィータは考える。
そして決めた。
「『運び屋』のドールは間もなく到着するけど、今日は彼らについて行かない」
「え、どうしてですか」
「ほら、その。昨日の場所に残してきた槍があるだろう。槍自体は中古の安物だし、無理に雷を流したせいで使い物になるか怪しいけど。紐は別でさ、マナを通しやすい特別な素材で出来ているんだ。今の僕には高価なものだ。できたら回収したい」
「なるほど」
昨日はアーサが怪我をしていた上にラフィータの精神も不安定で、回収する間もなくその場から去ってしまった。槍や紐は十中八九クロユリなる冒険者達によって売り払われているだろうが、彼らがラフィータの私物に触れるのを恐れてそのままになっている可能性もある。
「『運び屋』にエイジクロウを託し次第、移動する」
それから数分もしないうち、運び屋のドールが二人到着する。
ラフィータは事情を説明し、エイジクロウの死体を預けた上でドールから番号の書かれた札を受け取った。彼が札に内蔵された魔法陣を起動させたのを確認すると、ドール達は踵を返してその場をあとにする。脚力中心の特訓を受けただけあって、死体を担いだドールはあっという間にラフィータの視界から消えた。
番号札を懐にしまいつつ、ラフィータは移動を開始した。
ラフィータが歩みを止める。
そこは昨日倒したゼブラの巡回路だった。大きな木の生えていないひらけた道で、膝丈の草をのぞけばかなり動きやすい。冒険者ならゼブラの脅威を考えて利用するのを躊躇うのが普通であるが、その脅威がすでに取り除かれているとなれば話は別だ。こうした道は『溜まり』にあっては整備された人口路と同等の価値を持つ。もっとも、整備員がいなくなった道など数日もたず木々に飲み込まれてしまうだろうが。
ラフィータはアーサに小声で耳打ちし、彼女の背負う背嚢を漁る。
目当てのものを取り出すと、彼はそれを片手におさめたままふっと息をついた。
「いくぞ」
「はい」
突然二人が走り出した。
マナによる身体強化をすることで常人とは思えぬほどのスピードが出ている。
風を切って疾走するラフィータは目だけで背後を窺う。
(ボロは出さない。さすがに舐めすぎか)
ラフィータは走りながらアーサに合図をする。
彼はある物を背後に投げ捨てた。
投げ捨てたのは事前に背嚢から取り出していた物体で、それはラフィータの背後で綺麗な放物線を描いた。
ラフィータが急に足を止める。彼はがばっと背後を振り返り、地面に片膝をついて虚空を睨みつける。
次点でアーサが足を止める。彼女はその場にしゃがみ込み、両手で耳をしっかり塞ぐ。
視界の先で物体が淡い光を帯びる。
パアァァァン!!!!!!
肌を波立たせるほどの炸裂音が大気を揺らし、森の空気を貫いていく。
物体は煙を上げて地面に落ちた。火薬の匂いがラフィータの鼻孔をつく。
「出てこい! 居場所は割れたぞ! それとも、お前の『それ』はこちらからの音も遮断するのか!」
ラフィータは大声で怒鳴る。
強化された聴覚は一瞬の不和を感知していた。
音響玉が破裂したのち、あたりにばらまかれた振動波が反射してラフィータの鼓膜に届く。
それがなぜか、音が帰ってこない方向があった。
「いや、参った。してやられたな」
茂みをかき分け、男が姿を現す。
背の高い男だった。肩幅は広く、がっしりとした体つきをしている。
無造作に伸びた茶色の髪は野性味を感じさせるが、深い彫りの下で光を宿した青い瞳はどことなく人の良さを感じさせる。うすく笑みを浮かべる口元も意外と手入れの行き届いた無精髭も、男の人相にプラスに働いている。
ラフィータは評した。
(人をたぶらかす類いの人間だ)
「やっぱりいた。おかしいと思ったんだ。今日の森は音が少なすぎた」
「うっひゅう。草葉の動きは悟らせなかったのに不思議と思っていたが、なるほど。音がしないことに気づいたのか、勘が鋭すぎるぞお前」
「名乗れ、所属を言え。何が目的だ」
「きつい口調にすわった目つき。ギルド館での丁寧な言葉遣いはどうした。そっちが本性か?」
「ストーカーに敬語で話す必要はない。名乗れと言っている」
ラフィータは男の目的を探る。男はラフィータの事を少しばかり調べているようだ。接触を求めるわけでなく、こうしてラフィータのあとを付けてきた。ラフィータの素性を探ることが目的か。
男は片手で後頭部をかきながらため息をついた。
「分かった、名乗ろう。俺の名はエモウス、エモウス=ラングルー」
男は懐からカードを取り出し、ラフィータに向けてひゅっと投げてよこす。
スナップをきかせた投擲によって回転しながら向かってくるカードを見て、
ラフィータはククリナイフを抜き、カードを剣腹ではたき落とした。
唖然とするエモウスの顔から目を離さず、ラフィータは地面に膝をつく。
片手でカードの表面をなぞり、危険がないことを確認してから手に持つ。
カードはギルド証だった。
青い縁取りがほどこされたカードの表面には流麗な筆記体でエモウスの名が記されている。
「たしかに。冒険者のようですね」
ラフィータはエモウスと同様にスナップをきかせてギルド証を放った。
それをエモウスが危なげなくキャッチする。
エモウスは苦々しい表情をしていた。
「仲良し子猫が二匹と思っていたんだが、当てが外れたかね」
「申し訳ない。少し警戒せざるをえない事情がありまして」
エモウスの眉がぴくりと動く。
「事情ね。それは俺のような人間がお前をたずねたってことか」
「あなたがどのような人間なのかは把握しかねますが」ラフィータはいまだ耳を塞いだまま目を閉じているアーサを足でこづく。「今とは異なる状況だったとだけはお伝えしておきましょう」
エモウスは片手で口元を覆った。
そのままラフィータをじっと見る。隠された口元がにやけているのが頬の動きから丸わかりだった。隠すつもりもないのだろう。
「お前、おもしろい奴だな」
「どうも。で、このままでは埒があきませんが」
アーサが辺りを見渡している。ラフィータの姿を確認して緩んだ表情がエモウスを発見した瞬間、張りつめたものに変わる。
「もう一度自己紹介しよう。俺の名はエモウス=ラングルー。Bランクパーティー『アザト』のメンバーだ。こそこそつけ回すようなことをして悪かった。この通り、謝罪する」
エモウスは頭を下げた。
その上で彼は言葉を続ける。
「ラフィータ=クセルスアーチ、俺はお前を勧誘しにきた」
「…………」
「『アザト』に入れ、ランクEの冒険者よ。その若さと胆力、隠蔽を見破った知識と判断力。お前には『芽』がある。俺はお前をスカウトする」
「お断りします。私は別の冒険者とパーティを組む約束をしている。彼らを裏切るわけにはいかない。お引き取り願いま……」
「黒猫キースか。あいつはやめておいた方がいい」
眉をひそめたラフィータを見てエモウスがたたみかけてくる。
「ハクマを襲撃してきたグレイスフープを共に討伐したのが馴れそめらしいな。まだあいつの過去を知る機会には恵まれていないと見た。どうかな」
「過去……?」
「そうだ。キースは以前パーティの頭をやっていたが、メンバーをまとめきれずあげく大討伐期間の折に全滅させた経歴を持つ。今でもパーティを率いてランクAに到達することがあいつの夢らしいが、不吉を呼ぶ『黒猫』の名はジンクスを気にする新米冒険者を寄せ付けなかった。だから、あいつはソロなのさ」
ああ、そのことか。
ラフィータはわずかに気をゆるめた。
エモウスはふっと一息つき、唇を下でしめらせる。
「何がいいたいかっていうとな。あいつには人をまとめ上げる力がない。確かに人がいい、人に好かれる人となりだ。冒険者としての実力もあるのは俺も認めるところだ。だが、あいつにはパーティリーダーをつとめるのに決定的なものが欠けている。……ラフィータ、もう一度言う。『アザト』に入れ。有望な前途をみすみす無駄にすることはない」
「話は分かりました……」
「お……」
「して、『アザト』への入会はお断りさせていただく」
「ん、んん!?」
「一つ、私は自由でありたい。ランクB、『アザト』ですね。ランクEの私はきっと、あなた方の傘下の冒険者パーティに入れられ、そこで身をしのぎ合って上を目指すことになるのでしょうが……」
「…………」
「はっきり言おう。効率が悪すぎる。数多いパーティメンバーとのマナの分配、実力に見合わぬクエスト制限。断言できるが、私はいらぬ時間をそこでくすぶることになる」
「なる、ほど……。恩恵がないと言いたいのか」
エモウスの笑みが野獣めいたものに変わっていく。
体にマナが巡り始めている。ラフィータは内心で舌打ちをする。
「確かに新人の中で飛び抜けたレベルのお前にはもどかしい環境かもな。だが、それをくぐり抜けた先にはランクBの俺たちと肩を並べて戦える。一人では倒せない強大な魔獣も、俺たちが手を合わせればわけなく倒せるように……」
「こんなことを言うのは失礼かもしれませんが……」
言葉を遮ってラフィータが口を開いた。
「私はランクBに甘んじるつもりはない」
「くっ、ふくくっ。言うねえ!」
エモウスが堪えきれぬといった様子で笑い出す。
「私の目的はランクAの、そのまた先にある。知っていますよ『アザト』の現状。ランクBの冒険者は軒並み年配の男性ばかりで、次世代を担うはずの冒険者も思うように育ってくれず苦労しているらしいですね」
「知られていたのか、性格の悪いやつだ。頭にくるぜえ、おい」
「上位グループのメンバーはある程度調べがついています。あなたのことも、顔まではさすがに調べられませんでしたが」
「あっはっは! やばいな。ますます気にいってきた。この人材が喉から手が出るほどに欲しい」
エモウスは腰の柄を握り、一気に引き抜く。
鞘走りの音と共に一本の刀剣がラフィータに向けて突きつけられる。
刃渡り九十センチほど、いわゆるロングソードと呼ばれる武器だ。
「何のつもりでしょうか」
「お前がランクBなんか目じゃないっていうからよ。ランクBの実力を見せつけて、威厳を示せば『アザト』に入ってくれるんじゃないかって思ったんだよ」
「実力以外の観点からも私は勧誘を断っています。お忘れですか」
「どうしても入らないって言っても、やはり切り結ぶしかない。これしか方法がないんだからよお!!」
好戦的な表情のままエモウスは体を揺らし始めた。
弛緩した筋肉はすでに準備が出来上がっている証拠だ。体の末端に至るまでマナを行き届かせ、あとはバネのように飛びかかってくるだけ。
ラフィータは最後の手段として左腕を掲げて見せた。
「『運び屋』を呼びます。他方の望まぬ決闘および襲撃は規約に従い罰則が……」
「そんなもん来る前に終わらせればいい!!!」
エモウスが地を蹴る。
早い。そして無駄がない。体のキレは熟練したものを感じさせる。
「ちっ。アーサ! 茂みに隠れろ! 攻撃するな!」
「で、でも――」
「全て僕がやる! いいか攻撃するな!! 命れ……、ぐっ!」
寸前で跳び上がったエモウスのロングソードがラフィータの眉間に振り下ろされる。
ラフィータはククリナイフで刃を受け止める。
甲高い音がなる。次いでギチギチッ! と刃と刃がつぶし合う音がして、
かろうじて匹敵する力、押し込まれそうになるのを必死でこらえるラフィータ。
そのままつばぜり合いになるかと思われたとき、エモウスが動く。
男は腕の力を抜いた。
突然の事にラフィータの重心がふっと浮いてしまう。
十分の一秒にも及ばぬ隙が生じた。
刀身同士が密着した状態のまま、エモウスは腕を引きつつ上半身を前に突きだす。
どこか欄干に手をかけて下を見ようとするのに似た体勢の意味をラフィータは瞬時に把握する。
つばぜり合ったままではエモウスを斬りつけることが出来ない。
刃は前の移動はおろか横の移動すら封じられている。
エモウスがラフィータの方に倒れ込んでくる。
その頭がぐっと後ろに引かれ、
直後、ラフィータの額にエモウスの頭突きがせまる。
一瞬の出来事。
ラフィータは浮き上がった重心を靴の吸着魔法で大地に強制的に縛り付け、
次いで体を左に傾けて頭部への直撃を避ける。
ラフィータの右肩に石頭が直撃する。
肩が粉砕するような一撃は体全体を柔らかく使うことで衝撃を吸収してやり過ごす。
エモウスの膝頭が陰部を狙って跳ね上がるのを太ももの外側面でいなし、その衝撃も借りてエモウスの右側面に飛びだして距離を取ろうとする。
かなりの前傾姿勢だったエモウスは体勢を立て直すのに時間がかかるかと思ったが――――
エモウスが左足を前に突きだし、大地をだん! と踏む。
それだけで彼の体勢が回復する。
エモウスはロングソードを袈裟切りに振るってきた。
ラフィータの目前に銀色の凶器がせまる。
彼は体を反らすことでそれを間一髪回避する。
(得物の長さに加え、身長差は頭一つ分)
ラフィータは攻勢に出ない。
切り結ぶことの不利を十分に理解している。
弧を描くロングソードの斬り上げを今度は足裁きでよけてみせる。
男はそのまま流れるような動きで突きの構えに入る。
ラフィータの目が細められる。
瞬間、ラフィータは攻撃の始まりから終わりに至るまでの全てを見切っていた。
(左足を踏み出しながらの一撃)
今まさに突きだされようとする刀身に対抗し、ラフィータはククリナイフを投げつける。
的確に顔面を狙った投擲がエモウスに一瞬の躊躇いを生じさせる。
伸び上がろうとした筋肉が一転して収縮し、動きに固さが生まれる。
エモウスは首を左にねじってククリナイフを躱すが、
その次点で彼の注意はナイフに多くを割かれ、さらには右を通過する刀身が視界に蓋をする。
エモウスの視界ではラフィータの姿がかき消えたように映っただろう。
そして、ぬうっと、
エモウスの右手から伸び上がるように現れたラフィータは、エモウスの拳に左手かけて動きを鈍らせ、同時に彼の心臓に右の手のひらを突きつける。
(四の章十五、『フィロスの鉄槌』)
二人の狭間が青く染まった瞬間、指先から噴出されたマナが紫電となってエモウスの心臓に入り込んでいく。
目を見開いて驚愕するエモウス、
「ぐうっ!」
男は左前に飛ぶことで雷撃の連続投与から逃れ、地面を転がりながら体勢を立て直す。
ラフィータは追撃をしなかった。
彼は投げ捨てたククリナイフを拾いながら、
「今の瞬間、あなたは死んだ」
そう言った。
「お前、今の卑劣な不意打ちで勝った気になってるんじゃ……」
ふと、エモウスの首筋をざわつかせるものがあった。
彼ははっとして背後を見る。
「…………」
そこには可愛らしい猫耳少女が抜き身のククリナイフを持ったまま所在なさげに立ちつくしていた。
どうしていいのか分からず、とりあえずという感じでエモウスに剣先を突きつけている。
エモウスの首筋を冷や汗が流れる。
誘導という二文字が彼の頭をかすめた。
「これが、お前の王手か……」
「え……? っていやいやそんなはずないでしょう。胸を見てください胸を」
エモウスは怪訝な顔をして自分の胸の視線を落とす。
あっ、と声が出た。
革製の胸当てに小さな紙が貼り付けてある。
紙には魔法陣が印字してあり、今も淡い光を放っている。
エモウスが慌ててそれをはがす。
手を触れた瞬間、ビリリッと手に電撃が伝わる。
「これはいったい……」
「二の章十八『裏影童子』。周囲の『指令』を吸収倍化した上で、魔法陣に密着したマナを強制的に性質変化させる術式です」
「は?」
「もし私がその気なら、今の五倍から七倍の電撃があなたの心臓を局所的に打ち抜いていたでしょう。逃亡しても意味がありません。胸のそれが電撃を供給し続け、あなたはそれをはがせない。電撃によって肝心の手が動かなくなってしまう」
エモウスは蒼白な顔でラフィータを見つめている。
ラフィータの言葉、実ははったりである。
『裏影童子』はそこまで強力な魔法ではない。周囲の指令を吸収して放出するのは確かだが倍化などできないし、相手の体内マナを強制的に変質させることもない。
(帰ってくれ……)
本心はただそれだけを願っていた。
せっかくマナの消費を最小限に押さえたのだ。もうこれ以上の戦闘は勘弁してもらいたい。
「そんな都合の……、信じられ……」
「信じるかどうかは任せます。しかしそれ以前に、戦闘中にしかも魔法使いに急所に魔法陣を仕掛けられ、あげくそれに気づかない。これをどうとらえれば良いか。あなたには分かるはずです」
エモウスはしばしの無言のあとで、ぽつりとつぶやいた。
「俺は、負けたのか……」
どんと重たい音を立て、ロングソードが地面に落ちる。
うつむいて虚空を見つめだしたエモウスに見切りをつけ、ラフィータはその奥にいるアーサを手招きする。
アーサがその場を飛びだして、ラフィータに抱きついてきた。
それをいなしながらラフィータは言葉を紡ぐ。
「エモウスさん。あなたの苦労は耳にしています。『アザト』の次世代リーダーを担う者として、人材が揃わず戦力の低下に悩んでいることも。今回の行動は大きな規約違反ですが、あなたの立場を考え、不問とします」
「…………」
「一つだけ。あなたはキースを中傷しましたが、ご自分の身を顧みてはいかがでしょうか。パーティーへの加入を無理強いする身勝手な脅迫行為、もし私が『アザト』に興味を抱く新人であっても、そのようなパーティーリーダーのもとで成長できるとはとても思えません」
「…………」
「エモウスさん、聞いていますか?」
「うっ……うっ……」
エモウスは――――泣き出した。
今日一番の動揺を見せるラフィータ、小首をかしげて男を見やるアーサ。
見てはいけない。見ないであげることがせめてもの情けだ。
ラフィータはそう思い、男にくるりと背を向けてその場を後にする。
置き去りの槍や紐のことは頭からすっ飛んでいた。
ただ思う、帰りたいと。
「だ、駄目があ……。ひぐっ、なあ゛……」
背後からねっとり届く嘆きの声にラフィータは鳥肌を禁じ得なかった。
彼は両耳に手で蓋をしてその場から全力で走り去る。
「マスター?」
そのすぐ後ろをアーサが不思議そうな顔をして駆ける。
彼女は主人の真似をして、両手で耳を塞ぎながらラフィータの後を追うのだった。
「んで、紐は結局見つからなかったと」
「ええ。捜索のために無駄な時間を過ごしました」
「ふーん。昨日といい怪しさ満点だけど、追求しないでおいてやるよ」
控えとなっていた札を手渡し、ギルド証とクエスト受領証、および狩猟印紙を『運び屋』の親父に手渡した。
「ところでラフィータ、今日の昼間、エモウスって男と会わなかったか。場所的にかぶっていたんだけどよう」
ラフィータの体がびくりと揺れる。
「なんだ、会ったのか。ハーミットの狩りなんて珍しいクエスト受けてたんだが、様子はどうだった」
「いえ、会っていませんよ。もしかしたらすれ違ってしまったかもしれません」
「ん、そうなのか。……どうしたお前、汗すごいぞ」
「あはは、あははははは……」
朝の曇り模様が嘘のように、空はからりと晴れている。
夕日に照らされるハクマの街中でラフィータはどっと息を吐いた。
戻ってきた。その安心感だけがラフィータの心を占拠していた。
(今日は奮発してお湯を借りよう。熱い湯を浴びれば嫌なこともさっぱり忘れられる)
ラフィータ達は普段、水を浴びることで汚れを落としている。
ハクマの街には一応の公衆浴場が存在するのだが、入浴料が非常に高く、そのうえ体の洗い方が適当すぎる冒険者が群れをなして入浴するために湯はいつも濁っているとの噂だ。絶対に利用したくないというのがラフィータの心情である。
「アーサ、ギルド館で報酬をもらったら、今日は一度宿に帰ってお湯を浴びよう」
「わあ、湯浴みですかマスター」
尻尾を振りながら笑顔ではしゃぎ始めたアーサを見て、ラフィータの気分も少しだけ上向く。
「うん。体を洗ったら僕が外に出て、近間の屋台で食事を買ってくるか……ら」
懐の銅貨の枚数を数えながら、ラフィータは頬がひくつく。
宿で湯を沸かしてもらうためにはお金がかかる。厳しい出費だった。
本当なら毎日でもお湯を浴びたい。しかしそれを許してくれない懐の寒さだった。
(冒険者って、稼げないよなあ……)
夕日に照らされたラフィータの顔はあまりにもの悲しげに染まっていた。
「マスター?」
己の目の前で手が振られているのに遅まきながら気づいて、ラフィータはぶんぶんと頭を振った。
「ごめん、ぼうっとしてた。さ、ギルド館に向かおう」
入浴前、アーサと一悶着あった。
いつものことである。
「どうして一緒に湯浴みしてくださらないのですか」
前まではアーサが控えめに提案してくるのをラフィータがばっさりと切り捨てる形だったのだが、最近命令に反抗するという技術を覚えたアーサはしつこくねばるという手法でラフィータを困らせていた。
アーサは男女の違いというものがいまいち理解できていない、らしい。
ラフィータが彼女に裸を見せたことがないのも一因としてあげられる。
撫でられたり抱きしめられたりを喜ぶアーサにとっては体を洗い合うことも自然なことに思えるのかもしれないが、ラフィータにとってはもちろんそうではない。
「…………」
ということでラフィータは今、水に濡れてもいい簡素な衣服をまとって、風呂桶のすぐそばで待機している。風呂桶のそばといっても立てかけた間仕切り一枚を隔てていて、彼はその間仕切りの前で腕組みをして立ちつくしている。
水の音がする。ぱしゃぱしゃと。
間仕切りの奥ではアーサが湯浴みをしている。
「マスター、お願いします」
「ちゃんと巻いたよね。じゃ、入るよ」
ラフィータは袖を改めてまくり、床に置いていた小さい桶を手に持って間仕切りの奥に歩いて行く。
アーサは木椅子にちょこんとすわっていた。
彼女の体には白い布地が巻きつけられている。
ラフィータは湯のたまった風呂桶をのぞき込み、小さい桶で湯をくみ取る。
アーサは髪を一人で洗えない。
嘘のような事実で、これがラフィータの悩みの種だった。今はこうしてラフィータが洗髪することですませているが、もう少ししたら自力で洗えるよう指導するつもりだ。まずは水への恐怖を取りのぞくことから始めなければならない。
余談だが、アーサは生まれた当初は体の洗い方すら分からず、これの指導を当時泊まっていた宿の女主人にまかせたことがある。金はふんだくられたが、たしかにアーサが自力で体を洗えるようになったので、文句は言えなかった。それ以前にラフィータも教えようとはしたのだが、ここをこう洗って、などと言っているうちに恥ずかしさから赤面してしまって指導にならなかった。
「アーサ、行くよ」
アーサがぎゅっと目をつむる。
頭からざーっと湯を浴びせてアーサの髪をしっかりと濡らす。
もう一度お湯をすくい、今度は小出しに湯をかける。頭皮から毛先にいたるまでを指を通しながらまんべんなく湯を馴染ませ、次にアーサの使っていた固形石けんを借りて髪を泡立たせていく。
「んー、んー」
猫耳をもみしだいているとアーサが足をばたつかせ始めた。
くすぐったいらしい。ラフィータの手から逃れようと頭を前後にゆすっている。
「アーサ、じっとしてて」
アーサの動きが控えめになる。それでもときおり肩をくねらせているのは、そうしないと堪えきれないからだろう。ラフィータも黙認した。
頭頂部を洗い終えると、洗い方が心配な耳の後ろやうなじを指の腹でこすり、次いで頭髪に取りかかる。再び手を泡立たせ、わずかに赤みがかった白髪を撫でるようにして汚れを落としていく。『ヘクトールの森』でひっついた草の切れ端や塵、酷いときには虫が潜んでいることもあるので、見逃さぬよう指で丁寧にすく。
髪先まで指を通し終えたら、頭に何度も湯をかけて泡をしっかり落とす。
ラフィータは桶にわずかに湯をためる。
彼はポッケから小さな容器を取り出し、蓋を開ける。中に入っていた灰色のクリームを薬指ですくい取り、今し方湯をためた桶に指をひたしてちゃぷちゃぷとかき混ぜ、クリームを湯にとかした。
クリームは『ヴィーチ』と呼ばれる『溜まり』産の果実の果汁を濃縮したもので、髪の状態を整えるために使う。いわゆるリンスと呼ばれるものだ。
これはラフィータが自作したものである。『ヴィーチ』を使用したリンスは上流階級に馴染みがあり市場にも出回っているが、ラフィータは市販のものを買うことが出来なかった。当然のようにお金が足りなかった。幸い『ヘクトールの森』にヴィーチが自生していたので、ラフィータはクエストの度ばれない程度に果実を拝借し、節約を図っていた。
リンスをとかしたお湯をアーサの髪に塗りつけていく。ちなみにお湯でリンスを薄めているのも節約のためである。
最後にお湯をたっぷり使ってリンスを洗い流し、桶をアーサに手渡す。
「もう一度お湯を浴びて。泡はしっかり流してくること」
「マスター、ありがとうございます」
アーサがラフィータの方を向き、座ったままお辞儀をしようとする。
その前にラフィータはくるりと後ろを向いた。
「着替えは準備しておいたから。この前みたく前後ろ逆に着ないようにね」
ラフィータは緊張した首の筋肉を指でほぐしながら、そそくさとその場をあとにする。
ばしゃんと音がした。
「く、くう……」
ラフィータの体を熱いお湯がくまなく包みこむ。
アーサの使った残り湯に新たにお湯をつぎ足したので、風呂桶はもうもうと湯気を立てている。ラフィータは湯面に足をつけた瞬間、辛抱できず湯に飛び込んだのだった。
「んはあ……。たまらない……」
目を閉じたラフィータの表情がでろ~と崩れていく。
彼は至福の表情で息を吐いた。
体を洗った後である。
長い髪もアーサと同様の手法で洗髪し、今はタオルで頭部をぐるぐる巻きにしている。
風呂桶のふちに二の腕をひっかけて、ラフィータは空を見上げた。
日もほとんど沈みかけた頃合い。
深い藍色を呈した空に、巨大な魔法陣が描かれている。
魔法陣はいくつも隣接していて、広大な空をくまなく埋め尽くしている。生物大陸では見慣れた光景だ。先人達はこの魔法陣通りにマナを流すことを考え、そうして魔法は発見された。
大陸中の空を覆う魔法陣は機能ごとに分類され、章分けをされた魔導書に記録されている。魔導書には数多く種類があり、記録されている魔法陣も書によって異なっている。
全ての魔法陣を記録した魔導書は存在しないとされている。各国の勢力事情から魔導書の統合が進まないのも理由の一つ。それ以上に大きいのは、単純に大陸の空があまりに広大すぎるからだ。いまだ未踏破の大地の上空にはきっと想像もしない効力を秘めた魔法陣が描かれている……。そんなロマンを追い求めて旅をする魔導師も珍しくないと聞く。
(まさに、冒険者……)
ラフィータは腕を上げ、空に浮かぶ魔法陣を指でなぞった。三の章三十八『四五八百』。小さな物体を複製できる魔法である。と言っても複製できるのは外見だけ、立体的な張りぼてを生み出す効果しか持たない。使用するマナも多めで、大抵の魔導師は習得に見向きもしない。
ラフィータは腕をぱたんと下げた。湯面でぱしゃりと湯が飛ぶ。
「昨日、今日といろんな事があったなあ……」
クロユリの襲撃、エモウスの接触。
思う以上に自分はマークされ始めているのかもしれない。
自信過剰とは思わない。自分の実力を冷静に評価すれば、これほど危険な新人もいないと思う。
「ランクアップの予定、早めるか……」
早々にパーティを組み、個から群れになる必要がある。
ラフィータのランクはE、キースやエルメスのランクはB。パーティーは所属しているメンバーの最高ランクがパーティーランクとして扱われ、その二つ下のランクの冒険者までを所属を許される。つまり、ランクBのキース達とパーティーを組むにはラフィータがランクDになることが条件だ。
(でも、レベルが……)
ただでさえ獲得したマナをアーサと半分こしている現状でキースやエルメスとまでマナを分配しだせば、レベルの伸びが悪くなるのは自明だ。
それはうまい話ではない。
ラフィータの目的は『あの男』に近づくこと。
男に匹敵するレベルを保持し、なおかつランクAに到達することで自然な成り行きで男に接近し、情報を盗み出した上で始末する。
(難しいものだ)
ラフィータは体を縮めて口の上まで湯につかり、しばしぼうっと湯面を眺めている。
湯が冷め始める頃、
ラフィータは風呂桶から出て、乾いた布地で体をふく。
その後、なぜか風呂場の近くをうろついていたアーサと裸で鉢合わせそうになったがこれを回避し、髪を乾かした上で夕食を買うべく外出する。
馴染みの屋台で応対してくれた娘に銅貨を渡し、持参した弁当箱に食事を詰めてもらう。
焼き魚二匹に、炊き込みご飯が一人分。
帰りを待つアーサを思って、ラフィータは宿への道を駆け足で辿った。
アーサ「美味しかったです。ふわあ……。私、疲れちゃって。もう眠くなってきました……」
ラフィータ「アーサ、ネットを結ぶ練習するよ。その後は文字の書き取りと音読」
アーサ「」
ラフィータ「一日一歩、十日で十歩」
アーサ「マスター鬼です……」