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第十六話 狙われた狩人、魔獣達の反逆

昨日はすみません。

更新予約の日にちを間違えました。

許してください。


今回の魔獣は大きいです。成人男性とペットボトルくらいの差がありますのでペットボトルの気持ちになってお楽しみください。

「燃えてきたよ燃えてきたよ! ラフィータぁ!」


 キースがぴょんぴょんと跳びはねている。

 彼の手元には一枚のクエスト用紙があった。


 ―Bランク『マウントマッド』の討伐―


「今日まで地味なクエストばっかだったけど、これでヘカトンケイルも一皮むけられる!」


「落ち着けキース。浮かれすぎだ」


 エルメスが険しい顔でキースをにらむ。


「やー。お前はいいよ。『滅火のルイン』で『マウントマッド』なんて何度も狩ってるんだろうし。でも俺やラフィータは違うんだよ。ソロじゃ『マウントマッド』なんて狩れないんだから。なあ、ラフィータ」


 キースがラフィータの肩に腕を回してくる。


「僕はアーサがいたからソロじゃないよ」


「なっ!?」


「ついでに言えば、ラフィータはマウントマッド級の大物を何体も仕留めている。キース、お前とは違う」


「なんだよ! マウントマッドだぜ! 何でお前らそんな落ち着いてるんだよ! おかしいだろ!」


「キースうるさい……」


 ラフィータは耳元で騒ぐキースの顔を腕で押しのける。


 崩壊したパーティーは練度の問題でBランク魔獣には挑戦していない。

 それ以来ずっとソロで活動してきたキースは胸の高鳴りを押さえられずにいるのだった。


「うう、理解者はいないのか……」


 ギルド館の隅っこにうずくまったキースの背中をアーサが「どんまい」と言いながら撫でている。


「しかし、懸念の残るクエストだ。無論、実力を示すチャンスではあるが……」


 エルメスの言う懸念とは、同エリアにBランク魔獣の『グロウ』が二匹・・確認されている事だ。一匹目のグロウが現れて、ギルドが対応を決めかねている間にもう一匹が誕生してしまったのだ。


「グロウは『姫と焔』が押さえてくれるらしいし、大丈夫じゃないかな」


「一匹はそうだろう。だがもう一匹は……」


 エルメスが微妙な表情でとある方向を見やる。


「うっす! じゃあ気合い入れまっせ!」

「うすうす、まっせ!」「まっせっせ!」


 妙なかけ声を上げているのは本日『グロウ』を対処することになったCランクパーティー『無尽蔵』のメンバーだ。CランクがBランク魔獣に挑戦する。貢献度やその他の条件を満たしている彼らにとってはランクアップの機会が巡ってきたも同然。最終的な判断はクエスト終了後にギルドが下すが、それでも気合いは入るだろう。


「あんな若い連中に任せて大丈夫なのか」


「エルメス、僕たちがそれ言っちゃ駄目だよ」


「エルメスは心が年増だからね。礼儀だのしきたりだの。あと二年もすれば皺が目立ち始めるよ」


 いつの間にか立ち直ったキースが茶々を入れる。


「いつでも遊楽気分のどら猫に言われちゃかなわないな」


 エルメスは一つため息をつき、真面目な顔つきでキースを見た。


「キース、号令をかけろ。パーティーの出立だ」


「そうだね。そろそろか」


 キースがラフィータの手を引く。

 ラフィ-タがアーサの手を引き、アーサがエルメスの手を握る。

 そしてエルメスがキースと手を繋げば、四人の小さな円陣が出来上がった。


 輪の中にキースの声が響く。


「ヘカトンケイル初のランクBクエストだ。目標はいつも通り、誰一人欠けることなくこの場に帰還すること! さあ行こう! 信じる仲間と共に!」


 四人が輪の中心に足を踏み出す。


「ヘカトンケイルー、ファイ、オー!!」


「「オー!」」「……おー!」


 輪の中央に四つの拳が突き上げられる。


「おお、やってるねえ」

「まぶしいまぶしい」


 ギルド館の壁にもたれた冒険者たちがニヤニヤしながらその様子を眺めていた。


「おうエルメス! パーティーの足ひっぱんじゃねえぞ!」

「しっかりやれよ! お前らに五千かけてんだ!」


 『滅火のルイン』のメンバーが受付前から声を飛ばしてきた。

 キースが手を振り、エルメスが一礼する。


 ギルド館の入り口を出た四人はヘクトールの森を目指し、一歩を踏み出す。


















「しかしラフィータ、お前は魔獣の『倒し方』の常識を悉くひっくり返していくよな。どうすればそれを思いつくんだ」


 ヘクトールの森の低層部でエルメスがラフィータに聞いてきた。

 ラフィータが『マウントマッド』の対策をメンバーに話したあとのことだった。予想だにしない方法にキースとエルメスは息をのむしかなかった。


「どうすればと言われても。魔獣の習性を事前にある程度把握して、その上でより無駄なく弱点を突く方法を編み出したにすぎない。今回のも聞いてみれば『なんだそんなことか』って思っただろう。なぜ考えつかないのか、それはこれはこうという『鉄板』に捕らわれているからだ。全てを疑うところから始めるといい」


「キース、こいつ何歳なんだ……?」


「エルメス、こっちも同じ台詞を言おうとしてた」


 視線を交差させる男二人。

 その背後ではアーサが猫耳に引っ付いた羽虫をうっとうしげに追い払っている。彼女は握った拳で何度も猫耳をこすっていた。


「僕も実際に『マウントマッド』を見たわけじゃないから、いざ戦闘では目論見が外れる場合もある。そのときはエルメス達に従うからよろしく」


「おう。ま、聞いた限りじゃ上手くいくとは思うけど。……しかしほんと急な話だったよな。ラフィータのおかげで討伐のめどが立ったけど……」


 ギルドから『マウントマッド』の狩猟依頼を通達されたのは昨日のことだ。

 本来ならこの魔獣はランクBパーティー『ヘルソー・ブレイダ』が担当することになっていた。それが何故ヘカトンケイルに回されたのかといえば……


「風邪とはねえ。馬鹿は風邪引かないって言うけど」


 エルメスが辛らつな言葉を述べる。

 『ヘルソー・ブレイダ』、体調不良によりダウン。


 と、キースが会話に入り込んでくる。


「あいつら浴びるほど酒飲んだあげく川で水遊びしてたらしいぜ。メンバーの一人は大分下流の方で見つかってさ。魚につつかれまくってあへってたらしい。ドン引きだよな」


「同じ種族とは思いたくない……」


「まあ聞く分には面白いんだけどねえ。で、他の奴らはさあ……」


 ラフィータはアーサの耳を塞いだ。

 不思議がるアーサに無表情で応じる。


「お話聞きたいです」


「駄目だ」


















「そろそろ他のパーティーが『グロウ』を見つけた頃かなあ。どう思うエルメス」


「戦闘音は聞こえない。まだじゃないのか」


「うーん。ヘカトンケイルはどうするべきか」


 キースは大木の影からそっと顔を出す。


 巨大な泥人形・・・が地面に座り込んでいる。

 四肢があり頭部もある。体高は座った状態で八メートル弱。


 肉体は全て土砂で構成されている。

 表面がうすい茶色を呈しているのは土砂が乾ききっているからに他ならない。


 そんな泥人形――すなわち『マウントマッド』は大木に背中を預け、地面に胡座をかいていた。


「うお……。さっきと変わってる。人間みたいな格好してるぞ」キースがつぶやく。


 二度目の邂逅だった。

 場所を確認したラフィータ達は下準備のため一時撤退したのである。


「遠からずだ。動きは人間と似通った部分がある。何度も言うがあの巨体で俊敏だから注意しろよ」


「うん。……準備は整ってるんだよね。行っちゃおうか」


「かまわないと思う。俺は賛同する」


「僕も賛成かな。時間を無駄に消費するよりいい」


 キースはアーサに視線を向けた。

 アーサは頷いて「準備よしです。どうぞ」とつぶやいた。


 キースは一度目をつむり、ふうと息を吐いた。

 その彼が目を開く。黒い瞳は静かな闘志を宿していた。


「じゃあ、合図と共に行こう」


















 木の陰から二人の冒険者が飛び出す。

 一人は黒い猫耳の男、キース。得物はロングソード。

 一人は背の高い金髪の男、エルメス。得物は鉄製の槍。


 マウントマッドが頭部を上げる。

 目鼻のない顔面が冒険者をとらえた。


 キースとエルメスは無いはずの視線が自分たちに向けられたのを感じた。


 マウントマッドが立ち上がる。

 動き出した関節からパラパラと泥が剥がれ落ちていく。


 見る者を圧倒する巨体が本当の姿をあらわにする。

 体高およそ十五メートル。


 キースは皮膚が泡立つのを感じた。

 畏怖の念すら抱かせるその立ち姿はまさしく『巨人』。


 魔獣が二本の腕を頭の上に持ち上げた。

 それだけで引きずられた大気が軋むように唸る。


「で、でっけえ……!」

「来るぞキース!」


 二手に分かれた二人。

 直後、二本の腕が勢いよく振り下ろされる。


 風切り音の後、桁の違う衝撃が解き放たれた。

 まるで爆心地だった。

 大地が縦に揺れ、至る箇所がひび割れたように断裂していく。


「うお……!」


 未だかつてない振動にキースが足をとられる。

 船の上にいるような揺れが地上で起こっていることに彼は驚愕を隠せない。


 巻き起こる突風の中、キースの第六感が死の気配を訴える。

 はっと振り返ればマウントマッドがキースに向けて右拳を振り上ろすところだった。


「っ!!」


 本能に従って前に飛び込む。

 すぐ背後で大地が爆散する・・・・


 飛び散ったつぶてすら殺傷力を持つ。

 キースは大木の後ろにとっさに転がり込む。


「こっちだ化け物!!」


 エルメスの声が聞こえた。

 キースが木の陰から出れば、幼なじみが槍を片手に魔獣へ突進をかけていた。


 キースを正面にとらえていた魔獣が背後からの攻撃に反応する。

 魔獣は腰を下ろした体勢のまま振り返り、右腕で薙ぎ払いをかける。

 草や土砂を巻き込んだ一撃がエルメスにせまる。


 槍を持った冒険者は飛んだ。

 エルメスが雄たけびを上げる。

 水平に振るわれた腕を跳び上がって回避したエルメスは勢いそのまま魔獣の右膝に槍を突き立てた。


 穂先は土色の皮膚に三十センチほど食い込んで止まった。

 エルメスのこめかみに血管が浮き出る。

 筋肉が膨らむ。彼の体内でマナが脈動し、身体強化の限界値が引き出される。


 エルメスは槍の柄を二カ所で握り、一方を引き寄せ、もう一方を突きだそうとする。


 シャベルで土を掘り出すのに似た力の込め方。

 実際、エルメスの目的はそれだった。


 マウントマッドの表殻は異常な硬度をほこる。スキルによって押し固められた土は並大抵の攻撃では刃先すら通らない。しかも、たとえ表面を削ったとしてもその周囲から土を集めて自己修復までしてしまう。並大抵以上の攻撃すら無効化する始末だ。


 しかし、この魔獣にも比較的柔らかい部分がある。


 柔らかくしなければならない部分、と言った方が正しいか。それは可動部である肩、肘、股関節、膝など――――つまりは関節である。マウントマッドはこの関節部に他とは違うきめ細やかで流動性の高い砂を使用している。この部位を集中してえぐられれば代用の効かない砂のために修復はかなわず、魔獣の機動性を大きく削ぐことが出来る。


 それが第一段階・・・・


「うおおおおおおおお……!!」


 穂先がゆっくりと線を描き、右膝の土を掻き出していく。


「エルメス!」


 キースの呼び声が聞こえた瞬間、エルメスが未練なく作業を中断する。

 彼が魔獣の右膝から飛び下がる。

 まさしく間一髪。直後、エルメスのいた場所を左腕がえぐるように通り過ぎる。


 魔獣が怒気を放つのが分かった。

 膝を傷つけられた魔獣がエルメスに鉄槌を振るう。


 エルメスが更に背後に飛びすさろうとする。

 マウントマッドはそれに追撃をかける。


 魔獣の右腕がかすむ速度で降り落ちる。

 自重すら利用した加速。拳が巨大な隕石と化す。


 クレーターが生じる。

 エルメスの視界が湖面のようにうねる。

 移動がままならない。そこにまき散らされた土砂の破片が烈風を伴って襲いかかる。


「ぐう……!」


 エルメスが吹き飛ばされて大地を転がる。


 そのころマウントマッドは右足に取りついている冒険者の存在を感知した。


 時間は少し巻き戻る。

 魔獣がエルメスに右腕を放ったと同時、キースが魔獣の膝裏に取りついていた。

 ロングソードの刃先が土色の皮膚に突き刺さっている。


 キースは一度地面に降り立ち、助走をつけて膝裏めがけて跳び上がる。

 彼の膝が柄の底部にぶち当たり、ロングソードがさらに深く突き刺さる。

 彼は固定された柄に腕をかけて落下を免れる。そのままくるりと回転し、魔獣の『脚甲』とも呼べる硬い表層部の端面に足をつけた。


「うぐおおおおおおおおおお!!」


 裂帛の気合いと共にロングソードが土をかきだしていく。


 とキースの体が浮遊感を訴える。


 魔獣が数歩後ろ歩きし、己の右膝を巨木に叩きつけようとしている。


 キースは慌ててロングソードを引き抜く。

 その柄を黒い尻尾でくるりとつかみ取り、彼は膝裏から飛んだ。


 キースが大木とすれ違ってすぐ、魔獣の膝裏が大木にぶち当たる。


(あぶねえ。潰されるとこだっ……ってうえええ!)


 大地に倒れ込んだキースは自分におおいかぶさる影を見た。


 バキバキと耳障りな音を立てて大木がキースに倒れ込んでくる。


「やってらんねっ」


 彼は全力でその場を脱した。

 一秒待たず大木が大地に倒れ込み、軽く地揺れが起こる。


 と、キースは見た。


 空中を移動する少年の姿があった。

 金色の髪をなびかせ、異常な跳躍を見せた少年はマウントマッドの肩にふわりと着地する。


 奇妙な出で立ちだった。

 魔獣を舐めているのかと言いたくなるほどの軽装備は相変わらず。

 そして背中に背負った、冒険者にあるまじき『日用品』。


 突然の登場人物に驚くマウントマッド。

 少年は不敵にも魔獣の首に蹴りを入れた。


「いくぞウスノロ」


 ラフィータが行動を開始する。


















 マウントマッドの頭部は目鼻こそ無いものの、普通に人間めいた輪郭をしていた。顎があり、顔面もそれとなく起伏に富んでいる。ラフィータはそこに目をつけた。


 魔獣の肩に乗った彼は手元にロープをたぐり寄せる。ロープは伸縮魔法でみるみる短くなり、長さ三メートルまで長さを減らした。

 ラフィータは魔獣の頭部に駆けのぼる。彼は魔獣の頭頂部でロープの端と端を持ち、


「首輪の時間だ」


 そう言うやいなや、輪をなしたロープを魔獣の前面に垂らし、自分はロープの端を握ったまま後方へと飛び下がった。

 ロープは魔獣の首元にちょうどネックレスのように垂れ下がった。


 作業は続く。

 ロープの一端は輪っか状になっており、ラフィータはそこにもう一方の端を通した。

 そうして輪っか状の端手放し、もう一方の端を握ったまま魔獣の背中までずり落ちた。


 ロープが勢いよく締まっていく。


 マウントマッドに指はない。

 魔獣はこのロープ製の首輪を取り外すことが出来ない。


 マウントマッドが体を揺らす。

 背中に取りついたままのラフィータを揺り落とそうとしている。


 ラフィータはロープを伝って魔獣の首元までたどり着き、その後右肩へと走る。


 足裏の吸着魔法は使えない。魔獣の体内マナが『指令』を排除してしまう。

 だがラフィータは安定しない足場をものともしなかった。すぐ肩にたどり着く。


 彼は鋼鉄の剣を抜き放って魔獣の肩に切っ先を振り下ろした。

 砂がはじける。

 ある程度の深さまで剣を差し込み、ぐいっとねじる。

 ラフィータはそれを即座に引き抜いた。


 肩にぽっかりと空いた穴。

 すぐに修復が始まるはずだが、ラフィータはそれより前に行動に移る。

 彼は背中に取りつけた鉄製の『鍋』を取り外す。


 ラフィータは流れるような動作で穴に鍋をぶち込んだ。

 鍋が掴んだ腕ごと砂の中にずぶずぶと沈んでいく。


「うくっ……」


 マウントマッドが頭部を前後に振る。

 ラフィータの体がゆれる。砂の中に埋まった両腕がアンカーの役目を果たしてくれる。


 復活したエルメスが好機とばかりに右膝に取りつくのが見える。


「借りるぜ!」


 と、魔獣の背中に垂れたロープにキースが手をかけている。


「構わない! よい……さあ!」


 ラフィータが鍋を砂の中からサルベージした。

 きめ細かな砂をたっぷり入れた鍋を右脇に抱えたまま、ラフィータは魔獣の肩から飛び降りる。


 マウントマッドは右拳を右膝に叩きつける。

 エルメスは膝部から大地に着地することでそれを避ける。


 魔獣の右拳が自身の膝にぶち当たり、膝の内側から砂が噴き出した。あたかも出血したかのようだ。


「俺を忘れるな、でくの坊!」


 キースが魔獣の右肩に到達し、砂の部分にロングソードを突き刺す――――のだが。

 キースはすぐロングソードを抜き、ロープを握って背中に退避した。


 理由は簡単、

 間髪入れずに魔獣の左拳が右肩を直撃した。


 右肩から砂が勢いよく噴出する。

 二度の自爆行為が意味する事は一つ。


「野郎焦り始めてる! 気をつけろ! 何をしてくるか分からない!」


 エルメスが叫ぶ。

 彼は再び魔獣の右膝に取りつく機会を窺っている。


「了解だ!!」


 キースがそう言いながら右肩へ向かおうとする。


「キース!!」


 ラフィータはその背中に空の鍋を投げつける。

 振り向いたキースは黒い尻尾で鍋の取っ手を器用につかむ。


 その場の成り行きで、魔獣の右膝と右肩を攻めることは決まった。

 ここで鍋が使えるのは右肩だけだ。膝は胴体部の重量がもろにかかるため、腕を差し込めば潰されてしまう可能性がある。それに対し肩は腕だけを支えている。もろいのがどちらかは言わずもがなだ。


 魔獣が右膝付近でうろつくエルメスを手で牽制する。

 その後左腕で右肩をそっと叩くが、キースはそれを見越してロングソードを肩の後ろの方に差し込んでいた。彼はロングソードにぶら下がって左腕をやり過ごす。


 キースが鍋で砂をすくい、地上に降り立った直後のこと。

 マウントマッドが暴れ出した。


 魔獣は激しく地団駄を踏む。

 さらに乱れ打たれた拳が流星のように降り落ちてくる。


 大地が揺れる。立っているだけで跳び上がりそうになる。

 エルメスが背後に飛びすさる。


 ラフィータは構わずロープを握り、魔獣の背を駆けのぼる。

 といっても暴れ狂う魔獣の背、簡単には肩までたどり着けないが――――


 ラフィータはタイミングを見計らい、魔獣の背中を横に疾走し、そして力一杯飛んだ。

 手にはロープを握ったまま。

 そのロープがピンと張った瞬間、ラフィータの体が振り子の軌道を描き始める。


 降り落ちる少年の体が魔獣の脇の下に入り込んでいく。

 そこでラフィータは収縮魔法を発動させた。

 ロープが縮む。

 円弧運動の半径が縮まり、ラフィータの体がさらに加速した。


 結果として脇の下をくぐり抜けた体は脇の前方で急上昇し、彼は腕を一周するような形で右肩の上に着地する。

 着地後すぐ、彼は肩の後ろ側に滑り落ちた。

 彼が足場としたのはやはりロープだった。

 首から脇の下へ続くロープ、ラフィータはそこに足をかけている。


 手には脇の下をくぐったロープが握られている。

 落下の心配はない。体勢は整った。


 ラフィータは片手で剣を抜き放ち、魔獣の肩に突き刺した。

 剣をねじり、すぐ引き抜く。

 そして彼はその穴に蹴りを入れた。

 足を激しく上下させる。ほじくられた砂がパラパラとこぼれ落ちていく。


 マウントマッドが体を右に左に回転させるがラフィータを振り払うことは出来ない。


(好都合)


 何度か皮膚に叩きつけられたが大事には至らない。 

 ラフィータはその勢いを利用して穴に深く足を突っ込む。


 砂の修復が追いつかない。肩の穴が巨大化していく。

 ラフィータはマウントマッドが近くの大木に肩をすりつけるのを警戒していた。


 ラフィータの予想が外れる。

 マウントマッドは肩に取りついた冒険者を追い払うべく――――飛んだ。


 膝を曲げたマウントマッドは上空に跳躍した。

 ラフィータの体に浮遊感が生じる。


 巨体が飛翔から落下に転じる。


「愚策だ」


 ラフィータは足を引き抜き魔獣の背を蹴った。

 宙に浮かんだラフィータは大木の側面に足をつける。魔獣の皮膚と違い吸着魔法が効力を発揮する。


 ラフィータが大木の側面を下へと疾走し始める。


 一方、マウントマッドは己の失態に気づいた。

 地面に着地した瞬間、魔獣の関節に莫大な負荷がかかる。削られてきた右の関節のみならず左の関節部からも大量の砂が噴き出す。


 そこにラフィータが追撃をかける。

 彼が大木の側面を蹴る。


 天から飛来した少年の剣がマウントマッドの右肩に深々と突き刺さった。


 そして、ついにそのときが訪れる。


 ズザアアアアアと浜辺で波が立てるような音と共に、魔獣の右腕が肩口から引きちぎれた。


 腕の重みに耐えきれず関節が千切れたのだ。

 轟きを伴って右腕が落下する。それは魔獣のスキル効果を失い、ただの長ひょろい砂山に転じた。


「アーサ!!」


 魔獣から飛び降りるなりラフィータがドールの名を呼ぶ。


 と、マウントマッドに変化が起こる。


 銅像のように静止していた魔獣の体が自壊し始めた・・・・・・

 表面からさらさらと土砂が流れ落ちていく。


 と同時に、信じられない事が起こった。

 マウントマッドの足下から土の波がわき起こった。


 草も枯れ葉も丸ごと飲み込み、土砂の波は辺り一面を浸食していく。


「退避しろキース! そこじゃ飲み込まれる!」


 エルメスが怒声を上げる。キースがそれまでいた場所を土砂が覆い尽くす。


 数秒待たず、土砂の湖と呼ぶにふさわしいものが出来上がった。

 柔らかく全てを飲み込む土の湖面。

 マウントマッドの足がそこにずぶずぶと沈み込んでいく。


 倒したのではない。

 千切れた腕がトリガーとなり、マウントマッドの『自己再生』が始まったのだ。


 そして――――冒険者達はこの瞬間を待ち望んでいた。

 『自己再生』。

 一見して厄介極まりない行動に思えるそれが、この魔獣最大の弱点・・でもあるのだから。


 マウントマッドの体が完全に大地に沈み込んだ。

 大地の表面が脈動し、攪拌されるのが見て取れる。

 砂の分離、水気の排出。再生に必要な土砂の捻出には少々時間がかかる。


 ――――ラフィータはその遙か上空で、大木の枝に足をつけていた。

 傍らにはアーサ。彼女は胴回り二メートルはある円柱型の木材を押さえている。


 ラフィータは自分の足下でロープが枝にしっかり結びつけられたことを確認している。


 と、彼の真下で土色の湖面に変化が現れた。

 大きな岩を投げられたように湖面が激しく波打っている。


 そして湖面の中央がぼこぼこと隆起し始めた。

 間欠泉から水が噴き出すように、土砂が高く打ち上げられる。


 しばらくして、たえず打ち上げられる土砂の噴水の、その中央に柱が形成され始めた。

 噴出される土砂の量が増し、土砂が少しずつ形を成していく。


(頃合いだ)


 ラフィータはアーサに合図をし、ロープをしっかり握りしめた。

 彼が枝を力強く蹴った。

 体が宙を舞う。









 マウントマッドには『核』がある。

 この魔獣はスキルによって土砂を操り肉体を構成するわけだが、その司令塔とも言うべき部品が存在するのだ。この核を破壊すればマウントマッドは息絶えるであろう。


 マウントマッドの核は無論土砂の中に埋まっている。

 硬度の高い外殻土砂に守られたそれを破壊するのは至難の業だ。


 しかし今、魔獣は再生するために強固な外殻を砂に帰してしまった。

 核を取り巻くのは、柔らかな砂のみ。


 これを攻めるにはどうするか。

 地上からは攻めづらい。

 核の周辺は土砂が沼地のように柔らかく足を取られてしまう。


 だから普通の冒険者は長モノを使う。沼地の範囲外から核をつき出そうとする。

 もしくは弩を使い、沼地ごしに核を狙い撃つ。これは核の位置が不安定なため運の要素が混じってくる。


 対して、ラフィータの出した答えは単純だった。

 地面から攻めるから沼地が邪魔になる。


(じゃあ空から攻めればいいじゃないか)







 ラフィータが勢いよく滑空する。

 彼は枝に固定されたロープをつかみ、自ら『振り子の玉』となってマウントマッドにせまる。

 足下にはロープにくくりつけられた円柱形の木材。


 収縮魔法を利用し、空中でロープの長さを調整する。

 目標はマウントマッド。打ち上げられる土砂のど真ん中。


 次の瞬間、土砂の噴水に材木が真横から直撃した。

 パアァァァァァアン!! と破裂音がなる。


 点ではなく面で攻める一手。莫大な衝撃で砂が派手に飛び散り――――

 そしてお目当てのものが空中に投げ出された。


 瑠璃色の玉が宙を飛び、草の上に落下する。

 ころころと転がるそれにエルメスが槍を振り下ろす。

 何度も、何度も、何度も。


 ピキッと音がして、玉に亀裂が入る。

 今さら周辺の大地がスキルによって脈動し始めたが、もう遅い。


「うらああああああああああああああ!!!」


 渾身の一突きが玉に刺さる。

 玉が粉々に砕け散った。


 喜色を浮かべるエルメス。

 彼は槍を天へと突き上げ、メンバーに向けて叫んだ。


まずは一つ・・・・・!」


















「アメル! いったぞ!」

「来いよチビねずみ!」


 異様な光景が広がっていた。

 見渡す大地に何千という『棒』がつき立っている。


 地獄の針山を再現したような場所で、冒険者たちが獲物を追い立てていた。


 大地を駆けるのは一匹の魔獣。

 体長三十センチの小さなネズミだった。栗色の毛に覆われた外見は愛らしさを感じさせる。

 しかし騙されてはいけない。

 この可愛らしい魔獣が過去に何万もの冒険者を屠ってきたBランク魔獣『グロウ』なのだから。


「ななんということだ! 逃がしたあ!」

「焦るなアメル! 見逃してはならない!」


 追い立てる冒険者はCランクパーティー『無尽蔵』。

 特色は武器を使用しないこと。拳一つでCランクまでのし上がってきた猛者どもである。


 『グロウ』討伐は難航していた。

 小さな魔獣を追い立てるにあたって大地に生えた針山が邪魔となる。すばしこいグロウはもたつく冒険者の合間をあざ笑うように駆け抜けていく。


「追え! 追うぞ!」


 『無尽蔵』のリーダー、ゴッズはパーティーメンバーに指示をくり出す。


 彼は知らない。

 狩人としてこの場にいる自分たちが、よもや同じ狩人に狙われている事など。


「アメルとキリは右から! レスターとウィードは左から回り込め! 俺は奴のケツを狙う!」

「おす!」

「はいよ!」


 ゴッズは額の汗をぬぐう。

 と、走り出そうとした彼の頭上に影が落ちた。


「え」


 驚いて振り向いたゴッズの視界に銀の刃が降り落ちて――――


















 黙したまま動かぬ『無尽蔵』のメンバー。

 縄で縛られた彼らは気絶している合間にさらに睡眠薬を嗅がされ、深い眠りの世界に旅立たされていた。


「まこと素晴らしい」


 フードをかぶった男が楽しげに声を上げた。

 男ははだけさせた冒険者の胸を激しく揉みながら部下に矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「早くしろ! 監視役のドールが異変を感知する恐れがある!」

「えいやさ!」


 部下の一人が運んできたのはネラースライム。

 部下はそれを無尽蔵の一人にけしかけた。


「女は惜しいが仕方なし。よし、こいつらは放置だ。お前たち、『グロウ』を追うぞ」

「かしこまりん」

「また走んのかあ」


 フード姿の男達がその場をあとにする。

 のたうつネラースライムが冒険者に取りついたのはそれからすぐの事だった。


















(エルメスがやった)


 ラフィータは声を聞いた。

 振り子の玉と化して再生途中のマウントマッドに突撃をかけた直後である。


 未だに命を宿す砂がラフィータに絡みついてくる。

 腕を取られ、円柱形の木材ごと砂の中に呑み込まれていく。


 ラフィータはそれに逆らわなかった。

 砂中のマナの流れを感知し、土砂中から瑠璃色の玉を掘り当てる。


 ラフィータの顔が歪む。

 玉を握りしめた瞬間、周囲の土砂が腕をつぶしにかかってきた。


(二の章十四『しるべの鎖』)


 伸縮魔法を発動させ、ロープを急激に縮める。

 ラフィータの体が土砂からぬぽりと抜けた。

 逃げていくラフィータの体に砂が触手を伸ばしてくる。


 それを剣でたたき落とし、頭上に「アーサ!」と指示を出した。

 ラフィータが沼地の外へ飛び降りると同時、ロープが引き上げられ始めた。


 ラフィータの足に土が絡みついてくるが気にする必要はない。

 彼はすぐさま近場の幹に魔獣の核を叩きつけ、鋼鉄の剣でたたき割った。

 辺りを見ると遠くのキースと目が合った。


「二つ目だ!」

「よくやった! エルメス! ラフィータが二つ目を割った!」


 マウントマッドの核はだいたい四つから五つ。

 あとは再び木に登り、魔獣が再生しかけているところを同じ手順で攻撃するだけ。


 そのはず、だったのに。



(え……?)



 マナの流れに違和感を覚えたのが最初。


 ドドドドとなにかが転がる音がする。

 ラフィータはとある方向を見たまま、らしくもなく固まっていた。


「馬鹿な……!」


 いるはずのないものが近づいてくる。


 ラフィータは弾かれたようにその場を脱し、あらぬ限りの大きさで警告を上げた。


 直後、異変が姿を現す。


 直径十メートルにも及ぶ馬鹿でかい球体。

 半透明の膜に覆われ、膜の下に数千の針を溜め込んだ爆弾・・

 それが再生途中のマウントマッドに激突した。


 予期せぬ邂逅。仕組まれた罠。

 Bランク魔獣『グロウ』。


 驚愕するキースとエルメス。

 ラフィータは木の上にいるドールへ怒鳴り声を上げる。


 危険を察知したマウントマッドが再生を取りやめ、地面に潜り込んでいく。


 嵐の前の静けさ。

 そして、それは唐突に始まった。


 『グロウ』が浮き上がる・・・・・


 全身から血の気が引くのが分かった。

 知っている。それのやばさ・・・を知っている。


「アーサ!!!」


 血相を変えたラフィータが吸着魔法を駆使して大木を駆けのぼる。


 球体と化した『グロウ』は風船のように宙に浮いた。

 それがみるみる高度を上げ、折り重なった木々の葉にぶつかって静止する。


 舞台は整い、惨劇が幕を開けようとする。


 ラフィータが幹を駆けのぼる。

 彼はタイミングを見て幹から垂直に飛んだ。


 枝から飛び降りた猫耳の少女をラフィータが空中で抱きとめる。


 発動するは障壁魔法『北天の加護』

 青い障壁をまとった少年少女が宙を舞う。


 それと同時、

 『グロウ』の肉体に変化が起こる。

 球体の直径が急激に縮まっていく。


 刹那、グロウの体が白く輝いた。

 極限まで圧縮されたエネルギーが今、決壊する。



 多重スキル『地撃縫殺ニードレスホープ



 重厚な破裂音と共に、幾千もの針が全方位に解き放たれた。

 大気を突き抜けた凶器が冒険者にせまる。


 針山めいた大地が広がる。

 景色が地獄に彩られる。その上にさらなる針が突き立っていく。


 そして――――


「ぐわああああああああああああああ!!」


 痛烈な悲鳴。

 最初の犠牲者が血の海に沈む。

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