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第十二話 凪の夜

「とりあえず一難は去った、と言ったところでしょうか。支部長」


「一難の後に三難が来たぞ。これを見ろ」


 支部長リルオネは秘書のヴィヴィアにとある書類を差し出した。

 書類を読んだヴィヴィアが下唇を噛む。


「暫定的だがな。クエスト報酬に冒険者のマナ補填。貸し出した盾にスキルをエンチャントし直す費用に加え、納品リストの変更に対する賠償金。その他もろもろ……」


「多大な出費ですね」


「はげ上がりそうだ」


 リルオネは指で額をこする。


「ただ、悪い話ばかりではない」


「と、言いますと」


「今回の件で、他支部のランクAを派遣してもらえるよう打診を出しただろう。ほとんど断られたが、一つ興味深い話を聞いてね。とあるBランクパーティーなんだが、その支部のAランクパーティーと折り合いが悪く、なかなかランクAに上がれずにいるそうなんだ。取引次第ではそれを『放出』してもいいとのことだ」


「ランクAの卵、ですか」


「そうだ。しかも、その支部はかの有名なヘゼスターブだ。期待が出来る」


「ラフィータ=クセルスアーチはいかがなさるおつもりで。『姫と焔』に所属させる意向でしたが」


 リルオネは椅子の上で足を組み直した。


「ラフィータ君か。あの少年はしばらく様子見だ」


「顔合わせの機会がありましたよね。気にいりませんでしたか」


「そうだな。あの少年は駄目かもしれない」


「駄目、とは」


「彼は『冒険者』じゃない。分かるか、冒険者とは金と名声を何より望む生き物だ。彼にはそれを微塵も感じなかった。匂いで分かる。あれは近いうちにこの支部からふらりといなくなる気がする。そんなのを主級戦力にそえてはギルドが立ちゆかない」


「経験からの勘ですか。感服いたします」


「カルーラ=ガロンを優遇したのは失態だったがな」


 リルオネはふうと息をはいた。


「おしゃべりはここまでだ。ヴィヴィア、書類を持ってこい」


「お疲れでしょう。今日はもうご帰宅なさっては」


「働かなければ首が飛ぶ」


 リルオネはそう言って書類の山に手を伸ばした。


















「もう飲めません……」


「しゃべれるって事は飲めるって事だ!!」「んだんだあ!!」


「どんな理屈だ……」


 ハクマの街に凱旋した討伐隊は『羽帽子』という食事処を占拠して祝勝会を開いていた。

 怪我人をのぞき、はじめ二十人ほどだった討伐隊。それがいつの間にか四十人ほどに増えていた。知り合いを呼びすぎである。会計はオルグラッド持ちらしいが……。ラフィータはそれ以上考えないことにした。


 ラフィータは飲みたがりどもの輪を押しのけ、室内からバルコニーに足を向けた。

 陽もとうに沈んだ時刻。そよそよと吹く夜風がほてった体に心地良い。


「マスタ~」


 ラフィータが星を眺めていると、何者かが彼の背中にもたれかかってきた。

 と言っても呼び名ですぐ誰か分かってしまったが。


「アーサ、飲み過ぎちゃ駄目だよ」


「マスタ~。褒めて~」アーサは主人の背中に顔をぐりぐりとこすりつける。


「分かったからよせ。よくやったよ。アーサは頑張ったって……」


「んふふ、ふふ……」


「ずいぶんと好かれてますのね」


 いつの間にかそばに居た琥珀ノ王がラフィータに話しかけてきた。

 彼女にはアーサの監督役をお願いしていた。宗教的制約があって酒を飲めない琥珀ノ王はラフィータの願いを快諾した。曰く、アーサを眺めているのが面白いらしい。


「感情もドールとは思えないほど豊かですし。何か秘訣があるのかしら」


「普通に接しているだけです」


「ラフィータ」


 琥珀ノ王が咎めるような視線をラフィータに送る。


「ごめん。でも、まだ慣れなくて」


 アーサの監督役をお願いするのと引き替えに琥珀ノ王は条件を出してきた。

 敬語の禁止。距離を感じさせる言葉遣いはあまり好かないらしい。


「呪印を使って性格を縛りつけているわけではないのでしょう?」


 琥珀ノ王はアーサの首元に目をやる。


「そんなことするもんか。誓って言う。絶対にしない」


「そうよね。だったらこんな自主性のあるには育たないですわ」


「…………」


「ラフィータ。お前がドールにどう接してきたかだけでも、教えてくださらない?」


 ラフィータはアーサに目を向ける。

 彼女はラフィータの足下にうずくまり、彼の足に腕をツタのように絡めて寝息を立てている。


「別に面白いこともないけど。アーサは……。契約した頃は無口で、いつも無表情だった。教えたことが何にも出来なくて、そのたびに僕が怒ってた。初めて見たアーサの表情は怯えた表情だった。そんな時期がしばらく続いて。でも、あるとき気づいたんだ。珍しくアーサが仕事で成功して『よくやった』って褒めたら、アーサが尻尾を振っていた」


「…………」


「顔は無表情のままなんだ。それが何を意味してるのか、ふと興味が湧いて」


 アーサが何を考えているのか、ラフィータは知りたくなった。


「それをきっかけに色々と教育方針を見直した。僕がアーサに求めるだけじゃなくて、アーサが僕に求めるものにも答えるように心がけた。手探りで苦労したけど、やめようとは思わなかった。アーサが変わりだしたのはそれからだ。物覚えがよくなって、口数が極端に増えた。口数が増えると会話が増えて。会話が増えると、アーサが何を考えているかが分かる。アーサも自分の考えを伝えてくれる」


 ラフィータはふと思い出した。

 初めてアーサの笑顔を見たとき、とても驚いた事を。


「……そして今、これに至る」


「大ざっぱだけど、なんとなく分かりましたわ。……素敵な関係ね」


 ラフィータは琥珀ノ王をちらりと見た。

 彼女はうすくほほえんだままラフィータを見つめている。


「『滅火のルイン』のエルメス。彼には『従者ドールの育て方じゃない』って、笑われた」


 感情を抑制して、主人に忠実に仕えさせるのがドールの正しい育て方である。

 ラフィータはまるで正反対の道を行っていた。


「無個性な人形ドールより、よっぽどマシですわ」


 琥珀ノ王は欄干に腕をかけて、ラフィータと一緒に空を見上げた。

 星が流れる。







「ねえラフィータ」


「どうしたの」


「祝いの席で暴君の話をされるのは嫌かしら」


 琥珀ノ王が突然そんなことを言った。

 ラフィータは静かに答える。


「……ううん。話して」


「……カルーラ=ガロン。あの男、処刑されていないらしいですわ。もっとも、処刑は確定事項らしいのだけど」


「噂は早とちりだったわけか……」


「どうしますの。難しいですけど、面会の許可を取りつける手段がないわけじゃありませんわ」


「…………」


 ラフィータはしばし沈黙し、ややあって首を横にふった。


「ありがとう。でも遠慮しておく。処刑の日時は分かる?」


「決まっていないみたい。大気マナをうすくした最下層の牢獄に放り込んで、カルーラの表層レベルが下がりきるのを待って、それかららしいですわ」


「……ずいぶんと慎重なんだな」


「なんでも、一度カルーラが脱獄しかけたらしくて。看守が何人か殺害されたらしいですわ」


「…………」


「対応が慎重になるのも仕方ないことですわ」


「とんでもない男だ。だけど、そうか。なら、しばらく時間があるな」


 一月か二月か。


「約束は守ってもらいますわ」


 琥珀ノ王がラフィータに体を寄せてきた。

 長い銀髪が欄干にさらりとかかっていた。甘い笑みを浮かべつつ、蠱惑的な瞳がラフィータを下からのぞき込んでくる。綺麗な人だと、素直にそう思った。


 ラフィータが口を開こうとすると、琥珀ノ王が不思議そうな顔をして先に口を開いた。


「お酒、強いんですの?」


「ううん。今も逃げてきたところだよ」


「顔に出ないタイプなのかしら」


 ラフィータは酔い覚ましの魔法を説明した。

 それは酒を飲んだあとの匂いも消せるのかと聞かれ、ラフィータは何でそんな質問をするのかと首をかしげつつ頷いた。


 琥珀ノ王は満面の笑みでラフィータに抱きついてきた。

 比較的とても大きな双乳がぐいと押しつけられる。

 ラフィータは緊張で体が固まってしまう。


「コ、コハク殿、いったい何を」


「いいことを聞きましたわ」


 琥珀ノ王はラフィータの耳元に唇を近づける。


「今度、晩酌につき合ってくださいまし」


 耳元に吐息がかかり思わず身震いするラフィータ。

 彼は琥珀ノ王を引きはがそうとしたが、琥珀ノ王がそれを上回る力でラフィータを拘束する。


「ねえ、ラフィータ。お願い」


「堕落ですよ」


「お構いありませんの」


現人神あらひとを堕落させたら僕が神敵になってしまいます」


「その事実をお前が隠してくれるのでしょう?」


「そんな……」


「約束ですわ」


 琥珀ノ王がラフィータから離れる。


わたくしはもうそろそろ戻らなければなりませんの」


「……そ、そう。アーサのこと、ありがとう。押しつけてごめん」


「いえ、楽しかったですわ」


 琥珀ノ王は腰を下ろしてアーサの髪を撫でた。


「うむ……むぅ」


 アーサが眠たげに目をこすっている。


「アーサ、またね」


 アーサは琥珀ノ王に気づくと、にっこりと笑って手を振った。


「ふふふ」


 琥珀ノ王は立ち上がり、ラフィータに目を向けた。


「ラフィータ、それでは近いうちに」


「うん。準備しておくよ」


「よろしくお願いしますわ」


 琥珀ノ王が去って行く。


















「ラフィータ」


 琥珀ノ王と入れ替わりでラフィータに近づいてくる人物がいた。

 長身の男だった。金髪を肩先で切りそろえ、翡翠色の瞳でラフィータを見すえてくる。


「エルメス、どうしたの」


「琥珀ノ王とずいぶん親密そうだったな」


「アーサが気にいられたからね。僕はついでだよ」


「謙遜する冒険者なんて久しぶりに見る。……まあそれは置いといて。話があるんだ、少し真面目な」


 エルメスが欄干に手をかける。


「いいよ。話して」


「明日からのことだ。お前のランクがDに上がって、キースもハクマに帰ってきた。これでめでたくパーティーが組める。口約束だったが、お前はそれで構わないんだな」


「うん。むしろ歓迎する。エルメス、よろしくね」


「簡単に言うよな……」


 ラフィータは怪訝な顔をして首をかしげた。

 エルメスはラフィータの疑問に答えをくれた。


「今回の件で、お前の実力は嫌と言うほど理解した。底の知れない奴だ、お前は。周りの奴らもそう思っている。あの冒険者は何者だ、と」


「…………」


「俺はお前とパーティーを組むことに違和感を感じている。実力が釣り合わない。お前は、それこそ琥珀ノ王と肩を並べて戦うのが相応しいくらいの力を持っているだろう。キースと俺じゃ足手まといになるような気がしてさ」


「『滅火のルイン』の主級戦力なくせに。謙遜しているのはどっち」


「それは、お前には自慢にならないだろう」


「十分凄いことだよ。ねえエルメス。足手まといなんて、そんなこととないと思う。僕は強力な魔法が使えるけど、武器を使った戦闘はまだまだ未熟なんだ。君たちから学ぶことが多分にあると思ってる」


「……いいのか。俺たちで」


 ラフィータは確かに頷いた。

 エルメスはふっと笑みをこぼした。


「ところでラフィータ。パーティー名の話だけど、俺に決めさせてもらっていいかな」


「何か案があるの。聞かせてほしいな」


 エルメスはラフィータに耳打ちした。


「いいと思う。……安心した。キースが変な名前ばっかり上げるから心配してたんだ。キースには確認したの?」


「キースは文句を言ってたよ。説き伏せたけどな。あの馬鹿には参る……」


 ラフィータがくすくすと笑っていると、『羽帽子』の室内から冒険者達の野太い合唱が聞こえてきた。歌詞はエンバーをたたえるものだった。硬化を解除したウルフカミナの後ろ足に一撃を入れて撃破の足がかりを作った冒険者である。ちなみにウルフカミナに遭遇したときのミスは通信機のマナ波動を感知されたということで落ち着いた。そんなものどうしようもないので、ミスはエンバーの落ち度とは考えられていない。


「エンバーさんは人気あるんだね」


「仕事人だからな。寡黙だけど仲間思いで、俺も尊敬している」


 歌がハクマの街に響き渡る。

 と、ラフィータの足下で「くしゅんっ」と音がした。


 アーサがラフィータの足に体をすりつけている。眠りから覚めずとも寒さを感じ取っているようだ。


「冷えてきたな。そろそろ中に入ろうぜ」


 エルメスがそう言って室内に足を向ける。


「歌わされるかもしれない」


「歌えばいいのさ。エンバーも喜ぶ」


 二人がエンバーの歌を歌うことはなかった。

 冒険者達の輪の中でエンバーがぶっ倒れていた。褒められることに耐性のないエンバーは自分をたたえる歌に耐えきれず、ついつい酒を飲み過ぎてしまったらしい。


「酒に逃げたな、エンバー。照れ屋な奴だ」


 エンバーが倒れても宴は続く。

 夜もふけ始めた頃、ラフィータはようやく宿の帰路につけていた。

 眠りについたアーサを背負いつつ、眠気をこらえて夜道を進む。

 粗末な作りのベッドも、今だけは無性に恋しかった。

次回『ヘカトンケイル、始動』

お楽しみに~

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