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第十一話 紅眼のウルフカミナ

ちょっとおさらい

レベルには表層レベルと潜在レベルがある。

表層レベルは個人の持つ体内マナの総量を表す。

潜在レベルは個人の強さの指標となる。これは潜在レベルが高いほど一度に多くの体内マナを操れ、より高い水準の身体強化を実現できるようになるため。

「道中の低ランク魔獣は昨日の段階で狩らせておいた。万一に備え、別のパーティーも複数、所定のポイントにて待機させることになっている。ごほん! 諸君、武運を祈る!」


「はいはーい! 祈られまーす!」

「ブーンって何だ」

「ブーンブーン!!」


 陽はまだ登りきっていない。

 緊急クエストの出立にあって、支部長の話を終始茶化していたのは『ヘルソー・ブレイダ』のメンバー。それに非難の視線を送るのが『滅火のルイン』のメンバー。我関せずといった様子で装備の点検をしているのが『姫とほむら』のメンバー。


 ラフィータの隣にアーサが立っている。彼女は手で口元を押さえながらあくびをかみ殺し、頭をふらつかせながらおぼつかない目つきで地面を眺めている。朝が弱いのは彼女の欠点だった。


「相変わらずうるせえやつらだぜえ……」


 ラフィータの隣で足でリズムを刻む男がいる。黒髪黒目、頭についた猫耳をぴょこぴょこと動かしながら男はため息をついた。


「キースはこういうの、苦手?」


「長話もうるさいのも、どっちも苦手だよ」


「お前達! 任せたからな! ちゃんとやってくれよ!」


 いつも間にか話を終えていた支部長が、帰り際に振り向いて叫んでいる。誰も聞いていない。


「では、これから森に入る! 第三層までは密集して移動する! 第四層からは打ち合わせ通り斥候役と本隊に別れ、ウルフカミナをポイントまで誘導して撃滅する!」


 大声を上げるのは『滅火のルイン』リーダー、オルグラッド=アレイソン。

 討伐隊の指揮をとることになっている。


「道中、魔獣の狩りもらしがある恐れあり! 生息域として考えられる危険種は『オカリナ』『ガガモット』『マッシャーグリーブ』そして『グロウ』だ! 『グロウ』と『ウルフカミナ』とで混戦になると厄介だから、その際は討伐隊を二つに分けて対処にあたる! では出発する!」


 討伐隊は森の中に入っていく。

 隊列は組まない。パーティーごとにまとまりを作っている。

 油断とも余裕とも言える。基本的に彼らを脅かす魔獣はヘクトールの森には存在しない。生誕周期の決まっているランクAの魔獣か、今回のような変位種がそれに該当する。それらに会うまでは、端的に言って暇なのだ。


 ラフィータは隊の最後尾を歩いていた。

 最前列に『ヘルソー・ブレイダ』。指揮をかねて真ん中に『滅火のルイン』。最後尾に『姫と焔』が続く。


 キースは『滅火のルイン』に仮所属することになった。彼はエルメスと何かを話している。

 ラフィータが猫人の後ろ姿をぼんやり眺めていると、隣から声をかけられた。


「調子はいかがですの」


 琥珀こはくノ王がラフィータの隣につく。

 彼女は『姫と焔』のトレードマークである赤い甲冑を着込み、背中に大剣を背負っている。


「調子ですか。まあまあです」


「今日は期待していますわ。是非とも活躍してほしいものです」


「これだけのメンバーが揃っていると、それも難しそうですが……」


「あら、弱音ですの」


 琥珀ノ王が声を立てて笑っている。


「契約を交わした間柄ですもの。わたくしを失望させないでくださいまし」


 契約。『姫と焔』がランクAに到達するのをラフィータが助太刀し、琥珀ノ王は自前の情報網を使用してカルーラ=ガロンを抹殺した軍の現況を調べる。


「善処します」


「うふふ。あ、ところでラフィータ」


「はい、なんでしょうか」


 ラフィータは琥珀ノ王と会話しながら森を進む。

 その後ろをアーサが無言でついて行く。ドールは少しむくれた表情をしていた。


















「がーちゃんが……」


「そういうものだ。割り切れ」


 骸と化したガガモットをアーサが何とも言えない表情で見ている。

 ライバーホークの狩猟にて世話になったガガモットにはラフィータもわずかに愛着がある。アーサの気持ちは分からなくもない。


「違う個体だと思うよ。あのガガモットはもっと北を寝床にしていたから。アーサにも反応を示さなかったし」


「うぅ……」


 ラフィータはアーサの頭をぽんぽんと撫でた。


「ねえ、この鶏肉、旨かったっけ」


「お、生食すんの」「俺も混ぜろよ」「俺も」「俺も」


『ヘルソー・ブレイダ』のメンバーがガガモットの死体に群がっている。

 ぐちゃぐちゃと聞くに堪えない音が耳に届く。


 アーサがことさら青い顔になってその光景を見ている。

 ラフィータは彼女の視界に手で蓋をし、その場から少し離れた。


















 討伐隊は森の第三層を抜け、より深部の第四層に足を踏み入れようとしていた。


 隊の空気が一変した。

 まず、ヘラヘラしていた『ヘルソー・ブレイダ』のメンバーが私語をまったく話さなくなった。

 討伐隊の半数が統一された盾を新たに装備した。それはギルドが所有する備品で、特殊な性能を持っている。ギルドが装備を貸し出すのは緊急クエストや高レベルのクエストにおいてはよく見られる光景である。


「盾、重いぜえ。攻撃よけらんねえかなあ」「よける必要なくないっすか」

「両手で持ったらどうだ」「手がふさがるとまずくない?」


「では頼んだぞ」


 オルグラッドが三人の冒険者に声をかける。

 斥候役に選ばれたのは『滅火のルイン』から一人、『姫と焔』から一人。そしてキースである。


 三人は別方向にそれぞれ走っていった。


「本隊はこれよりしばらく進み、その地点で連絡を待つ」


 集団は適度に散開しつつ、道なき道を進み始めた。


















「エンバーより応答」


「種は」オルグラッドが聞く。


「目標に間違いなし、より周囲の索敵に移るとのこと」


「続行許可」


「ワック、キース両名より応答。敵影無し」


「その場で待機させ……っ」


 咆吼が森に轟く。

 それはウルフカミナが上げるものに酷似していた。


「エンバーの野郎しくじったのか。おい、信号は」


「信号……、来ました。現在こちらに誘導中のようです」


「仕方がない。よし、他の二名には本隊合流を命じろ。諸君、これより目標を浅い層におびき出す。我々も後方に移動を開始する」


 あらかじめ魔獣を狩り尽くしておいた浅い層にウルフカミナを誘い出す。そうすることで他の大型魔獣からの干渉を未然に防ぐ。


 討伐隊はこれまで来た道を急ぎ足で辿り始めた。

 静まりかえった森を冒険者達が進む。


 重厚な足音が近づいてくる。

 どれだけ遠くからどれだけ大きな音が響いてくるのか。冒険者ならある程度は予測できる。


(聞いてはいたけど。相当にでかいな)


 ラフィータはときおり後ろを振り返りながら走り続ける。

 ウルフカミナはここでも狩った経験がある。魔獣は体高二メートル半を越えるくらいだった。今回の目標はその倍はあると見ていい。


 腹に響く足音。

 高まっていく緊張感。より研ぎ澄まされていく感覚。


「止まれ! 戦闘準備!」


 集団が足を止め、魔獣を待ち構える。


 ラフィータの視界に黒い影が映った。

 ウルフカミナが疾走してくる。その体躯はラフィータの予想を超えていた。体高は目測で六メートル以上あるだろうか。


 魔獣の前には一人の冒険者。エンバーという名で、足の速さを買われて斥候役に選ばれた。


 魔獣との距離が百メートルをきった。

 接触まで数秒ない。


 と、隊員の一人が前方に何かを投げた。

 大きく弧を描いて飛んでいったのは玉のような丸いもの。


 隊の前方で閃光が弾ける。

 視界全てを白く染めるほどの莫大な光量が放出される。

 ウルフカミナの足音が止んだ。このすきにエンバーが身を隠し、しばしの休息を取る。


 討伐隊は場所を移動する。


 閃光玉の光が収まる。

 ウルフカミナがあたりを見渡している。


 ウルフカミナがある方向を二度見した。


「…………」


 ウルフカミナの視線の先で、討伐隊は無言のまま静止している。

 彼らは樹木の間に集団でうずくまり、魔獣をにらみつけている。


 カン カン カン


 討伐隊は武器をぶつけ合い、魔獣を威嚇した。


 グラアアアアアアアアアアア!!!!


 ウルフカミナが飛びかかってくる。


 討伐隊の前列にいた者たちが地に伏せていた盾を持ち上げた。

 後列にいた少人数が盾持ちを迂回するように前に進む。


 ウルフカミナが突進する。


「二、一、……解放!!」


 魔獣の前足が盾持ち達を襲う瞬間、閃光が空間を染める。


 ウルフカミナと盾持ちをさえぎるように半透明の障壁が立ち伸びる。

 スキル付与『守人の羽根リサーチェス

 盾に付与された障壁系スキルを発動させたのだ。


 魔獣の前足が障壁にぶち当たる。

 凄まじい衝撃が盾持ちを襲う。しかし互いに干渉し増強し合った障壁が破れることはない。


 それより少し前から盾持ち以外の冒険者も動いていた。

 木の幹の影から、茂みから、枝の上からと多様な場所から身を出した冒険者たちがいっせいに魔獣に襲いかかる。


 その中にラフィータがいた。

 彼は二人の冒険者のあとに続き、魔獣を目指し疾走する。


 前足による攻撃を受け止められたウルフカミナは、横合い、そしてがら空きの真後ろから数多の剣げきを受けることになる。


 先陣をきった冒険者が一人、魔獣に肉薄する。

 右後ろ足の腱に鉄の刃が吸い込まれる。


 ――――刃が通らなかった。


「なにっ!?」


 硬いゴムを斬りつけたように刃が肉を少し削って止まってしまう。

 驚愕する冒険者が後ろ足の蹴りつけによって吹き飛ばされる。


 その隙に数多の冒険者が魔獣へ蜂のように取りつく。


 結果は変わらない。

 ウルフカミナが嵐のように暴れ狂う。

 冒険者達がいっせいに後退する。

 魔獣の攻撃力は事前に知れている。まともにくらえば命はない。


(通常の武器では厳しいか)


 ラフィータは接近を諦め、観察に徹することにした。

 サングラスのようなものを目にかける。相手のレベルを大ざっぱに測定するスカウターと呼ばれる器具だ。赤く見える魔獣の姿、ラフィータは息を殺して考える。


(……妙だ。ウルフカミナの皮膚はあそこまで硬くない。いくら変位種だからといって、このレベルであそこまで硬化できるはずが……)


 散開した冒険者に向かってウルフカミナが鬼神の如き攻勢に出る。

 地面をえぐるような前足の叩きつけが秒単位で繰り返される。

 冒険者達はそれを回避し、各自森に生えた大木の影へと飛び込む。


 ウルフカミナも間髪おかず大木の後ろに回り込むが、冒険者の俊敏さがそれを上回る。

 魔獣の図体の大きさを逆手に取り、地形に隠れて仕切り直す。


 その頃、盾持ちがいくつかの集団に分かれて走り出していた。

 盾持ちたちは冒険者と合流する。


 計四つの集団となった討伐隊。

 各集団は盾持ちを前衛に、後衛に攻撃役を配置して魔獣に向かい合う。


 ウルフカミナが集団の一つに襲いかかる。

 閃光がほとばしり、盾持ちの前に障壁が立ち上がる。そこに魔獣が突撃をかけた。

 衝撃に大地が揺れた。巻き起こる烈風。盾持ちが歯を食いしばるのが見て取れる。


「前進!!」


 他の集団が動く。

 盾持ちの間を縫って出た攻撃役がウルフカミナに突進する。


 刃が通ることはないが衝撃は通る。

 特に琥珀ノ王の一撃が重いらしく、魔獣は一度体勢を崩しかけた。


 ウルフカミナは咆吼した。

 魔獣は体の向きを変えて前足で薙ぎ払いをかける。


 冒険者はいち早くそれを察知し、さっと背後に――――盾持ちの後ろまで下がる。

 盾持ちはそれと同時に前に進んでいる。


 魔獣のなぎ払いは誰も巻き込めず空振りに終わる。

 そして魔獣の正面には盾持ちがスキルを発動させて待ち構えている。


 魔獣の背後から冒険者が襲いかかる。

 まさしく四面楚歌。

 ウルフカミナがある方向を向けば、冒険者が盾の後ろに隠れる。


 しばらくイタチごっこのような攻防が続く。

 どちらも有効打を見いだせぬまま、時間だけが過ぎる。


「オルグラッドどうする! 腹も首も足もどこかしこも鋼鉄並みだ!」


「一カ所を狙え! 傷を累積させろ!」


「累積するのはスキルのマナ消費だバカ野郎!!」


「盾組すまない耐えてくれ!」


 とそのとき、ウルフカミナが跳び上がった。

 巨体に見合わぬ鮮やかな跳躍。


 四方を囲んだ盾持ちの頭を越えてはるか遠方に着地したウルフカミナ。


 冒険者達が息をのむ。


 ウルフカミナが前両足を高々と上げた。後ろ足だけで立ち、腹を彼らに見せつける姿勢。

 魔獣の鼻先に巨大なマナが渦巻き、そして目も眩むような白銀の球体が生じた。

 球体がみるみる大きさを増していく。直径一メートル、二、三、四……


 冒険者の間に緊張が走る。

 盾持ち達が流水のようになめらかに動き、二列になって盾を掲げた。


「待て、無茶――――!」


守人の羽根リサーチェス』ではスキルを防げない。その障壁は物理特化のはずで、魔法やスキルに特有の『指令』を防ぐには至らない。


 ラフィータが言葉を上げる間もなかった。

 ウルフカミナが前足を勢いよく振り下ろす。


 スキル『地獄より浮かぶ月モードヘルフレイム


 咆吼と共に放たれた銀球が信じられぬ速度で迫り来る。


 ラフィータは手前に走り出し、死にものぐるいで魔法を発動させる。


 極度の集中。

 時間が遅く感じられる。


 銀色のエネルギー体が盾持ちの作り出した障壁にぶち当たる。

 光が障壁を貫通して盾持ちに降り注ぐ。


「ぐあああああああああああああああああああああ!!」


 熱を感じる、どころではすまない。

 一瞬にして肌の奥まで焼け焦げていく。


(九の章二十一)


 盾持ち達が光に飲まれ、障壁が途絶える直前、


(『剥がれし神塊』)


 ラフィータの作り出した障壁が光と冒険者を隔てる。


 いまだかつてない衝撃が冒険者を襲う。

 爆風が巻き起こり、大地が轟音と共に振動する。


 衝撃で吹き飛びそうになる体を吸着魔法で大地に引きつける。

 ラフィータは右手を突きだした姿勢のまま、歯を食いしばってマナを操作し続ける。


 ガタガタと震え出す体、噴き出す猛烈な汗。

 障壁がビキリといびつな音を立てる。


 ラフィータは魔法陣に流すマナを増量する。

 彼の防具の内側から光がもれ出している。魔法陣が発熱している。


(魔法陣が……溶ける……!!)


 ラフィータが限界を感じかけた――――そのとき、


 彼の背中を支える手があった。

 手は彼に抱きつき、体全体を支えてくれる。


 背後にちらりと視線を向ける。

 そこに白い猫耳を見たとき、ラフィータは思わず微笑んだ。


 ラフィータは前を見る。

 足もとの吸着魔法を解除し、障壁魔法に全集中を注ぐ。

 より精密に、無駄なく流麗に。


 障壁のひび割れが修復される。

 同時に、壁向こうの光が弱まっていく。


 光が完全に止んでから、ラフィータは障壁を解除した。

 草木の燃える匂いが鼻をつく。

 白黒にたなびく煙の向こうにウルフカミナの巨体が見えた。


「十レベルはもっていかれた……」


 ラフィータが大地にがくっと膝を着く。

 汗だくの彼は肩で息をしながら、首元から鎖に繋がれた魔法陣を取り出した。


「あっついなあもう……!!」


 見事に赤く変色したそれを乱暴な手つきで飲み水用の革袋に突っ込む。ジュウウウ!! という音を伴って革袋がボコボコと振動している。


「た、耐えきった、だと……」

「おい! 盾持ちがやられてる! 応急処置を!」

「二列目の俺らは問題ない! 前列の奴らがやばい!!」


 にわかに動き出す討伐隊。


 対するウルフカミナは動かない。

 必殺の一撃を耐えられたことに警戒心を強めたのか。

 単に大技の後のクールタイムなのか。


 ラフィータはじっと魔獣の巨体を見続ける。


 そのラフィータが目を見開く。


 信じられないことが起こった。


 ウルフカミナの真横の樹木が揺れる。

 枝の上から飛びだした黒い影。

 影は落下しつつロングソードを振りかぶる。


 そのロングソードが、ウルフカミナの腹をすぱりと切り裂いた・・・・・・・・・

 誰もが顎を落とした。


 あふれ出る鮮血。

 ウルフカミナは俊敏な身こなしでその場を脱する。


「だあああ!!! 浅かった!! あ、おい! 待て逃げるな!!! にゃあああああああああ!!!」


 黒い猫耳を生やした冒険者がウルフカミナを追う。


「キースか! 今ごろ戻ってきやがって!」

「ていうか今……今よお!?」

「あいつ何やったんだ!?」


「条件は分からねえが手傷を負わせた! 集中して傷をえぐれ! それが突破口だ! 負傷した奴らはまとまって――――」


 オルグラッドが叫んでいる。


 ラフィータはそれを聞いていなかった。

 彼は地面を見たままぶつぶつと何かをつぶやいている。

 脳がフル回転する。

 全てのピースが高速で組み合わさっていく。


 ――――疑問が今、氷解する。


要領不足キャパシティーオーバー……!! そうか!!」


 突然叫んだラフィータを幾人かの隊員が驚いたように見る。


 ラフィータは命令を飛ばすリーダーにかけよった。


「オルグラッドさん。推論だけど、聞いてくれないか」


 怪訝な顔をするオルグラッド。


「手短にだ、クセルスアーチ」


「硬化スキルだ。マナによる身体強化じゃない。あれはスキルで全身を硬化している」


「スキル……? なぜそう考える」


「まず、このレベル帯の魔獣があそこまで身体強化をできるのはおかしい。何かトリックがあると見て然るべきだ。これを硬化スキルだと考えるとキースの一撃が納得いく」


「…………」


潜在レベルの不足・・・・・・・・。冒険者も魔獣も、一度に操作できるマナの量は潜在レベルに依存している」


 潜在レベルに依存するマナ操作量。

 硬化スキルは身体強化以上の効果を生み出すが、同時に馬鹿にならない量のマナを消費する。

 そして、今の攻撃系スキル。


 オルグラッドの顔つきがみるみる変わっていく。

 目が徐々に見開かれ、口が大きく開かれる。


「こ、攻撃スキルに操作できるマナをつぎ込んだせいで、硬化スキルが解除されていたってわけか!」


「おそらく。いえ、確実に」


「分かった……! 今はまず体勢を立て直すことに専念しよう。それから……」


「オルグラッドさん。待って」


「なんだっ」


「勝利のビジョンが見えているんだ」


 ラフィータは悪い顔をしながらそう言う。

 彼は己の立てた作戦をリーダーに耳打ちする。


「確かにそうだ。だが、敵の注意を引きつける必要がある……!!」


 オルグラッドが厳しい表情でラフィータを見る。

 ラフィータは涼しい顔をして、そして一歩後ろに下がる。


 己の背後に立っていた少女に肩を回し、彼は次のように言い放った。


「ヘイトは僕たち・・・が引き受ける」


「へ?」


 きょとんとする猫耳の少女。

 ラフィータは二人に作戦の続きを説明する。


「盾持ちを借ります。攻めはそちらに任せるので」


「分かった。……ここに残っている諸君! 話がある!」


 オルグラッドが隊員に作戦を伝える。一人の冒険者が伝令役として遣わされた。

 隊員の半数は逃亡したウルフカミナを追っている。全ての隊員に話が伝わるまで少し時間がある。


 ラフィータは深呼吸した。

 飲み水の袋から魔法陣を引きずり出し、再び首にかけ直す。


「アーサ、さっきはありがと」


 ラフィータは少女を抱き寄せ、その頭をわしわしと撫でた。


「また、頼むよ」


「はい!」


 数分後、体勢を整えた討伐隊の片割れが士気高く出発する。

 オルグラッドが高らかに叫ぶ。


「さあ、反撃の狼煙を上げるときだ!!」


















「作戦了解。最善を尽くす」

「警戒されてよぉ。しかも腹の位置が高くて。傷が狙えねえんだこれが」

「イカした発案じゃねえか! 笑えるくらいに面白え! 俺様が気にいったぜクセルスアーチィ!」


 先行していた討伐隊はウルフカミナと交戦していた。


 負傷した盾持ちから盾を譲り受けた冒険者が前衛となり、魔獣の攻撃を防いでいる。先ほどと戦法は変わらない。


 そこにオルグラッド率いる討伐隊が乱入する。

 一つ一つの集団の負担が軽減される。その隙に作戦が隊員全てに伝わった。


「決行! 散開!」


 閃光玉が投げられ、莫大な光が森を覆い尽くす。


 ウルフカミナが背後に飛びすさった。

 光がおさまったとき、魔獣は列になって盾を構える冒険者を発見した。


 グラアアアアアアアアアアア!!!


 咆吼で威嚇するウルフカミナ。

 と、魔獣はふと違和感を覚えた。

 ――――思考に、甘い快感が入り込んでくるような……


(来い……!)


 ラフィータは盾持ちの後ろで固唾をのむ。

 隣にいるのは白髪のドール。

 彼女は肩で息をしながら魔獣を見つめ続ける。


 ウルフカミナが頭をぶんぶんと振る。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


 魔獣は天に向かい遠吠えをする。

 苦しんでいる。『魅了』スキルによる思考の侵食に。

 魔獣の赤い目がアーサをとらえる。

 濁った瞳がぎらりと光る。


 棘の刺さったような違和感を立て続けに受け、

 魔獣がキレた。


 ウルフカミナが突撃してくる。


「盾持ち構えええええ!」


 オルグラッドが命じる。

 盾持ちが盾を構え、


「二、一、……解放!!」


守人の羽根リサーチェス』、発動。

 ウルフカミナの巨体が障壁にぶち当たる。


 衝撃波が森を突き抜ける。

 竜巻の中にいるような烈風が冒険者を襲う。


 グラアアアアアアアアアアアアア!!!


 ウルフカミナは引かない。

 障壁の向こう側にいる少女を八つ裂きにすべく、魔獣は前足を振りかぶる。


 ドドドドドドド!!!


 盾持ちの顔が苦しげに歪む。

 彼らの踏ん張りがあって、障壁は前足の連続攻撃に耐えきった。


 ウルフカミナが動く。

 魔獣は障壁を迂回してアーサを目指す。


 途端、障壁が解除された。


「アーサ!!」


 スキル行使に集中している彼女を抱きかかえ、ラフィータは盾持ちの間を縫って手前側に進む。

 同時に振り返る盾持ちたち。オルグラッドの指揮の下で彼らはウルフカミナの襲来方向に合わせて適切に列を組み直す。


 別方向からの襲撃を考えたウルフカミナは、目標の少女が再び障壁の奥に隠れているのを見て激しく苛立った。


 ウルフカミナが障壁に飛びかかる。


(『フィロスの鉄槌』)


 そこを狙いラフィータが雷撃を飛ばす。

 障壁を迂回してウルフカミナの顔面に紫電が群がる。


 ラアアアア! グラアアアアアアア!


 悲痛な声を上げて頭を振るウルフカミナ。

 盾持ちの消耗をおさえる嫌がらせの一手である。


 ウルフカミナが後退し、再び障壁を迂回しようとする。

 ラフィータ達は同様の手口で迎え撃つ。


 ときおり混ぜられる魔獣のフェイントにもしっかり対応する。

 もし間に合いそうにないときでもラフィータが応戦する。雷撃を顔のみならず出血した傷口に叩き込み、『北天の加護』を使用して小規模の障壁を作り出し、時間稼ぎする。


 醜悪な表情で壁を見るウルフカミナ。

 魔獣のヘイトがみるみる溜まっていく。


(来い……来い……!)

(臆病者め、来い……!)

(来い、……撃ってこいっ!!)


 盾同士をカンカンと打ち鳴らしながら冒険者達は心の中でそのときを待つ。


 忍耐の時間は終わりを迎える。


「あ!!」


 盾持ちの誰かが叫んだ。あまり芳しい声ではない。

 ウルフカミナがバックステップする。


 両の前足が高々と掲げられる。

 魔獣の鼻先に大量のマナが渦巻く。


 巨木の上に隠れていた冒険者が飛び出す。

 だが、その距離が遠すぎる。


(まずい……!!)


 ウルフカミナがスキル行使に及んだ場所が予定とずれている。

 盾持ちはある樹木の間に一列に並んでいる。

 魔獣はこの盾持ちが作る障壁に垂直に陣取るだろう。その推測のもと、討伐隊も障壁に垂直な直線上に多くを配置していた。言うなれば、隊員は一辺の短い『十』の字のようになって魔獣を待ち構えていたのだ。


 魔獣は障壁から斜め方向に陣取った。

 冒険者が疾走する。


 足の速い冒険者、キースとエンバーが風のようになって魔獣に接近するのが見える。

 しかし二人だけでは致命傷には届かない可能性が高い。

 怪我人だっている。隊員の表層レベルもずいぶんと削られた。

 この状況で魔獣に硬化スキルを使用したまま逃げられ、消耗した身で再戦を強いられるのは辛いものがある。


(九の章二十一『剥がれし神塊』)


 ラフィータは障壁魔法を発動させる。

 内心の焦りを表に出さず、先ほどより余裕をもって発動した魔法は完璧に仕上がった。

 後ろにはアーサ、万全は期した。


(キース、頼む……)


 銀色の球体が放たれようとする。

 集中するべく一度目を閉じかけたラフィータは――――飛び込んできた光景に目を疑う。


 そして、静かに笑った。


 銀の髪がひるがえる。

 赤い甲冑を着込み、首元には同じく赤い鱗の目立つ。

 大剣を手にした女が異常な速度で大地を駆けている。

 地上の冒険者を全てごぼう抜きし、紅の弾丸となって魔獣にせまる。


 銀の光が迫り来る。

 スキル『地獄より浮かぶ月モードヘルフレイム


 障壁にエネルギー体がぶち当たる。

 轟音。大地を割るほどの衝撃。

 しかし二度目の攻防にラフィータが揺らぐことはない。


「!?」


 と、スキル行使中のウルフカミナが己に接近する存在に気づいた。


 魔獣のスキルが急遽中断される。

 ウルフカミナが飛び退こうとする。


 ――――その後ろ足の腱に間一髪、エンバーの一太刀が食い込んだ。


 鮮血が噴き出す。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 がくりと体を傾けたウルフカミナにキースが突進する。

 その太くしなやかな前足を鋼の剣が刺し貫く。


 それでもその場を脱しようとするウルフカミナは――――絶望を見た。


 せまり来るのは小さな冒険者。

 地形をものともせず全てを置き去りにして走り来る銀髪の女。


 その口元が歪んでいる。

 魔獣よりも魔獣らしい獰猛な瞳がウルフカミナを射貫く。


 ウルフカミナは本能的に恐怖した。

 一瞬、身動きが取れなくなる。

 魔獣は硬化スキルを発動しようとしたが、エンバーがもう片方の後ろ足を切りつけたことで集中が途切れる。


 銀髪の女が更に加速する。

 手に持った大剣が赤い光を放つ。剣が血しぶきを纏ったような光景。


 女が飛んだ。

 ななめ上へ、仰角は小さく。

 放たれた砲弾のように。




「緋閃――――荒縫あらぬい」




 赤い閃光が空間に刻まれる。


 女はウルフカミナの鼻先を通過し、くるくると縦に回転しながら魔獣の背中を飛び越え、そして大地に着地した。


 時間が凍り付いたような一瞬。

 固唾をのんで見守る冒険者たち。


「グラアアアア……」


 魔獣が弱々しく鳴いた。

 その顔面に赤い線が浮かび上がり、次の瞬間、魔獣の顔から大量の血が噴き出した。


 轟音と共に魔獣の首が大地に落ちる。


 数秒後、歓喜の雄たけびが森にあまねく響き渡っていた。


















 ラフィータは脱力し、大地に崩れ落ちた。

 体力以上に神経をすり減らしすぎた。精神的に疲労している。


「マスター、大丈夫ですか」


「疲れた……。帰りたい……」


「クセルスアーチ!! やったなおい!!」

「よく耐えきった! んなに小せえのによくやるよお前!」


 二人の冒険者がラフィータの肩をどついてくる。

 彼らはラフィータの腕を掴み、小さな体を無理やり立たせた。


「なんですいったい。僕は疲れて」

「行くぞお前ら! チビは疲れて動けねえ!」

「担げ! 功労者を輪の中心に運搬だああああ!!」

「マスター! マスターを返してください!」


 ラフィータは屈強な冒険者に神輿のように担がれて移動する。


 輪の中心とはウルフカミナの周辺。

 そこには冒険者達が集まって、互いをたたえ合っている最中だった。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


 熱気に新たな熱気が加わって、もう収拾がつかなかった。


 ラフィータはもみくちゃにされた。

 馬鹿に太い腕で何度も頭を叩かれ、小さな背がさらに縮んだだろうと思った。

 でも、苛立ちは沸かなかった。


 彼は心から浮かべた笑顔で冒険者達に答える。


 一方、アーサは冒険者の輪に入れないでいた。

 主人を救出すべく何度も突撃しているが、そのたび屈強な冒険者の尻にはじき飛ばされてしまう。


 彼女が心配そうな顔つきでぴょんぴょんと背伸びをしていると、彼女に声をかけてくる人物がいた。


「そこのドール、お前の主人なら心配いりませんわ」


 銀髪をたなびかせ、顔の輪郭に鱗の目立つ女だった。

 女は血に濡れた大剣を大地にドスッと刺し立てる。


「コハクさん……殿」


「さんづけで構いませんわ。アーサ、だったかしら。ラフィータは大丈夫。こいつらは彼をどうこうしようとするつもりはありませんの」


「ほんとう……?」


 琥珀ノ王は口元を押さえてふふふと笑った。


「お前に嘘をついてどうするの。これはラフィータをたたえる輪ですの。これからも目にする機会はあると思うから、覚えておきなさい」


「…………」


 アーサはその場に座り込み、複雑そうな表情で人だかりを見つめた。


 彼女の横顔を眺めた琥珀ノ王はしばしの無言の後で、ドールの頭を優しい手つきで撫でた。


「魅了スキル、だったかしら」


「え」


 アーサが首をかしげて琥珀ノ王を見上げる。


「お前も、よくやりましたわ」


 アーサは目をぱちくりとしたあとで、向日葵のようなまぶしい笑みを浮かべた。


「諸君! 撤収だ! あとの処理はギルドに投げる!」


 オルグラッドの声が響く。


 緊急クエスト『紅眼のウルフカミナ』、対象の討伐完了。

 ハクマ支部を揺るがした一件はこれにて終幕を迎える。

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