8.「やるヨ、大事にしな」
飛んで行ったカタパルトロールは遥か遠くの方で着弾したのか、ずん、という音がしばらく後に聞こえた。
わあわあと喚声が聞こえたので何事かと思ったら、そのまま逃げていったトロールにゴブリンたちも随従し、それを砦から脱出した兵士たちが追撃しているらしい。悶絶から回復したジャベリナが見に行って、教えてくれた。
日出郎はというと最後に食らった石礫のダメージが大きすぎて、動けずにいる。半泣きのハチェトリーが服を剥ぎ取り、一個一個丁寧に取ってくれたが、起き上がれるほど回復はしていなかった。
同じように礫を食らったはずのジャベリナとの差は、やはりレベルによるものか。
「回復呪文が切実に欲しい、今日この頃です。もしくは都合72レベル分の雑魚敵」
スライネ72匹をハチェトリーに刈り倒して貰えば、レベルアップで回復できるだろうが、そんな都合の良いことはあり得ない。
中庭にはまだ半死半生の魔物も残っていたはずだが、いつの間にか姿を消していた。そのまま絶命したか逃げ出したか、いずれにせよお手軽に経験点を稼げるなんて、甘い考えは捨てるべきだ。
「回復……そうだっ、これっ」
俯せにした日出郎の背の傷を、濡らした手拭いで必死に拭っていた少年が、はたとなにやら思いついたらしい。ぺたんと座って、虚空をじっと見つめだす。
「ど、どうしたのハチェトリー」
「えっとですね、いつの間にか僕、見習いじゃない、ちゃんとした召導師になってたんです」
「え? あ、そうなの?」
確認してみる。確かに象明の職業欄が、【召導師Lv.6】となっていた。
「多分ですけど、ジャベリナさんが姿を表す直前、勇者様と一緒に光に包まれた時じゃないかと」
あああれか、と思い出す。日出郎の特性レベルが軒並み上昇した、あの光。どうやらハチェトリーにも、なにがしかの効果を与えたようだ。
「そうしたら、自分の象明が、変化していて。なんていうか、評価表? 出納帳? まあ、そのような感じに」
虚空に指で四角を描き、その中に文字列がありますよー、という感じのジェスチャーをする。その説明で、日出郎にもピンときた。
「わかったぞ。特性とか技能とか、そういうのが羅列されてるんだろ?」
「! ……はい、そうです! もしかして、勇者様もそうなんですか!?」
「俺の、ていうか叡智の額冠で見ると、いつもそうなんだけどな」
話をすり合わせるに、どうやら日出郎の『ステータスウィンドウ』と、ほぼ同じものが見えているらしい。
そう言えばハチェトリーは、どうやって象明を見ているのだろうか。召術を使う、と言っていた気がする。だがそのことを聞くより早く、新情報がもたらされた。
「それで、【技能】という欄の横に数値が浮かんでいて……どうもこれを使うと、“術式”が習得できるようなんです」
「テレティ?」
「召術の応用編とでも言いましょうか……熟達した術師は源泉の力を変容させて、通常とは異なる使い方をできるんです」
よくわからない。腹這いの姿勢のまま少年を窺うが、未知への興奮が半分、日出郎の心配が半分で、今ひとつ順序立てて物事を説明できる精神状態には見えなかった。
「まあ詳しい解説は後で聞くよ。それで?」
「あ、はい。ですので、こうやって、【術式:治癒】を習得すると……」
フッ、と一瞬だけハチェトリーの瞳が焦点を失う。だがそれもすぐに元通りの輝きを取り戻し、彼は唇を引き結ぶと、その手を日出郎の背中に触れさせた。
「――セラピオ・ジオル」
柔らかな翠の光が、少年の掌から溢れ出す。途端に背中一面に爽やかで暖かな波動が広がり、微睡みのような心地よさと共に、痛みも疼きも消えていった。
「ぉあぁ……これは、イイ……」
変な声が出てしまう。にこりと笑ったハチェトリーが、翠光を放ったままの手で、ゆっくりと背中全体を撫でさすってくれた。それに伴って癒やしと快感が肉の内にまで染み渡り、身悶えしてしまう。
中庭のあちこちに散らばる魔晶石を回収していたジャベリナが、そんな主従の様子に気づいて、近づいてくる。
「へェ、〈治癒〉が使えたのか。さっきのメガロ級の雷と言い、勇者よりよッぽど凄ェんじゃねェの? お前」
「……そんなこと、ないです。これは勇者様に貰った、大切な、ちから」
慈愛を込めて、少年は俯せたままの己が勇者を見つめた。
その勇者本人はと言うと実は、始めての回復呪文による快感に、ちょっと未成年には見せられないような絶頂顔で身悶えている。のだが、幸い地に伏していたため、誰にも見られることはなかった。
¶
戦い済んで、日が暮れて。
ラヴォエラス砦には活気が取り戻されていた。無論、少なくない犠牲者を悼む気持ちはある。だが、不意の襲撃と絶望的な戦力差を、どうにかこうにか退けたのだ。高揚感は大きい。
意識を取り戻した騎士ジェイワルズ――実はこの砦全体の指揮官であった――は、ハチェトリーから事情を聞くや、砦の増員要請を決定した。
ここで勇者召喚が行われ確かに勇者が存在した、という情報が正体不明の敵に伝わった以上、再度の襲撃がないとは言い切れないからだ。
図らずも魔物に情報漏洩をしてしまった日出郎としては、平謝りするしかなかった。
ともあれこうなっては、今までのような茫洋とした警戒任務は続けられない。つまり戦勝と弔いの宴に加え、決起集会も一緒くたに執り行われることとなったのである。
増員要請が通れば補充もなされるだろうからと、食料庫が開放され、ひとまず足の早い食材は片っ端から調理された。一部の不幸な見張り番を除いて、秘蔵されていた酒も振る舞われる。
砦のあちこちに篝火が焚かれ、中庭は飲めや歌えやの大宴会場と化した。
「アッホだなァ。ここで襲撃されたら、一発で終いだゼ、あァン?」
砦の二階の、奥まった一室。扉の隙間から乱痴気騒ぎを見下ろしながら、ジャベリナはクククと笑う。片手には葡萄酒を満たした獣角製の酒杯、もう一方の手には一抱えほどもある酒瓶。今は薄衣一枚の、リラックスした格好だ。
壁にかけられた燭台の朧げな灯りの下、寝台に腰掛けて彼女の背中を見つめながら、日出郎は恐々問いかける。
「……来ると思う?」
「ま、来ねェな。そんな頭があるなら、むしろ勝ちが決まッて草原でエイエイオーやッてるのを横目に、砦に火ィかけてるヨ」
治癒召術を強請って元気いっぱいのジャベリナは、牙を剥き出し凶暴な笑顔を見せた。
彼女だけでなく重傷の兵士に片っ端から術をかけて回っていたハチェトリーは、流石に疲労困憊で、今はベッドにて寝入っている。
何故だか治療時に剥ぎ取った日出郎の上着を抱え込んだままで、色々臭いだろうからと抜き取ろうとするのだが、いやいやと首を振って放そうとしない。
少年も日出郎も、今は寝間着一枚の楽な格好だ。無防備に伸びたハチェトリーの白い脚から目を逸らし、少女の方へ視線を戻す。
「また来るとしたら、どれくらいかな」
「連中の陣容がわかんねェから断言はできねェけどヨ、岩団子野郎は三日もすりゃ回復すると思うゼ。トロールッてな、そのへんが厄介なんだヨ」
「三日……」
いかにも少ない。今から訓練に励んだとて、再びの襲撃に抗し得る実力を身に着けられるとは、とても思えなかった。
「囲んでボコろうにも、生半可な攻撃は通じやしねェからなァ。力量で言ッたら最低でもオレくらいねェと、キツいわな」
この砦で言えば、ジェイワルズただ一人だ。召術ならまだ通じる目もあるが、数少ない召術を使える兵士も、一つの系統の技能を1レベルで保持するのみらしい。つまり近隣で今の日出郎より秀でた召術士は、ハチェトリーしかいないわけだ。
総合的な実力を考えれば一番はジャベリナその人だが、流石にこれ以上、頼るわけにはいかないだろう。彼女は飽くまで、一時的に手を貸してくれたに過ぎない。
沈思黙考する日出郎を後目に、ジャベリナはぐびぐびと美味そうに葡萄酒を呑み続けている。見た目はロリだが二十歳以上です、違法ではありません。
日出郎も最初の一杯だけつきあったが、元々さほど強くない上にワインは苦手だったため、今は肴として供された干し肉をむしむしと摘むのみだった。
「あー、冷えたビール呑みたい。レモンハイでもいい」
「ンだそりゃ?」
「俺のいた世界の酒。スカッと爽やかでホロ酔いできるのよ」
今は遠い故郷を思って、溜息を吐く。さしたる未練があるわけでもないが、文明の利器とそれに支えられた嗜好品には、失われて初めてわかる有り難みがあった。
「そう言えばお前、異世界から来た勇者だッたな。ただのデブだと思ッてたわ」
「ひどっ」
けけけ、と笑って杯の中身を飲み干したジャベリナは、ふと表情を改め酒瓶も酒杯も机に置く。そしてやおらワンピースの胸元を開くと、そこに下げられていた巾着袋のようなものを引っ張り出した。
なんだなんだと見つめる先で、少女は袋の口を開く。果たして、彼女の掌にころんと転がり出たのは、半透明の丸い石であった。乏しい光源にも赤い光を反射する、美しい石。
「魔王サマから貰ッたもんでヨ。勇者から守れ、ッて言われてたんだ」
「え、あ……ひょっとして、『炎慧玉』!?」
しばし掌上のそれを感慨深げに眺めた後、ジャベリナは無造作に赤い輝きを放って寄越した。慌てて身を乗り出し、あたふたとそれを受け取る。
「でももう、魔王サマはいねェからな。やるヨ、大事にしな」
「……いいのか?」
「死んじまッたヤツの言いつけを後生大事に守るほど、オレぁ義理堅くねェからな。怪我ァ治してくれた礼だッて、ソイツに伝えとけヨ」
日出郎の後ろで眠る、ハチェトリーを指さした。そして酒瓶と酒杯をまとめて引っ掴むと、彼らに背を向ける。
「こいつァ釣り代わりに貰ッてくゼ」
「あ、ああうん。その……色々、ありがとう」
「あァン? 勘違いすんな、オレはオレのスジを通しただけさ」
肩越しにひと睨みくれたのを最後に、少女は部屋を出て行った。
しばしの沈黙。部屋の外で続く宴会の音に変化がないところから推察するに、ジャベリナは兵士たちに気づかれることなく砦を脱出できたのだろう。
はあっ、と息を吐いた。
「戦闘なしでイベントアイテムを手に入れてしまった……あ、いや、カタパルトロール戦がそうだったのか?」
渡された炎慧玉を、手の中で弄ぶ。少女の胸元にずっと入れられていた物だと思うと、なんとなくその温もりに違う意味合いを感じ取ってしまいそうだ。
誤魔化すように持ち上げて、燭台の灯りに透かし見てみる。
「綺麗なもんだ」
「……なんですか、それ……?」
不意に、背後から声がした。振り返ると目をこすりながら上体を起こしたハチェトリーが、夢うつつの顔で主と、その手の宝玉を見つめている。
寝ぼけ顔も可愛い少年に微笑みかけて、日出郎は手にした宝玉を頭上に、叡智の額冠の前に掲げて見せた。
「ジャベリナの置き土産……パワーアップパーツだよ」
¶
炎慧玉。ゲーム『ファイナルラストファンタジア』において、五凶槍とのイベント戦後に手に入る、五色の宝玉の一つだ。
本来はゲームの終盤になって入手できるこれらの宝玉は、叡智の額冠にはめ込むことでその能力を解放していき、最終的には魔王の特殊な防御結界を打ち破る力を勇者に与える。
「“泉宝”ですか。つくづく規格外な人ですねえ、ジャベリナさんて」
感心するハチェトリー。泉宝というのは召術によって源泉の力を与えられた宝具、要はマジックアイテムである。叡智の額冠も無論、泉宝だ。一口に泉宝と言ってもただ切れ味が鋭いだけの短刀から、神代の昔より伝わる聖剣まで、様々な種類がある。
現在の技術でも泉宝を作ることはできるが、上古、まだこの世界に源泉の力が溢れていた時代の産物の方が、遥かに強力な代物が多い。
こうした遺産の代表格が勇者専用装備であり、言い換えればそれらを装備できるからこそ、勇者というのは重要視される存在なのである。
その一つである叡智の額冠に、炎慧玉を当てると、右から二番目の穴にぴったりと収まった。なんとなく赤は中央、と思っていたが、そうでもないらしい。
元々優美な造形であった叡智の額冠が、少し輝きを増したように思えた。これが日出郎の頭に収まると意外と地味な印象になってしまうのは、まあ悪い意味で装着者に馴染んでしまうからだろう。
「おっ、見える情報が増えてる」
試しにハチェトリーの象明を見てみると、【特性】欄も付随して浮かぶようになっていた。
【ハチェトリー・フォンテ・ブラウム】
【天人種・ラフガルド王国人/男・14歳/召導師Lv.6】
【体10 敏12 感13 知16 精22|HP21/43 LP40/62 EXP8/120】
流石に全特性レベルにボーナスを貰っている勇者と比べれば見劣りするが、14歳という年齢を考えれば立派すぎる数値だ。特に【精神】など、日出郎より高い。
「ていうかハチェトリー、HPが半分を切ってるじゃないか。自分の治療をしなかったの?」
「その、怪我らしい怪我はしてませんでしたから」
疲労も蓄積すれば、少々休んだ程度では回復しなくなる。その状態でもし戦闘にでもなれば、思わぬ大怪我に繋がりかねないのだ。
「駄目だよ、体調には気を遣わないと。君一人の体じゃないんだから」
ぼんっ、とハチェトリーの顔が瞬時に真っ赤になる。日出郎としては、治療役は集団戦闘の生命線なんだから……というつもりで言ったのだが、言葉のチョイスが少々おかしかったようだ。特性レベルが上がったところで、対人スキルばかりはどうしようもない。
自分の台詞が変な風に伝わったことに遅まきながら気づき、違うんだ主に戦術面の話であってね、いや君のことが大切じゃないわけではないけれど、というか体を大事にしてほしいのは確かであって……と言いたいことを内心で上書きし続けるうち、口からはアウアウという間抜けな音しか漏れずに終わった。
「……ええとまあ、とにかく、今は自分のHP見えるんだよね? じゃあ今後は、よっぽどのことがない限り、その数値が半分を切ったら最優先で回復すること。いいね?」
「は、はい……お気遣いありがとうございます、勇者様」
そう言えば、と前々から気になっていたが後回しにしていた、ハチェトリーが自分の象明を見ている方法について尋ねてみた。
「ああ、それはですね。“微術”と言って、源泉と結んだ回廊の力を使って、ちょっとした力を振るう技術です。ええと、僕は召術の一種だと思っていたんですけど、象明を見たら『技能』に分類されていますね」
召術士と呼ばれるほどに自在に源泉と繋がれるようになると、体内を召力が巡回するようになる。
これを用いて簡単な、たとえば数十センチメートル向こうの軽い物体を動かしたり、どちらが北かを感知したり、羽虫を追い払ったり……と言った『術と呼ぶほどのものでもない術』を行使することができるのだ。
ただし微術には“運命を変える力はない”という、絶対の法則があると言う。どれだけ軽くとも会食の場で料理の皿が引っ繰り返ることはないし、嵐の海で遭難している時には方角は測れず、悪意を持って放たれた毒虫は追い払えない。そういうものだと言う。
(なんか百円均一の便利グッズみたいだな)
身も蓋もない感想を抱いた。技能と言っても召力があるなら誰でも使えるそうなので、練習すれば技能点を使うまでもなく習得できるかも知れない。
回廊を結んだ源泉によって使える術と使えない術もあるそうだが、系統に関わらず使えるものの一例として『掌くらいの大きさの範囲を、真水で洗ったように綺麗にする』微術があると聞いて、可能な限り早く教えてもらおうと決意した。
この世界にはもトイレットペーパーのようなものは存在するが、基本的には王侯貴族のためのものであり、砦において排便後は乾燥した木の葉で拭いているのだ。日出郎は潔癖症というわけではないが、これだけはかなりきつかった。
(それにしても……そうか……なるべく考えないようにしてたけど、ハチェトリーは綺麗なんだね。良かった良かった)
思わず慈愛を含んだ眼差しで見つめてしまい、少年の居心地を悪くさせたりもする。
「ちょっと話がずれましたけど、そんな源泉に関わらず使える微術の一つに、象明を見たり見せたりするものがあるんです。あ、自分の象明の外観も多少はいじれますよ」
少年やジャベリナの象明が他と違った理由も、判明した。優先度は低いが、これも機会があったら変更しておこう、と心のメモ帳に記載しておく。
「後は、今後の方針なんだけど……ジャベリナが言うには、トロールの再襲撃は、早ければ三日後かもって」
「……それなんですけど、勇者様。やつらがこの砦を襲ったのは、何故なんでしょう?」
「え? そりゃ、俺が勇者として召喚されたからで……あれ? なんで今更、勇者の排除にかかるんだ?」
カタパルトロールは『法王猊下』とやらの命令で、勇者を殺しに来た。ジャベリナいわく、魔王とは無関係の存在らしい。
(あの娘が単に、組織の改変を知らなかっただけかも知れないけど)
あり得る話だから困ったものだ。いずれにせよ魔物を配下とする法王とやらがおり、その人物もしくは魔物が、勇者を邪魔に思っている。なぜ邪魔か、と言えば。
「やっぱり世界征服とかが目的で、障害になりそうな存在は早めに潰しておこうとか、そういう考えなのかな」
「うーん、そうなると真っ先に狙われるのは、むしろうちの馬鹿兄のような」
「いや、魔王を倒すような豪の者を、最初に狙ったりしないでしょ」
まずはスライムから、の逆パターンだ。いじめないで、ぼくわるい勇者じゃないよ、と言ってあげたい。
ハチェトリーと二人、色々考えてみた。勇者に個人的な恨みがある、勇者をなにかの生贄にしたい、勇者の将来性を買って(ハチェトリーの一押し)、異世界の知識を欲して、実は叡智の額冠の方が狙い(日出郎の一押し、というか願望)、勇者を屠ったという政治的宣伝、そもそも既に世界中に手のものを送っている……等々。仮説はいくらでも立てられたが、いずれも推論の域を出ない。
「最後のが当たってたら最悪だな」
「世界中の軍が疲弊していますからね……どっかの誰かが戦争を起こしたせいで」
ちょいちょい実兄に悪意が向くのが、玉に瑕な少年である。
「まあ、どっちにしてもこの砦に篭ってるわけにはいかないし、最初の予定どおり王都に向かおうか。アクスレイと合流できれば、なんかわかるでしょ」
正直、まだブラッドオックスと遭遇して勝てる自信はないが、仕方なかった。なんとなれば逃げるしかないだろう、と結論づけて、その日はお開きとなる。
扉の向こうから聞こえてくる宴会の音をBGMに、ハチェトリーと二人して泥のように眠った。
¶
明けて翌日、日出郎とハチェトリーは慌ただしく荷物をまとめると、兵士に見送られ砦を出立した。灰白色の鱗を持つ大型の麟竜に二人乗りし、着替えや食料を背に積んだ甲竜を引いている。
日出郎はぼろぼろになった衣服と剣を新調し、胴衣は新たに鎖帷子に変えていた。袖が肩口、裾も腰の上部あたりまでしかないので、『メイル』というより『シャツ』と言うべきものだが、その分さほど重くないのはありがたい。
「これまでの御無礼、砦の一同を代表してお詫びいたします」
自身とともに生き延びた愛騎に跨がり、途中まで随伴してくれたジェイワルズが、騎上の二人に頭を下げた。
なお麟竜の手綱を握っているのは当然ながらハチェトリーであり、日出郎は少年の後ろにへっぴり腰でしがみついている体勢だ。
「いやまあ、召喚されたての頃は本気で情けなかったですから……今も、そんなに変わりませんけど」
一回りも小さい少年にぴたっとくっついて、落ちないよう必死でバランスを取っている姿は、確かに立派なものとは言えなかった。日出郎は馬にも乗った経験がなかったが、麟竜の上は結構、揺れる。
しかしジェイワルズは目元を和らげ、ゆっくりと首を振った。
「初めての戦場を臆することなく駆け抜け、私を気絶させた巨大なトロールを撃退してのけた。誰もあなたを、情けないなどと思いません」
それはハチェトリーとジャベリナであって俺じゃないんだよなあ、と思わなくもないが。当の少年がかつてないドヤ顔で『そうでしょそうでしょ? うちの勇者様ステキでしょ?』と鼻を高くしているので、賞賛は黙って受け取っておくことにする。
草原にブラッドオックスの姿は見えなかった。小さな尾根を越えたところでジェイワルズと別れ、草むらを踏み固めただけの道を、二人と二頭でゆっくりと進む。
「風が気持ちいいですね!」
「うぷっ……そ、そうだね……」
酔った。
【術式:治癒】
技能の一種で、源泉の力を生命を癒やすことに用いる。組み合わせた召術技能との効果は〈砂漠〉:範囲/〈密林〉:高位/〈火山〉:遅延/〈雲海〉:持続/〈氷河〉:吸収。たとえば〈治癒翠光〉なら、他の召術技能よりHPの回復量が大きい。
【獣角製の酒杯Lv.2】
リュトンと言うこともあるが、その場合は別な形状をしている場合も多い。純粋に角製であるとテーブルにそのままは置けないので、日本の可盃よろしく飲み干すことが前提の飲兵衛仕様なのかも知れない。
【くたびれた寝間着Lv.1】
ハチェトリーが寝間着にしているのは、日出郎が召喚時に着ていたスウェットのトレーナーであったりする。
【泉宝】
現在の技術で作れる泉宝は魔晶石を動力源にするものが殆どで、その効果も精々が『便利な家電』程度の代物。とは言え不思議パワーで動作するだけあって、一部の物品は日出郎から見れば、魔法の道具そのもののような効果を持っている。
【炎慧玉Lv.36】
叡智の額冠の装飾部品。〈火山〉系召術の効果を[レベル%]遮断。勇者専用。
【鎖帷子Lv.5】
素肌に直接着ると大変、お洒落。ただしファッション超上級者のみに許された着こなしである。