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周回遅れの召喚勇者 ~キモくてニューゲーム~  作者: 行広主水
第1章「召喚されたはいいけれど」
7/27

7.「うッわ、キモッ」

 背後に日出郎を庇ったままハチェトリーは、突如として現れた少女を、その額から頭上に向かってねじれて伸びる黒い角を見つめ、呆然とつぶやく。


魔人種ディアボロス……!」

「あァン? 魔人種ディアボロスだからどうだッてんだ、天人種セレスティア


 ワンピースの後ろから、ひょいと黒い縄のようなものが覗いた。よくよく見るとそれは、先端がやじり型をした、細かな鱗で覆われた尻尾である。

 そして少女が繊手せんしゅを一振りすると、地面に突き立ち魔法陣を生み出したものとそっくり同じ、二叉ふたまたに分かれた黒い槍が手の中に現れた。

 少女は眉間に深々と皺を寄せ、三白眼になって、壁にもたれるように座り込んだままの日出郎を見やる。


「そいつが勇者かよ。湿気しけてやんな、だっせェ」


 顔立ちは可愛い……と言うか端正に整っているのに、表情が一々凶悪なため、台無しだった。それに輪をかけて、言葉遣いが絶望的に悪い。


「てか、いつまでぴかぴか光ってんだヨ、うッぜェ。怪我ァ治ッたんならテレテレ休んでんじゃねーヨ、クソデブが」

「え? あれ、ほんとだ。なにこれ?」


 先ほどまで三途の川にダイブせんとスタート台を握っているような状態だったのに、気がつけば体は全快していた。戦闘開始時から今まで怪我をしては回復、怪我をしては回復、でせわしないことである。

 今だ魔法陣に囚われ動こうとしないカタパルトロールを警戒しつつ、知らぬ間にレベルアップしていたのか、と象明グリフを見てみる。


【ヒデロウ・イサカ】

 【越界種エグザイル・日本人/男・25歳/勇者Lv.4】

【特性】

 【肉体Lv.18 敏捷Lv.16 感覚Lv.17 知性Lv.18 精神Lv.15】

 【HP:50/50 LP:48/48 EXP:0/72】

【技能】(2)

 【算術Lv.2、召術:〈氷河グラシア〉Lv.2、刀剣Lv.1、召術:〈火山イフェス〉Lv.1、召術:〈砂漠エリモス〉Lv.1、体術Lv.1】

【妙技】

 【共枢言語※、共闘共栄※、◇◇◇◇※】

【召術】

 【〈小凍コルド〉〈凍装コルルド〉〈小炎フレイ〉〈小嵐ラハガ〉】

【装備】

 【叡智の額冠Lv.35、布の服Lv.1、革のサンダルLv.3】


「え、なにこれ」


 職業レベルは、先ほどトロールとの戦闘中に上がった時のままだ。中途で気づいたとおり、体術技能が勝手に習得されている。技能点も余っていたが、それはいい。装備欄の変化も、剣はどこかに落として、胴衣はズタズタに裂けて使い物にならなくなったせいだ。

 問題は特性レベルである。通常のレベルアップ分とは別に、軒並み5点ずつ上昇していた。


「そう言えば勇者様、なんだかこう、お顔が今までより、凛々しくなられたような……」


 立ち上がり己の体を検分する日出郎を、ハチェトリーがきらきらした瞳で見上げた。


「え、そう? でへへ」

「すいません、気のせいだったかも」

「うッわ、キモッ。こいつキモッ」


 やに下がったら秒速で手のひら返しをされた挙句、角の少女に追い打ちをかけられる。


「ぶろろろ(くそぉ、なんだこれ)……」


 そんなやりとりをしている間に、拘束されたカタパルトロールが、身動みじろぎした。少女は舌打ちをすると、巨体の前に回り込んで、手にした槍を既に打ち込まれた物の反対側に刺す。

 光を失いかけていた魔法陣が光度を増して、再びトロールは硬直した。


「ぼふぉぁ、ぐぼぉほっ(貴様、怨叉えんさ。おめ、猊下げーかに逆らう気か)!?」


 ようやっと少女の姿を認識できたか、カタパルトロールが目をわめく。が、その巨体は微動だにしない。


「あァン? なに言ッてッかわかんねえヨ」


 少女がせせら笑う。通訳したものか日出郎は少々悩んだが、はたと聞き逃してはいけない単語が、トロールの言葉の中にあることに気づいた。


「そいつ、君のこと『怨叉』って呼びかけてるけど……その、君、まさか」

「あァン? オレの通り名に聞き覚えでもあるッてか、キモデブ」


 首を捻って、にらみつけてくる。身長差もあって仕草だけなら可愛らしい上目遣いになり得るというのに、不良ヤンキー丸出しの表情のため『ガン飛ばし』されている感が半端ない。

 恐喝カツアゲされたらノータイムで財布を出した挙句、自分からジャンプしてしまいそうだ。


 しかし怯んでばかりもいられない。意を決して象明を見ると、紫ラメの板にびょう打ちされたメタリックフレーム、という『バリバリ感』はなはだしいもので脱力した。

 文字も変にぎざついて読みにくく、紋章があるべき部分の画像も二叉の槍が交差した上に髑髏どくろが乗ったものをファイヤーパターンで飾るという、暴走族のエンブレムにしか見えない代物だ。

 だが、そこに書かれた情報は。


【“怨叉”ジャベリナ・ジュベルナ】

 【魔人種ディアボロス・ヘイベルグ帝国人/女・161歳/凶槍Lv.9】


「うわぁぁ、五凶槍のジャベリナじゃん! なんでこんな所に!? そもそも、なんで助けてくれたわけ!? ていうか、なんで女の子!?」

「なんでなんでッて、ナンデ国の住人かよクソデブが。オレが女で文句あんのか、あァン?」


 魔王ニグラウスに仕える五人の将軍、五凶槍。五人いるがいわゆる『四天王』的なポジションにあたり、ゲームでは節目節目のイベントで主人公一行の前に立ち塞がる強敵だ。

 その一人が、“怨叉”ジャベリナ。小さな体を漆黒の全身甲冑で覆い、ヤンキー丸出しの口調で威勢の良い罵詈雑言を並べ立てる。登場順序で言えば五凶槍の中では三番目だが、先に登場した“くろ騎士”ランスロッドや“極刑の”ベルハルトと比べると、脅威度は劣る存在。

 実行する作戦はいつも妙に憎めない上どこか穴があり、戦闘後は捨て台詞を吐いて逃げていく、というゲーム中盤のコミックリリーフであった。


「ああ、そう言えば五凶槍って、パルチザーネ以外は顔出ししてなかったもんな……中身が女の子でも、わかりゃしないか」

「あの、勇者様。この者を御存知なのですか?」


 おずおずとハチェトリーが尋ねてくるが、どう答えたものか。召喚される前の世界で何度か倒した相手です、なんてことは口が裂けても言えない。


(しかしレベル9って、イベントバトルの時より圧倒的に弱いし……)


 それでも現実として今、カタパルトロールを完封している。ゲームでは彼女の投げる槍を食らうと高確率で数ターン行動不能になり、それが厄介な中ボスであったのだが、実際に目にするとこういう攻撃であったとは。


「一方的に知っているだけで、知り合いってわけじゃないんだよ。その、助けてくれてありがとう」


 前半は少年に、後半はジャベリナに向けた言葉だ。相手の意図はともかく、絶体絶命の危機を救ってくれたことに変わりはなかった。


「カッ、べつに手前てめーらのためにやッたことじゃねェヨ。魔王サマがられて暇ブッこいてたら、知らねえ連中が好き勝手くれてッから、()()()にきただけさ」


 新たに生み出した二叉槍を担いで、ぶっきらぼうに言う。えーなにその野良ヤンキーみたいな行動、と日出郎が呆れハチェトリーは困惑するが、少女は意に介した様子もない。


「さてオイ、話の続きだ。手前、誰の指図で動いてやがるんだ、あァン?」


 そしてそのままカタパルトロールの方に視線を戻し、手にした槍を突きつけた。


「ごばぁう、ぶげろろろ(なに言ってるだ、法王ほうおう猊下げーか以外にオラたちの親分はいねえべ)」

「だからなに言ッてッかわかんねえッつーんだヨ、あァン!?」

「『法王猊下』以外に親分はいない、って言ってるよ」


 慌てて通訳する。実際に同音異字がどう発音されているのか日出郎にはわからないが、〈共枢言語〉はそのあたりのニュアンスも含めて相手に伝わるのが、便利といえば便利だ。


「ほーおーげーかー? 誰だそりゃ?」


 眉を寄せて首をひねる、ジャベリナ。知ってるか? という顔で日出郎を見てくるが、彼にも覚えはない。少なくとも『ファイナルラストファンタジア』には、そういう肩書の登場人物はいなかった。ハチェトリーを見てみるが、少年もぷるぷると首を振る。


「ぐぼっふぁっふぁっふぁ……(呆れた田舎者だべ、いまだに魔王なんぞに仕えてる気でいるみてえだな)」

手前てめェ、死にてェらしいな、あァン?」


 なにを言っているかわからずとも馬鹿にされたことは察したらしく、青筋を浮かべて歯をき出すジャベリナ。鋭く尖った犬歯は、八重歯なんて可愛らしいものではない。

 苛立ちを表すように突きつけた二叉槍の先端が微動するが、カタパルトロールを囲む魔法陣の直上にかかると、金属音を放って弾かれていた。


「あれ? そう言えばジャベリナの状態異常バッドステータスって、食らってる間は攻撃が通らないんじゃなかったっけ……?」

「ん? オオ、よく知ッてやがんなコラ」


 だから厄介ではあるが、脅威度は低いのである。たとえパーティ全員が行動不能状態になっても、その間はジャベリナから攻撃を受けない、受けてもダメージを負わないため、一方的になぶり殺されるようなことがない。

 他方、回復の召術や道具アイテムの効果は有効なため、追い詰められても用意に態勢が立て直せるのだ。


「じゃあこの状況、どうすんの?」

「そりゃおめェ、オレの槍の効果が切れるまで待ッて……」

「あの、そうしたら、このトロールが動けるようになるってことですよね?」


 三人そろって、黙り込む。カタパルトロールの魔物レベルは15。ジャベリナは9。日出郎やハチェトリーに比べればかなり高いが、トロールとも圧倒的な差がある。


「そりゃおめェ……。……が、がんばる」

「うわぁぁぁ、わかってたけどコイツ、馬鹿だったぁぁぁ!」

「う、うるせえヨッ! 馬鹿いうヤツが馬鹿なんだぞォ!?」


 ぎゃいぎゃい騒いでいる間に、カタパルトロールが魔法陣の中で身動ぎし始めた。

 鎧は壊れ武器もない現状、日出郎は前衛に立てない。取り急ぎ【召術:〈砂漠エリモス〉】の技能レベルを向上させつつ、壁を背にした位置取りは不利すぎるため、ハチェトリーの手を引いてじりじりと移動する。


「じゃ、ジャベリナ。召術で援護するから、前衛たのめるか?」

「そんな、勇者様! 魔人種ディアボロスと共闘するんですか!?」

「う、うーん……この世界で魔人種がどういう扱いなのか、よくわかってないんだけどさ。少なくともジャベリナは、そんな悪いヤツじゃないよ?」


 ゲーム内の描写だけを受け取るなら、ではあるが。


「……チッ、糞が。しゃーねーな、今回だけだぞ、あァン?」


 少女の細い腕と脚とを、黒い霧のようなものが覆ったかと思うと、霧はやがて金属甲冑の部品パーツへと変化する。

 肩当て(スポウダー)上腕甲(リアブレイス)肘当て(クーター)腕甲(ヴァンブレイス)籠手(ガントレット)大腿甲(キュイス)膝当て(ポレイン)脛当て(グリーブ)鉄靴(サバトン)。いずれも禍々しい浮き彫りがされた、ごつくて黒い部分鎧パーツメイルである。


「どうせなら頭や胴も固めればいいのに」

「うッせ、うッせ。まだここまでしかべねェんだヨ、ヴォケ!」


 疑問を呈したハチェトリーの言葉に、少女は敏感に反応して喚き返した。なるほどレベルが足りないのか、完成するとゲームで見たあのグラフィックになるんだなあ、と感心する日出郎。

 さらに言えば裾の短いワンピースと大腿甲キュイスとの間にいわゆる『絶対領域』が生まれているなど、なかなかフェティッシュな格好なので、できればそのままいっていただきたいとも思う。

 カタパルトロールの動きが大きくなってきた。地面に突き立った二本の槍は、それに合わせてぐらぐら揺れて、魔法陣も明滅し始めている。


「確認しておきたいんだけど、槍で行動不能にする技って、回数制限あったりする?」

「制限ッつか、の発動は、普通にメガロ級と同じくらい召力ロギエ使うからヨ。あと二発が精々だな」


 小声で聞くと、そう返ってきた。つまり『』と言うのが彼女の槍の名前で、その特殊能力の発動には一回に10点程度のLPを消費し、残りLPはあと20点少々ということだろう。


(武器攻撃系だからしょうがないとは言え、レベルの割にLP少ないな……)


「ンだコラ、なんか文句でもあんのか、あァン?」

「あ、いや。そういうことなら、戦闘中は、なるべく使わない方針でいこう」


 いざという時、戦闘そのものを中断できるのは大きい。いよいよどうにもならなくなったら動きを止めて逃げる、という手も考えたが、既に相手は日出郎を勇者と認識している。カタパルトロールの特殊能力を考えると、逃亡したところで相手が飛んで来る可能性は高い。


「うぼはぁっ(やっと動けるだ)!」


 ろくな準備もできぬまま、槍が吹き飛んで、カタパルトロールが大きく伸びをした。大型鉄槌スレッジハンマーを振りかざし、咆哮を上げながら日出郎に迫る。


「ぼげはぁっ(今度こそ死ぬだ)!」

手前てめェの相手は、オレだッ!」

「ジオルドっ!」

「ラハガドっ!」


 両手使いに槍を構えて、ジャベリナが突進した。間髪入れず細い体にハチェトリーからは緑の、日出郎からは白い光が飛ぶ。全身を薄膜のように覆ったのは〈密林ズーグラ〉の力によって対象の防御力を高める召術〈塊装ジオルド〉、足元に纏いついたのは〈砂漠エリモス〉の力によって速度や機動性を高める召術〈嵐装ラハガド〉だ。

 迎撃せんと振り下ろされた、そら恐ろしい音を立てて襲いかかるハンマーを、ジャベリナは地を踏みしめ避ける。そのステップは足元から吹き出す風によって、スケート靴で氷上を滑るかのように大きな旋回移動となった。


「こいつァ、ゴキゲンだゼッ!」


 一回、二回とトロールの周囲を廻転かいてんして幻惑し、ハンマーを持つ手の反対側から跳躍。なお高い位置にある相手の顔面に向け、ひねりを入れて二叉の槍を突き込んだ。


「おらァッ!」


 両目を潰すことを目論んだようだが、敵もそうはさせじと頭を振ったため、片目をかすめるに留まった。だがそれだけでも結構な痛手と、充分な隙を作り出せている。


「横に跳んでくださいっ!」

「――〈凍装コルルド〉っ」


 声かけをするハチェトリーに、日出郎が召術強化の術かける。そして、ジャベリナが跳び離れるのを確認してから、少年は必殺の大攻撃を撃ち放った。


「――〈大雷メガロ・レビン〉!」


 万一にも攻撃を受けないよう充分な距離を取っていたが、強化された雷はその距離を一瞬でゼロにして、紫電の矢衾やぶすまが巨体を蹂躙する。

 皮鎧が焦げて落ち、ぼろ布同然に纏いつくのみとなった。しかし、硬質の皮膚にはかすかな焦げ目しか見いだせない。ブラッドオックスを一撃でき殺した稲妻の奔流を受けてなお、トロールの眼に宿る殺意は衰えることなく人間たちを睥睨へいげいした。


「フレイドッ!」


 にやりと笑って、ジャベリナが手にした槍に手をかざし、赤い光を放っている。〈火山イフェス〉の力によって対象の筋力や武器の破壊力を高める召術、〈炎装フレイド〉だ。


「あ、あほーっ! 召力ロギエ使ってどうすんだっ!?」


 思わず怒鳴る日出郎。頑丈な相手に攻撃力を高めるのは間違った戦術ではないが、限りあるLPはの発動のために取っておく作戦だったはずだ。


「あ、しまッた。つい」

「つい、じゃねえよこのスカタン! ああもう、とっとと攻撃しろっ!」


 女の子だし絶体絶命のピンチを救ってくれたし、ということで彼も最初こそ、多少は気を使って喋っていたつもりだった。しかし少女の短慮さ大雑把さに当てられてか、既に鍍金めっきげて地が出てしまっている。

 その気遣いのなさはちょっとうらやましいな、なんて場違いなことを思ってしまうハチェトリーであった。


「ハチェトリー、〈凍装コルルド〉の効果が残ってるうちに、もう一発いけそう?」

「あ、はい勇者様」


 レベルアップの効果だろうか、以前よりも落ち着いて戦況を判断できる気がする。


「よし、じゃあ俺の後ろに隠れて。多分あいつも君の術を警戒しているだろうから、直前まで姿を見せないようにするんだ」

「は、はい」


 突進を警戒し二人して横移動を開始しつつ、少年は主の肉厚な背中にぴったりくっついた。その背に今まで以上の頼もしさを感じ、戦闘の興奮とは別な高鳴りが胸に宿る。

 一方でジャベリナはと言うと、強化されたスピードと攻撃力を活かし、相手の手足を削りにかかっていた。なにも考えていないように見られていたが、彼女とて力量が遥か上の相手に真正面から挑むほど、愚かではない


(先にかかッてたジオルド(みどり)ラハガド(しろいの)は、ぼちぼち切れる……そうなッたら反撃やべェから、距離を取らねえとな。上手く、メガロ(でけえの)撃ち込めヨ……!)


 苛立ちを隠さず振り回されたスレッジハンマーを、仰け反ってかわす。胸元から鼻先までぞっとするような勢いで擦過していくが、かりっ、かりっと音を立てて削れる〈塊装ジオルド〉が、少女の柔肌を守っていた。

 身を反った勢いのままに後ろ向きに跳び、宙返りして着地する。そのままぐっとしゃがみ込み、勢いをつけて更に後ろ上空へと跳躍。トロールから距離を取りながら、限界まで身を捻りつつ大きく振りかぶり、愛槍を――


「喰らえェッ!」


――投げつけた。強化された筋力の助けもあって、クロスボウの矢のごとき豪速で放たれた二叉の槍は、トロールの胸元に深々と突き刺さる。


「うぼぇええええ(いっでぇえええ)っ!」

「ああああっ、〈大雷メガロ・レビン〉っ!!」


 隙を逃さす、主の陰から姿を見せたハチェトリーが、気合を込めた叫びとともに稲妻の束を解き放った。

 無数の拳に殴打されたかのように、カタパルトロールの巨体ががくがくと震える。もし自分がこれを食らったら、と想像したジャベリナは血の気を引かせた。


 彼女が新たな槍を手元に生み出し構えると、代わりにトロールに突き立っていた槍は消え失せて、開いた傷から勢い良く鮮血が吹き出す。

 だが、しかし。胸元から血を流し、全身から煙を上げながらなお、トロールの分厚い肉体に宿る生命の力は減じ切っていなかった。これが好機とジャベリナが追撃しようとした、その瞬間。


「ごぉうっ!」


 意味をなさないただの吠え声とともに、ハンマーを足元に叩きつける。衝撃が大地を揺らし、礫塊れきかいが散らばった。咄嗟とっさにハチェトリーをかばった日出郎の背面に、ばちばちと石がぶつかる。ただの余波だというのに、一つ一つが肉に食い込み鈍痛を与えてきた。

 カウンター気味に石礫いしつぶてを受けてしまったジャベリナは、鎧で覆われていない部分をあちこち痛打され、悶絶しながら地面に転がる。


「ぐぶお、ほばお(おめだづ、ゆるさねど)……がふっ、がぶふっ、がっふ(だども、オラも痛ぐで上手く動けねから)」


 カタパルトロールはハンマーを抱え込むようにして、その場にうずくまった。団子のごとく丸まると、その体がびきびきと音を立てて固まっていき、やがて一塊の大岩のようになる。

 もう、生物にさえ見えない。こもった声だけが、中から響く。


「――ぶぐばほ、ぼほ(次に、殺してやる)」


 先に倍する衝撃と、爆音。土煙を噴煙のように撒き散らしながら、岩石と化したカタパルトロールは、大空に飛んでいった。

魔人種ディアボロス

 主にスチムガンド大陸に版図を有す、角と尾を備えた人間種族。稀に蝙蝠のような翼を持つ者もいる。肉体的な強さでは他種族にやや劣るが、堅固な意志力と召術への高い適性を有す。


【ヘイベルグ帝国】

 フィールドマップの一区画。議会制帝政国家。魔王ニグラウスの傘下に併呑されたが、現在は再独立を果たしている。現皇帝はアマノ12世ことアマノ・フェンリル。


【“怨叉”ジャベリナ】

 魔王軍の幹部、『五凶槍』の一人。小柄な体に全身甲冑を纏い、兜にはレイヨウのような捻れた角がついている。行動不能技はウザいが基本的には強くない。


【“くろ騎士”ランスロッド】

 五凶槍の一人にしてリーダー格。魔王の忠実な片腕であるが、正々堂々たる騎士でもあり、戦闘前には必ずHP・LPを全快してくれる。そのため、HP・LPが少ないほど効果が高まる妙技を愛用しているプレイヤーには、逆に嫌われている。


【“極刑の”ベルハルト】

 五凶槍の一人。『黄昏の鐘のディェリント』にて遭遇し、ゲーム中で最初に戦うことになる五凶槍だが、このイベント戦では彼の猛攻を3ラウンド凌げれば自動的に終了となる。大概の場合、一撃一殺で一人だけ残る展開になるため、迂闊に三人パーティで挑むと全滅必至である。


【“貫き姫”パルチザーネ】

 五凶槍の一人。赤くて長いウェーブヘアに、胸元や太ももが露出した甲冑。イベントシーンでは目立つが戦闘の機会は一度しかなく、ストーリー中の選択によってはそれすら回避できてしまう。


Lv.9】

 ジャベリナの愛槍の名にして、投擲した対象を行動不能にする技の名前でもある。主の成長に合わせて強化される他、複数を生成し投擲することが可能。五凶槍の武器は全て投擲後に回収せずとも手元で再生成できるが、複数本を同時に生成可能なのはこの二叉槍だけである。


【呪怨の黒鎧Lv.9】

 ジャベリナの鎧。主の成長に合わせてパーツが増え、最終的には全身鎧となる。呪われているので装備を外すことができないが、非戦闘時は異空間に収納しておけるのであまり害はない。呪詛系の特殊能力を無効化。


塊装ジオルド

 〈密林ズーグラ〉系2レベルの、単体の防御能力を強化する召術。消費LP5。


嵐装ラハガド

 〈砂漠エリモス〉系2レベルの、単体の機動能力を強化する召術。消費LP5。


炎装フレイド

 〈火山イフェス〉系2レベルの、単体の召術行使能力を強化する召術。消費LP5。

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