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周回遅れの召喚勇者 ~キモくてニューゲーム~  作者: 行広主水
第1章「召喚されたはいいけれど」
1/27

1.「そうです、勇者殿」

 井坂いさか日出郎ひでろうが目を覚ますと、そこは見知らぬ薄暗い部屋の中で、石造りの床や壁は淡く青い光に照らされていた。光源は天井ではなく足下。素足の日出郎を中心に、文字とおぼしき図形を連ねて作られた円が描かれ、そのパーツ一つ一つが青く発光しているのだ。いわゆる魔法陣というものであった。


 そしてその魔法陣の外周を取り巻く、不気味な法衣ローブの集団。魔法使いか宗教団体か、単なるコスプレ集団か。なんとなく最後のではないだろうなあ、という雰囲気は、鈍感なことにおいて自信のある日出郎にも伝わる。


「え? なにこれ? なにこの状況?」


 部屋は広いが、扉や窓は見えず、家具なども見あたらない。ただ視線の奥には上階へと続く木造の階段が見て取れ、どうやらここは地下室かなにかであると思えた。

 地下室、魔法陣、ローブの集団。導き出される答えは……


「悪魔召喚!?」

「は? いえ、違います」


 速攻で否定された。声の主の方を向くと、背後に小柄な人影を従えた人物が、頭巾フードの奥から言って寄越した。ハリウッド映画でナレーションを務めていそうな、渋かっこいい老声である。

 顔は窺い知れないが、少なくとも日出郎には日本語に聞こえた。


「積み重ねられし儀式に応じ、よくぞおいでくださいました、勇者殿」

「勇者? 誰が?」

「あなたが」

「私が?」

「そうです、勇者殿」


 しばし絶句、である。無論、現代日本に生きる若者……というには少々フレッシュ感の乏しい青年であるところの日出郎にとって、勇者という言葉がどういう意味を持つのかは理解できる。ただ勇猛果敢なる者というだけではあるまい。

 ゲームは言うに及ばず、マンガもアニメもラノベも、それなりに親しんできた。この不可思議な状況で魔法使い然とした者が、魔法陣の只中に立つ者に勇者と呼びかける、その意味。


「つまりこれは、異世界から勇者を召喚する儀式?」

「そのとおりでございます」


 イグザクトリィときたものであった。


「えーっと。そうするとつまり、誰が勇者?」

「あなたが」

「私が?」

「そうです、勇者殿」


 混乱する日出郎に、噛んで含めるように同じ言葉を繰り返す老声。一見親切そうではあるが、日出郎の情報量は増えていないあたり、微妙にたちが悪い。

 ウェッホン、と大仰な咳払いをすると、声の主は姿勢を正して日出郎に対して一礼をした。併せて、先ほどから無言を貫いていた周囲のローブたちも、一斉に頭を下げる。後ろに控えていた小柄な者だけ、少し遅れた。


「さて勇者殿。色々と説明や謝罪せねばならぬことがありますが、我々には時間が残されておりません。後のことはこの者が説明いたしますので、よしなに」


 促されて進み出た小柄なローブが、おずおずとフードを払う。そこに現れたのはショートカットの艶やかな髪に縁取られた、愛くるしい顔。長い睫を乗せた大きな目が、ふるふると震えている。


「お、畏れ多くも勇者様の従士を勤めさせていただきます、ハチェトリー・ブラウムと申します。ふ、不束者ですが、ど、どうぞ末永くよろしくお願いいたします!」

「後半なんかおかしくね?」


 可憐な声で必死に言い募るハチェトリーの言葉を、老声が冷静かつざっくばらんに突っ込んだ。


「しゅ、すいません。なにぶん、初めてのことなので……って、放置して行かないで!?」


 突っ込みだけ残してローブの集団たちは、ぞろぞろと階段を上り、部屋から出て行った。噛み気味のハチェトリーの言い訳を聞くのは日出郎のみである。

 しばしの静寂。集団が退室する時だけ上階から明かりが差していた部屋も、今は再び魔法陣の薄明かりに照らされるのみだ。神秘的な空気もすっかり遠のいた今、小洒落たバーの照明装置だけ運び込んだような、薄ら寒さすら感じる。


「えっと」

「あの、ここではなんですし、我々も外に出ましょうか? あ、その陣はしばらく消えないので、どうかご遠慮なくまたいでください」


 ハチェトリーが魔法陣の外周を示すと、そこにはどうやら最初から置かれていたらしい、ごつい造形をした革のサンダルがあった。なんとも『メンズ』な香り漂うオラついた逸品だが、ファンタジー世界だから大丈夫なんだろう。ぶよついた素足を突っ込んでも平気。サイズが合っていなくてペッタラコッタラ間抜けな音をさせても無問題もーまんたい

 そう言えば、と改めて見下ろすと、体を包んでいるのは寝間着にしているよれよれのスウェットであった。魔法陣の中心で目を覚ますまで、なにをしていたのだろうか。アルバイト先のコンビニで嫌なことがあって、帰宅後にやけ酒を煽ったのは覚えている。


(ネットをしながら寝落ちしたような……ああそうか、なんかの書き込みの影響で、昔遊んだフリーゲームがまたやりたくなって)


 起動アイコンをダブルクリック、画面上にウィンドウが開いたところで、記憶が途絶えている。


「勇者様? どうされましたか?」


 階段を昇りかけたところで日出郎が足を止めたため、既に上まで昇っていたハチェトリーが身を捩って声をかけてきた。顔を上げると、ちょうどローブの裾から細い足が覗いていて、どきっとする。

 なんでもないよという風に手を振ると、相手も頷き返してから階段の突き当たり、天井部に設けられた扉を押し開けた。途端に眩い光が差し込んで、視界を染め上げる。

 目を細めながらおっかなびっくり階段を昇り終えんとしていると、先に上階に上がっていたハチェトリーが手を差し出してきた。しかし倍近く体重差がありそうな相手であるから、下手に手を借りるとこちらに引っ張り込みかねない。どぎまぎしながらそのたおやかな指にちょこんと触れるに留め、そのまま上階の床を踏む。


「おおお」


 思わず声が漏れた。爽やかな風が吹き抜けるその部屋は、石造りであることこそ変わりはないが開け放たれた扉や窓から外が展望でき、穏やかで暖かな自然光で満たされていた。室内に置かれた四人がけの机や椅子といった家具は古めかしい重厚なもので、壁際には剣を携えた金属製の金属鎧が並んでいる。

 扉の先は回廊に囲まれた中庭で、石畳の廊下とその向こうの剥き出しの地面、更に建物の向かい側も垣間見えた。どうやら二階建てらしい。反対側、窓の方はと言えば、深く広い堀の向こうに草原が広がっていた。ところどころに丈の低い木々が突き出している他、毛の長い牛のような動物がぽつりぽつりと見受けられる。


 そして空中、遥か雲の高みに、巨大な岩塊が浮かんでいた。最初は飛行船かなにかと思ったが、明らかに人工物ではない重量感を感じる。どれだけの高度に浮いているのだろうか、かすかに霧のようなものを纏い、悠然と空を揺蕩たゆたっていた。

 日本の首都に属しながら中途半端に田舎っぽい某市で暮らしていたし、電車に乗れば十五分少々で行楽地として有名な山にも赴けたので、自然そのものが珍しいわけではない。

 しかしあの蒼穹をゆく巨岩の圧倒的な神秘、そしてこの空気感。五感に飛び込んでくる情報のことごとくが、ここが今まで生きてきたどんな場所とも違うのだ……と教えてくれた。


「勇者様」


 周囲の景色に感動している日出郎に、ハチェトリーが声をかけた。明るい光の下で改めて見ると、やはり美しくも愛らしい。その髪は光を照り返す蜂蜜色、肌は抜けるように白く、瞳は宝石のような藍青色である。


「よろしければこちらを。我が国に伝わる勇者専用装備、“叡智の額冠”でございます」


 そしてどこから持ってきた物か、直径20センチメートルほどの金属製の輪を差し出してきた。額冠とは言うが、デザインとしては指輪という感じである。

 額を覆う部分が台形状に平たくなっており、やけに大きな穴が五つ空いている。そこに宝石でも嵌っていれば、もっと冠っぽくなるのであろうか。まあそうなったらそうなったで、ゴージャス過ぎて日出郎に被れるものではなくなっただろうが。


「勇者専用装備ってことは……これを装備できなければ、俺は勇者じゃないってこと?」

「はい。でも、そんなことはないはずですよ」


 屈託なく肯定されてしまった。しかし、ここまで勢いに押され流されたゆたってきたものの、日出郎自身は勇者の自覚など全くない。身長は178センチとそれなり大柄ではあるが、体重90キログラム超えの要因は筋肉ではなく脂肪だ。昼夜逆転の生活を送っているため肌は不健康に白く、顔の造作も我ながら酷い物だなと常々思っており、ごわごわした癖っ毛は中途半端に伸びっぱなしだ。


 そもそも元の世界における社会的な立場からして、大学受験に二年連続で失敗した後なし崩しで突入したフリーターである。コミュケーション能力こそないものの生真面目な方ではあったので、バイト自体は続けられているが、気がつけばそのまま五年が経過していた。

 同居する両親は資格でも取ってちゃんと就職しろ、とうるさく言われてはいるが、ずるずると現状にしがみついている。友人らしい友人はおらず、恋愛経験もなく、当然ながら童貞だ。


 こんな男のどこに勇者たる資質があると言うのか。魔法使いなら後五年でなれるかも知れないが、勇者はちょっと違うだろう。それとも現実に逆らう勇者、とかナマポを勝ち取る勇者、とかそういうカテゴリなのだろうか。

 ハハハと乾いた笑いを浮かべて叡智の額冠を受け取った日出郎は、金属の質感を有しながらまるで重さを感じない神秘的なそれを、諦観とともに頭に載せた。見た感じ頭より小さそうに見えた額冠はするりと収まり、意識しなければ装着しているのを忘れそうなほどの自然さで、彼の頭周りにフィットする。


「ほら、装備できたでしょう?」

「あ、ああ」


 嬉しそうに言うハチェトリーを見て、ぎょっとした。その法衣の胸元に、金色の縁飾りを持った黒い半透明の板が浮かんでいる。そしてそこには大きく


【ハチェトリー・フォンテ・ブラウム】


という文字が書かれ、更に二行目には少し小さな文字で


 【天人種セレスティア・ラフガルド王国人/男・14歳/見習い召導師Lv.5】


と書かれていた。いずれも日本語だ。そして板の右端には、鷲が描かれた盾に片刃の斧を突き立てたような紋章も描かれていた。


「え!? なにこれ? 名前ウィンドウ!?」

「あ、ちゃんと“象明グリフ”がお見えですね? おめでとうございます」


 慌てる日出郎に対し、なんでもないことのように言って祝ってくれるハチェトリー。


「ぐ、ぐりふ?」

「物の名前や属性が記された情報の欠片、ですね。人間の場合は名前と、人種と国籍、性別と年齢、職業と力量レベルまで登録されていると思いますが……ご確認できますか?」

「あ、ああうん。そう、レベルとか数値化されてるのね……さすが異世界」

「普通は召術ロギアを使って見るか見せるかしないと、象明グリフは見えません。ですが叡智の額冠には、注視するだけで自動的に象明を見ることができる力が備わっている、と聞き及んでおりました。まさにそのようですね」


 にこやかに説明してくれるハチェトリーの言葉に、また気にかかる単語が混ざる。だがそれよりも衝撃の事実が、日出郎の心を揺さぶっていた。


「ハチェトリー……君、男の子だったんだね……」

「え……僕、女の子に見えますか……?」


 羞恥に頬を薔薇色に染め、かすかに潤んだ瞳で見上げてくる。なるほど男の、あざといが受け入れざるをえないようだ。


「まさかあ!」

「ですよね!」


 朗らかに否定すると、華やかに答えてくれた。この笑顔のために道化になろう、そう心に決めた日出郎である。気にかかっていた細々したことも、ついでに頭の隅に追いやられたが。

 ふと自分の体を見下ろしてみると、やはり胸元に、半透明の黒い板が浮かんでいた。手をそこへやって実体はないのか掴むことはできなかったが、タッチパネル上で触れたかのように向きを変えてくれる。なかなか便利だ。

 日出郎の象明は昔のコンピュータゲームを思わせる、素っ気ない白い縁取りであった。そして、


【ヒデロウ・イサカ】

 【越界種エグザイル・日本人/男・25歳/勇者Lv.1】


と書かれている。右端には白い四角形の中に黒一色で描かれた、昔葬式で見た記憶がある、『丸に平井筒』の井坂家の家紋。

 生暖かい目でそれを眺め、ハチェトリーが自分を勇者と信じて疑わなかった理由を知った。なるほど職業が勇者になっている、これは間違いない。多分ハチェトリーたちも、召喚の儀式の際になにかの術で確認したのだろう。

 越界種というのは異世界から来た人間ということなのかな、と思って字面を確認していたら、半ば被さるようにして新たな象明が開いた。


越界種エグザイル:ファラスとは異なる世界の人間。世界を超越する際に特別な能力が付与される場合がある】


 サブウィンドウまで搭載とは益々ゲームくさい、と関心半ば呆れ半ばで新たな不明単語である『ファラス』を注視してみると、案の定またも象明が開く。


【ファラス:この世界】


 素っ気なかった。まあ検索検索で無駄な時間を費やしても仕方がないので、視線を少年に戻す。上手くしたもので意識を他に向けると、象明は自然に消えるようだった。たとえば部屋の中央の机に目を向けてもなにも浮かばないが、『象明を見よう』と意識すると


【机(木製)Lv.3】


と出るし、視線を外せばすぐ消える。興味を持って注視した場合にのみ、象明は現れるようだ。まあさもなくば視界内を埋め尽くす情報で、すぐにパニックを起こしてしまうだろう。なお、物品の象明も縁取りは自分のものと同様、白い線状のものだ。

 ハチェトリーの象明だけが、何故だか飾り立てられている。物品と人間で違うのであろうか、不思議に思ってまた視線を巡らすと、壁一面に鎧がずらり。


板金鎧プレートメイルLv.9】

板金鎧プレートメイルLv.9】

板金鎧プレートメイルLv.9】

板金鎧プレートメイルLv.9】

【ジェブリ・ジェイワルズ】

 【天人種セレスティア・ラフガルド王国人/男・27歳/王国騎士Lv.9】

板金鎧プレートメイルLv.9】


「おわっ!?」


 一体だけ中の人がいた。兜の面頬を下ろして直立不動のまま動かなかったので、気づかなかったのだ。おそらく警護の人なのであろうが、心臓に悪いことこの上なかった。なお、彼の象名は他と同じ飾り気のないものである。

 きょとんとしたハチェトリーには、なんでもないよと笑って誤魔化した。納得したように頷いた彼は、机と組みになった四つの椅子のうちの一つを引くと、日出郎に座るよう促す。そして自分は、部屋の外へ。


「お茶と、なにか摘める物をご用意いたします。すぐに戻りますので、申し訳ありませんが、少々お待ちください」


 否やを言う間も与えずに、少年は行ってしまった。まあ確かに一息入れたいのは確かなのだが、先刻から微動だにしない騎士ジェイワルズと二人きり、というのは勘弁してほしい。自分からなにか話しかけられるほど、日出郎は外交的な人間ではない。

 仕方なく着席したまま、なんとなく再び自分の象明を眺めてみた。マウスポインタのようなものがあるわけではないので、どこを注視するとサブウィンドウが浮かぶのかがわからない。そもそもなんで家紋なんだ俺自身も見るの二回目だぞ、と丸に平井筒を睨むと、少し大きな象明が浮かんだ。どうやらメニュースイッチ的なものだったらしい。


【特性】

 【肉体Lv.10 敏捷Lv.8 感覚Lv.9 知性Lv.10 精神Lv.7】

 【HP:20/21 EXP:0/15】

【技能】

 【算術Lv.2】

【妙技】

 【共枢言語※、□□□□※、◇◇◇◇※】

【召術】

 【なし】

【装備】

 【叡智の額冠Lv.35、革のサンダルLv.3、くたびれた寝間着Lv.1】


 浮かび上がったのは、いわゆる『ステータスウィンドウ』だ。ハチェトリーを待つ間に、ざっとチェックすることにする。


 特性とは、つまり『能力値』であった。肉体は力の強さや耐久力を表し、敏捷は素早さや運動能力の他に器用さなども内包するらしい。感覚は五感の鋭さや咄嗟の判断力、知性は頭の良さや記憶力、精神は意志の強さや集中力の他に交渉能力やカリスマ性など。基準が不明なので高いのか低いのかわからないが、精神が一番低い、というのが日出郎としては地味にショックだ。


 HPはそのままヒット・ポイントで、やはり0になると死んでしまうのだろう。気をつけなければならない。スラッシュの右側の数値が最大値で、現在値は1点減っている。まあいつもいつも全快バリバリというわけではないのだから当たり前なのだが、こうして数値で見せられると凄まじい危機感を覚えるから不思議なものだった。

 気を取り直してEXPだが、おそらくこれは経験点であり、現在0の数値がスラッシュの右の15に達したら、職業レベルが上がるのだろう。多分。


 技能を見ると、一つしかない。算術と言われても、コンビニでレジ打ちをしていたくらいしか覚えがないのだが、ファンタジー世界ではそれでも特筆すべきほどの能力なのであろうか。

 妙技は三つあるが、二つは名前が読めない。共枢言語はあらゆる言語の代用となる特殊な能力で、※印がついているのは越界種エグザイルが世界を超越する際に得るという、特別な能力であるようだ。勇者を廃業することになったら通訳で食べていこう、などと愚にもつかない思考に耽る。

 後の二つは不明だ。※印がついているから越界種エグザイルの特殊能力なのだろうが、名前も読めなければ解説のサブウィンドウも開かない。しばらく矯めつ眇めつしていたが、結局わからないまま放置するしかなかった。


 召術とはこの世界における魔法のようなものらしい。あまり詳細な解説が出ないので、ハチェトリーに聞くしかないだろうと後回しにする。装備は言わずもがなだが、スウェットは上下で一つ扱いとなり、肌着はカウントされないようだ。流石は勇者専用装備と言うだけあって、叡智の額冠だけ飛び抜けてレベルが高い。


「お待たせしました、勇者様」


 そうこうするうちにハチェトリーが戻ってきた。彼の抱える銀の盆には陶磁器のポットとカップ、蒸しパンのようなものが何個か盛られた皿が乗っている。それを机に移し、日出郎の正面の席に座ると、優雅な手つきでポットから紅茶と思しき液体をカップに注ぐ。象明を見ると


【ペギリ茶(ジュレット種)Lv.2】


とのことだった。サブウィンドウの解説を見ると、ペギルという木の葉を酸化発酵させた茶葉を淹れたもの、と出た。まあ紅茶のようなものであろう。


「お口に合えば良いのですが……」


 おずおずと押し出されたカップを感謝の動作とともに受け取って、まずは匂いを嗅いでみる。オレンジに似た甘い香りがした。そっと口をつけると、味の薄いレモンティー、といった感じだ。絶賛するほど美味ではないが、けっして不味くもない。


「うん、大丈夫だ」

「そうですか、良かった。……あ、こちらもどうぞ」


 蒸しパンの皿も押し出されてきた。こちらはなんの捻りもなく


【蒸しパン(アルタ芋入り)Lv.1】


と表示される。アルタ芋はアルタ地方で算出される甘味の強い芋、とのことだ。サツマイモようなものだろうか、と想像しながら口に含んだら、どちらかと言うと栗を思わせる味がした。物を口を入れてようやく自分が空腹だったことを自覚し、そのままばくばくと蒸しパンを食べていく。


「ハチェトリーはいいのか?」

「あ、僕は平気です。どうぞ全て、勇者様が召し上がってください」

「そうか」


 であるならばと遠慮無く、皿の上にあった物を全て平らげる。成人男性でも食べきれるか怪しい量であったが、日出郎にとってはまだ腹半分、というところだ。伊達に大きな体をメタボらせてはいない。


「いや、ありがとう。お陰で落ち着いた」


 おかわり三杯目のペギリ茶を飲み干し、げふーっと息を吐く。ふと自分の象明を確認してみたら、1点減っていたHPが回復していた。なるほど、食べ物でHP回復とは理にかなったことよなあ、なんて自分勝手に納得する。

 相手の健啖ぶりをにこにこと眺めていたハチェトリーであったが、そこで表情を改めると、居住まいを正した。


「さて、勇者様。改めまして今回の急な召喚について、お伝えしなければならないことがあります」

「そうそれだ。俺もちょっと気になってることが何個かあるんだよ」

「え? それでしたら、ご遠慮なさらず聞いてください。僕にわかることでしたら、なんでも答えますから」


 パンツの色とか聞いても答えてくれるのかな? などと馬鹿な考えが頭に浮かぶが、冗談と受け取ってもらえる確率は極低な上、知ったところでなんの役にも立たないので置いておく。立たないはずだ、多分。


「ええと、ここはラフガルド王国なんだよな? 天人種セレスティアの国の一つ」

「はい、そのとおりです」


 それはハチェトリーや未だ一言も発しない騎士ジェイワルズの象明を見れば、すぐにわかる。なお天人種とは、ファラスにおける一般的な人種であるようだ。柔軟性と適応性に富むが他人種に対しこれといった長所は持たない、と解説されていた。


「で、だ。動転していて俺も気づくのが遅れたんだが……召術ロギアとか叡智の額冠とか、聞いたことのある単語だなあって。いや、正確には見たことのある単語だなと」


 否定したい。だが召喚勇者などという素っ頓狂な境遇が既におかしいのだから、もっとおかしな要素が増えても今更であろう。


「ハチェトリーさ、お兄さんか、年上の従兄弟がいないか? アクスレイって名前の」

「っ!」


 がたん、と椅子を鳴らすほどに動揺の色を見せるハチェトリー。


「い……います。アクスレイは、僕の、七つ上の兄です」

「やっぱりかーっ! ブラウムって苗字でもしかしてと思ったんだよなーっ!」


 しかしむしろ、アクションは日出郎の方が大きかった。思い切りテーブルに突っ伏して、呻くような喚くような、騒がしい声を上げる。


「ファラスってここ、『ファイナルラストファンタジア』の世界なのかよっ!!」


 それは勇者召喚される直前、日出郎が遊ぼうとしていた、フリーウェアのRPGの題名であった。

【革のサンダルLv.3】

 ローマの剣闘士が履いているような代物だが、現代の繁華街でもオラついた人が履いているのを見かけるタイプのサンダル。


【叡智の額冠Lv.35】

 真銀ミスリル製の額冠。精神操作系の状態異常を高確率で遮断。視界内の生物・物品を問わず、象明を見ることができる。勇者専用。


天人種セレスティア

 ハイネシア大陸を中心に世界中に分布する、標準的な人間種族。柔軟性と適応性に富むが他人種に対しこれといった長所は持たない。


【ラフガルド王国】

 フィールドマップの一区画。絶対王政を敷く君主制国家。現国王はロディマス・グラムス・ハイネス・ガルド。天人種セレスティアの盟主たる国家であることを自負する。


板金鎧プレートメイルLv.9】

 実は一つ一つが現代日本で言う高級車くらいの価値がある。辺境と言えどこんなにしっかりしているんですよ、という砦側のアピールだったのだが、そのあたりの機微がわからない日出郎にはスルーされてしまった。


【ペギリ茶(ジュレット種)Lv.2】

 ペギルという木の葉を酸化発酵させた茶葉を淹れたもの。レベルが1高いのは美少年が手ずから淹れてくれたプライスレスな付加価値の分である。


【蒸しパン(アルタ芋入り)Lv.1】

 ラフガルド王国では『蒸す』という調理法は一般的ではなく、実は砦の料理人の創作料理。劣化した小麦粉とクズ芋の切れ端で作られているため、味は良くない。

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