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メアリー・スー始めました

 美穂は焦っていた。

「くそ!早く集めないと!」

 悪態を付きながら、夜のビルの谷間を壁を蹴りながら高速で移動する。

 こんな無茶苦茶な移動方法も魔法少女の身体能力ならばやすやすとやってのけてしまう。

 だが、今の美穂は、そんな魔法少女の全能感に酔う事も出来ず焦った表情で、街を見渡している。

 魔法少女の強化された視力でも目的の物を探す事はできずにいる。

「もう、あの方法しか!」

 彼女が最後の一線を越えようとしたその時。

 ゴウッ!

「ッ!」

 長年魔法少女として戦ってきた感のなせる業か、突如飛来してきた物体をギリギリでかわす事に成功した。

「これは矢か!」

 飛んできた方角に目を凝らすと遠くに自分と同じような装束を身に纏い弓を持った少女の姿が見えた。

「(何で同じ魔法少女が?まさか!)」

 まさか相手も自分と同じように?

「(それなら!)」


 逡巡は一瞬。

 ドン!

 力強くビルの壁を蹴り弾丸のようにビルとビルの狭間を飛びながら件の魔法少女に向かう。

 相手は自分が向かってきているのを見ると慌てて逃げようとしている。

「逃がすか!」

 相手はまだ魔法少女としてさほど経験を積んでいないのだろう、動きに粗が見える。

 ビルの壁を蹴る足にさらに力を掛けスピードを上げる。

 バキリと足元でコンクリートが割れる音がするが、気にする事は無い。

 相手は地面をちょこまかと逃げているが自分のスピードの方がはるかに上、もうすぐ捕まえる。

 そうしたら………


「逃げても無駄よ!」

 ビルの谷間にぽっかり空いた空き地で相手を追い詰める。

「生憎だったね」

 周りのビルは無人、人通りも無いこの場所はこれから行う事に最適といえた。

 相手は観念したのか逃げるようなそぶりは無く、ただ俯いているだけ。

「成り立てで、私を狙うなんて馬鹿だね、手早く済まさせてもらうよ」

 その、余りにも自分にとって好都合な条件に彼女が疑問を持つ間もなく。

「竜撃拳!」

 ドゴゥオ!!

「ぐ……が……え?」

 突如感じた衝撃により薄れ行く意識の中、最後に見たのは。

「…………………………………」

「(何であんたが悲しそうなんだよ……)」

 追い詰めたと思った相手の何故か悲しそうな瞳だった。




「はあああああ~~……怖かった~………」

 完全に気絶したのでしょう相手の魔法少女の姿が消え普通の女の子の姿になったのを確認した途端、緊張の糸が切れたのかペタンと尻もちを付いてしまいました。

「大丈夫?涼子ちゃん?」

「怪我は無いか?」

「あ、あははは、あ、足が震えて……」

 正に生まれたての小鹿、心配してくれている優さんと鈴さんにも引きつった笑いで答える事しか出来ません。

 初めてでした、こちらを本気で害そうとする相手と、こんなに近くで接するなんて。

 本物の殺気という物が、こんなに心臓に悪いと初めて知りました。


 あの日、私がメアリー・スーを始める宣言をした後、まず私達が考えた事は魔法の国へ乗り込む事でした。

 元凶である魔法の国さえ押さえれば悲劇は回避できると考えたのですが、そう上手くはいきません。

 マスコットを名乗る生物を締め上げ魔法の国へと行く道を吐かせましたがサイズ的にマスコットサイズの生物しか通れない仕様に成っていました。

 その次に考えた事は、原作主人公である真理とコンタクトを取る事でしたが、既に世界の意思に目を付けられているのか彼女に近づこうとすると不条理な出来事が重なり、近づく事が出来ませんでした。

 それは私だけでなく、他の五人も一緒でした。

 このままではメインキャラとは関われない、と考えた私達。

 それなら発想を転換してメインキャラ意外と関わろうと考えました。


『将を射んとすれば先ず馬から』とも言います。

 原作でも過剰なエネルギーの供給が魔法の国の暴走を招きました。

 つまり、その供給源をなるべく減らす事。

 乱暴な言い方をすると、目についた魔法少女を片っ端から無力化していこうという結論になりました。


 ………うん、分かってる。

 乱暴すぎるとか

 他にも方法があるだろうとか

 色々言いたい事はあると思うけど聞いて欲しい。

 前にも言いましたが、彼女達は譲れぬ願いのため戦っている、生半可な言葉では止まりません。

 なので取りあえず無力化してから『お話し』しようという結論に。

 結局みんな脳筋なんだ、すまない。


 全員魔法少女とガチで戦っても勝てる武闘派ぞろいの人達ばかりですが、街への被害や生物に騙されている魔法少女を余り傷つけるのは良くないと考えた末に同じ魔法少女である私を囮にして、なるべく穏便に魔法少女達を無力化するという作戦を考え付きました。

 ようするに、私が魔法少女の姿で適当にあちこちウロチョロして魔法少女を発見したら、ちょっかい掛けて追ってきた魔法少女を優さん、鈴さん、由梨華さんが隠れている空き地に誘い込み無力化させる、と言う作戦内容。

 作戦名『友釣り漁』

 酷い作戦名である。


 ちなみに今、この場に早苗さんとサアさんは居ません。

 早苗さんは世界を渡る技術を使い、魔法の国への道を開く方法を。

 サアさんは糸と魔術の知識を使い上空にある魔方陣をどうにかするために。

 二人には、それぞれ動いて貰っています。


 それにしても。

「ま、まさかいきなり、こんな大物が釣れるなんて……」

「この子そんなに大物なの?」

 事前にサアさんから渡された妖魔さえ動きを封じられる縄で手早く相手を縛りながら由梨華さんが訪ねてきました。

「はい、メインキャラほどではありませんが十分にストーリーに絡んでくる人です」


 名前は『高塚 美穂(たかつか みほ)

 彼女が原作に及ぼした影響はけして小さくはありません、彼女こそが前回話した、主人公真理を襲い逆に反撃され死亡してしまう魔法少女です。

 一番最初の鬱イベントで有る事や、後の真理や他の魔法少女達に与えた影響など序盤退場のキャラとしては格別の存在感をはなっています。

 ファンの評価としては、そもそもの原因がこいつだと言うアンチ派と、いや本当に悪いのは魔法の国だろという擁護派に分かれて議論になっていたりしました。

 私に言わせれば、彼女がやらなくても誰かが事を起こして同じような結末になっていたと思います。

 だからこそ、私達も彼女に接触出来たのだと言えます。


「とにかく、この人を早く病院に」

 何時までも腰を抜かしている訳にも行きません。

 まだ少し震える足に力を入れ、パンパンとお尻に付いた砂を払いながら立ち上がります。

「ふ~……」

 ゆっくりと力を抜くイメージと共にさっきまで体を包んでいた魔法少女の衣装は光の粒となって消えて元のジャージ姿に戻りました。

「あれ、涼子もう元に戻ったのか?」

「ええ、もうあの恰好をする必要はないようですし」

「えー……」

「鈴さん……そんな残念そうな顔しないでください」


 魔法少女という単語に想像されるように原作でも主人公の真理を始め登場人物全員ふわふわのひらひらした衣装を着ています。

 例にもれず魔法少女になった私も変身したら、ふわふわのひらひらになっていました。

 違いがあるとすれば、他の人達はミニスカートやホットパンツ、エプロンドレスなどの洋装なのに対し、私の衣装は上は振袖、下は袴姿の和装姿。

 ちなみに和装といっても、振袖にも袴にもフリルやレースがこれでもかと付けられています。

 武器は和弓で、これもゴテゴテと色んな飾りが付いています。

 髪も同じように、かわいいレースのリボンが結ばれており、もう少し年齢が低ければ良かったかもしれませんが、ちょっとこの年齢にはキツイです。

 もっとも、それに目をつむれば、驚異的な身体能力や防御力を装着者に与える優れもの。

 見た目さえ何とか出来たらいいんですが、見た目さえ。


 魔法少女になるのに抵抗が無かったと言えば嘘になります。

 そもそも、魔法少女なっても大丈夫なのか。

 原作では特に言及されていませんが、魔法の国による洗脳や、人格改変などの危険性もあります。

 その辺りのグレーな所は捕獲した生物とみっちり『お話し』して確認を取りました。

 相手が嘘を付いていないのかなどは、サアさんの糸が活躍しました。

 糸から伝わる振動などで嘘を見分ける事が出来るそうです。

 実際に最初此方を騙そうとした生物の嘘を直ぐに見抜き、文字どおりの意味で締めていました、糸でキュっと。

 アレですね原作では魔法少女達がどんなに悲惨な死に方をしても顔色一つ変えなかった生物の顔色があんな色になるなんて……

 生命の神秘を見た気がします。



 こうして危険性が無い事を確認すると、件の生物と契約して魔法少女になる事を決めました。

 あれ、なんで逃げようとするんですかこの生物は?

 自分で言ったでしょう魔法少女になって、て。

 嫌だな~そんなに怯えなくても良いよ、何もしないよ、ホントホント。

 お前が余計な事を考えなければ私達も何もしないさ、余計な事を考えなければな。

 といった誠意を籠めたお話しの後、生物は喜んで契約を結び、私は晴れて魔法少女になりました。



 優さんは私が魔法少女になるのに最後まで反対していました。

 彼女は私が戦いの場に出る事を最後まで良い顔はしませんでしたが、『友釣り漁』の作戦では魔法少女が必要な事。

 そして何かあった時に私自身が身を守る術が必要だと言って説得しました。

 ちなみに鈴さんは魔法少女に変身した私のヒラヒラな衣装を羨ましそうに見ていましたが、それは見なかった事にしました。


 そんなこんなで始めた『友釣り漁』予想外の戦果でした。

 まず美穂さんはヘルシャフトの息がかかった病院に入院させます。

 あんな風に元気に動き回っていましたが、彼女の体はこれまでの戦いでボロボロのはずです。

 そのせいで原作では成り立ての主人公に後れを取り命を落とす原因になりました。


 彼女の家族構成は母親と弟の母子家庭。

 父親は彼女が10才の時にDVが原因で離婚、以後母親に引き取られますが、その直後、弟が体を壊し以後入退院を繰り返すようになります。

 願いは『弟を元気にする』こと、その願いのため10歳の時から5年間、魔法少女を続けてミラクルポイントを使い続けていますが、徐々に弟の体は弱って行き焦った彼女が原作の凶行を起こしてしまいます。

 彼女は、弟は重病だからミラクルポイントを使っても元気にならないと思っていたようですが、原因は別にありました。


 代理ミュンヒハウゼン症候群。

 自分ではなく子供などを傷つけ、それを懸命に看護し周囲の同情を集めようとする虐待の一種。

 母親はこれに陥っていました。

 彼女がミラクルポイントを使うたびに弟は確かに回復して元気になっていましたが、その度に母親が弟を傷つけて彼女の眼には効果が無いように見えていただけでした。

 たちの悪い事に、母親の行いは巧妙で家族である彼女には一切気取られず、むしろ優しいお母さんと認識されていました。

 弟を助けるため、留守がちになっていた彼女では母親の異常さには気付けませんでした。

 弟の方も滅多に顔を合わせない姉に相談する事も出来ず、その内、話をする事も出来なくなるほど弱って行き…

 本来なら母親と弟の異常を感知し児童相談所などに報告する義務がある弟の主治医は母親にたらしこまれ共犯者に。

 ちなみに、この主治医は彼女の初恋の人だったりします。

 本当に救われない。


 原作では最終回近くで主人公にその事実が知らされ悲劇に拍車をかけていました。

 弟の方も彼女の死後も虐待は収まらず、間もなく死亡。

 でも私達が関わったのだから、そんな結末にはさせません。

「さあ、急ぎましょう、やる事はいっぱいあります」

 取りあえず今は彼女を病院に収容する事が先決です。



 数日後

「どうやら上手く行ったようですね」

 何時ものように大樹の傍で腰かけながらも、今日だけは大樹に目を向けず手元のスマホの画面に目が行きます。

 スマホの画面には母親と医者の逮捕のニュースが流れています。

『鬼母の所業』

『医者の風上にも置けない』

 といった文字が躍っています、テレビや新聞も似たようなものでしょう。


 私達は大したことはしてません。

 まずは児童相談所と警察に複数回個別に匿名で電話をかけました。

 もちろん内容は虐待に関する事。

 お役所仕事と言われる事も多いですが、昨今の虐待に対する世間の目の厳しさゆえか割と迅速に捜査を始めてくれました。

 これだけだと医者と母親に丸め込まれてしまう恐れがあったので、次に病院の上層部に、お宅のお医者さん犯罪の片棒を担いでいますよといった内容の電話をさせていただきました。

 病院の上層部も最初は半信半疑だったでしょうが、児童相談所と警察からも同様の連絡を受け本格的に調査し自体が発覚、上層部は慌てて医師を解雇し警察に突き出し、この度めでたく逮捕と相成りました。


 美穂さんは今、病院で治療を受けている最中です。

 予想通り美穂さんの体はボロボロでちゃんとした治療が必要だとヘルシャフトのお医者さんが言っていました。

 本人は目を覚ました時に盛大に暴れてくれましたが、魔法少女としての力は早苗さんが持ってきたマジックアイテムで封じているので大した被害はありませんでした。

 今は諦めているのか大人しく治療を受けていますが、折を見て私達の事情やあの生物の裏の顔、そして家族の事も話さなければいけないでしょう。

 彼女にとってつらい事ですが何時までも隠しておけるわけでも訳でもなく、私には伝える義務があります。

 弟は事件発覚後、ちゃんとした治療を受け回復傾向にあるそうで、それだけは救いになっています。


「とかくハッピーエンドとは難しいものですね……」

 何時も元気をくれる大樹の木漏れ日も少し心細く感じます。

 原因を取り除いたからと言って、はい、おしまいではありません。

 彼女にとって母親と信頼していた医者に裏切られると言う結果。

 弟との関係や世間からの好奇の視線など。

 色々と問題は山積みな状況、ですがそれも生きているからこそと言えます。


「涼子ちゃーーーん!!」

 おや、優さんどうしました?

「鈴ちゃんが呼んでるよ、新しい魔法少女が見つかったって!」

 おや、それは一大事、急いで向かわなければ。

 最近はこっそり街中に監視カメラを設置して魔法少女を探していましたが意外と効果がありました。

 魔法少女達は美穂さんのようにビルとビルの間を飛びながら移動します。

 なので、その辺りを考慮して監視カメラを設置すると結構な数の魔法少女を発見できました。

 鳥かと思ったら魔法少女だったという事がざらにあります。

 彼女たちも皆、色々な問題を抱えています。

 ただ、彼女達の身の上話を聞いて必要なのは、奇跡なんかじゃ無くて、確りとした行政の支援と適切なカウンセリングだと痛感しました。


「早く行こう、みんな待ってるよ!」

 ええ、そうですね一人でも多くの魔法少女を助けて、そして魔法の国に一泡吹かせましょう。




風邪をひきました。

次の更新は遅れると思います。

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