後日談 鈴
街から少し離れた郊外に立つ一軒の白い家。
チュンチュンと雀の声が響く爽やかな朝。
香ばしいコーヒーとトーストの香りが広がるダイニング。
「「おはよーお母さん、お父さん」」
良く似た顔立ちの双子の兄弟は同じように眠そうに目をこすりながら起きて、両親に朝の挨拶をする。
「おはよう、彰斗、晴斗」
エプロン姿の母は優しく微笑みながら二人の左右対称に跳ねた寝癖を優しく治してくれた。
すでに起きて新聞を読んでいた父親はそんな彼らを微笑ましく眺めている。
「二人とも、もうすぐ朝ご飯が出来るから早く顔を洗ってらっしゃい」
「「はーい」」
パタパタと元気に洗面所に駆けて行く二人。
「そんなに走らないの、朝ご飯は逃げないわよ」
「ははは、慌てて廊下でこけるなよ」
こんがり焼かれたトーストにみずみずしいサラダに目玉焼きとソーセージにコーンスープ、飲み物はお父さん拘りのコーヒー。
大人のお父さんはコーヒーのブラックを、お母さんはミルクを入れて、子供の二人はミルクと砂糖たっぷりと。
「「「「いただきまーす」」」」
キチンと手を合わせていただきますの挨拶と共に始まる朝食。
彰斗はパンにバターを晴斗は蜂蜜を。
二人は双子で趣味嗜好も似通ってはいるが、所々で少しづつ違う。
ちなみに目玉焼きは彰斗が半熟で、晴斗は完熟が好き、こんな所でも二人の個性が出ている。
「ねえ、今日は早く帰って来るの?」
「う~ん……どうかしら、お父さんもお母さんもお仕事が忙しいから、少し遅くなるかもしれないわ」
「……そっか」
「ごめんね、晩御飯は冷蔵庫に入れておくからチンして食べてね」
「分かった……」
少し拗ねた様子の二人にお父さんが。
「二人とも今日は早くは帰れないかもしれないが、その代わり三日後の休みに皆でピクニックにでも行くか?」
「「本当!?」」
父親の言葉に二人の顔がぱっと明るくなった。
「本当に今度の休み皆で遊べるの?」
「ああ勿論、父さんが今まで嘘をついた事なんて無かっただろう?」
「「やったー!」」
先ほどとは打って変って歓声を上げる子供たちに母親はコロコロと笑って。
「あらあら、それなら頑張ってお弁当作らなきゃね」
「あ、ボク唐揚げ食べたい」
「オレ甘い卵焼き!」
「はいはい、両方作りますよ」
そんな風に和やかに朝食の時間は過ぎて行き。
「そろそろ、行かないと遅刻するわよ」
「「はいーい」」
母の言葉と共に二人はお揃いのランドセルを背負い。
「「いってきまーす」」
声を揃えて「いってきます」の掛け声と共に学校へと駆けて行く。
二人が出て行くのを見送った後。
「行ったか……」
「はい、私達もそろそろ行きましょう」
「……そうだな」
二人は、普段物置として使われている一室に入ると、壁に取り付けられている電気のコンセントに偽造された、電子キーに暗号を打ち込むと。
ゴウンッ
突如鈍い音と共に部屋全体に振動が走る。
それは、部屋全体がエレベーターとして地下に下降している音だった。
振動は暫くの間続き、それがこのエレベーターが深く地中へとも食って行くのを物語っていた。
「鈴、そろそろ着く」
「ええ」
夫の言葉に鈴はバサリとエプロンを脱ぎ捨てる。
そこには平凡な主婦の姿は無く、白を基調とした威厳ある服を身に纏った一人の支配者が、そこには居た。
チン
雰囲気とは裏腹に軽快な音と共に部屋の下降が止まる。
入ってきたドアを開けると、そこは先ほどまであった柔らかな色の壁紙が貼られた普通の室内は無くなり、青い燐光を発するメタリックな壁に覆われた広い空間に出た。
そこは窓の無い大きな部屋の中で、巨大なディスプレイを始め大小様々なコンピューターや機械の間を様々な人達が忙しく動き回っている。
「「「「「イーー!!総統、おはようございます」」」」」
鈴の姿に気がすいた、その場にいた全員が一斉に敬礼する。
「皆、楽にして頂戴」
「「「「はっ!」」」」」
彼女の言葉と共に再び忙しく働き出す人達。
その姿は優秀な会社員に見えなくもない。
彼らの姿が黒の全身タイツである事を除けばだか。
「毎回思うのだけど、なんで制服の変更できなかったのかしら?」
思い出すのは組織改革に乗り出した時に出た制服変更の時の下級戦闘員たちの猛反発。
下手をすれば組織改革の初手から躓く所だった。
「防弾防刃防寒効果抜群で意外と着心地が良いらしぞ」
「いや、でも全身タイツよ?」
「あのフィット感が癖になるらしい、この前寮の方に顔を出したらプライベートでもあの恰好で……」
「いや、言わなくて良いから」
ごく普通のリビングでくつろぐ全身タイツ集団という何とも言えない映像が脳裏をよぎる。
「とにかく、さっさと仕事を始めましょう、このままだとまた帰るのが遅くなるわ」
軽く頭を振ってこびり付きそうになる映像を頭から追い出す、子供たちのためにも、そして自分自身の精神安定のためにも深く考えるのは止めよう。
秘密結社ヘルシャフト
かつては世界征服をもくろんだ悪の秘密結社は現在、表ざたに出来ない様々な裏の厄介事を解決して世界平和を目指すよう路線変更を果たした。
そして、その秘密基地最深部の会議室では日夜、裏の世界の様々な事が話し合われている。
「では次はオーストラリア支部からの報告ですが………」
「ふむ、あちらは問題なさそうね、次は」
「イタリア支部からの報告ですが……」
「マフィア関係ね、利権などに注意する必要があるわね」
世界各国の支部から送られてくる報告を受け様々な指示を出す。
「国連からA国に対して戦力の応援要請が来ています」
「これは涼子は何て?………ふ~ん涼子を通さないでの要請ねえ、きな臭いわね、少し調べて」
時には何やら怪しい案件もあったり。
「総統、ぜひこれの計画の許可を!」
「下島博士立案の巨大ロボット建造…………一応考えておくわ」
「ありがとうございます!!ぜひぜひ良いお返事を!!!」
研究員の異様な熱意に思わず引きつったような顔になってしまう。
頭痛の種になる様な案件もありますが、総統である鈴は、時には果敢に、時には周りの者の意見を聞きながら、それらを的確に捌いていく。
ある程度の問題が捌けて少し休憩しようかと言う空気が流れ始めた時。
「大変です!」
バタン!と荒々しく会議室のドアが開けられ下級戦闘員その壱が会議室に飛び込んできた。
「何事だ、今は会議の時間だぞ」
「そ、それは分かっていますが何分、緊急の事で!」
幹部怪人の叱責が飛ぶが、下級戦闘員その壱はそれすら気にする余裕が無いほど慌てている雰囲気が全身タイツの上からでも分かる。
「二人とも落ち着きなさい、まずは何があったのか報告を」
「は、はい」
静かな鈴の声に少し冷静さを取り戻したのか深呼吸をした後、先ほどより幾分落ち着きを取り戻した調子で報告を始める。
「G国に潜入しているエージェントから近々反政府組織が大規模なテロが行われるとの情報が入りました」
その報告を聞きながらも鈴は首をかしげる。
「確かに大変な情報だけど、それほど驚く事?政情不安なあの国だと特に珍しくも無いと思うのだけど?」
「い、いえそれが、件のテロリストの中にサクセサーらしき姿を見たと言う情報が………」
「ッ!!!」
ザワリ
その瞬間、会議室の空気がざわめいた。
ギリ……
鈴は無意識の内に痛いほど奥歯を噛み締めていた。
隣に座っていた夫である凱が彼女の異変に気付きそっと握りしめていた手をその大きな手で包んだ。
手から伝わる温もりに瞬間的に高ぶった気持ちが落ち着いてゆく。
『大丈夫』と言う意味を込め彼に微笑めば安心したように、ゆっくりと手を放してくれた。
組織改革の後、悪の秘密結社から脱却したヘルシャフトだったが、全ての者がそれに納得したわけではない。
中には組織を抜け、より過激な行動をとる者も出てきた。
その中にはサクセサーの技術を持った科学者もおり、危険な技術が流出する事態になった。
言わば前ヘルシャフト負の遺産が、世界中に飛び散ってしまったのだ。
それらを狩りつくすのはヘルシャフトにとって義務であり、命題でもあり、何をおいても取り組まねばならない最優先事項だった。
「彼等は三日後の建国記念のパレードを目標にしているようです」
「「み、三日後……」」
『三日後』というキーワードに鈴と凱の顔が先ほどとは別の意味で引きつる。
「そ、その日程の情報は確かなの?」
「え?ええ、信頼のおける者からの情報ですので確かかと」
「そ、そう」
「「………………………………」」
チラリと鈴と凱の視線が交わる。
その瞳の奥では親としての良心と、組織を預かる者としての義務がせめぎ合っていた。
「あ、あのう………それでどういたしましょう?」
急に黙りこくってしまった二人のただならぬ様子に部下の一人が恐る恐るこれからの事を尋ねようとした瞬間。
バンッ!
「総員に通達!全ての職員は担当している業務を停止し、この事件の捜査に当たりなさい!!」
会議用のテーブルを叩き壊さんばかりの勢いで立ち上がり声を張り上げる。
「す、全てですか、ですがそれでは通常の業務にも支障が出る可能性が」
「元はと言えば我々の不徳によって引き起こされ様としている事態を見過ごすわけにはいきません、のんびりとしていては牙無き人々に被害が起きるかもしれない、それまでに何としてでもこの事件を可及的速やかに片付けるのです!!」
ヘルシャフト総統としての力強い宣言に。
「「「「「総統閣下の御心のままに!!」」」」」
幹部および彼女の宣言を聞いた全職員が一斉に動き始めた。
その後、ヘルシャフトが一丸となって今回の事件の調査をした結果。
前ヘルシャフトの残党と繋がっていたG国の重鎮のスキャンダルや敵対するB国との諜報戦に巻き込まれたり。
別系統で開発されていた新兵器の情報を手に入れてしまったり。
その過程で手に入れてしまったZ文書と呼ばれる大国を揺るがす機密文書に関わってしまい、世界的に有名な怪盗や各国情報機関、謎の美女などと争奪戦を繰り広げたりとやればやるほど難事件にぶち当たって行き。
最終的にヘルシャフトの最も濃い三日間と呼ばれる事態へと発展してゆく事となる。
三日後
「お母さーん!早く早く!」
「ほら、そんなに急いだら危ないわよ」
「ねえ、ねえお父さんはどうだった?」
「お父さん!お昼食べたら一緒に遊ぼうね!」
「ああ良いぞ、キャッチボールでもするか」
とある公園で、ありきたりな、しかし掛け替えの無い時を過ごす家族の姿があった。
何処にでもある、幸福な家族の一場面。
ただ、両親が妙に疲れた様な、顔をしていたのが特徴的だった。
後日譚 鈴編 終わり
書かれなかった設定など。
天羽 鈴
二番目に考えたヒロイン。
優の次に動かしやすく、だいたいプロット通りの結末に収まった。
ただし優と違って出しゃばり過ぎず適度に動いてくれる非常にありがたいキャラだった。
能力
ペガサスの力を持ち、サクセサー姿の時には背中に羽型のギミックが付いており、それを無数に飛ばして広範囲の攻撃が可能。
また、羽を組み合わせて剣や槍、ブーメランなど様々な武器に変化可能。
ヘルシャフト
裏社会で必殺仕事人みないな立ち位置に居る。
表は涼子が、裏は鈴が治めているイメージ。
下級戦闘員などは優の道場へ研修に行ったりする。
福利厚生なんかも確りしていると思う。
ただしノリは悪の秘密結社だった頃のままなので下級戦闘員が「イー!」と叫んだり合言葉が「総統閣下の御心のままに」だったりと二児の母としては割と恥ずかしい思いを毎日している。
自宅
他の住宅地からは少し離れた郊外に立つ一軒家。
外観は普通の家屋だが、ヘルシャフトの謎技術の粋を集めて建てられたので、爆弾だろうがミサイルだろうがびくともしない。
秘密基地の真上に建っているので、いざとなったら家ごと『降りる』事が出来る。
子供
二人とも両親は共働きのサラリーマンだと思っている。
今の所、特殊能力などは見られないが何かのサクセサーとして覚醒する可能性はある。
敵対組織などによる誘拐を警戒して密かに24時間GPSで居場所を特定されている。
サクセサー
色々個々の特技なんかも考えていたけれど結局余りだせなかった。
臨海学校で鈴を襲っていた蟹の怪人は蟹座のサクセサー。
基本的にサクセサーのほとんどはギリシャ神話が出典だが、首領のクリーゼだけは北欧神話のヨルムガンドのサクセサー。
特技は文字通り何でも『飲む』こと。
攻撃だろうが場の雰囲気だろうが全て自分に取りこむ事が出来る。
対する凱の能力はケルベロスとしての力の他に自身の体に埋め込まれたプルートシステムによって敵を倒せば倒すほど強くなる業の深い能力を持つ。
最終決戦ではヨルムガンドの吸引能力を超える熱量をぶつけて辛勝する。
凱には双子の弟がいたが組織脱出の時、凱を逃すため囮になり組織に囚われ洗脳され凱と敵対する事となる。
能力はオルトロスのサクセサーで、凱とほぼ同じでプルートシステムも持っている。
『原作』では凱が敵を倒し強くなるのと同じように凱の周りの大切な人達を殺し同じようにパワーアップして行くと言う鬼畜っぷりを発揮し視聴者にトラウマを植えつけた。
『原作』中盤で壮絶な戦いの末、兄の手で討たれ最後の最後で正気に戻り、犯してしまった罪の重さ、兄と再び出会えたことの喜び、様々な感情がないまぜになった涙を流し永遠の眠りに付く。
と言った内容だったが、この世界では鈴が鬱フラグをバキバキに折ったので普通に生きている。
ただし、プルートシステムは殆ど稼働しておらず割としょんぼり性能。
それでも中堅怪人程度の力はあるので兄との性能の差に悩みながらも地道に修行して強くなっている。
普段は気の良い兄ちゃんで甥っ子達を猫可愛がりしている。




