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後日談 優

 ここは都心から少し離れた住宅地の中。

 閑静な住宅街の中で一際目立つ大きな道場が建っていた。


「やあ!はあ!」

「良いよ!その腕の動きを忘れないで!」

「はい!」

 元気のよい女性達の返事が道場に響く。

 道場には様々な年代の女性達が居た。

 まだ小学生くらいの女の子や、二十代位のOL風の女性から、三十代から四十代の主婦など様々な年代の女性達が集まっていた。

 見方によれば少し変わったスポーツクラブにも見えなくはないが、汗を流すごく普通の一般人に交じって、目を見張る様な美少女や、何処かの王侯貴族の様な気品を湛えた、どう見ても一般人には見えない女性の姿もちらほらと見える。


「はい、腕の角度はこう、右斜めから抉る様に打ち込むの」

 そんな女性たちの集団の先頭で竜の刺繍が施された道着を着た二十代後半位の女性が型の見本を見せながら指導していた。

 凛と引き締まった表情は凛々しく張りのある声は、けして狭く無い道場の隅々にまで良く響いた。

「この型を十セット続けるわよ!」

「「「「「はい!」」」」」

 彼女の指導の元、多くの女性が彼女に倣い型を取って行く。

 その後、一通りの鍛錬を終え。

「それじゃあ今日はここまで、ありがとうございました」

「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」

 最後の締めの礼をして、今日の授業は終了した。


 それと共に、道場の中にあった張りつめた様な空気が一気に弛緩した。

 皆それぞれ疲れた様にその場に座る者、早速お喋りに興じる者、思い思いに行動し始める。

 その中でも特に多いのが。

「師範!レモンの蜂蜜漬け作ってきたんです、食べて下さい!」

「ああ、ありがとう、うん美味しいよ」

「師範!さっきの私の動きどうでした?」

「そうね、もう少し足の位置に気を付けた方がいいわね」

「師範、この前のお話し考えてくれました?」

「ああ、出張道場の話ね今日程を調整しているから、もう少し待って」

「ねえねえ師範!師範!」

「ちょっと、私が先よ!」

「二人とも喧嘩しないの」

 ワイワイガヤガヤ

 沢山の弟子達が先ほどまで彼女達を指導していた、この道場の師範代である優の元に押し掛ける。

 何とも姦しい状態だが、彼女は嫌な顔一つせず一人一人丁寧に対応している。

 そこには先ほどまであった凛々しさとは別に人好きにする優しげな雰囲気に変わっている。


「みんなーお喋りも良いけど、ちゃんとストレッチ忘れないでね」

「「「「「はーい」」」」」

 騒いでいた子達も優の言葉を受け真面目にストレッチを始める。

 こうしてストレッチを済ませた後、道場の掃除を当番の者が済ませる頃には場の姦しさも大分和らぎ。

「それじゃあ、師範またねー」

「それでは失礼いたします」

「師範良いお返事を期待しています」

 一人また一人と帰って行く姿を見送り、がらんとなった道場の窓からは夕日が差し込んでくる。

 先ほどまで騒がしかったのが嘘のような静けさ。

「っと、いけない、まだやる事はあるのに」

 胸をよぎる寂寥感を振り払い、別棟にある道場へと足を向ける。


 歩きながら、ふと自分が初めて人にものを教えた時の事を思い出す。

 まだ少女だった時の自分。

 色々幼く、指導と言うには余りにも稚拙だった、出来る事と言えば文字通り体に覚えさせると言う事だけ。

 本当に今思えば色々と彼女には無理をさせてしまった。

「本当によくやるわ」

 当時の事を思い出すと自然と苦い笑いが口元に現れる。

 思い出すのは自分のアドバイスと言えない様なアドバイスを困った表情で聞く彼女の姿。

 あの時の自分はその原因が分からなかった。

 大学に進んで、勉強して、改めて知った自分に足りなかった事を。


「私もまだまだね」

 自惚れていたのだろう、『原作』を乗り越えた自分には怖いものなど無いと思っていた。

 でもあの時。

 親友が傷つけられ生死の境を彷徨っていたあの時。

 言いようのない感情が胸の中を渦巻いていた。

 直ぐに涼子は目覚めたおかげで、あの時はそれ以上その事に付いて考える事は無かった。


 改めて、その事に付いて考えたのはもう少し後。

 涼子が順調に回復していく中、世間に自分たちの格闘技が注目が集まった。

 それも無理はない事だろう。

 違法な改造手術を受けたり。

 先天的に特殊な力を持っていたり。

 異世界に召喚されたり。

 そもそも人間ですら無かったり。

 そういったものに比べれば自分達の格闘技は、一応習えば習得できる類のものだ。

 だから、あの事件の少し後、弟子入り志望者が大挙して押し寄せてきた。

 だが直ぐに、その殆どが脱落してしまった。

 理由は簡単、自分達の教えが分かりにくいからだ。

 自分達の技術は言わば強者の技術。

 ある程度、才能のある者や、幼いころから血の滲むような鍛錬の果てに手に入れる事が出来る境地。

 それを昨日今日来たばかりの人に教えようとすればどうしても齟齬が生まれてしまう。


 ゾッとした。

「優さんのお陰でアイツ等をぶちのめす事が出来ました」

 そう嬉しそうに涼子は話していた。

 だが彼女の体中には痛々しい包帯があちらこちらに巻かれ、左腕は皮一枚で繋がっている状態。

 一歩間違えば彼女は命を落としていた状態だった。


 自分は何を親友に教えていた?

 確かに彼女は魔法少女としての力は有ったが、ほんの少し前まで一般人として生活していたのだ。

 もっと方法があったのではないか。

 もっと彼女を強く鍛える事が出来たのではないか。

 そうすれば彼女はあんな怪我を負わずに済んだのではないか。

 そんな考えに行きついた途端怖くなった。

 忙しいと言い訳して涼子の見舞いにも暫く行けなかった。


 情けなかった。

 自分たちがいれば、どんな奴にでも勝てると思っていた。

 それが何だあのざまは、親友一人守れず大怪我をさせてしまうなんて。

 陸兎の時の様に自分一人で何でもできると思って逆に彼を危機に陥れてしまった時と何も変わらない。

 結局自分は何も成長していないのではないか。

 そんな思いにとらわれていた。


 間も悪かったのだろう件の親友は暫く病院のベッドから出られず。

 他の友人たちも自分達に降りかかるゴタゴタのせいで忙しく顔を合わせる回数も少なく普段鈍いくせに妙な所で鋭い兄は親友の家庭事情改善のため奔走しており側にはおらず、父も一連の自体の収束のため忙しく、娘の異常に気がつかなかった。

 一人思考の渦に落ち込んだ自分はひたすら落ち込んだ。

 結局そんな自分を引き上げてくれたのは、あの時と同じ陸兎だった。

 別に特別な事を言ったわけでも、何か行動したわけでもない。

 ただあの人は、自分のそんな愚痴や弱気を延々と聞いてくれた。

 傍に居てくれる、ただそれだけで自分にとってどれだけ救いになったことか。


 結局自分の性格上長く落ち込むのは性に合わなかったのか数日間落ち込みまくった後、鬱々とした気分はケロリと収まってしまった。

 なんとも単純な性格ではあるが、結局自分に出来る事は一つだけ。

 生きているのならば『次』へと繋げる、自分はただ前へ進む事それだけだ。

 この世界には自分が気付かなかっただけで色々な危機が存在する。

 それに抗うための手段を少しでも多くの人に広める、そう誓いを立てた。


 そう決めたら後は行動だけ。

 なれない勉強を頑張り、大学で科学的なトレーニング方法を学び、そして何よりも大事な『人に分かり易く教える方法』を学んだ。

 その後、渋る父を説得して道場を大々的に開放して分かり易く十二神流を教えていった。

 最初はなかなか上手くいかなかったけれど、色々な人の助けや頑張りの末、今では小学生から主婦まで幅広い層の人達が道場に来てくれるようになった。

 みんな最近の色々物騒な事件などが不安で護身術などを身に付けたいと思っていたところだったそうで、熱心に打ち込んでいる。

 気が付けば道場は増築され大勢の弟子たちを抱えるようになった。

 中には、友人たちの紹介で色々表沙汰にはできないような人もお忍びで通って来て………


 そんな風に過去の事を思い出している内に気が付けば、別棟の道場に付いていた。

 こちらの道場は先ほどまで自分が居た一般に公開している道場とは違い、内向きに作られた少し特別な道場だ。

 ここでは、もっと本格的な十二神流を教えるための道場で、ここに来る事が出来るのは、ほんの一握りの弟子たちだけで、様々な『原作』関係者などが利用している。

 だが今日は外部の弟子は居らず家族だけで修行していた。


「父さん、こちらは終わりました」

「ああ優か、お疲れ様こっちも、終わったところだ」

 道場の隅には黒ずくめの男たちが、ボロボロの姿で転がされている。

 彼らは先ほど言った色々表沙汰にできない様な人たちを狙ったアサシンで、定期的に道場を襲撃してきてはこうして弟子達の技の練習台となった後、警察へ引き渡される。

 色々逞しくなった親友は良い笑顔で。

「ありがとう優ちゃん、これであいつ等の尻尾を掴めるわ」

 嬉しそうにサムズアップしていた姿が印象的だった。


 まあ、先ほどは柄にも無く昔のことを思い出して色々考えてはいたが、件の親友はケロリとした顔で退院して、その後も厄介事に巻き込まれ続けている。

 いや、あれは巻き込まれていると言うか自分からダイブしている。

 なにせ卒業後の進路は凶悪だわ、その後の就職先はあんなだし。


 思えば結婚式直前に妙な凄みのある巨大な氷の塊を持ってきて、それで氷彫刻を作って式の飾りにしたり。

 二次会で、その氷を砕いてお酒を飲んだりカキ氷にしたりアイスクリーム作ったりしてみんなに配ったりして。

 酔っていたせいなのか宴会の途中から何か見てはいけないものが見えていたような記憶が……

「…………考えるのやめやめ」

 らしくも無いセンチメンタルに浸っては見たが、あの時の自分の悩みなど関係無しに、今日も世界中のどこかでバタバタと駆けずり回っている彼女を見ていると、馬鹿馬鹿しくなって来た。

 兄は兄で彼女に付いて行ってほとんど帰ってこない状態。

 まったく、あの2人は何時まで『ああ』なのか。

 大人しく、くっついたら少しはマシになるだろうか?

 正月には帰ってくるだろうから少しは発破をかけてみようか。


「母さんどうしたの?」

 少し考えに没頭していたようで、息子の不思議そうな声で物思いから我に返った。

「え?ああ、何でもないの、ちょっとぼーとしてただけ」

「大丈夫?疲れたの?何か手伝おうか?」

 今年6歳になる息子は夫に似て少し気弱なところもあるが心優しい少年に育ってくれた。

 色々特殊な家だという自覚はあるので、こうして良い子に育ってくれて親として誇らしい気持ちになる。

「本当に大丈夫だから心配しないで優兎」

「ん、わかった、でも無理は絶対しないでね」


 そんな風に息子と話していると。

「母ちゃん腹減ったー!」

「見てみて!お母さん、新しい必殺技使えるようになったの!」

「ママー抱っこー」

 次男の龍兎と長女の優香、三男の竜耶が駆け寄ってきた。


「こらこら、あなたたち、ちゃんと後片付けしなきゃ駄目じゃない」

「「「はーい」」」

 子供たちは手馴れた様子で、襲撃者たちを簀巻きにしていく。

 暫くすれば連絡を受けた友人達の部下が回収してくれる。

「それじゃあ、お風呂に入って汗を流してきなさい、あがってくる事には晩御飯できてるわよ」

「わーい!俺が一番だー!」

「あ、ずる~い~」

「おにいちゃん、おねえちゃんまってよ~」

 一斉に走り出す兄弟たちに。

「あ、こら、走ったら危ないぞ」

 兄である優兎は慌てて後を追って行く。


 物心付いたときから長男だったためか長男体質が身に染みている息子は余り甘えてこない。

 兄弟の面倒を良く見る良い子なのだが、もう少し我侭でもいいのだと思ってしまうのは親の身勝手だろうか?

 まあ、もっとも。

「よ~し、じいじいと一緒に入ろうなあ~」

 身近に問答無用でデロデロに甘やかしてくれる存在が居るので余り心配はしていない。

 立派な孫馬鹿になった緩みきった父の顔に何ともいえない気分になってしまう。

 一応修行の時は真面目だけど、一旦私生活に入った途端これである。


「まったく父さんったら」

 優兎がお腹に居る事が分かった時の父のうろたえぶりは凄かった。

 命名辞典を何冊も買ってくるのは、まだ大人しいほうで、男か女かも分からない時期にベビー服を男女両方大量に買い漁ったり。

 ふらりと姿を消したと思ったら、どこかの秘境から巨大鰻を仕留めて来たり。

 他にも大小様々な珍騒動を引き起こしてくれたお陰で初産の心細さとは皆無だった。

 人間自分よりも混乱している人が傍に居ると、かえって冷静になるものである。

 ちなみに鰻は悪阻がひどくて食べられなかったので他の家族や友人達が全部食べてくれました。

 まあ、そんな騒動も二人目三人目と生まれる内に治まり。

 大量に買い込んだベビー服はその後生まれてくる下の子達が使い無駄にはならずにすみ。

 今は良いお爺ちゃんをしています。

 でも、未だにあのテンションには慣れないなー、なんて思ってしまう。


「さてと、それじゃあ、もう一仕事頑張りますか」

 育ち盛りの子供が四人も居るのだ食事の用意だけでも大変だ。

 お母さんの戦いはまだこれからだ!

 そんな事を考えながら晩御飯を作るために台所に向かう。

 それが彼女のなんて事のない、かけがえの無い日常。


 なお、半年後に五人目の妊娠が判明する。


 後日談 優編 終わり



 書ききれなかった設定など。


 辰宮 優

 最初は彼女が主役で腕力でヤンデレを捻じ伏せるようなストーリーを考えていた。

 一番最初に考えたヒロインゆえ非常に動かしやすく彼女ばかり動き回りそうになるのを止めるのに非常に苦労した。

 気が付いたら話の半分くらい彼女だけが喋り続けている事に気が付いて、あわてて書き直した事が何度もあった。

 最初は尻尾が生えていて怒ると金髪になる宇宙人と言う設定だったが、あんまりだと思って今の形に落ち着いた。

 後日談のさらにその後

 最終的には大家族特集とかでテレビに出るくらい子沢山になった。


 十二神流

 名前の通り十二人分の登場人物を考えていたが半分も出せなくて残念。



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