ラスボス
彼等にとって人生とは容易いものだった。
恵まれた生まれ。
恵まれた容姿。
恵まれた才能。
彼らが望めば、それ以上のモノを手にしてきた。
挫折を知らず。
常に肯定されてきた人生。
故に彼等は知らなかった。
否定される苦しさを。
拒絶される痛みを。
誰かが言った『愛の反対は無関心』だと。
ならば憎悪の居場所は?
高まった恋心と共に育まれていった憎悪。
縺れ
混ざり
もうこの感情が愛なのか憎悪なのか。
それとも拒絶される故の執着なのか。
それすら、もう彼らには判断できない。
あるのは、ただ餓えるかのような渇望のみ。
理事長である木城さんとの邂逅から数日後。
そろそろ夏休みまでの日数を指折り数えるようになり始めた、その日の朝、私は。
「ぶえっっくっしょっん!!」
盛大なくしゃみと共に目が覚めました。
「え?何これ、寒!!」
意識が覚醒するとともに猛烈な寒さを知覚します。
口から吐く息は白く。
強烈な冷気が薄着を纏っただけの肌を刺し。
申し訳程度に掛けてあったタオルケットなど何の意味もない。
エアコンの故障かとも思いましたが、そもそも昨夜は珍しく涼しかったのでエアコンを着けずに寝たはずでした。
「一体何が?」
そう言って両手で肩を抱きながら辺りを見回した途端、目に飛び込んできた風景に心臓が跳ね上がった。
開け放っていた窓から部屋へと飛び込んでくる白い物体の正体それは。
「雪!?」
慌てて窓の外に目をやると、空を覆う鉛色の分厚い雲と荒れ狂う風と全てを覆い隠すほどの吹雪。
『最終回で真理が事切れる寸前に見た空から雪が降ってくる』
以前自分で話した言葉な一文が脳裏を駆けました。
瞬間、寒さとは別の寒気が背筋を駆けあがって行く感覚が襲って来ました。
枕元に置いていたスマフォからは五人からの連絡が次々と飛び込んできています。
「クッ!」
スマフォを掴むと同時に吹雪に覆われる街へと駆けだして行きました。
魔法少女の姿で街中を駆け抜けていきます、普段ならとてもじゃないけどそんな真似できませんが、緊急事態です、細かい事を気にしている暇はありません。
それに街からは人の気配が感じられません、恐らく突然の吹雪に家に閉じ込められているのでしょう。
ですが、それにしても静かすぎます、こんな状況です、消防や警察が活動してもおかしくないはずです。
この街の静けさ、余りにも可笑しすぎます、頭の中で警鐘が鳴りやみません。
雪に滑りそうになる足に強引に力を込め街中をひたすら疾走します。
「涼子ちゃん!」
「優さん!状況は、街はどうなっているんですか?!」
後ろから合流してきた優さんに振り向く事無く、状況を尋ねます。
「まずいよ!大量の小型の魔獣が出現して人を襲っている!!」
「なんですって!?」
最近、魔獣が出ないと思っていましたが、それはこの時のために、温存していたのか。
吹雪で家から出られず、出ようとしても魔獣に襲われる。
今この街は逃げ場のない密室になっている。
「油断していました」
雪が降っているから冬だろうと思いこみ楽観視していた昨日の自分を殴りたい。
「お兄ちゃん達が対応に当たってるけど完璧に手が足りてないの!」
いくら竜太さん達が強くても、彼等は少数精鋭の格闘家、この街、全てをカバー出来るほどの人数はいません。
「く、対応が後手に回ってしまいましたか」
このままだと封印されている魔獣まで解放されてしまう。
ですが、このまま人々が襲われるのを指をくわえてみている訳にはいきません。
「どうすれば……」
フォオオオオン!!
考え込みそうになった時、軽快なエンジン音が頭上から響いてきました。
「この音は、鈴さん!!」
「涼子、優、ここに居たのか!」
「私もお忘れなく」
「早苗さんも!」
鈴さんはウィングバイクと言う鈴さん専用の空飛ぶバイクで、早苗さんは飛行魔法で上空から私達の方へやってきて並走すると。
「小型の魔獣の事はヘルシャフトの方で凱達が対処する」
「私も魔王に連絡を入れました、次元の壁を超えるのは少々手間だそうですが、もう少しで彼と向うの世界の仲間たちもこっちに来ます」
「助かります!」
「サアの方でもモルスが協力してくれるみたいだ」
見れば、上空を張り巡らした糸を使って飛ぶように此方に向かってきているサアさんの姿があります。
「つまり憂いは無くなったと言う事ですね」
「そう言う事だ、乗れ」
「はい!!」
私は鈴さんのバイクに、優さんは早苗さんに、それぞれ掴まり上空へと昇ります。
「あそこか……」
「ええ……」
視界が高くなったおかげで街の様子が良く見えます。
街を覆う分厚い雲は大蛇がとぐろを巻く様に巨大な円を描き、一か所へと集束していきます。
「凄い魔力があの場所を目がけて流れ込んでいます、恐らくあの場所で封印を解放するつもりでしょう」
そこは街の中心部にある建物。
我らが母校、綺羅氣螺学園。
そこは正に台風の目のような状態でした。
一歩学園の敷地内へと足を踏み入れた瞬間、あれほど荒れ狂っていた風がそよ風一つしなくなり、積っていたはずの雪も粉雪一つ落ちてきません。
代わりに辺りを支配する圧倒的な重苦しいまでの静寂、外を吹雪いているはずの風切り音さえも聞こえず、まるで見えない境界線が引かれているかのよう。
そして、息苦しいほどの、まるで鉛の中を歩いているかのような濃密な重圧感、気を抜けば呼吸すら忘れてしまいそうになってしまいます。
「通常の状態でも魔力を知覚出来るまで異常な位、魔力が集束しています」
早苗さんが厳しい表情を崩さず校舎の一点を睨んでいます。
「まるで割れる寸前の卵の様な独特の気配を感じるわ、恐らくこの魔力をぶつけて強引に封印を破るつもりなのね」
サアさんも何時ものほんわかとした表情とは違う厳しい表情で同じく校舎の一点を睨んでいます。
この二人だけではありません、他の三人も一様に同じ表情で校舎の、正確に言うなら校舎の屋上に居る複数の人影に向かって視線を投げかけています。
まだ距離があるせいで私には見えませんがあれは恐らく………!!
突如人影がまるで投げ捨てるかのように屋上から何かを放り投げました。
「危ない!!」
ソレが人だと認識した瞬間、咄嗟に駆けだし何とか地面と接触する寸前なに受け止める事が出来ました。
「真理さん!?」
落ちてきたのは『魔法少女ミラクルポップ』の主人公である真理さんでした。
ですが、魔法少女姿の彼女はボロボロで意識もありません。
「良かった、生きてる」
呼吸と脈は確りしており、命の危険はないようです。
「でも、どうしてこんな所に」
「ふん、脆いものだ、多少手荒に遊んだだけで壊れるとはな」
「貴方達はッ!」
ズンッ
真理さんに気を取られた一瞬、屋上から校庭を一気に飛びおり彼等は私達の目の前にやって来ました。
「五月蠅く囀るのだから、さぞ歯ごたえがあるかと思えば、とんだ肩透かしよ」
十数mの距離を一気に飛びおりたと言うのに彼等は態勢一つ崩していません。
彼らの姿が鮮明になると同時に優さん達の表情が一層厳しくなっていきます。
「………真理さん少しの間待っていて下さい」
どうやら悠長に真理さんの治療をしている暇はないようです。
彼女を校庭の隅に寝かせて少しでも安全な場所に寝かせます。
そんな事をしている間も彼女と彼等のにらみ合いは続いています。
「まさかこんな所で合うなんてね」
優さんが険しい表情で吐き捨てます。
そこには彼女らしくない怒りの感情が見て取れます。
彼女と相対するは2m近くある巨体に隆々とした筋肉と濃密な『武』の気配を纏う男。
特に特徴的なのが右頬から唇まで、まるで無理矢理引き千切られたかのような傷が走っており、それが男の凶貌をより高めています。
「カッカッカ、応よ地獄はいささか物足りぬでな、ちと現世に戻ってきた次第よッ」
そう言ってニタリとその凶貌を歪め楽しそうに笑う男こそ、闇の格闘家集団の首領であり、かつて十二神流最強と謳われながらも、私利私欲のため竜玉を使おうとし破門された竜鉄さんの兄、即ち竜太さんと優さんの叔父。
そして『竜玉争奪戦記』のラスボスで原作では陸兎さんの命を奪った男。
『辰宮 竜玄』
「生きていたんだな」
「中々面白い手品を彼らが見せてくれたよ、これが終わったらぜひ色々と利用したいものだね」
鈴さんが感情を消した絶対零度の表情で相手を見据える相手は。
秀麗な白皙の美貌に全てを見下す冷笑を湛えた美青年。
天才的な頭脳と圧倒的なカリスマ、そして何者も寄せ付けない冷徹な心。
自身の妻さえも非道な実験の犠牲とし、鈴さんをサクセサーとして誕生させ他にも多くの人々の命を奪い、最後に凱さんによって倒されたはずの。
かつてのヘルシャフトの首領。
『クリーゼ』
「もう、お会いする事はないと思っていました……」
「私は止まりませんよ、目的を達成するまで何度でも立ち上がる」
由梨華さんの悲しそうな瞳を正面から受け止めながらも、泰然とその視線を受け止める老紳士。
優しげな風貌とは裏腹に、その瞳の奥には灼熱のマグマのような激情が押し込まれている。
彼の正体は、あらゆる超能力に精通し、『賢者』とまで言われた強力な超能力者。
その力を恐れた一部の権力者によって自身の命を狙われ、彼を庇った家族、友人達を皆殺しにされ世界に復讐を誓ったテロリスト。
『ヴァイゼの紅』と呼ばれる大規模なテロを行い大勢の死傷者を出す寸前に由梨華さん達によって、その凶行を止められ脱獄不可能な超能力者専用刑務所へと送られた。
超能力者によるテロ組織『アングリフ』のリーダー。
『賢者のエンデ』
「もう、貴方の顔は見あきたのですがね…」
早苗さんはうんざりとした様に目の前の人物を睨みつけます。
「ふん、下賤な異世界人めが、余の覇道を止められると思うな」
豊かな髭を蓄えた威厳ある男性。
生まれながらに人に傅かれ、自身もそれを当然の事として受け入れている者、特有の自然な高慢さを身に纏い此方を睥睨している。
ゲーム、ドラゴンレジェンドの舞台、異世界トラストリアにあるレードルゲン国。
その国の国王の地位にありながら、自身の野心のため勇者と魔王を裏で操ろうとし様々な策略を仕掛け早苗さんや、その仲間たちを苦しめた存在。
勇者の力を使いトラストリア全土の支配だけでなく、魔界、天界さえも手中に収めようとした覇王。
最終的に早苗さん達に敗れその地位から降ろされたはずの男。
『狂王リドリア』
「…………………………………………」
「…………………………………………」
一言も喋らずただ睨み合う二人。
互いに既に交わす言葉は持って居ないのでしょう。
スラリとした均整のとれた長身に闇よりもなお暗く黒く艶やかな髪。
そして『美』その物とも言える魔貌。
以前にモルスさんに会って耐性を付けていなければ今頃間抜けな顔を晒しながら彼の貌を見続けているはめになっていたでしょう。
彼は全ての妖魔の祖にして最強の妖魔。
モルスさんとサアさんとも浅からぬ縁を持ち、遥かな太古二人によって封印されていた存在。
『妖魔王シャイターン』
それぞれ彼女達五人が、かつて戦い、倒してきたラスボス達。
そして更に。
「ジョッジョッジョッジョ~!我らの力に驚いたかジョ」
あのマスコットもどき色違い(黒)の様な見た目の生物が何やら胸らしきところを張って空中を漂っています。
「貴様等を深く恨んでいる奴らをここまで集めるのに苦労したジョ散々我々の邪魔をしてきた罰を受けるんだジョ!」
つまり、私達を排除したい魔法の国と彼等の利害が一致したということですか。
ですが疑問があります、何故今なのでしょう?
原作では過剰なエネルギー供給が原因で魔法の国が暴走しましたが、私達の妨害のせいで、そのような事態にはなってないと思うのですが?
「貴様達のせいで我が魔法の国は深刻なエネルギー不足だジョ!我慢の限界なんだジョ!我々はこの都市を放棄し新たな場所でやり直すジョ、でもその前に邪魔してくれたお前達に報復をするんだジョ!!」
「随分勝手な理由ですね、私達が憎いなら私達だけ狙えば良いものを、この街まで被害を出す必要はないはずです!!」
「ふん、役に立たない街など有る意味などないジョ、せいぜい最後に派手に壊れて我々のエネルギーになるんだジョ」
勝手な言い草に腹が立つのを通り越して呆れてしまいます。
「貴方達もそんな事に協力するつもりですか?」
他の五人と同じように私の方にも人影はやって来ました。
俺様生徒会長と眼鏡風紀委員長、ホスト系教師に一匹狼系不良など、ちょっと前まで頭痛の種だった人達が勢ぞろいしています。
まあ、ある意味私にとってラスボスと言っても過言ではありませんが。
私だけ、複数人集めたと言う事は。
「質より量って事ですかね」
私の言葉と共に彼等からの殺気が膨れ上がるのを感じます。
ですが薄い。
他の相対者と比べると鋭さ重厚さ、何を取っても薄っぺらく感じます。
そこはバトル要素ありの作品とラブコメ作品の登場人物の違いと言ってしまえばそれまでですが。
それよりも彼等は……
「お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ……」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしね死ね死ね……」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
「サアさんサアさんサアさんサアさんサアさんサアさん……」
全員目が逝っちゃってます。
ヤンデレここに極まれり、と言った所でしょうか。
既に言葉も届かない場所に逝っちゃったようです。
ですが、甘く見てもらっては困ります。
確かに彼等は普通の人の範疇では強者の部類に入りますが、言ってしまえば、それだけと言う事。
優さん達ほどではありませんが私だって、それなりに修羅場を潜ってきたんです。
荒事で彼らごときに負けるなんて思わないでください。
それに他の五人も一度は負けた身。
再生怪人が弱いという法則を知らしめて上げましょう。
「ジョジョジョ~~甘く見ているのはそっちだジョ、我々が何の対策もしていないとでも思ったかジョ」
「何ですって!?」
「彼等は新たな力を手に入れたんだジョ!」
「どう言う事?」
「見よ!これが我らの奥の手だ!!」
カッ!!
強い光がラスボスと攻略対象者達に降り注ぎます。
一瞬私達の視界を光が覆い隠します。
そして光が去った瞬間、私達は悟ったのです。
彼らが強大な力を手に入れたと言う事を。
理解してしまった。
させられた
魔法少女の服を着たラスボス達の姿を見て。