愛ゆえに
一
ナノが、完全に変化を終えた黒髪を気持ち良さそうに振るった。生まれてまもない子馬が喜びを発散しようと尾を振り回す様に似ている。薫子を見定め、指でハートマークを形作る。
「ねえ、本当の所はどうなの? オバサンは幸彦君を奪い取りに来たの? 愛ゆえに」
「そうかもね。でも正直な所、私は単なる会社員だし、世界のことも寺田君のことも荷が重い」
薫子も負けじと指でハートマークを作る。
「私は、西野陽菜の尊厳を取り戻しにきた。可哀想ってレッテルを貼られるほうが可哀想よ。それに」
つくづく男って若い女が好きなんだな。と、若さの塊のようなナノを見て思った。彼女は幸彦の想像に生きる理想の少女。段々腹が立ってきた。
ヤキモチ、嫉妬、何でもいい。複数の男の記憶にこれだけ爪痕を残すことができているのが、憎らしいのである。
十年前のクリスマスの日の翌日、西野陽菜の遺体が発見された。見つかったのは飛び地のように都市の中心にぽっかりと開いた駐車場だった。マンションの屋上から飛び降りたものと思われる。
前日まで同じ時を過ごした幸彦は西野陽菜が死んだ理由がわからないという。伊藤もまた同じだった。
当時、事件と事故の両面で捜査は行われた。遺書はなかったものの、私生活の問題が明るみとなり、自殺の線が濃厚とされた。
螺々の調査でも警察の見立て以上のことはわからず、真実は闇の中という結果に終わった。
「でも幸彦君の中では結論が出ていたんだよ。陽菜は失恋の痛手に耐えかねて自殺したって。そこで私の出番ってわけ」
自己のアイデンティティーを確立したナノが誇らしげに手でハートマークを作る。
ナノは幸彦の罪悪感につけ込み、偽りの物語を作り上げた。西野陽菜は被害者であり、加害者は他にいるという思想を含んだ負の物語。幸彦の物語を盗んだのだ。
「陽菜を死に追いやったカヲリ=ムシューダには既に罰を与えた。次はオバサン、あんただよ。幸彦君の妹を騙り、本物の妹を死にいたらしめた罪は重いよー」
おどけながら糾弾するナノに、薫子は泰然としていた。これまでの物語は、薫子に罪を自覚させるための準備段階だったのだろう。ナノの意図に反して薫子は鈍感を装う。
「ただのでっちあげの筋ってわけじゃないから、反論はしないでおいてあげる。でも貴女の思いこみも多分に入ってるだろうから、これだけは言っとくわ」
薫子は語気を強める。
「人の死を利用するな。陽菜が寺田君が原因で自殺したとは限らない」
ナノは唇に指を当て、首を傾げた。
「噛み合わないね。”本人”がそう言ってるのに」
「じゃあなんで陽菜が死ぬ物語がこれまでなかったの。報われない愛に死を選ぶなんて筋書きとして陳腐だけど、好きそうじゃない、お嬢ちゃんは」
「デリカリシーがないなぁ、そんなの幸彦君に見せるわけにはいかないの。傷ついちゃうでしょ」
ナノは体をわななかせ、感極まった声を発する。
「愛は全てを凌駕する。宇宙の法則も、何もかも。それは超人だって例外じゃない。逝っちゃえ、美堂薫子」
開戦の合図と共に、石灯籠がいくつも地面からせり上がる。地響きを立て現れたそれは、墓標のようにも見えた。薫子はそれらをすり抜け、ナノに接近しようとする。遮蔽物か、はたまた能力の布石か、考える前に体が動いていた。
先手必勝を念頭にしていた薫子は、そこで意表をつかれることになる。
ナノは何を思ったか、着ていた襦袢を勢いよく脱ぎ捨てた。
薫子の体に反射的に急ブレーキがかかる。
襦袢だけがふわりと地面に落下すると、ナノは忽然と姿を消していた。
不気味な灯籠は周囲を埋め尽くすように乱立している。残らず蝋燭の火を灯し、あちこちに不穏な影を伸ばしていた。
薫子は神経を研ぎすませ、不意打ちに備える。
間髪入れず、背後からナノが飛びかかってきた。
心構えができていたため、余裕をもって振り返りざま、拳を繰り出す。
鋼鉄を打ち抜くような突きはナノの顔の脇をかすめ、有効打にはならなかった。
着地したナノが下方から上方にガラス片を振りかぶる。研ぎすまされた刃は光の波動の性質を用い、高周波ブレードと化している。触れれば骨ごと肉を断つのもたやすい。
薫子はナノの手首を内側から外側にはじき、がら空きの胴にボディーブローを放つ。
「!?」
薫子の拳は、しかし距離を誤ったように空ぶった。反対に制服腕の袖が深く切り裂かれ、危機意識が強まる。
「くっ……」
カウンターに失敗した薫子は距離を取り、状態を確認する。右腕から出血していたが、深い傷ではない。戦闘継続に問題なかった。
力みすぎて踏み込みを誤ったか。眼鏡を外し、瞬きを繰り返す。
「よそ見してていいの?」
間合いを離したつもりだったが、相手は光のキャスト。ほんの数メートルの距離はあってなきがごとしだ。ナノの猛追が始まる。
攻め込まれる前に、牽制の蹴りを放つ。
薫子の蹴りは先制していたにもかかわらず、やはり目測を誤ったように当たらない。蹴りの際、体のひねりを利用し、回転するようにナノのガラスをかわした。華麗なさばきの末、足を後ろに曲げ、今度こそ拳を当てるべく準備する。
「無駄」
「無駄」
ナノの声がだぶって聞こえる。薫子がまず疑ったのは光の屈折により、目算を狂わされているのではないかということだった。そのため、今は目を閉じ、視覚を遮断している。しかし、聴覚にも影響を受けているという可能性も鑑み、考えを修正しなければならない。
能力戦の肝はいかに相手の能力の要諦を理解し、その対抗策を練るかという点に集約される。それもごく短時間でそれができなければ、死に直結するのだ。
ナノが見た目の上だけでなく能力も変質させていると考えるのが妥当だ。
閉じていた目を開くと攻めを中止し、受けに回る。まずナノの能力の正体を見破る必要がある。至近距離で観察するしか道はない。
空を断つようなナノの高周波ブレードを鼻先にひきつけかわす。少しでも軌道を見誤れば首が飛ぶ。気は抜けない。
特別な変化を期待したが、観察の余地が思ったより少ない。ナノは攻勢の波に乗り、一気呵成に乱舞を楽しんでいる。
一端退いて体勢を立て直さなければやられる。しかし、薫子は判断を誤った。
黒百合を踏みつけた際、足をすべらせバランスをわずかに崩したのだ。
「ダッサ。でも逝け」
好機を逃すまいとナノが攻撃の速度を上げる。
薫子、死地に至り、悟りを開く。諦めの境地ではなく、活路を見いだすための強い踏み込み。
前のめりになりすぎたナノに隙が生じている。打ち込みの絶好のタイミングが巡ってきたのである。
「これで……、終わりよ!」
渾身の右ストレートが、ついにナノの喉元を捕らえた。インパクトの衝撃で風圧が生じ、足下の黒百合が押しつぶされる。
ナノの体は背中から灯籠に叩きつけられ、地にまみれた。灯籠が寿命を終えたように崩れた。
「はあ……はあ……」
会心の一打を放ち、疲労の波が押し寄せる。終わった。そう安堵したのも束の間、
首筋に冷たい感触。膝から崩れ落ちる。首筋を押さえると、手の平には血がべったりとついていた。
「おっしー、首落ちたと思ったのに」
ナノが薫子の背後にある灯籠に座り、血の滴るガラス片を上下に振った。
「っ……、元気そうじゃない」
「オバサンと違って若いからねえ」
「見た目だけでしょ。年季入ってるくせに」
確実にしとめたと思い込んでいた。現に薫子の倒したナノの体は正面で横たわっている。
「年の功って所は否定しないけどねー。種明かしするとこういうことだよ」
灯籠の陰から別のナノが顔を出した。それも一人ではない。目の錯覚ではないということはすぐに判明する。
「この子たちの相手もしてくれるかな? してくれるよね」
命がけの鬼ごっこが始まった。
二
背中にガラス片を五つ、肋骨のヒビを代償に、ナノの能力の秘密がいくつか判明した。
ナノの分身(?)は質量があり、目の錯覚の類ではない。個体ごとにムラがあるせっちんクローンとは違い、ナノのそれは薫子を凌駕する技能を発揮してきた。
「喰らえー! ラブリーパーンチ♡」
ふざけた技名で薫子に殴りかかるナノの分身。薫子は、とっさに腕を胸の前に上げガードするも悪手である。
すり抜けるように拳が拳を直撃する。必ず一手遅れる。
分身が全部で何体いるか数える余裕はなかった。迫りくるナノをちぎっては投げ、言葉の上では簡単だが、必死の抵抗であった。
「ふーん、曲芸みたい。さっすが超人って奴。ニーチェもびっくりだね」
感嘆したようにつぶやくのは、一人離れた位置にいる本体だ。
能力によって生み出された灯籠、月蝕塔から放たれた光は、ナノ本体に触れることにより感応し、質量のある残像を無限に作り出す。
それだけに止まらず、奥の手を用意していた。
「逝け……、極光剣」
断罪の剣が振りおろされる。
残像を辛くも倒した薫子の体捌きが一瞬で止まったのを見計らい、ナノが手の平をかざす。暗闇の帳が落ちたのも束の間、洞窟全体をくまなく照らす強烈な閃光が音もなく解き放たれた。
月蝕塔の役割は単に残像を作るだけではない。
空間に満ちていた光を一極に集中、圧縮した膨大なエネルギーをナノ本体が撃ち出す。光速度は不変。光速を超える早さを持つものは理論上存在しない。
視覚を潰され、光が到達する前に薫子は避けきれないと悟る。思考を跨ぐ猶予はないはずだが、常人離れした直感が危機を告げた。
理解した所で反応が間に合わないことには変わりない。雷を避けきれないのと同様に、防御も間に合わない。
幸いだったのは、膨大なエネルギーをごく限りない範囲に圧縮したため、対象以外を殺傷する余地がないことだろうか。
点に数えられるような一条の光線が薫子の眉間にめがけて飛んでくる。
「光が……、遅い。ウラシマ効果って奴かしら」
螺々に聞いた話によると、光速で動く物体から見て、その他の物体は遅く見えるそうだ。しかし、この場合、動いているのは光であって薫子ではない。
体内の時間を光の軌跡に合わせることでしか、命が助かる見込みがない。無意識下でそれを行ったのだ。
水中に似たもどかしさを感じつつ体を動かし、眉間に当たるはずだった光を左肩に受ける。
光は薫子の肩を貫通し、洞窟を蛇行して消えた。
薫子はうつ伏せに倒れ、歯を食いしばる。激痛で意識が飛ぶのを堪えなくてはならなかった。出血が少なくとも、大部分の肉と骨が融解し、万事休す。
「あれー、まだ生きてる。消し飛んでもおかしくないのに」
ナノの華奢な素足が薫子の肩をくすぐる。羽箒でさするような触り方だったが、瀕死の薫子には刺激が強すぎて、のたうち回る。
「うわあああああああ!?」
「やーい、フライドチキンみたいになってやんの。あはっ、いい反応。もっと苦しめ苦しめ」
ナノのイタズラは過酷だったが、薫子は意識を手放さない。
辛抱強く反撃の機会を伺う。
「……、これが、愛の力? 大したものね」
「そうだよ。愛は無敵なんだよ」
「でも本当にそうかしら」
ナノは振り上げかけた足を止める。
「内閣支持率は、恋愛に似ているわ。一つの失点が命取り」
「あ? だから何なんだよ」
「一つしか生き方を選べない人は不幸かもしれない。でもそこに至る過程は無駄じゃないわ。それを否定しようしている貴女に屈するわけにはいかない。みんなのためにも……」
気丈を装う薫子だったが、あまり猶予はなさそうである。命のカウントダウンがこくこくと始まっている。
「わかったようなこと言ってんじゃねえよ。お前に私の孤独の何がわかる。陽菜もそうだった。だから私が代わりに願いを叶えてあげるんだ。幸彦君は私のものなんだ」
「それこそ的外れよ。貴女は陽菜のこと何もわかってない。あの子は」
結局、痛打を与えるにはこれしかない。しかし躊躇した。それでもここで退くことは許されないのだ。
「寺田君のこと、本当に恋愛対象として見ていたのかしら」
ナノの口元は、弓を引き絞ったような形の笑みを浮かべたまま固まる。
「人の気持ちなんて、流動的だし、本人にも簡単にはわからない。客観的となればなおさら落差はあるはずよ。二人は最後までただの友達だったと、私は思う」
「違う!」
ナノは薫子を足蹴にする。先ほどより鈍い。
「寺田君にとってはそうだったの。多分陽菜も」
「多分? さっきから推論じゃん、そんなの。何言ってんだよ」
「確かに所詮推論よ。でも、陽菜が愛しい人に当てつけるみたいに命を絶ったと決めつけ、あの子を利用しようとしているあんたに未来があるとは思えないの。未来を信じない者に勝利は訪れない」
薫子は自分が悪者になったような気がしていた。
恐らく、ナノの言い分も、幸彦の想像も正しいのだろう。残念ながら。だが、ナノは超えてはならない一線を超えた。他人に成りすますことは罪ではないのか。薫子はかつての自分自身を重ねてしまう。
「内閣支持率と同じでね、冷めた恋は再燃しない。燃え上がったら後は冷めるだけ。貴女は可愛くて、本当に儚いわ」
宙ぶらりんになった足は格好の獲物だ。隙を見せたナノの親指の爪を一瞬で剥ぐ。
「あんたの不倫と一緒にすんな! 死人に口なし。有効利用して何が悪いの? そうすれば全て丸く収まるんだよ!」
ナノは親指の欠損を物ともせず、薫子の腹を蹴り上げた。
三メートルほど高く跳ね上がった薫子に、幾重にも分裂したナノが小うるさい蠅のように殺到する。どれも質量を持ち、虫の息の薫子の全身を八つ裂きにするために刃を光らせる。
絶体絶命かと思いきや、薫子は冷静だ。視覚が戻っているのを確かめる。
「見えた……、あれが焦点」
視野を広く持てば、好手が見つかることは多い。薫子は灯籠の位置とナノの残像との相関関係を見いだした。一見似ているせっちんのクローンと、灯籠の光の影の産物である残像は性質において大きく異なる。
質量があっても残像は残像に過ぎない。
つまり拠点である灯籠を失えば、残像は消滅する。先ほど試しに一つ壊した時は何も起こらなかった。
灯籠はいくつもの光と影を操作し、像を形作るプリズムのようなものだ。
どこかに結節点として重要な拠点があるとにらんだが、その位置はこれまでわからなかった。
かけていた眼鏡を外し、フレームを折りたたみ唇を当てる。密集した灯籠から少し離れた一点、ある場所に狙いをつけた。
「恋物語は苦いけど甘美よね。まるでビターチョコレートみたい。でも、こだわり過ぎは良くないわ。次の恋が探せなくなるから。いい女になりたかったら、まずそれに気づくべきだったわねっ!」
渾身の肩のスイングを用い、残像のわずかな隙間を眼鏡のフレームはすり抜けていく。
急転直下の龍のような勢いを、止められる者など皆無だ。
「やめろおおおお!」
攻勢から一転、絶望に彩られたナノが届かない手を懸命に伸ばす。
一基の灯籠に深々と眼鏡が突き刺さる。亀裂が生じ、粉砕された。
同時に全てのナノの残像が鏡が割れるように粉々に砕け散った。
後に残ったのは、偽りの少女の残骸だけだった。
三
ナノは地にひれ伏し、肩を抱いていた。月蝕塔は、ナノの力の源泉。光を溜めるブースターの役割も担っていた。それが機能しなくなっては、戦闘能力で薫子に遠く及ばない。敗北が未だ信じられず、瞬きもせずに地面をにらむ。
幸彦は灯籠に手をつきびっこをひきながら、その場に近づいていった。
「来ないで」
ナノは顔を上げず、拒絶した。幸彦はそれでも側に歩み寄る。
「どうして、私じゃ駄目なの。私は全てを掌握してるのに、西野陽菜を完璧に模倣し、それ以上の存在になったはずなのに、なんで、あんなオバサンにも勝てないの」
悔しさに打ちふるえる少女の肩に手を置く。戦闘前に触れた時よりも厚みが薄くなったように感じた。
「誰かの代わりはいないよ。君は西野じゃない」
「幸彦君までそんなこと言わないで。じゃあナノである私を愛してくれる? できないよね。それじゃ意味ないもん」
キャストはゲストの記憶を模倣して作られている。キャストそのものに価値はないとナノは考えている。
「もう一人は嫌なの。一人にしないで」
ナノの心の叫びに幸彦は気持ちがぐらつく。それでも心を鬼にすると決めていた。
「僕と西野はね、友達だった」
「嘘。強がりばっか。本当は好きだった癖に。一緒になりたかったんでしょ。だから私を作ったくせに」
本当の気持ちは幸彦にも曖昧だ。想いが薄れていないとも言えない。陽菜と伊藤の関係は知っていたし、それを理由に彼女を避けた。結局、傷つくのを恐れ、自分の自尊心を守っていたに過ぎない。
「たとえ異性として好きじゃなくても、相手を思いやることはできる。でもあの頃の僕らは自分たちを型にはめて、その型の付き合いしかできないと思い込んでいたのかもしれない。それは今でも悔いている」
西野陽菜が死亡した原因は幸彦にもわからない。色恋が絡んだという解釈なナノの想像の産物かもしれないし、真実の可能性もある。
いずれにしろ、自分の罪は消えない。妹を見殺しにしたことも、陽菜の痛みに気づかなかったこと。残された者たちは、背負わなくてはならない。
ナノは涙を袖で拭い、しゃくりあげる。
「やっぱりひどい男だなぁ、幸彦君は。利用するだけ利用して、私を捨てるんだ」
「捨てないよ。もう僕は昔の僕じゃない。君を想う気持ちは変わらない」
ナノは我を忘れたように幸彦を見上げた。
「どれだけ君が遠くにいようと、気持ちは繋がっている。過去の僕らと今の僕らが繋がるように」
幸彦の意図をくみ取ると、ナノは夢見るような薄笑いを浮かべる。
「遠距離恋愛みたい。素敵」
ナノは思いこみが激しく、新たに創作した物語に酔っていた。引き裂かれた織り姫と彦星を自分たちに重ねていた。
「いいよ、わかった。私を忘れなかったら。指切りしよ」
ナノが快諾したことに若干肩すかしを食いながら、幸彦は言われた通りにした。
「陽菜はみんなのことが好きだったんだよ」
仄めかすような事を言い残し、ナノは光の渦になって消えた。一対の螺旋状の光が洞窟の奥に向かう。
「なあ、これでよかったのか? 随分素直になったな」
ナノ以外の声が光から発せられた。
「別に。どうせNew orderはもう止まらないじゃん。言質を取ったからもういいんだもん」
「そういうもんかね、めんどくせえ奴」
二つの光は絡み合い、ぶつかり合い輝きを増す。
「私は恋に恋する私が好きなの。これにて一件落着」
色に正直なキャストは、双子の妹と共に上機嫌で巣に戻った。胸一杯のおみやげを抱えて。
「寺田君ー! どこー?」
薫子は枯れて萎びた百合を踏みつけ、幸彦を探した。よろよろと今にも倒れそうになりながら。
幸彦も地面を這って、薫子を探した。
薫子が幸彦を見つけ駆け寄ると、その場で膝を折る。
「やっと……、会えたね」
どちらともなく声を揃えていた。




