女の子は誰でも
アパートに帰宅した際、カヲリが翔からもらった飲食物は、残らず幼女たちの餌食になった。
時計を仰げば、二十三時に近い。カヲリの空きっ腹が、不満そうな音を立てる。
「ぐへへ、プリンは吾輩のものですぅ!」
「”ぽてち”は、わたさぬ」
獰猛なハクアとは対照的に、せっちんが静かな声音で取り分を主張する。
撒き餌で、幼女たちをおとなしくさせたカヲリは、リビングで沈思する母と対峙した。
「どこいってた?」
カヲリは隠し立てするのが億劫になり、澄まして答える。
「男の人と会ってました」
母が岩のような拳を固めた。
「こんな時間まで未成年を連れ回すなんて、ろくな男じゃない。もう会うのはよしな」
「いやよ」
鞄を部屋に放り投げた。
「どうしていうことを聞けないんだい? 最近帰ってくる時間も遅いし、心配なんだよ」
「うるさい! ほっといて、もう子供じゃないんだから」
襖を強く閉め、自分の部屋に閉じこもる。電気をつけると、ベッドに倒れ込んだ。
幼女たちがお菓子の袋を破る音がする。カヲリはその騒がしい音に、耳を澄ませた。
「お前、生意気に男と遊んでたんですか?」
白いクリームを口につけ、ハクアがベッド側まで這ってきた。
「・・・・・・、うん」
せっちんの手前、大っぴらに主張できない。無事は何よりだが、顔を合わせるのが気まずかった。
「されど、さっきの”ははご”にたいするいいかたは、よくないの」
せっちんはあぐらをかき、ぽてちの袋を持っている。薄い唇には青海苔がついていた。
「わ、わかってるわよ、そんなの。後で謝るから」
行動は迅速に、とせっちんは無言で促すが、カヲリは従わなかった。
ハクアは、母と娘の問題にあまり関心を示さず、お菓子に夢中である。
「貴方たち、本当に私以外の人に見えないのね。どうして?」
ハクアはジェスチャーで、せっちんに説明を丸投げした。事情を説明すると約束したのに、ぞんざいな扱いである。
「わらわたちは、”きゃすと”というそんざいじゃ」
「キャスト?」
キャストは、ゲストと呼ばれる特殊な人間の思念が実体化したもの。ハクアも、せっちんも、そして、ニーナや、ナノも、オリジナルのゲストから生まれた。
「お前、子供の頃、ごっこ遊びしませんでしたか?」
プリンを食べ終わったハクアが、口を挟んだ。
「セーラムーンごっことかしたかも」
「吾輩たちは、お前が遊んだそれと同じです。ゲストの代わりに、心の奥底で演じたいと思っている役を演じてやっているんですよ」
説明を聞いて、彼女たちの常人とは違う空気に少し納得がいった。あくまで少しだけ歩み寄ることができた程度だが。
「でもどうして、貴方たちのような子がたくさんいるの?」
「それはですねー、話すと面倒なのですが」
「”るーらー”じゃ」
せっちんがポテチの袋を持って、ハクアの隣に並んだ。
「支配者と呼ばれる存在が、ゲストを選び、吾輩たちが生まれるのです」
「そうなの。支配者って、貴方たちお父さんで、ゲストはお母さんって感じかしら」
ハクアとせっちんが、にがり切った顔を見合わせる。カヲリはまずいこと言ったと思い、不安になる。
「親かどうかは知りませんが、支配者が原因で今の事態は起こっています。吾輩たちの目的は、支配者を倒すことなのです」
「どうして? だって、生みの親なんでしょう?」
「”るーらー”が、しようとしていることを、しってもそういうことがいえるかの」
カヲリの質問が愚問だったと気づくのに、時間はいらなかった。ニーナは強い殺意を持っていたし、ハクアも当初は、恐るべき襲撃者であった。支配者が生やさしい存在でないことは言わずもがなである。
「支配者は悪さをしようとしているのね? 貴方たちはそれを止めようとしているのね」
幼女たちは、揃って頷いた。
「恐らく支配者の望みは、永遠の命です」
不可能だと言いいかけて、口をつぐむ。せっちんは損傷した手首を一瞬で治した。支配者がそれをできないと、どうして言えるだろう。
ハクアは、手つかずのまま畳に置いてあったバームクーヘンを顔前に持ち上げた。
「世界をバームクーヘンに例えるとわかりやすいですぅ。世界は一つではありません。いくつもの重層構造をなしています。支配者は一つの層を壊しても、次の層に移動できるようです。そして、その層を壊すのが、本来我々キャストの役目なのです」
話のスケールが大きすぎて、カヲリはついていけなくなってきた。当初、単純な親子喧嘩を想像していた。世界が複数あると、信じられない。信じたくない。
「もしかして、今、私のいる世界は、別の世界を壊した後の世界なの?」
「そのとおりじゃ。まえのせかいに、そなたはおらなんだ。それゆえ、われらは、そなたへのせっしょくをさけたのじゃ」
「いなかった・・・・・・?」
世界は同一ではないのだろうか。漠とした不安が生じた。
「ここまで聞いた以上、もう逃げられないですよ。カヲリ」
活を入れるようなハクアの声に、カヲリは目が覚めたように思った。雪乃や、アイコ、マイ、翔、出会った色々な人々を守りたい気持ちに揺るぎはない。
「でもなんか寂しいな、前の世界の私は、貴方たちと会えなかったんだ」
「それは・・・・・・」
応えようとしたハクアの口元を、せっちんが手で無理矢理塞いだ。
「もうこよいは、おそい。ひづけもかわろう。とうめんのよていをたてて、はやくやすむぞ」
せっちんが話を打ち切ろうとすると、ハクアが身をよじり暴れる。
「うがー! 指図するんじゃねえです!」
「はいはい、押さえて押さえて」
カヲリが背中を撫でると、ハクアはバームクーヘンをやけ食いし始めた。
「支配者は、この近くにいるの?」
「しんぱいは、いらぬ。やつは、すがたをさらすのをきらうのでな」
口約束だけでは安心はできない。ニーナのような危険分子が襲ってくるかもしれないのだ。
「ニーナは、支配者よりなのね。どうして貴方たちと違うのかしら?」
ハクアがバームクーヘンを喉につまらせ、せきこんだ。せっちんも何故かタイミング良くそっぽを向いた。
「なんか、怪しい。貴方たち、まだ隠してることがあるわね」
わき腹をつついて、尋問しても答えない。無理に聞きだそうとは思わなかった。せっちんは、信に足ると確信できたし、ハクアも固い決意を持って戦っていると、知っている。
「荒事は吾輩たち、キャストに任せるです。カヲリには、別の役目があるですよ」
意味ありげに、ハクアが笑った。
「なによ、それ」
「明日を楽しみにしてるといいです。ヒッヒッヒ」
ハクアは楽しそうに言って、布団を敷くと、せっちんと床についた。不思議と仲がいいと思われたが、お互いまだ敵であった頃の名残が抜けないらしく、おかしなことをしないように一緒に寝ているらしい。そのうち慣れてくると、別の寝床に寝るようになった。
電気を消したカヲリは、急に母に謝りたくなり、母の部屋に向かった。
「さっきは、なんで止めたです?」
「わざわざ、いうことでもあるまい」
二人は暗い天井をみつめて、ため息をついた。
「明日からどうします? またナノを狙いますか」
「いや」
一晩戦った経験から、せっちんは断言する。今の自分たちでは、ナノに到底太刀打ちできない。
「戦力増強は急務ですぅ。螺々はこっちに構う余裕がなさそうですし、吾輩たちでなんとかするしかありません」
言われるまでもないことだ。目標に少し近づけば、また離れていく。それを今まで何度も繰り返してきた。今回も耐えるしかない。
「吾輩に良いアイデアがあるのですが」
「いうてみよ」
「”憤怒”の奴をこっちの陣地に引き込むのはどうです?」
せっちんはハクアに背中を向け、いびきをかきはじめた。
「そ、そんなに悪い案ではないと思うのですけど・・・・・・」
ハクアはアイデアを却下され、意気消沈する。
未だ姿を現さない最後のキャスト、憤怒。ゲストすら未確認で、どんな能力を持っているのかも不明だ。
「あやつは、”じんち”のおよぶそんざいではない。さぐるのは、やめておけ」
憤怒と旧知であるかのような口振りに、ハクアは閉口した。やはりせっちんは、まだ他者に完全に心を許してはいないのだ。
明くる日の早朝、カヲリは、せっちんにベッドから引きずり下ろされた。
「もー、まだ、六時じゃないの。もうちょっと寝かせてよ」
「ならぬ。なまけていると、いざというときにたたかえぬぞ。こやつのようにな!」
具体例として、すやすや寝ていたハクアが犠牲になった。鼻の穴に指を入れられ、呼吸が苦しくなり、飛び起きた。
「はっ! マンボウに食われる夢を見たです」
寝起きで、ぼんやりしていたハクアの顔に、枕が投げつけられる。騒がしい一日の始まりだった。
一九九九年十二月八日
身支度をした三人は、アパート前の駐車場でラジオ体操をした。せっちんたちは誰の目にも留まらない。カヲリが一人で体操しているように見えるはずだ。大家さんに、今朝は元気ねえと、声をかけられ、苦笑い。
せっちんたちが組み手を始め、手持ちぶさたになったカヲリはアパートに戻り、朝食の準備を始めた。そのうち母も起き出してきた。昨夜のうちに謝っていたものの、ぎこちない空気は今しばらく続きそうだ。
学校に向かうため、電車に乗った。
「なんか良心が咎めるなあ・・・・・・」
満員電車で運良く座ることができたのだが、カヲリの膝の上にせっちんがちょこんと載っている。もちろん彼女は無賃乗車だ。ハクアも一緒に乗り込んだのだが、姿が見えない。不幸にも、質量がある分、もみくちゃになるのは避けられないだろう。
二十分もしないうちに、高校に最寄りの駅についた。網棚に置いた鞄を取ろうとして、目を奪われるものを発見した。
網棚に、十センチ大の土偶が置いてあった。教科書に載っているのと同じで、ずんぐりした足と短い腕、独特の文様がはっきり顕れていた。この細工が珍妙に当たると素人目にも理解できた。
「忘れ物・・・・・・?」
カヲリが土偶に手を伸ばそうとすると、せっちんに素早くはたかれた。
「うかつにさわるな!」
少し神経質過ぎるのではないか。カヲリは内心で舌を出し、電車を降りた。
せっちんは土偶を忌まわしそうに一瞥してから、人混みをかきわけ、放心状態のハクアの手を取って連れ出す。
「もはや、ゆうよはないか。カヲリにも、ひとはだぬいで、もらわねばなるまい」
せっちんたちがいなくなると、土偶は白く細い煙を立ち上らせ、カタカタと揺れる。
乗客の誰一人として、その異変に気づくことはなかった。
(2~)
「へっくしゅ・・・・・・」
駅を出たカヲリは、盛大にくしゃみをして立ち止まる。
晴天にもかかわらず空気は冴え、肌を刺すように凍てつく。師走がいよいよ本領を発揮し始めたようだ。
学校に向かう人並みに混じって歩いていると、幼女たちの姿を見失った。
目標があるらしいから、別行動になるのは仕方ないのだろう。丸岡高校には、何か彼女たちを引きつけるものがあるのだろうか。
げた箱で靴をはきかえたカヲリは、校舎に入ろうとした。二年生のげた箱の反対側は、三年生のげた箱がある。そこに、来栖未来が立ち尽くしていた。
カヲリは昨日の情景を思いだし、声をかけるのをためらったが、無視するのも気が引けた。
「おはようございます! 来栖先輩っ」
元気よく挨拶し、背後から未来の細い体を抱きしめる。ところが、未来は無反応だ。手に何か持っている。カヲリは、のぞき込んで目をむく。
「先輩・・・・・・、それ」
未来はA4サイズの一枚の紙を握っていた。それには、赤いペンで、アバズレと、殴り書かれていた。
カヲリは頭が真っ白になり、未来と同様固まってしまった。昨日のことが真っ先に思い浮かんだため、とっさに否定もできなかったのだ。
その紙は、横からすばやくかっさらわれた。奪ったのは、灰村香澄だ。未来と無類の親友だけあって、眉間に小さくない皺を刻んでいる。
「くだらない。未来の人気に嫉妬したのかしら。小物らしい浅知恵だわ」
汚らわしそうに言って、紙を握りつぶしてしまった。
「ムシューダとか、言ったかしら。このことは他言無用よ、いいわね」
有無を言わせず、香澄は未来の手を引いてその場を後にした。
去り際、未来が振り返りカヲリをにらんだ。その目は、カヲリを責めるような深い疑念をはらんでいた。
この時、未来の誤解を解いていれば、禍根は残らなかったかもしれない。カヲリは、最後までそれを悔いることになる。
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「エトワールが男と会ってたらしいよ」
「えー、そんなことしたら?」
「したらしたら、選挙委員に見つかっちゃう☆」
「選挙委員にオシオキされちゃう☆」
「本当の愛は奪われる」
「真実の愛は失われる」
「こわーい(×2)」
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カヲリが教室につくと、例のごとく陽菜と幸彦がじゃれあっていた。
よりにもよって一番目立つ教壇の前で、陽菜が幸彦を困らせている。恒例行事のようで、クラスメートは落ち着いて観劇していた。
陽菜がしなを作って、幸彦に近づく。
「ねえ、可愛いって言って」
「可愛いよ」
「えー、本当? もっと言わなきゃ許してあげない」
幸彦は咳払いし、陽菜の寛恕を乞おうと必死だ。昨日の埋め合わせをしようとしているらしい。
何度も愛の言葉をかけるうち、陽菜は口元をゆるめた。
「許す!」
有頂天になった陽菜が、幸彦の胸に飛び込む。
クラス中が気のない拍手と、口笛で二人を祝福した。
カヲリの転入初日、二人が仮面夫婦だと噂されていた。彼らも役を演じているようだと、カヲリは思った。
昼休みも、幸彦と陽菜は、見せつけるように教室で昼食を取っていた。和気藹々として、付き合いたてのカップルのような熱気を帯びていた。
カヲリをはじめとした陽菜のグループは、頭が不在でなんとなく、精彩に欠けた。
わけても、アイコの機嫌がすこぶる悪い。マイのデザートを黙って奪ったり、カヲリの今日の髪型にけちをつけはじめた。
「前髪、へんじゃね」
「えー、そうかなあ」
マイに鏡を借り、分け目を作ってみる。ボリューム不足が原因なのだろうか。陽菜のようにふんわりとならないのだ。
マイが小声で耳打ちしてきた。
「アイコちゃん、実は宮本さんと喧嘩したの」
「えっ! もう!」
カヲリは耳を疑った。
アイコは、合コンで出会った男にかなりご執心だった。熱が冷めたわけではなく、うまく会う日程が調整できず、苛立っているのだ。
「何ごちゃごちゃ喋ってんの。聞こえてんだけど」
アイコはカヲリの机を蹴った。よくよく見れば、泣きはらしたように目が赤くはれぼったかった。昨日のカラオケは、アイコの慰安目的があったらしい。
「だ、大丈夫。アイコちゃん、私より可愛いし、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない。ほら、西野さんもああやって、仲直りしてるよ」
アイコは陽菜たちから目を背ける。よほど重傷らしい。
「ムシューダに、あたしの気持ちが分かるわけないよ」
疲れたようなため息をついて、席を立ってしまった。
「恋に恋するお年頃よ。そっとしといてやんな」
悟ったようなマイが、パック牛乳を飲んだ。
アイコは陽菜に対抗意識を燃やして、大それたことを言っている。傷を舐めあい、愛の形を確かめているふりをしているのだ。
カヲリも翔のことを自慢するきっかけを探したが、それどころではなくなってしまった。
未来のことや、キャストの件もあるし、恋にかまけているわけにはいかないのだ。それでも、午前の授業中、ずっと翔の体温や、手の感触ばかりを思い出していた。
「すみませーん!」
控えめな呼び声にクラス中が、教室の入り口に注目した。そこには、落ち着かない様子の下級生女子がいる。
「カ、カヲリ=ムシューダさんは、いらっしゃいますか!」
真っ赤になって、カヲリを呼ぶ彼女と面識はない。なぜかクラス中が笑いに包まれている。
下級生は口元にほくろのある、おとなしそうな子だ。あまり大声を出すのが得意ではないのだろう。完全に気後れしている。
カヲリは不安がらせないように、柔和な笑顔で立ち会った。
「どうかした? えっと、初めてよね」
「あっ、はい。私、諸田と言いますです。先輩あてに言づてを頼まれました」
「誰から?」
「三年生の、丑之森さんです。用があるから屋上に来て欲しいと」
彼女が、カヲリの目を見ないようにしている理由がわかった。おせじにも、螺々は学校に順応した生徒とは言えない。その朋輩だとカヲリは目されているのだ。下級生が警戒するのも無理はない。
「うん。わざわざありがとうね、諸田さん。もう行っていいわよ」
カヲリが恐縮するような深いおじきをして、諸田は去った。
その足で屋上に行くと、螺々と思われる背中を見いだした。制服の上に、ヒョウ柄のパーカーを着て、フードを被っていた。
「貴方と関わると、私の評判が下がるんですけど」
カヲリが不満を漏らすと、螺々が振り返る。口には棒つきのアメをくわえていた。
「煙草は嘉一郎に取り上げられてな。全く、女の尻にしかれてるくせに。まあ、日本の煙草は口に合わなかったから、丁度いいか」
「カイチロウ?」
「ああ、君には関係なかったな。それより、自分の評判を気にするとは殊勝な心がけだ」
皮肉かと思い、カヲリは身構える。先ほどの下級生同様、あまり螺々に好印象は持っていないのだ。
「話って? もう私に興味がないと思ってましたけど」
「そう腐るな。朗報だ、今年のエトワール選の候補者の中に、君の名前があるぞ」
「は?」
目が点になる。
エトワールとは、校内一の美少女を決める選挙だ。カヲリは蚊帳の外におかれるものとばかり思っていたのである。
「何かの間違いではないですか?」
「つまらん冗談を言うほど、私は暇じゃない。どこぞの物好きが三人集まり、君を推薦した。蓼食う虫も好き好きということだ」
素直に喜べない。それにエトワールは、未来のような生粋の美少女が選ばれるべきだ。カヲリには荷が重すぎる。
「そんなこと言ったって、私は選ばれませんよ。巻き込まれるのは、正直迷惑ですから」
「なんだ、もっと喜ぶと思ったのにな。つまらん」
螺々は、片足を蹴る仕草をした。エトワールと螺々、どういう関係があるのだろうか。
「せっかく、私がハラショーなエトワールに仕立ててやろうとしたんだぞ」
「螺々さん、今日はどうしたんですか? そんなにおだてられると気色悪いです」
「私は事実しか口にしていない。君なら、西野陽菜に勝てる」
カヲリの目の色が変わる。話に食いつきそうになっている自分に気づくが、もう後の祭りであった。
「ありえないですよ。それに、灰村って人もいるし」
「灰村香澄も他の候補者も蹴ちらせる。どうした? 顔が笑ってるぞ」
カヲリは問題点をあぶり出そうとした。だが何故そんなことをする必要があるのだろう。自分にはそれだけの価値があるとどうして信じてはいけないのだ。
「カヲリちゃんは、とっても可愛いよ」
カヲリは、魔法の言葉を翔にかけられた。もう、何者でもないカヲリ=ムシューダではないのかもしれない。根拠と呼べるのはそれくらいであった。
「もし、もし、ですよ・・・・・・、私がエトワールになれたら、みんな私を見直すでしょうか?」
「それはそうだろう。来栖未来と、灰村香澄を比べても一目瞭然だ。勝者と敗者を分ける谷は、あまりに深く濃い」
口では気にしていないそぶりを見せていた香澄ですら、プライドを傷つけられ、屈折している。その傷を埋めようともがいている。
「勝ちたいか、カヲリ」
「私・・・・・・」
勝ちたい。全てを持っている陽菜の鼻を明かしたい。虐げられているだけなんて、もうたくさんだ。喉から声がでかかった。
「女なら、他の女の風下に甘んじるなど耐えられんだろ? もっと自分に素直になるんだ」
カヲリは、何度も頷いていた。それが答えであった。
「私は、もっぱら大穴狙いが好きでね。勝てよ、カヲリ」
「はい!」
夢物語でも別に構わない。どうせ失うものなどないのだから。カヲリは軽く受け止めて、罪深い一歩を踏み出した。




