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せっちん!  作者: 濱野乱
空蝉編
25/97

フール・プルーフ(前編)


「これくらいのー」

紅色の光をまとった少女が、右手の親指と人差し指で輪を作る。指先からも、絵の具が溶けるように光彩があふれた。

その異様な光景を前に、何も害は加えられていないにも関わらず、カヲリは一歩後退した。

「ガラス片を、そのガキの喉に打ち込んだ」

倒れた雪乃は未だ、意識が戻らずにいる。カヲリはしゃがみ込み、彼女を抱き起こす。確かに喉が赤くはれあがっていた。しかし、打ち込んだというのはどういうことだろう。ガラス片を飲み込ませたということのなのか。そんなことは不可能に思える。

「わけのわからないこと言わないで。警察呼ぶわよ」

カヲリは気丈に振る舞っていたが、足が震えてうまく働いてくれない。雪乃を抱えて逃げるのは無理だ。

「気道を通るか通らないかギリギリの大きさにするのがミソなんだ。大きすぎると喉が簡単に裂けちまうし、小さすぎると、肺に入ってこれまたゲームオーバー。つまんねえだろ、ククク・・・・・・」

口元を押さえ、少女はおかしそうに笑った。

「だからあんまり動かさない方がいいよ。さもないと陸の上であっぷあっぷになりかねないから」

少女は手にガラス片を持ち、自分の喉をかっ切る真似をした。

カヲリは雪乃を慎重に地面に寝かせた。少女の言っていることが本当だとしたら、雪乃は気道を塞がれ苦しんでいるのかもしれない。もしそうならあまり猶予はない。病院? だが、どうやって。

「貴方、ハクアと丑之森っていう奴らの仲間なの?」

少女は目を丸くした。案外正直な性格なのかもしれない。だからといって、与しやすいわけではなさそうだった。

「お前が知る必要はないよ。残念でした」

と、あっかんべーをする。大人びた格好の割に、コケテイッシュな面もあり、カヲリを困惑させた。

丑之森はもう、カヲリの前に現れないと言った。それを信じるなら、眼前の少女はまた違った勢力に属しているのかもしれない。だが今はそれもどうでもいいことだ。

「どうしてまず私を狙わないの?」

カヲリは、自分に注意を向け、時間を稼ぐ。それで雪乃が助かるかはわからないが、誰かが通りかかれば、助かる可能性は高まる。 

「あ? 死にたいの? すぐやってやるよ」

「雪乃ちゃんみたいに?」

「ああ、お望みとあらばな」

カヲリは立ち上がり、少女と対峙する。一瞬後に死は訪れるかもしれないが、そうはならない。かれこれ十秒ほど経過したろうか。少女はおもむろに、カヲリの顔をのぞきこむ。

「お前、怖くないの? あたしがその気になったらすぐに血の海だよ」

「やってみなさい。絶対後悔するわよ」

少女の肌理の細かい肌が眼前まで迫る。威圧するように細められた目から妖しい光線がほどばしるように放たれている。

カヲリにできるのは耐えることだけだ。それでも子を庇護する獣のように決死の覚悟で、その場にとどまっていた。何の力も持たないカヲリがそのような無謀を侵すことは、本来あってはならないことだ。身を挺したところで、何かが変わるとは限らない。

少女は、カヲリのひたむきな姿勢が気に障ったように舌打ちをする。

「うっぜー、そういう気の強いところ”あの女”にそっくりだな」

「え?」

「やっぱシネ」

凶刃と化したガラス片が、振りあげられた。一連の動作は、閃光が走るようになめらかな動きから繰り出された。

カヲリの瞳はその軌跡を美しいと感じた。感じる暇はあった。まだ自分が死から遠いところにいると、錯覚していたのだ。

「”はな”は、ちるこそうつくしき。されど、つぼみをかるとは、ぐのきわみぞ」 

カヲリと少女の間に、何者か割って入ったことは覚えている。その瞬間、カヲリは恐怖に耐えきれず気絶していた。

ガラス片は小太刀の腹に、かっしりと受け止められた。金属がきりきりと鳴り、鍔迫り合いを演じる。

「てめえ・・・・・・」

小太刀で斬撃を受け止めたのは、みずぼらしい絣の着物に、擦り切れたわらじを履いた小柄な子供だった。背格好が雪乃にうり二つで、髪型も同じようにカールさせている。唯一の相違点は、夜店に売っているような安っぽい虎のお面をつけていることだった。

「わがなは、”たいがーますく”。せいぎのしとじゃ」

舌足らずに名乗ると、たいがーますくは、ガラス片を押し返す。攻め手は無理にあらがおうとせず、小太刀を払いのけ、距離を取った。

ますくは、カヲリを一瞥し無事を確認すると再び小太刀を構える。

「かかってこい、”にーな”」

ガラス片を握ったまま佇む少女、ニーナに呼びかけた。

ニーナは突然沸いた、ますくの力量を警戒し、動かないわけではなかった。むしろ相手の得意な分野で勝負し、打ち負かすことに快感を覚える。そのスリルが彼女の強さの一助となり、また短所ともなりうることもあった。

舌なめずりし、ニーナは、ますくを品定めする。

「ナノの言ったとおりだ。小林雪乃をつければ、お前が現れるって。会いたかったぜ、イレギュラー」

ニーナにとってカヲリや雪乃は、些末な存在に過ぎない。このイレギュラーを捕らえることは、支配者の大命の一つ。大きな義務感が彼女の背中を押した。

アスファルトを蹴たて、ニーナがますくに迫る。ますくの背後にはカヲリたちがいる。後退は許されなかった。

何を思ったか、ますくは左手の拳を突き出し、ガラス片を受けた。小太刀が間に合わなかったのだろうか。しかし、拳は鋼を打ちつけたような金属質の激しい音を立てて、刃を通さない。逆にガラス片が砕け、消失した。

「あ?」

ニーナの動きが一瞬止まり、隙が生じる。

ますくは、小太刀を上段から叩きつけるように振るう。

脳天を割るような鋭い一撃だが、ニーナの反射神経は常人のそれとは隔たる。すぐさまガラス片を持ち直し、小太刀を防御した。

ますくの猛攻は熾烈を極めた。小太刀が急所を的確に射ぬくような正確な捌き。時に剛胆に、時に繊細に、小太刀がしなる。

一方ニーナも負けていない。拳大のガラス片で、小太刀の猛襲をしのぐ。だが烈火のような勢いに飲まれ、しだいに押され気味になった。

「クソが・・・・・・」

勢いに乗ったますくの斬撃は、いよいよ速度を増す。

両手でも攻撃が受けきれなくなり、やむなくニーナは後方に高く飛び、五十メートル離れた民家の物置に待避した。

一息つく間もなく、点のような光がニーナの眉間に向かって飛んできた。ニーナは危うげなくガラス片で光をはじく。堅い何かがはじかれ、民家の屋根に刺さった。黒光りする手裏剣であった。

「んだよ、あいつ。忍者かよ」

毒づきながら、ガラス片を持った手の甲で汗を拭う。ガラス片に赤い塊がこびりついていた。ニーナの血ではない。ガラス片の赤い部分が糸のようにほどけ、ぐんぐん伸び始めた。油断しきったニーナの反応が遅れた。

「!?」

右手がひきつると同時だった。真横に突然引っ張られる動きに、ニーナはどうすることもできずに、宙へと投げ出された。すさまじい引力にされるがまま飛ばされる。

「がっ・・・・・・!」

程なくして、ニーナは地面に叩きつけられた。そこは先ほどの公園の自販機前であった。

ますくが拳を鳴らし、待ち構えていた。

「おかえり」

ニーナが起きあがるより前に、ますくの掌打が鳩尾を穿つ勢いで放たれた。

衝撃は貫通し、アスファルトが砕ける。ニーナの体は跳ね上げられ、再び地に沈む。もはや立ち上がるまいと思われた。

ニーナは弱々しく唇を動かす。

「ちきしょう・・・・・・、まずったぜ。てめえの能力、原子干渉。あたしのガラスを繊維みたいに解いて、ロープにしやがった、な・・・・・・」

ますくの拳を硬化しているのも、同じ能力に起因している。体内の鉄分や炭素を拳に凝縮したのだ。

重い一撃をくらったニーナではあったが、口元に笑みを浮かべている。自虐の笑みとも、受け取れた。

「そなたは、まだころさぬ。ききたいこともあるゆえ」

「くくく・・・・・・」

ニーナは顔を押さえ、低く笑った。

「てめえ如きが、あたしに勝つ? 雑魚が調子こいてんじゃねーぞ、こら」

反撃の手札を失った者とは思えぬ、ふてぶてしい態度だった。しかし、虚勢ではなかった。ニーナの放つ光が黒みを帯び、空気が重みを増した。

「お前のミスは二つ。あたしにさっさと止めをささなかったこと。ナノがいないから、能力を使えないと見くびったこと」

ますくが違和感を覚え、右腕を持ち上げた。右手の手首が黒く、炭のように崩れかけていた。

「もう何人死のうが関係ねー、あたしの全力で、てめえは殺す」

 

 (2~)

 

ますくの手首から下が、黒く焼け焦げたように崩れかけていた。事実、中指の中手骨辺りがちぎれたように半分とれかかっている。黒ずんだ部分がみるみる広がり、手首から腕へと範囲が上ってくる。

ますくは、躊躇することなく小太刀で自分の手首を切断した。落下した手首は、地面に落ちる前にぼろぼろと風に吹かれ、見えなくなった。

ニーナが、ますくの顔面に向かって掌を突き出す。ますくは、それを間一髪でかわした。

だがお面の端に、わずかに手が引っかかったのだろう。お面は一瞬で、黒ずみ炭化した。

「どこ行った!」

興奮に苛まれるように、ニーナはぎょろりぎょろりと辺りを見回す。激した彼女は獲物を殺戮するまで止まらない。

ニーナの恐るべき攻撃を嫌ったますくは、カヲリと雪乃を抱えて公園の反対側の木立に身を隠した。

カヲリは既に意識を取り戻していたが、目まぐるしい死闘に気が高ぶっていた。

「貴方たち、一体何なのよ! 私はともかく雪乃ちゃんは関係ないでしょう?」 

暗がりで、ますくの表情は伺えない。倒れている雪乃の側にしゃがみ、喉に手を置いている。触れた箇所が一瞬だけ白く光った。

それから心臓マッサージの要領で、胸を強く何度か押す。雪乃がせき込み、口からあめ玉のような小さな塊が飛び出した。   

すると不規則だった雪乃の呼吸が、穏やかになった。意識は戻っていないが、カヲリをひとまず安心させた。

「に、逃げないと・・・・・・、あの化け物が追ってくるわ」

カヲリは雪乃を背負い、立ち上がる。

「そなたらだけでゆくがいい」

背を向けた、ますくが言った。

「貴方も、逃げるのよ。腕をあんな風にされたのに・・・・・・」

ますくが、手をひらひら振った。炭のように滅んだはずなのに、子供のやわらかそうな肌は健在だった。

「ば、化け物・・・・・・」

カヲリは思わず呻いて、口を覆う。仮にも助けてくれた相手なのだ。軽はずみだった。

「わらわのからだは、とくべつせいゆえ。なまなかなしゅだんでは、ほろぼすことはできぬ。じゃが・・・・・・」

右手を開いて閉じてを二、三度繰り返し、ため息をつく、ますく。

「やつののうりょくは、そうていがいのつよさじゃ。かたなをにぎるまでは、かいふくせぬか」

「もう無理よ。あいつに殺されちゃうわ、貴方」

カヲリは暗い顔で、つぶやいた。自分がどれほど残酷なことを言っているかわかっている。だが思いとどまってくれたらと言わずにはいられなかった。

「ぜひもなし。わらわは、そなたらをまもることをめいじられた。ひくわけにはゆかぬ」

ますくの足では、ニーナから逃れることはできない。戦って足止めする以外方法はないのだ。

「貴方、一体・・・・・・、どうしてそこまでして戦うの? 全然わからないわよ。もしかして雪乃ちゃんと関係があるの?」

ますくは何か言葉を紡ごうとしたが、結局肩を震わせるだけだった。

「あんずるな。わらわは、まけぬ。さっさと・・・・・・」

カヲリは、ますくの小さな手を握って離さなかった。今にもニーナが襲いかかってきてもおかしくない。命とりになりかねない不要な情であったが、ますくは振り払うことなく佇んでいた。

「たわけが・・・・・・」

ますくは、それから一人で戦地に赴いた。

ニーナは、元いた道路の真ん中であぐらをかいて座っている。側にある自動車が原型もなく壊されていた。素手で殴ったのだろう。

「お! 逃げねーのな。いい心がけだぜ」

ニーナは、にやりと笑った。

「そなたのそくりょくは、わらわのひではあるまい。ここでけっちゃくをつける」

「いいね、そうこなくっちゃな」

ニーナは立ち上がり屈伸を始めた。時間を置いたのは、ますくにとって、不利になったかもしれない。ニーナは、冷静になっている。さらに手強くなった。

「ナノに言われてたからな。こういう時こそ、平常心が大事だって。さあ、殺しあおう」

 

 (3~)


ますくは、右手をきつく握りしめたが、握り拳を長く続けることはできなかった。

ニーナはリラックスした様子で、腕を伸ばす。

「手、治らないのか?」

「ああ、おかげさまでな」

「ふーん・・・・・・」

意味ありげな微笑。

「お前、結構強くなってるじゃん。前に戦った時とは段違いだ」

素直な賞賛も、ますくの耳には入らなかった。何とか手の感覚を取り戻すことに専心する。

「でも悲しいな。お前の能力レベルは十段階で、だいたい、三から四ってところだ。それに比べて、あたしの能力、”太陽王”は」

ニーナは掌を上に向け、広げた。赤黒く毒々しい光があふれる。光は拡散せず、手の指先を型どり、留まった。

「七か八の間。どういう意味かわかるだろ? お前の不死も、あたしの前では無意味ってことだ!」

ニーナは右手を掲げ、ますくに肉薄した。

一瞬で物体を炭化させるニーナの能力は、かすっただけでも致命傷になる。キャスト同士の戦いにおいて、能力の強さは、そのまま勝敗の行方を左右する。

だが、無策で対峙するほどますくは自分にうぬぼれていなかった。

「そなたののうりょくは、たしかにきょうい。じゃが、ちょくせつふれなければ、いみをなさぬ。なれば・・・・・・」 

ますくは姿勢を低くし、ニーナの手をよけた。それからも、しつように捕らえようとするニーナの手をかわし続ける。

「てめ・・・・・・、おいこら、逃げんな!」

「できぬそうだんじゃ」

紙一重の攻防。先ほどととは立場は逆転したように思えるが、しかし。

「ううううっ!」

必死になればなるほど、ニーナの動きは単調になる。それもそのはず、車一台を廃車にしたくらいで冷静になれるほど、彼女は頭の切り替えがうまくない。ささいな挑発で視野は狭くなる。

ますくは、タップダンスを踊るように軽快なステップでニーナをおちょくる。髪の一房にでも触れれば一巻の終わりにもかかわらず、それを感じさせない優雅な舞踏。

それにつられ、ニーナの手の振りが大きくなり、容易にかわせるようになるのだった。

「まじめに戦え! クソが」

ニーナの目線が少し上向くのを機に、ますくは足をひっかけた。おもしろいようにニーナはバランスを崩し、尻餅をつく。 

「クソクソクソ・・・・・・」

ニーナは悔しそうに地面を殴った。自慢の能力を披露したにも関わらず、赤子のようにあしらわれたのである。彼女の戦士としての矜恃は著しく傷つけられた。

「のうりょくのたかで、いくさはきまらぬ」

ニーナの額が痛烈な勢いではじかれる。後頭部がアスファルトに叩きつけられた。

「あああああ・・・・・・!」

起き上がりざまニーナの烈蹴が、ますくの顔面を捉える。それには反応が間に合わず、ますくは公園の中に吹き飛んだ。

「何でなんだ。あたしは支配者の寵愛を一番受けたキャストなんだぞ、何で良いように遊ばれてんだ、クソ!」

ニーナは半べそをかいている。精神を立て直さなければと焦るが、それもかなわなかった。

「そなたはたしかにつよい」

舌足らずな子供の声が、ニーナの耳にいやでも届いた。

「たんじゅんなつよさでいえば、そなたにかてるものは、そうはおらぬ」

じゃがと、だめ押しの一言。

「それだけじゃ。そなたには、それいがいなにもない。いたずらに、ちからをふりまわす、あかごとどうぎ。そのようなやからに、わらわはおくれをとらぬ」

ニーナはくずおれた。以前、彼女は第三者に似た質問をしたことがあった。何のために戦うのか。そしてその質問は、そのまま彼女に跳ね返ってきた。

「くっだらねー・・・・・・」

ニーナは目を閉じ、大の字に寝ころんだ。胸に沸くのは怒りとは違う感情だった。

「あたしが戦うのは、支配者のため。ただそれだけ。そう考えて力を押さえてきたけど・・・・・・」

ニーナの周囲のアスファルトが、泥のように溶け始めた。

同時に気温が急激に上昇。鉄柵が飴のよう柔らかくなった。

異変を察知したますくは、ニーナから距離を取る。それを見越したような横殴りの熱風が、ますくの頬をなぶった。触れた部分が、瞬時に水膨れを起こし、焼けただれた。ますくは呻き声を立て、無惨な姿で転がった。

喜色を浮かべたニーナは、寝ころんだまま手足をばたつかせる。流体になったアスファルトが波打つ。

「戦うのって超楽ーしいっ♪ 強い奴をぶったたいてぶったたいて、ぼろ雑巾にするのはたまんねー。それがあたしの存在理由。めんどくせーのはやめだ。全部燃やしてやる。きゃはは・・・・・・」

キャストはゲストの願望を具現化した存在だ。願望とは本人も気づかないものも含まれる。キャスト自身もそれを知らないが、それを超克した時、ニーナは成長することができた。

木という木にぽつぽつと火がつき、真昼のような明るさに包まれる。

ニーナの能力、太陽王の真に恐るべきは尽きることのない高熱と輻射線。枯れることのないエネルギーは全てを焼きつくまで、止まることを知らない。

はずだった。

「!?」

ニーナの体が突如として十メートル以上、ゴム鞠のように宙に跳ね上げられた。意図せぬ弾性運動に虚を突かれ、太陽王の出力は急激に低下する。再び、宵闇に戻る地平が間近に迫り、ニーナは泥沼のようにうねるアスファルトに吸い込まれた。

アスファルトのぜんどうが落ち着くと、ますくが地面から頭を出した。手をついて、まるでプールから上がるように余裕たっぷりに登場した。

「な、なんでだ・・・・・・」

ニーナもアスファルトに顔だけ出していたが、完全に体が埋まってしまい、声を出すのも苦しそうだった。

「熱風を食らって、確かに倒れたはずだ。能力を使う暇はなかったのに!」

確かに一度でも食らえば、立ち上がれなかっただろう。

しかし、人体の組成を知り抜いていたますくは、自分の分身を作ることに成功していた。万が一にそなえ、不死の核の八割を本体にいれ、アスファルトの地下深くに身を隠していたのだ。分身と入れ替わったのは、ニーナが一度離脱した時だ。炭化による回復が遅かったのは、分身の不死能力が低かったことに起因する。

だが、地下深くに潜っていたとはいえ、アスファルトを溶解させるほどの熱量を避ける術はない。そこからは賭けだった。

分身の目でニーナの能力の成長を知った本体は、即座に考えを巡らせた。

何故ニーナの体に火がつかないのだろう。推察するしかないが、彼女のごく狭い範囲に特殊な力場のようなものが発生して、熱を防いでいるのではないか。ますくの直感は的中し、ことなきを得た。

公園に倒れていたますくの分身が風に吹かれ、崩壊した。安くない代償である。不死の能力といっても、オーバーフローを起こせば消滅してしまう。この戦いで不死の能力が二割減退した。

その代わりといっては何だが、ニーナを生け捕りにすることができた。

「おい、こら、離せ。てめえ、これで勝ったと思うなよ。あたしがその気になれば・・・・・・」

ニーナの髪の色が濃い赤に染まる。また能力を発動させるつもりだ。

すかさず、ますくは紙袋をニーナの頭にすっぽり被せた。途端に熱気は冷めてしまう。ますくが見たところ、ニーナは能力の扱いが非常に不得手で、少し気を乱せば脅威ではなくなる。

「暗い! 見えない、おい・・・・・・」

ますくは袋の右脇に、針でぷすっと穴を開けた。袋の中で息をのむ気配がした。

それからますくは、不規則な間隔で針を刺した。袋の中でぶつぶつ言うので、袋を外してみると、ニーナは何と泣いているではないか。

悔しさと恐怖からか、さめざめと涙を流している。鼻をすする音が響いた。

 

 ニーナ Lose



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