Beast conflict ver.2.0
ニーナは、流麗なドリブル捌きでバスケットボールを操っていた。手元にボールが吸い寄せられるような正確なドリブルだが、目線は常に前へと向けられている。
髪を一つにまとめ、紫のジャージで汗を流す彼女は一息吸い込むと、体育館を疾走。その勢いのまま、ゴール真下に直行し、手先をゴールに置く感じで、ドリブルシュートを決めた。
「ないすしゅーと」
チアガールの衣装を着たナノが、黄色いボンボンをさっと振って片足を上げた。短いスカートから、青白い太股がちらっとのぞく。
ニーナは赤い顔で、体育館端にいるナノの所に向けて歩いて行く。体育館の床は磨かれて、ナイキのシューズがきゅきゅとよく鳴った。こうこうとした照明の甲斐もなく、二人の足下に影を投じなかった。
「あーあ、一人でやってもつまんねーや。ナノもやんない?」
ナノは首を振って、足下に転がるバスケットボールを手に取り、両手でその場から遠投した。十メートル以上離れていたにも関わらず、針の穴を通すような正確なコントロールでゴールのネットを穿った。落下したボールが弱々しいバウンドを繰り返す。
ニーナは髪を掻き揚げ、大の字になって寝転がる。
「つまんねー。ナノのいけず」
「いいじゃない。めんどくさいんでしょう? 働くの」
ナノは人差し指にボールを載せ、廻転させた。廻転が早すぎて、ほぼ静止しているように見えた。
「キャストはゲストを映す鏡。私たちは支配者の意志を汲まなくてはならないの」
「わかってるってばー、支配者が待てって言えば待たないといけないよね。忠犬なんちゃらみたいにさ」
軽い口振りとは裏腹に、ニーナは退屈に膿み始めていた。何度も爪を噛んでいたし、暴れたりなくて仕方がない。頭部に受けた打撃の感触が疼く。
支配者は彼女たちを飼い殺しにしている。本来の業務もしなくていいという存在価値の否定に近い命令を下しているのだ。
支配者権限を預かり、ゲームの進行を任されているのはニーナたちだが、支配者の命は絶対であり、背けばオシオキ確定。主従が逆転することは絶対にあり得ない。そのためニーナだけでなく、ナノも相当じれている。
「あたしたちってさ、何のためにいるのかなー。支配者の箱庭造りのお手伝いしたいのに」
ニーナは感傷的に呟くと、ナノがしゃがみ込み、その顔をのぞき込む
「できるよ、お仕事」
ニーナが、野生味を帯びた笑みを浮かべた。ナノも喜悦をこらえ切れず、肩を震わせている。
「まじ?」
「まじまじ」
ナノは一冊の黒いノートを手元に携えている。
「始まるよ、ニーナ」
「始めよう、ナノ」
ニーナは飛び跳ねるように起きあがると、体育館を突き破るような雄叫びを上げた。
「総選挙だー!」
Beast conflict ver2,0
カヲリは薄暗い体育館で、目をこらした。足下に転がっていたのは、バスケットボールだった。
心臓の負担になった元凶がボールだとわかり、ほっとした反面、少し憎らしくなる。
ゴールにもたもたしながら走り込み、シュート。ゴールにはじかれ、舌打ちする。
ボールが転がって、影になった部分で止まった。
カヲリはボールを拾いに目線を投じ、思考が凍った。
女の子がうつ伏せで倒れている。紺のジャケットにスカート、髪をおさげにしている。既視感にカオリの顔が青ざめた。
「もしかして・・・・・・、この子」
カヲリは息を殺した。倒れているのが、一昨日の通り魔だとわかったのだ。まさか学校にまで現れるとは思いもしなかった。しかし、何故倒れているのだろう。人事不省に陥っているのか、全く動かない。
以前も置き去りにしたし、関わりあいになるのも避けたかったが、今日は因果関係が不明だ。放っておくと、後の禍根にならないとも限らない。
「ね、ねぇ・・・・・・?」
カヲリは、女の子の肩を控えめに揺する。すると、女の子はカヲリの手を払いのけるようにして身を起こし、脱兎の如く間合いを取った。
「・・・・・・、あん? 誰です、お前」
女の子は眉間に皺を寄せ、目を細めていた。以前、彼女は大きめのロイド眼鏡をしていた。視力がかなり弱いのだろう。カヲリはそれに気づいたものの、教えるか迷った。
腹立ち紛れなのか、ずんずんカヲリの眼前まで歩いてくる。そしてカヲリの眼鏡を奪って自分でかけた。
「度が入ってねーじゃねえですか! 使えない女ですぅ。ていうかなんでここにいるですか、カヲリ」
「あ、貴方の方こそ、どうして学校に」
女の子はカヲリの口を手で塞いだ。それからジェスチャーで、声を出さないように示す。
「はうぅ・・・・・・、完全にハメられたです。あのクソアマ、今度会ったらぶっ殺・・・・・・」
女の子の恨み言に、低い獣のうなり声のようなものが被さった。カヲリの聞き間違いだったのだろう。すぐに雷の音にかき消された。
「とにかく、ここはお前なんかのいる所じゃねえです。さっさと帰るです!」
女の子はカヲリを力一杯押し出す動きをする。カヲリは反発し、その場で踏ん張った。
「ち、ちょっと貴方なんなの? 私を襲ったり、今度は出ていけって言ったり。あんまり私のこと馬鹿にしたら承知しないわよ」
カヲリは精一杯凄んだつもりだったが、女の子は鼻をならすだけであしらった。
「承知しなかったらどうなるっていうんですぅ? お前ごとき雌豚、こうしてやるです!」
膝かっくんでカヲリのバランスを崩すと、見事なおおそとがりで、やっつけてしまった。
「きゃあ!」
カヲリは仰向けに倒れ、目を回した。
女の子は達成感を得て満足したのか、なくした自分の帽子と眼鏡を探しに闇に消えた。
「な、なんなのよ、もう・・・・・・」
カヲリは悪態をついてやっと立ち上がる。視界に女の子を捕らえようとしたが、見あたらない。足音や、息づかいは聞こえるが、薄暗いのだ。天窓には大粒の雨が弾丸のごとく叩きつけられている。
ふと背後に視線を感じ、振り返る。壇上に檻のようなものが一瞬浮かび上がった。
「何だろう・・・・・・、あれ」
カヲリは壇上への小さな階段を上がった。そこには猛獣を入れておくような檻が置いてあった。あまりに場違いで、異様だ。カヲリの胸がざわつく。檻の中で何か蠢く気配がした。
カヲリは一歩近づき、注意深く檻の様子をうかがった。
檻の中に、黒い塊のようなものがうずくまっている。カヲリは手を懸命に伸ばし、それに触れてみた。手触りのいい毛のようなもので覆われている。黒い塊は過大な熱を放出している。生き物だとカヲリは認知し、手を引っ込めた。
「動物かしら? でもなんでこんなところに」
その時、山のような黒い塊が身を起こした。塊だと思っていたものは、二メートル以上の大きさの一頭の虎であった。全身光沢のある黒い毛で覆われ、所々に金の縞が走っている。
「わー、虎だ。可愛いー」
脳天気に喜んでいると、虎が喉を鳴らした。雷と混じり、重低音がカヲリの耳に心地よかった。
虎の図体の割に小さな瞳孔が、カヲリに何かを訴える。カヲリは虎から目が離せなくなっていた。
「まだいたですか、お前」
カヲリのすぐ後ろに、女の子が立っていた。帽子と眼鏡を完備し、檻をのぞき込む格好だ。
「あ、貴方・・・・・・」
「吾輩はハクアです」
ハクアは檻の前にしゃがみ、ねこじゃらしを振った。
「こいつは調教中ですぅ。近づくと危ないですよ」
「どうしてこんなところに虎がいるの?」
虎は猫じゃらしに見向きもせず、伏せをした。
「・・・・・・、こいつは飼い主と引き離されて、ここに留めおかれてるんです。何かに使えないかと吾輩が調教しているですが・・・・・・」
虎の太い腕が檻の隙間にすっと近づいて、猫じゃらしを撫でる。爪が触れただけで猫じゃらしは、崩れるように消えてしまった。
「事情はよくわからないけど、こんな小さい檻に入れたら可哀想よ。運動はさせてるの?」
「さっき遊ばせたばっかりですよ。吾輩一人では骨が折れるんですけど」
ハクアの膝小僧から血が垂れている。倒れていたのもこの虎の仕業だったのだろう。
カヲリはわくわくして訊ねる。生き物係の血が騒いだ。
「遊んでも平気なの?」
ハクアは、円らな瞳でカヲリを見上げた。
「吾輩が調教してますから、遊ぶのは問題ないと思いますよ。でもくれぐれも注意するですぅ。猛獣なのは変わらないのですから」
成り行きとは怖いもので、カヲリは体育館のコートに下り、ハクアの合図を待った。
「準備はいいですかー? 檻開けますよー」
ハクアは、手を大きく振り振りしている。カヲリも手を振りかえした。
金属の開閉音が不気味に響く。虎が巨体をのろのろと檻から出している。
ハクアも膝をすりむいた程度だし、これなら何となく大丈夫かなとカヲリは判断を甘く見積もっていた。
「え?」
カヲリが瞬きして目を開けた時、信じられない光景が広がっていた。
虎が一足飛びで壇上を蹴り、踊りかかかるような体勢で、宙を飛んでいた。落下の矛先はもちろん、カヲリの頭上だ。
カヲリは逃げる暇もなく、虎の腹に押しつぶされた。大仰な地響きを立て、虎は着地した。
刹那の凶行をハクアは冷静に見下ろす。
「一応、忠告はしたはずですよ。自業自得ですぅ。吾輩は知らんです。ぷぷっ・・・・・・」
(2~)
一般的な成獣の虎の体重は、二百キロから三百キロ。その重量に加え、落下の運動エネルギーが加わり、カヲリを急襲したのである。肉体は骨ごと破砕されたと思われた。
虎は腹ばいの姿勢のまま手足を伸ばした。虎としては殺意は微塵もなく、遊技の延長として飛びかかったに過ぎない。普段、遊び相手をしているハクアは虎を難なくいなしていたが、まともに組み合ったことはない。まともに相手をしていたら、カヲリのような悲惨をなめたことだろう。
「ほら、戻ってくるです。もうその玩具は壊れたです」
ハクアは虎を呼んだが、尻尾の動作で拒否される。短気なハクアは、虎の首根っこを捕まえるためにコートに下りた。
虎の体がわずかばかり床から浮いていた。その間隙は少しずつ広がっていた。
「りゃああああああああああ!」
カヲリは一喝と共に体を起こし、虎の腹をがっちり掴んで持ち上げた。
虎は目を丸く二足立ちして、カヲリの肩に前足を乗せ、組み合う格好になった。
「はあ、はあ・・・・・・」
カヲリの荒い息づかいと、困惑した虎の鳴き声が混じり合う。
ハクアは唖然とし、よろめいた。
「こ、こいつ・・・・・・、何で死んでないですか」
「そりゃゲストだからだろう」
ハクアの脇に螺々が佇んでいる。煙草をくゆらせ、どこか満足げに見えた。
「カヲリがここにいるのは、お前の差し金ですか? 螺々」
「そこまで気は回らんさ。偶然というか必然というか、キャストとゲストは引かれ合うものだからな」
ハクアは乗馬用の鞭を手にし、苛立たしげに床を叩いた。
「ええい、何をもたもたしてるです! さっさとその売女を喰い散らかしなさい!」
ハクアの鞭に虎が興奮したのか、カヲリの肩にかかる膂力がはるかに増した。靴下がすべり、踏ん張るのも限界に近い。
虎が大口を開ける。カヲリの首筋を容易に貫通する牙がお披露目された。獣臭い息に背筋が凍る。
カヲリは本能的に危険を察知し、虎を思い切り突き飛ばして距離を取った。
虎は姿勢を低くし、いつでも飛びかかれる体勢を保っている。距離を取ったのは失敗だった。虎の恐ろしい敏捷性に、カヲリの反射神経は遠く及ばない。顎の餌食になるのは目に見えている。
カヲリが足を震わせつつ虎を向き合っていると、両者の間に袋のようなものが投げ込まれた。袋が割れて中から粉のようなものが、もくもくと舞い上がる。
虎は粉に身を突っ込むと、夢中になって嗅いでいる。しまいには床に背中をこすりつけ、カヲリに無関心になった。
「マタタビだよ。虎も猫科だからね」
聞き覚えのない声にカヲリが振り向くと、そこにはいつぞやの黒ギャルがいた。その傍らには、悔しげに唇を噛むハクアもいる。
「あ、貴方たち、グルだったの? どうして私の命を狙うのよ。いい加減にしてよ!」
急に筋肉が弛緩し、カヲリは座り込んだ。混乱するのを遮るように手で頭を覆った。
「ハクアのしたことは、私から謝らせてもらおう。一昨日も君を襲ったそうだね。こちらの手違いで起こったことだ。すまなかった」
「手違い? そんな言葉で済ませないで。何でそんなに冷静なの」
カヲリは大声を張り上げた。
「こっちは死にかけてるのよ! 何回も。今日だってその子に・・・・・・」
「遊びたいって言ったのそっちじゃねーですか。吾輩のせいじゃないですぅ」
悪びれる様子のないハクアに、カヲリの感情はとどまることなく爆発する。
「もう許せない。あんたたち二人とも警察に突き出してやる!」
「紛い物のくせに、きゃきゃあうるせーです」
「何ですって?」
ハクアは、脅しつけるようにカヲリの鼻先に指を突きつけた。
「紛い物の女が何粋がってるですぅ。そこはお前の居場所じゃねえんです。吾輩はお前を、ぜーったいに認めません!」
ハクアの姿が忽然と消えた。走り去る足音も聞こえなかった。
「彼女も少しわけありでね。気にしないでくれ」
申し訳なさそうにギャルが言って、虎に赤い首輪をつけた。
「もう・・・・・・、いいです。疲れました」
虎はまだマタタビに夢中だ。先ほどと同じ獣とは思えない。大きな猫のような振る舞いだった。
「この虎も私に黙って飼っていたらしい」
「どうしてそんなことしたんですか」
虎の首輪に太い鎖がつながれた。
「君に渡したくなかったんだろう。そのことで話がある。少し時間いいかな?」
カヲリは卓球部屋の扉を盗み見た。時間にして、十分ほどが経過したはずだが、未来は顔を出さない。虎が大暴れしたのに気づかないはずがない。何をしているのだろう。
「少しだけなら・・・・・・」
不審感は拭えなかったものの理由もわからず振り回されるよりは、事情に通じていた方がましだとカヲリは腹を括った。
「私は丑之森螺々という。一応この学校の生徒だ」
カヲリは疑わしい目つきをするので、螺々は生徒手帳を広げた。目の前のギャルと同じ、どぎつい容姿の証明写真が貼られている。
「偽造じゃないんですか?」
「疑り深い女だな。正真正銘本物だよ・・・・・・、受け入れたくはないがね」
螺々は機嫌を損ねたのか、カヲリをにらんだ。薄闇の中では魔女のすごみに感じられた。
「す、すみません。信じます」
「まあ、どっちでもいいが。それより君、どう思う、これを」
螺々はマタタビに飽きて、だらしなく寝そべる虎を指さした。
「虎ですね。大きいです」
「それから?」
「え? すごい元気な子ですね・・・・・・」
螺々は望んだ答えが得られず、苛立っているようだ。腰に手を当て、脇見をしている。ハクアと同様、彼女も気が長い方ではないと見受けられる。
「変だと思わないのか! 普通の学校に檻に入れられた虎がいるわけがあるか」
「言われてみれば・・・・・・・」
カヲリも非日常に感覚が追いついていないのかもしれない。通り魔に襲われたり、雪乃に絡まれたり、合コンに行ったり、格好いい先輩の可愛い一面を見つけたり、ギャルにいちゃもんつけられたり、そうそう味わえない体験だ。
「この虎は、君と私が初めて会った時にいた子猫なんだ」
「へー・・・・・・、そうなんだ。え? 冗談ですよね」
「冗談なら良かったがね。大した成長速度だ、全く」
手のひらに載るサイズだった子猫が、二日で巨大な虎に変貌している。ハクアが妙なことでもしでかさない限りそんなことは不可能だ。
「ハクアは関係ないよ。彼女は虎の存在を秘匿していたに過ぎない。私が知りたいのは、君に関することだ」
「私・・・・・・、何もしてないですけど」
狼狽えるカヲリに、螺々が興奮したように詰め寄る。
「内的な変化でも、外的な変化でもどちらでも構わない。思いつく限りのことを教えてくれないか?」
「え、えーと」
翔のやさしい笑顔が思い浮かんだ。思いでだけでもお腹は膨れる。強ばった顔も和らいだ。
「さては何かあったな。教えてくれ、重要なことなんだ」
螺々の切迫した雰囲気に、カヲリはつい口を滑らせた。
「恋・・・・・・、しちゃいました」
その時の螺々のしかめ面と言ったらなかった。後に死線を幾度も潜ることになる彼女たちだが、この時の螺々の顔より苦い状況はついぞなかったのである。
「くだらん! お気楽な学生め。ハクアが君を好かないのも理解できたよ。何で君みたいな奴が・・・・・・」
失望してくれたのなら放置しておいてくれても良さそうだが、何故突っかかってくるのだろう。
「もう、行っていいですか? 貴方たちが何か訳ありなのはわかりました。他言はしません」
「冷たいな」
「誰だってそうしますよ、貴方たちを見たら。困ったことがあるのなら、警察に相談した方がいいですよ」
カヲリは言葉を選んで絶縁状を出したが、螺々はそれにもへこたれなかった。
「君は逃げれられないよ」
「貴方たちからですか?」
「違う」
螺々はカヲリの腕を掴んだ。カラフルな付け爪が食い込んだ。
「もう気づいているんじゃないのか? 自分の環境が急速に変化しつつあることに」
「いいことじゃないですか。貴方だって、私に変われって言ったくせに」
「自発的なものなら大いに結構。だが今の君は誰かに踊らされている。いわば台風に巻き込まれているに過ぎない。そして台風の目にいる第三者は君をあざ笑っているんだ」
「それでもいいです。別に」
カヲリは螺々の腕を振り払った。
「関係ないじゃないですか。貴方はどうして私のことに文句つけるんですか? 貴方だけじゃなくて、母さんや、来栖先輩、雪乃ちゃんも、よってたかって私を悪者にして・・・・・・、私何か悪いことしてますか?」
感情の発露を押さえることをできず、カヲリは喋りまくった。
「貴方がいけないんですよ、変わりたくないかなんて言ったから、だから私変わったんです。もう男の人と喋るのそんなに怖くないし、友達もできたし・・・・・・、高校生活万歳なんですよ・・・・・・、あはは」
力なくカヲリがへたり込むと、虎が心配そうに顔をのぞき込んできた。
「私、普通になったんです。これ以上余計なものに染まりたくないから・・・・・・、だから・・・・・・・」
「もういい」
螺々がカヲリの肩に手を置いた。
「もういいんだ。私が悪かった。君は君が望む学校生活を送ればいい。私とハクアは、もう君の前に現れるのはよすことにするよ」
螺々は虎の鎖を引き、檻に連れていく。虎は何度も振り向き、カヲリを呼ぶような悲しい鳴き声を立てた。
それより強烈だったのは、螺々の去り際の一言だ。カヲリの体が情けなく揺れた。
「無理をするのが普通なら、それは普通と呼べないんじゃないか?」
虎も檻も幻のように消え失せ、暗室のような体育館にカヲリ一人が残された。
人は一人では生きられない。カヲリはそれをよく知っている。取り残されたウサギにはなりたくない。
「カヲリー? そろそろ帰るぞー」
未来がひょっこり首を差し入れた。カヲリは何事もなかったように顔を上げ、立ちあがった。




