【星の国】の貴族少女のお話
少女、15歳。名前はシャルロッテ・カルバドス。容姿:金髪碧眼。わりと整った顔立ち。髪は肩位まで。服装:コルセット付きのドレス、髪飾り、扇を手に持つ
これは【星の国】星砂国の貴族である、
神に気に入られ不老となってしまった
とある少女のお話。
―*―*―*―
【星の国】と呼ばれる“星砂国”の王城では、今日も今日とて盛大な晩餐会が開かれていた。
参加するのはこの国の由緒正しい王族と貴族、そしてその子女たちである。
そして今、今回のお話の始まりの鐘を鳴らす出来事が起ろうとしていた。
始まりの鍵を握るのは、今回はそんなに重要な人物ではない約三人の人物。
まず一人目は“カルバドス公爵”。
彼は賢い馬鹿だ。間違えた。彼は頭の賢い愚か者である。(やーい、やーい、権力バ~カ!!ケラケラケラケラッ)…ちなみに今回の主人公であるシャルロッテ嬢の実の父親だ。
二人目は“ドラクマ伯爵”。
彼はカルバドス公爵の敵だ。若いながらも有能な彼は絶賛出世街道爆走中。その為、カルバドス公爵は彼が鬱陶しくて仕方がない。
ドラクマ伯爵の方でもカルバドス公爵は本能的に気にくわない。が、困ったことに政治的な面では互いが互いに有能なのは認めているのである。
というわけで、彼らはライバル的存在なのだ。
三人目は今代の王。
どんな王かというと、例えるならばやり手の実業家。だが、最近帝位に着いたばかりで民衆の人気が薄い。
なので何処かに戦を仕掛けるか、神意(に縋る民の心)を利用して民意を集めようと画策中。(何故かって?【星の国】が軍事宗教国家だからさ!)
星砂の王は悪巧み。
戦は金がかかり、ハイリスクハイリターン。戦は博打の様な物。
だからなんとかして神意を利用できないか?この王はそう考えた。
王は物は試しとばかりに、カルバドス公爵とドラクマ伯爵の二人に声をかける。
「お前たち、誰か神の塔へ行ってくれる者はいないか。戦神アルス様への使者になってくれるものを知らないか。」
「民意を御集めになるために?」
ドラクマ伯爵が訊ね、何をいっとるかこの若造は。当り前だろうという目でカルバドス公爵に見られる。
「そうだ。出来れば、使者になってくれるものは、神好みの女であれば都合がいい。心身ともに強い女であればな。」
王は豪奢な玉座からつまらなさそうに辺りを睥睨する。
自分に向かって黄色い歓声を上げる女どもの声などガン無視だ。ついでにアイツらは使者候補に向いていないな、と心の中でバツを付ける。
問いかけられた二人には心当たりがあった。
カルバドス公爵は娘のシャルロッテを。
ドルクマ伯爵は妹のアイリーンを。
【星の国】の守護神アルスは戦神。
戦える強い女性。そして気の強い美人な女性を好むのだ。
そしてその二人の女性はまさにそれに当てはまった。
伯爵と公爵はともに張り合うように、見栄と権力欲、身内の欲目、その他色々なモノのため、自分の血縁の女性を王に強く推薦した。
王は軽い気持ちでこれを了承。
王にしてみればダメでもともと。上手くいけば儲けモノという訳だ。
~大貴族、カルバドス公爵の館~
カルバドス公爵家、それはこの国の建国当初から続く古く由緒正しい貴族の家系である。この公爵家の一室では、今回のお話の主人公であるシャルロット嬢が天を仰いで叫んでいた。
「全くもうっ!! お父様も勝手なことを! お陰でわたくしが要らない苦労をすることになりますのっ! 見栄なんて張ったって仕方がないでしょうに!! 本当にしょうのない人ですね!!」
シャルロッテはひとしきり叫んだあと、部屋にあったクッションを投げつけ、やけくそ気味に壁を蹴った。部屋の壁にヒビが入り、それは広がって丸く壁が崩れてきた。
「お嬢様、滅多なことをお言いにならないでください。もし誰かに聞かれたら・・・」
長年付き添っている侍女、ジゼルは気が気でない。右往左往しながら自らの主人を諌めるように声をかけた。
「大丈夫ですわ、ジゼル。もし聞かれてもかまうものですかっ!!」
お父様の大ばか者―――!! …――シャルロッテはまた叫び、壁に八つ当たりする。
「お嬢様ぁぁ……」
ジゼルは二重の意味で泣きたくなった。
いったい誰がこの壁を直すのか、また侍女長に己が叱られねばならないのか、…いったいどこを間違って、シャルロッテさまはこのような女性に育ってしまわれたのか。
「情けない声を出さないでくださいましっ!それでもあなたはこのシャルロッテの侍女ですか!?」
「そんなこといわれましても……」
「まったく、何故寄りにもよって【星の国】の公爵家の一人娘であるこのわたくしが戦神様のおわします三連塔などにわざわざ砂漠を超えてまで往かねばならないんですの!?」
シャルロッテは傲然と窓の外をみやる。
窓の外には城壁に囲まれたオアシスの城下町が広がり、その奥には山がそびえ立っている。
その先の砂漠を超え、オアシスを幾つも超えた先に目的地の神の塔、“三連塔”があるのだ。
ジゼルは泣き、シャルロッテは結い上げた頭を掻きむしって溜息をつきたくなった。
~ドラクマ伯爵の屋敷~
ドラクマ伯爵家、それはこの国では新興の成り上がり貴族のような家系だ。
それでも歴史は四、五百年と浅くはない。
そんな伯爵家の一室で、ドラクマ伯爵とその妹のアイリーンが話(?)をしていた。
「っ、だからっ、」
ドラクマ伯爵が妹のアイリーンの拳を避け、
「王様の為だといっているだろぉぉぉがっっ!!!」
反撃しようとしながら叫…説得している。
「なぁぁぁんであたしが砂漠を超えてまでそんな所に往かなければならないんですかぁぁ!!! ふざけんじゃねぇぇぇぇぇ!!! この馬鹿兄貴がぁぁぁぁぁぁ!!!!」
だが逆に、アイリーンの渾身の魂の叫びを込めた拳でカウンターを受け、吹っ飛んだ。お~こわや、こわや。桑原くわばら。成仏しぃやぁ?
ガラガラガラガラ――人型の穴が開いて、崩れた壁から石片の落ちる音がする。その人型の穴から飛ばされた本人が戻ってきた。
てか、生きてたんだね。しかも無傷ときましたか。ドラ熊はくしゃ…違った、ドラクマ伯爵。
伯爵は体に着いた粉塵を払い、立ち上がってその銀色の髪を掻き揚げる。
「あら、やはり生きていらっしゃいましたの? 馬鹿兄貴。」
アイリーンは黒の巻き髪を揺らし、ファイティングポーズをとる。
その眼は恨みと好戦的な色に満ちていた。
「そのままくたばっておしまいになられればよろしかったのに、ね!!!」
「ワタシが大事な大事な妹を置いて逝ける訳がないだろう、が!!!」
二人は同時に駆け出し、また周りの被害を顧みないド派手な兄弟喧嘩を再開した。
―*― 数十分後 ―*―
互いに全力を尽くして戦っている。
服も髪も部屋もボロボロ。額には両者汗が滴っていた。
素早い攻防、蹴り合い殴り合い、騙し合う。
だがそんな危ない兄妹喧嘩にも終りが来た。
「オラァァァァァァァァァ!!!」
「ウリャァァァァァァァァ!!!」
両者は渾身の一撃を放つ。もはや意地の張り合いだった。
「グフッ!!」
「グワァッ!!!」
互いの攻撃は両者ともにクリーンヒット。
兄は膝を着き、妹はパタッと可憐に倒れ、そのまま動かなくなった。
カンッ!カンッ!カンッ!――どこからかゴングの幻聴が響いた気がした。
「うっ、イテテテテッ。……あははは、少々、疲れたな。」
兄、ドラクマ伯爵 うぃなー!!
伯爵は無残に破壊された床に座り込み、頭を抱えて息をつく。
「だ、大丈夫ですか?」
疲れきった主人の姿と倒れた令嬢、そして部屋の惨状を目の当たりにして、大きな破壊音に駆けつけた筆頭執事が心配する。そう、いろいろと。
「ああ、問題ない。」
伯爵は乱れた髪を申し訳程度に整え、汗をぬぐい、立ち上がって服装の乱れを直す。
身体中に傷が出来、骨も何本か逝っているようだ。本来ならふらつきそうになる足を気力で奮い立たせ、しっかり床を踏みしめる。
目線の先には先程まで激しく戦っていた妹の、可憐な寝姿があった。
寝ている姿は身内の欲目を抜いても文句なしに可愛いのに、どうしてああなった。――伯爵は心の中で頭を抱えたくなった。代わりに溜息を吐き、さっそく被害の算出と修理の見積もりを出している執事に命を下す。
「すまないが、ワタシが妹を簀巻きにした後、妹を馬車か何かに乗せてくれないか?それと誰か妹と共に三連塔まで往ってくれるものを募ってすぐに出発してくれ。」
「わかりました。貴方様のご命令とあらば。」
執事は計算の手を止め、深々と頭を下げた。
伯爵は彼の眉間のしわが雇った時よりも濃くなっていることに気付いた。
自分のせいだ。自分たち兄妹のせいでこの老執事に迷惑をかけている。
伯爵は少し目を伏せ、申し訳ない気持ちで呟く。
「いつもすまないな。」
「いえいえ。慣れてますから。…あとで手当ての者を呼びましょう。」
執事は何でもない事の様に主の呟きに応え、後始末の算段に戻る。
「あ、ああ。頼む。」
「それでは、失礼します。」
老執事は人を呼ぶため、一礼をして部屋を辞していった。
執事が居なくなった後、ドラクマ伯爵は妹のアイリーンの傍に寄り、沈痛な顔で呟く。
「……すまないな、アイリーン。これもお前と王の為、ひいてはこのドルクマ伯爵家の為なのだ。」
どこからか出した縄で、手際よく妹を簀巻きにしながら。
―*―*―*―
「(ハッ!!)ここは何処!?あの馬鹿兄貴をぶちのめさなきゃ!!」
「残念ですけど、それはできませんわ。…ジゼル、お茶のお代わりを。」
「はい、かしこまりました。」
アイリーンは馬車ならぬ小型竜が牽く竜車のなかで目を覚ました。
すると自分は椅子に簀巻きのまま縛り付けられ、目の前では優雅にお茶を飲んでいるカルバドス公爵家のシャルロッテがいた。
「あなたはどなた? 私はアイリーン。ドラクマ伯爵家のアイリーンよ。馬鹿兄貴は何処! アイツをブチのめしてやらなきゃいけないの!!」
「そうですか。私の名はシャルロッテ。シャルロッテ・カルバドス。今、あなたはそのお兄様に簀巻きにされ、砂漠の中を爆走する竜車の中に居ます。諦めた方が無難でしょう。」
「諦めないわっ!! 諦めてなんてやるもんですかっ!! ぜったい神様の生贄になんてなってやりません!!」
「奇遇ですね。私も父に送り込まれたとあれ、その気はありません。」
「あら、あなたも? だったらきっとあなたも相当お強いのですわね。」
「ええ。きっとそうなんでしょうね。ジゼル、縄を斬って差し上げなさい。直に魔物や竜、ドワーフが住む山に突入します。」
「はい!!」
ジゼルは侍女用ドレスに隠したナイフで、雁字搦めで厳重に縛られていたアイリーンの縄を斬る。
「ジゼルと言ったからしら? ありがとう。礼をいうわ。」
「い、いえ…。」
「戦える人材は多ければ多いほど生存率が跳ね上がります。常識でしょう?」
「ふふっ、なんだか私達、気が合いそうね。よろしくねシャルロッテ。」
「ええ、よろしくお願いします。父上や兄上の代わりに、魔物たちに目にものを見せてやりましょう?」
「いいわね。こうなったら何十匹だって相手にしてやるわ!!」
貴族の少女二人は目を爛々と輝かせ、がっしりと拳を握りあったのだった。
~三連塔~
まったく、やっとついたわ、三連塔。
途中、砂嵐に襲われたり、モンスターに襲われたり、山越えをしたり、散々だったわ。
オアシスでカッパに遭遇したのは驚いたわね。
カッパが荷台を引いてきて、オアシスで釣りをしているんですもの。
思わず素手ではないのっ!?って突っ込んでしまったわ。
心の中で。
カッパの中身がいい年した中年の小父さんみたいだったのは、もっと吃驚しましたわね。
しかし今年一番驚いたと思われる旅中の出来事は、アイリーンさんがカッパと戯れて打ち解け、あの強くしたたかなカッパに蛙組手をして勝利したことですか。
ほんとにアレには驚きました。何、あの人。ていうか人ですか!?化け物並みの強さですよ!?アレを倒して簀巻きにせしめたアイリーンさんのお兄様、ドルクマ伯爵ってどれだけ強いんでしょう!?とても理解できませんわ!?
あ、アイリーンさんはわたくし同様というか強制的に、もともと不本意で参加されたようで、旅の途中立ち寄ったあのオアシスで意気投合したカッパたちともう少し一緒にいるそうなので置いてきました。全く、困った人ですよ。くすっ。
「・・・で、今度はこの長い階段を登れと。そうわたくしに言いやがりますのね!?」
目前にそびえる巨大な塔内部の階段。それは螺旋を描き、何万階も続いているようだ。
塔内部には窓から陽の光が差し込んで、薄い水色を帯びたガラス色の壁や、床に刻まれた神聖文字を照らしだし、神秘と幻想に包まれた不思議な空間となっている。
だが、この目の前にある、塔の天井よりも長い階段を登るのかと思うと気が遠くなった。
『いやいやいや、誰もそんなことは言ってな~い、言ってない。君の思い込みだよ。それ。』
突然自分以外居ない筈の塔内部に年齢不詳・性別不詳の透明な声が響き渡る。
「どなたですの!?姿を現し名乗りなさい!!」
シャルロッテは誰何の声をあげ、いつでも動けるように構えた。
声の主は白い和服を着て、その上にフード付きのローブを被った子供だった。
『はぁ~、君ね、他人に名前を尋ねる時は先ず自分から名乗りましょうって教わらなかったの?』
彼(?)は塔のガラスのない窓にしな垂れる様な格好で寝ころび、呆れた風にシャルロッテを見ていた。――まるでおとぎ話に聞くチシャ猫のようだ。
「くっ、(何故この方に言われると何だか負けた気になるのですか!?)申し遅れました。わたくし、【星の国】のカルバドス公爵家が一人娘、シャルロッテと申します。以後、お見知りおきを。」
『くすくすっ。素直でよろしい。僕の名前は………そうだね、朧月 紫苑とでも名乗っておくかな。今、この時点では』
子どもの目が妖しく光る。彼の声はどこかシャルロッテを面白がる雰囲気を帯びていた。
「・・・偽名ですか。こちらは本名を名乗ったというのに。」
シャルロッテは紫苑の言葉の間が引っ掛かり、怪訝な顔をして物申す。
『あははっ。偽名と言えば偽名だね。君がそう思うならば偽名なんだろう。ぼくにはね、名前がたくさんあるんだ。君に名乗った名前もそのうちの一つ。君がこの塔の主に気に入られ、また僕に会うことがあったならば、その時は、みんなに比較的一番多く呼ばれている名前を君に教えよう。』
少女(?)は歌うように、その伸びやかで透明な声で朗々と言葉を紡ぐ。心の底から楽しそうに見せかけながら。
「そうですか。ところで階段を登らなくてもいいならば、どうやって上に登ればいいのですか?」
『塔の中心に浅く水が張ってあるだろう?』
円形に刻まれた神聖文字の中心に、なみなみと水が張られた場所があった。水は浅く、怖いほどに透き通って綺麗である。水底にもまた、神聖文字らしきサークルが描かれ、そのまた中心に武器と炎のエンブレムが星とともに描かれていた。
塔と同じく神秘的な香りがする以外は何の変哲もない水たまりである。だからシャルロッテは首を傾げた。
「ええ、それが?」
『その中に入って、望みか行きたい場所を言えばいい。そうすれば登る手間が省ける。』
紫苑はこともなげに、どこからか出したリンゴをかじりながら言う。
「本当に?」
『嘘だと思うならば騙されたと思ってやってみるといい。例えば、〈我、【星の国】星砂国の守護神、闘神アルスに謁見を望む〉、とかさ。なんでも物は試しだよ?』
子どもは感心なさげにリンゴをかじり、うっそりと笑って勧める。
「わかりましたわ。やってみます!」
シャルロッテは塔の中心に浅く張られている澄んだ溜め水の中心辺りに進み、目を閉じて心の中に浮かんだ言葉を紡ぐ。
「〈我が名はシャルロッテ・カルバドス。我、【星の国】星砂国の守護神であらせられる守護神アルス様に謁見を望む。我をかの神のもとに導け!!〉」
言い終わると同時に周りの水に波紋が広がり、水がほとばしる。
シャルロッテの身体は光と風に包まれ、
『いってら~っしゃ~い♪……』
その場から消えた。
―*―
気を失っていたらしいシャルロッテが気が付いたのは、宮殿の如き建物の中だった。
例えるならば星と砂と炎でできた苛烈で厳しい幻想的空間か。
まさにこの国を象徴しているようだ。
「とりあえず、歩いてみましょうか。」
シャルロッテは歩き出す。
建築物の壁にはこの世界の神話と思われるものと星砂国の歴史が刻まれている。それはその多くが戦乱と醜悪な人の本性、そしてそれに立ち向かい抗う人々の歴史。この壁画の中では、神々の性格やそれぞれの国の特性が如実に表されている。
「《へぇ~、小娘はそれが気に入ったのかぁ?》」
前方から、玩具を見つけた愉快犯の如き色を持った、低いとも高いともいえない男の美声が響いた。
シャルロッテは振り返る。
視界いっぱいに小麦色の無駄のない体が映った。この色は白い肌が日に焼けて褐色に近くなった色だ。そして体が自分の目に映っているのは、この物体の背が高いからだ。
視線を上に向けると、つりあがった切れ長のマリンブルーのような深い藍色の瞳と目があった。
「《なかなかいい趣味だな。俺様もこの壁画が好きだ。》」
いつの間にか傍らに、傲慢そうなキツイ雰囲気の美麗な男性が居た。
彼はふわふわな栗色に近い金髪を小刻みに揺らし、口元に愉快犯の如き笑みを佩いている。
目算で二メートルはあろうかという高身長。見上げる形のシャルロッテは首が痛くなってきた。
「(この人(人?)はどなたなのでしょう?わたくし、今物凄く逃げた方がいいような気がしてきていますのですが……)」
シャルロッテは首をほぐし、心に疑問を浮かべる。ついでにいつでも動けるように構えた。
「《逃げようとか考えてんじゃねェぞ!! 俺様は小娘が会いたがっていた、【月の国】のアルテミス姉様、【陽の国】のアポロンくそ兄貴、【星の国】のアルスからなる守護神三姉弟が一人、アルス様だーー!!敬え!崇めろ!愚民どもーーー!!》」
アルスと名乗る男は、トーガを翻して、その無駄を削ぎ落としたような素晴らしい肉体を惜しげもなく披露し、天に向けて両手を掲げた。
「ははーーー!!…って、心を読むなですわ!! 誰が愚民ですかこの自称守護神様がーー!!!」
シャルロッテは反射的に土下座して崇めそうになったが、我に返り、強烈な蹴りを残念な美男子にお見舞いした。
しかし、“守護神アルス”だと名乗る目の前の男は痛がるそぶりもみせず、きょとんとマヌケな顔で小娘を睥睨する。
「《何言っちゃってんの? 俺様は創造主様に創られてから、ずっとこの国の守護神やってるんだぜ? なのに“自称”守護神って……ププーーー!》」
守護神アルスはシャルロッテを指さして馬鹿にした。
シャルロッテは予想外な守護神のウザさ加減にイラついたが、そこをグッとこらえ、
「ならば証拠を見せてくださいな。守護神ア・ル・ス・さ・ま?」
きれていない。額に青筋が浮いている。彼女は笑顔で馬鹿神にねだった。
「《いいぜ~。てっとり早く神気でいいよな~?》」
アルスは気をよくしたように快諾し、抑えていた神気を解き放つ。
ゴゴゴゴゴッ……
「うっ、カハッ…」
アルスが神気を開放するとシャルロッテは息がしづらくなり、床に膝をつく。
「《ねぇ~?わかってくれた?俺様が神で【星の国】の守護神だって?》」
蹲った小娘を上から覗き込み、アルスは小首を傾げて笑う。
「……した」
「《んん?…なに?聞こえな~い☆♪》」
アルスはわざとらしく片手を耳に当て、シャルロッテに問い返す。
「わかりましたからやめてくださいといったんですよっ!!この馬鹿神様がーーー!!!」
「《ゴホッ!!》」
アルスはシャルロッテの見事なアッパーカットを喰らい、地面に倒れそうになるが耐えた。
「《…うっわ~!すごい威力だな。まさに俺様好みの気の強い小娘!! 今の王様グッジョブ!》」
アルスは赤くなった顎を押さえ、涙目で親指を立てた。
「はぁ?何を訳の分からないことを言っていますの?頭大丈夫ですか?」
シャルロッテは臨戦態勢をとったまま、彼のバカさ加減に呆れた。
「《我らが創造主様と麗しく素晴らしい俺様の敬愛する姉様曰く、『頭はダメ。』、『上辺は上等。中身は残念。』だそうだ。えっへん!》」
アルスはその筋肉質な胸を張って誇らしそうに威張る。
「《……でも、どういう意味なのかさっぱりなんだよなぁ。あっはっはっは!…ねぇ、小娘はわかる?この意味。》」
アルスは大型犬の様に目をキラキラと輝かせ、シャルロッテの顔をずいと見た。
「ええ、ええ、今とってもそれを噛みしめて実感していますわ。」
シャルロッテはアルスの顔を押し返し、うめく。
ついでに自分をここへ送った父と王を改めて恨んだ。
「《?…どういうこと?ねぇ、教えてよ?》」
アルスはキラキラとした目でシャルロッテを見続ける。純粋だ。とっても純粋だ。そしてやっぱり馬鹿だ。
「それは………」
そんなこんなで闘神アルスに謁見し、
面白いとか、気が強い所がいいとか言われて気に入られ、
加護を着けられ不老不死に近い不老に。
そうして、また砂漠を超えて屋敷に帰ってきた。
途中でアイリーンを拾って、伯爵家に送り付けた。
―*― バルバドス公爵家 ―*―
シャルロッテが家に着くと、部屋で父が諸手を挙げて歓迎してくれた。
「おかえりシャルロッテ! でかした!! 流石はわが娘!!」
でっぷりとした体で存分に嬉しさをあらわし、娘の帰還を喜んでいる様子である。
「お父様、貴方の見栄のお陰で、娘は不老不死に近い不老になってしまいました。」
シャルロッテは俯き、恨めしげな目で父を睨みつける。
「良かったじゃないか!!これで永遠に若いままだ。羨ましいぞ!!」
公爵は娘のそんな様子などお構いなしに、自分から娘に歩み寄り、両腕で彼女の細い体を抱きしめた。
「どこがですか!?」
シャルロッテは父を突き飛ばした。
「シャルロッテ…」
「皆さんにおいてかれ、わたくしは生きながらえる。これのどこが良いのです!?寂しいだけではありませぬか!?しかも今後のわたくしの職業が神官ですよ!?それなのに・・・羨ましいだなんて、この俗物親父様がっ!!こうなったのもあなたのせいです!!!」
シャルロッテは愚かで馬鹿な父をシバキ倒しにかかる。
先ず拳を父のでっぷりとした腹に入れ、肘で腕の骨を折り、地面に手をついて脳天に踵落し一発お見舞いする。次にブチッっと何かを潰して千切り、空中に軽く飛んで連続蹴りのコンボ。動きの鈍くなったところを、ボカッっとトドメに繋がる攻撃。トドメにシャルロッテは己の父親を壁に向かって投げ飛ばした。
ヒュ~、ドッカーーーン
バキャッ
最後に何かがひどく折れて潰れるような、ひどい音がした。
・・・・・・・・・・そうしてシャルロッテの父親は、殴られて蹴られて投げられて、千切られてぶっ飛ばされて叩きつけられて、ボロ雑巾のようになり、動かなくなった。
シャルロッテは投げられた父を見に行くと自分の身体に鳥肌が立つのを感じた。
「まぁ!気持ち悪い。何故シメられて恍惚とした表情をしているのでしょう?我が父ながら気味が悪いですわ。」
カルバドス公爵は手足が曲がらない方向に曲がり、酷い大怪我をしているというのに、嬉しそうに頬を染め、恍惚とした表情を浮かべていた。
実の娘じゃなくてもこれは気持ちが悪い。
『・・・確かに気味が悪いね。君の父親ってドM ?マゾチスト?』
突然聞こえてきた子どもの声に部屋の窓の方を振り向く。
フード付きの白いローブを羽織った子供が、肩くらいまであるその黒い髪を風にそよがし、部屋の窓枠のところに器用に座っていた。
性別不明・年齢不詳の子供は、わたくしがシメあげた我が父を、目を丸くして観察していた。・・・といいますか、
「どっから入りやがりましたの?朧月 紫苑さん。」
子どもは三連棟で出会った“朧月 紫苑”だった。
どうやらこの子供は高い所が好きらしい。
だがどうやって部屋に入って来たのであろうか。
この部屋は普通なら忍び込めない処に位置している。普通なら入れるわけがない。
『そこらへんから。適当に空間でもつなげたんじゃない?それか瞬間移動?そんなのどうでもいいじゃん。この世界で僕に不可能なことなんてそんなにないもの。それにしても、』
紫苑は窓枠から軽く飛び降り、ボロ雑巾のようになったシャルロッテの父親を足でつつく。
公爵は突かれるたび、ぴくぴくと動き、紫苑が容赦なく蹴ると恍惚を強めた。
『(………気持ち悪い。)』
紫苑は無表情でさらに強くカルバドス公爵を蹴とばし、壁にもっとめり込ませた。
そして何事もなかったかのような顔をして、シャルロッテに向き合い、絨毯で足をぬぐう。
『君、自分の父親に意外と容赦ないね。これ、全治10ヶ月の怪我とかもあるようだ。派手にやったね。』
「…あなた、何者ですか?」
『…知りたい?』
紫苑は一瞬のうちにシャルロッテの目前に距離を詰め、下から覗き込むように見上げる。
口元に妖しく笑みを佩きながら。
っていいますか、紫苑さんなにかこわいですわよ!?
先ほどまでの無邪気で気まぐれな、子供のような雰囲気はどこにいかれやがりましたの!?
「え、ええ。この前教えて下さるとおっしゃった、名前のほうも一緒にぜひ教えて頂きたいですわね?」
シャルロッテは後ずさりつつ、気丈に振る舞う。
『くすくすくすくすっ。わかった。約束通り教えてあげる。見事アルスに気に入られたようだしね。僕の名前はノア。この世界の創造主。気まぐれで怠惰な旅人。生きているのに死んでいる、死んでいるのに生きている者。生霊のような存在。矛盾だらけの大人になりきれない子供ってところかな?理解してくれた?』
絶句。
『くすくすくすくす。まぁ、いっか。これからよろしくね?シャルロッテ。』
紫苑 改め ノアは、絶句して固まってしまったシャルロッテに笑顔で抱きつき、内心でほくそ笑むのだった。
『(よかった。これで“駒”が増える。【星の国】の“駒”が。この国を崩壊させる訳にはいかない。誰かがアルスの子守りをしないと…。だからせいぜい……良い“物語”を紡いでくれよ? “シャルロッテ”・カルバドス)』
―*― おまけ ―*―
~ドラクマ伯爵家~
「はぁ~。そこまで行ってなんで往かなかったんだ。お前は!」
ドラクマ伯爵は戦果の魚の燻製や、ドワーフ製の刀剣や鎧、宝石、竜の蹄などを見せてくる妹に呆れ、呑みかけの紅茶を片手に持ったまま天を仰いだ。
彼の左腕にはまだ包帯が巻かれている。目の前に嬉々として座る妹のせいだ。
庭師の手によって素晴らしく整えられた自慢の庭園が美しく見えないのも目の前の妹のせいだ。
何故女だけで竜が倒せる? ドワーフの住む山の“竜”は、【月夜国】に住まうという“龍”よりも力がないといっても、討伐に大の男で構成された一個中隊三部隊は必要な筈だぞ。ワタシでも歴戦の仲間の助力がなければ命が危ういというのに…。
シャルロッテとその侍女ジゼルとは何者だ。まさかこの我が妹、アイリーンと互角の実力をもつというのか。そんなまさか。あの肥え太った豚の娘が? ありえない。どうせあの豚の様に肥え太っているのだろう? どうせ体重で押しつぶしたとかなのだろう?きっとそうに違いない。
ドラクマ伯爵が悶々と考え込んでいる中、アイリーンは嬉々として戦果を見せ、理由を応える。
「だって途中でカッパさん達と出会って、そのまま意気投合してしまったんですもの。仕方がないわ。あ、カルバドス家のシャルロッテ嬢はアルス様に気に入られて神官になったのですって。不老不死もどきまで手に入れたそうよ?」
「……妹よ、何故お前が知っている?」
「だって一緒に旅したんですもの、あたし達。気も合ったし、友達…いいえ、親友になったの。」
アイリーンはキラキラと目を輝かし、あらぬ方向を見つめる。
「はぁ~~~。(これからまた、ワタシの気苦労が増える訳か。将来はげないか心配になってきた)」
「……なによ?兄貴は溜息ばっかりね。」
『アハハハハハハッ!そうだね♪笑えるね♪』
「「誰だ!!?」」
兄妹は椅子から立ち上がり、素早く構えた。対峙するのは白と黒の少女。
『通りすがりの創造主です!!ノアって呼んでください!!イエ~~~イ♪』
ノアはにこやかに笑い、お茶目にダブルピース。
「「なんだ、ただの馬鹿か。」」
二人は同時につぶやき、椅子に座り直す。ノアのふざけた言動に早くも興味を失ったようだ。
『うわ、ヒドっ!?そんなこと言う子たちには生きてる刃物千本けしかけちゃうぞ♪』
くいっとノアは親指を下に向けた。相変わらず笑顔だが、声に怒った色が浮かび、異次元から本当に“生きている刃物”という魔物をけしかけようかどうか迷っているようだ。冗談で言ったのに。
「「ウザい!!」」
『やだな~♪そんなこと知っててやってるに決まってるじゃないか♪』
「「最悪だな!!お前!!」」
『アハッ♪』
「で、何をしにきたのですか?【自称、創造主】様。」
『自称って…ホントの事なのになぁ…』
「な・に・を・し・に・き・ま・し・た・の!?」
『あ、そうだ。あんた達二人ともアルスが気に入ったってさ。ついでに僕も気に入った。』
「「はぁっ?」」
『だ・か・ら、アルスがあんた達二人とも気に入ったらしいんだよ。』
「「ええっ!?」」
『だ・か・らぁぁぁ』
「いや、それは何故どうしてなのですか?」
『あ゛、ああ。それはね、アルスがシャルロッテの旅路の記憶を除きたいって言いだして、僕が一回沈めてもまだ云うもんだから、しゃーなく見せたらぁ、王さん含めた三人の企み事から始まり、あんさんらの殴り合いが映って、アイリーン嬢のカッパとのやり取りや組手での勝利とか、そんなのも含めて映ってしもてな、で、それを見てなんや気に入ったらしいわ』
『だから諦めてな。あんさんらもこれで不老不死もどきの仲間入りやで?』
「え!?……な、なんでワタシまで!? ワタシも神官ですか?」
『いやいやいや、ドルクマ伯爵、それは違う。あなたには、ずっとこの国を政治面から支えて欲しいのでね。僕が裏工作をしたんだ。というか、あなたにはこれから、この国の抑えになって欲しい。暴走し、世界を完全に潰しかねない火種をこの国がつくらないように、ね?』
「ワタシなんかでよろしいのですか?」
ノアはニッコリと邪気の感じさせない笑みを浮かべて言う。
『貴方じゃなきゃ駄目なの。この国の抑えは貴方じゃなきゃ駄目。それも駄目なら他国にいる、他の有能な子に僕が押し付けるだけだよ。変身・変装でもしてもらってね?』
「それは…、なんとなく嫌ですね。」
伯爵にしてみれば、他国の知恵者に【星の国】の中枢を握られるのは我慢ならない事だ。それならばいっそ、政敵であるカルバドス公爵に国の実権全てを握られる方がマシであると思うほどにはイヤである。
ノアはそんな伯爵の心情を読み取り、ニコッとわらう。
『お願いね?……アイリーン』
「は、はい!」
『あなたはシャルロッテとともにあのば…アルスのおも…神官になって欲しいの。』
ノアは失言を隠す。「馬鹿」とか、「おもり」とか、アルスの神官になる前の子に口が裂けても言ってはならないのだ。
「(今なんか言いそうになりましたわ)…それはかまいませんわ。親友のシャルロッテも一緒なのでしょう?」
『うん!二人とも大変だと思うけど…やって、くれる?』
ノアは上目づかいに二人をみる。
「「はい!!任せてください!!」」
兄妹はやる気に満ちた目で快諾した。
――その後、数百年に渡ってこの日の事を後悔し続けるとは思わずに……。
備考:【設定集】より抜粋。
*【星】 星砂国* (下から行きます。)
・守護神:姉弟神の三番目で二男。戦と商業と星を主に司る神
アルス=セイ=バルヴァドス=カルディア
備考:でかい図体して小動物染みている。笑うと可愛い。残念なイケメン。血気盛ん。栗色に近い金髪に、基本青色で、切れ長&つり目気味。商才に長ける。荒事好き。軍神。長男とは仲が悪く、よく喧嘩して、長女にどちらも、しずめられる。バカ。一部のこと以外には、物覚えが悪い。負けず嫌い。M疑惑有り?そんな奴。
・国:星の形をした島国というか、大陸。月の国と太陽国のそれぞれ斜め上の北側にある。めちゃくちゃでかい。でも、ひとが住めない部分が多い。大部分が砂漠であり大陸のど真ん中に大山脈がはしっていて、それが西と東を別けている。オアシスがいくつかあり、小さいオアシスには、藁傘被った緑色のカッパが偶に出現して、魚釣ってたりする。
・西:人は住めない。いくつかのオアシスがある。神の神殿というか、住処に通じるとっても高い、天まで届くくらい高い塔がある。
・神の塔:島の北北西の方角の端っこの方に、が絶妙なバランスで三角形型に立っている、幾分装飾的な三本の塔が建っていて、それぞれをいくつもの橋で繋ぎに繋ぎ、終には一本の巨大な塔になって、神界まで伸びている。
塔の足もとにはオアシスがあり、綺麗な水を湛えた湖と緑の大地が塔を中心に、
半径500メートルくらい広がっている。(その周りはもちろん砂漠さ!)
・山脈:横穴が多い。モンスターとかドアーフとか、不思議生物が最近どこからか住み着いた。普通の動物もいる。野党とか賊の類も住み着いている。
一番高い山の標高は富士山よりすこし高いくらい。鉱石類、採れる。
・東:人が住めるほどの大きなオアシスと小さいオアシスが二つほどある。
大きなオアシスの方に塀に囲まれた大都市がある。
都市:北側には平民の家と広場と教会がある。
南側には貴族の屋敷と市場、闇取引会場や、見世物小屋、カジノなどがある。
街の中央には宮殿が立っている。
・階級:皇族>>貴族>平民>>奴隷 という感じ。
・政治:皇族の独裁政治。力と金で押せ押せ!!逆らう奴は容赦しねぇぜ!!的な。
・国柄:血の気多い。戦好き。商人気質多い。プライド高い。ets.
・治安悪い。賊多い。他の国々と中は悪いが、貿易はする。そんな国。
人:金髪碧眼とか、浅黒い肌の人種とか、色々。
・通貨単位:セラ
・文化:ヨーロッパ系寄り。
・備考:周りの国々には嫌われている。ただ、表には余り出さないけれど・・・。
なんやかんやと、いちゃもん着けて、戦をしたがる。といううか仕掛ける。
その被害(戦相手)は太陽国に行くことが多い。
偶に、バカなのか、月夜国に戦を仕掛けたり、仕掛けられたりするが、毎回負かされる上、被害は心身ともに甚大。しかも理由は毎回、星砂国の方が圧倒的に悪い。戦をする度に国内で政権交代やら、暗殺やら、反乱やら、何かよくない事が起こるが、それすら暴れられる機会だとか言って、殆どの国民が楽しんでるところがある。血気盛んな荒んだ国。そして、内紛などする度に、戦争で他国に負かされた事を忘れる。そんな国。
2013/07/25 改稿。