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届かなかった一文

一体どういう事だろう。ずっとそんな事を考えていた俺はその日どうやって帰ってきたのか覚えていなかった。自転車は家においてあったから、自転車でどうにかこうにか帰ってきたのだろうか。アイツとあの後何をしていたのかさっぱりおぼえていないのは、まぁどうでもいい事だから気にしない事にしよう。それよりも今は千治さんの事だ。よくよく考えてみれば千治さんはアイツが来てからいつのまにかいなくなっていた。音もなく、その場からまるで消えたように。



「こんにちは、千治さん」

「!京太さん」

「観覧車、一緒に乗りません??」



俺は今日もまた、夕日の沈む時間に観覧車の下へやってきた。やはり千治さんは最初からそこにいたように佇んでいて。最初と出会った時とは逆に俺が誘う形で千治さんと一緒にゴンドラに乗った。今日はもう夕日がほとんど沈んでいて空にはもういくつも星が浮かんでいる。夕日の町もいいけど、これもまた綺麗だと俺は思わず目を細める。けれど今回は景色を見る事が目的じゃない。ずっと窓を見ていた体を千治さんに向き直る。


言わなければいけない。




「千治さん、あの」



俺は京太さんではないんです、そう言おうとした口は千治さんは秘密と言うように俺の口に人差し指をあてるようなポーズをした。実際に触れていない指と、今までより近い距離にびっくりして俺は言葉を止めた。喋るのを止めたからか、ゆっくりと元の席に戻った千治さんと俺の間、そしてゴンドラの中には沈黙が漂う。何か言わなければ、



「言わなくていいよ。私本当は知ってたの、最初から」

「え?」

「ずっと黙っててごめんなさいね。貴方は京太さんに似ているけど」



京太さんは敬語なんて絶対使わない人なのよ。控えめにそういう千治さんは相変わらずの笑顔だった。けれど何処か切なそうに見える。



「私、京太さんの事好きだったの」



初恋だったんだけど、これは内緒ね。と小さく独り言のように千治さんはたしかにそう言った。俺は何も言えずに、ただ千治さんを見つめる事しかできなかった。けれど千治さんは、俺に答えてほしいわけでもなく相槌を打って欲しい訳でもないらしい。思いでに浸るように目を閉じてぽつりぽつりと言葉を漏らしていく。



「この観覧車に乗る約束をしていたんだけど、私すぐその後引っ越しちゃって」



戻ってきた時には京太さんは既にこの町にはいなかった。だからずっと待っていた。約束をしたこの場所で。

けれど幾度待っても京太さんは来ない。



それもそのはずだった。

京太さんは別の人と結婚してこの地にはいなかったから。


俺はポケットに入れていたもうかなり古いモノクロ写真を千治さんに渡した。観覧車の前で撮った唯一京太さんが若かった頃の写真だ。今よりも綺麗で真新しい観覧車が懐かしいのか、千治さんは目を細めた。まるで宝物を見つめるような、そんな目をしていた。



「京太さん、千治さんと別の人と結婚しましたけど千治さんとの約束忘れてなかったみたいですよ」

「え?」

「ほら、観覧車の写真の裏」



京太さんは、このメッセージを書いた頃何を思っていたのだろう。

写真を見つけた時俺はただ単にそう思った。


モノクロ写真の裏は、綺麗な文字が並んでいて。

長年届くことのなかった文が、届くはずのなかった文が、今やっと届いたのだ。

千代子さんは涙を目にいっぱいためて、でも口角をあげて微笑んでいた。



いつか観覧車に乗ろう。ただ一言、そう写真には添えられていた。


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