第1話 転入生
高2の春、始業式の翌日。
時刻は8時38分。
朝のホームルームギリギリの時間。
「やあ、ミリー」
自分の席に着くと左隣の席の無駄に爽やかな青年、神崎 心が声を掛けてきた。
「おはようございます、心」
誰にでも敬語を話す、それが僕―――雪村・A・ミリオネーゼの特徴である。そしてハーフで髪はアッシュブロンド(学校では黒髪のウィッグ)である。
「相変わらずミリーは可愛いなぁ」
「僕は男です。気持ち悪いので止めて下さい」
心は見た目は超が付くくらいの美形で長身、スタイルも良く運動神経抜群なくせに性格が子供っぽい。普段からこんな調子なので僕は呆れて返す。
僕は小柄だが運動もかなり出来るし、顔も…不本意ながら心と違う方向で美形だ。
「はいみんな席に着いてー」
教室の扉を開けて担任の島田先生が入ってくる。
「HR始める前に転入生を紹介するわよー」
(転入生?始業式の次の日に?)
担任の発言に訝っていると、教室中がざわついているのに気が付いた。確かに普通に転入生が入ってくるだけでもそうなるだろう。
ざわつく生徒を気にせず担任が転入生を教室に入るように促す。
「「「おおーっ!!」」」
「「「キャーッ!!」」」
途端にざわつきが歓声に変わった。
僕は席が一番後ろで小さいから、転入生を見る前に前の奴が立ったので見えなかった。
「あ、なるほど」
思わず口にした。
背中まで伸びる綺麗な髪、細くて長い手足、少し凛とした整った顔立ち。
「へーあの娘も可愛いなぁ。ミリーと良い勝負だね」
左隣からなにやら聞こえたけど、無視しておこう。
「じゃあ自己紹介お願いねっ」
担任の進行でざわつきも収まる。
「柊 燈加です。よろしくお願いします」
小さいが澄んだよく通る声で言った後、礼儀正しくお辞儀した。
途端にまた歓声とも絶叫とも言えそうな爆発音が教室に響く。
「はいはい、うるさいわよ。じゃあ柊さんあいてるところ適当に使ってね」
手を叩き生徒を黙らせて、適当に席を決める。
まあ始業式に席替えを(勝手に)して、あいてるところは一番前の3つしかないけど。
柊さんは何故か何かを探すように教室を見渡して、僕を見て止まった。
「?」
僕が不思議がっていると、柊さんは僕に指を指して言った。
「あの男の子の隣がいいです」
「であるからこの数式を………」
前の黒板に書き込みながら数学教師が説明している。
一限目だというのに僕はすごく疲れている。
右隣には姿勢良く授業を聞いている柊さん、一番前には鈴木(だったっけ?)君が。
柊さんの発言からの流れを簡単に説明。
柊さんが心に交渉
↓
心が(駄々をこね)交渉失敗
↓
反対側の鈴木(仮)に交渉
↓
鈴木(仮)が断る
↓
クラス中が鈴木(仮)に大ブーイング
↓
鈴木(仮)が泣きながら一番前の席へ
鈴木(仮)君が可哀想だった。
後で謝っておこう。なんとなくそうしないといけない気がする。
それにしても何で僕の隣がいいなんて言い出したのだろう。
あの(席を奪った)後クラスのみんなが質問責めにしていたけど、それについては「特に意味はない」と答えていた。
「今日はここまで。ちゃんと予習復習しておくように」
考えているうちに授業が終わり、休み時間は相変わらず柊さんは質問責めで、一度も話すことなく午前中は終わった。
昼休み僕はいつものメンバーと屋上昼を取っていた。
「ミリーの隣の女、誰だよ?初めて見るけどよ」
購買のパンをかじりながら聞く間宮 凌。金髪でピヤスを付けたこの辺一帯の不良のトップだが、実際は気さくな奴。ちなみに僕の前の席だが午前中は爆睡(教師は黙認)のため全く知らない。
「転入生の柊 燈加さんですよ、凌さん」
答えたのは桐生 茅依ちゃん。僕よりもさらに小柄で髪の毛を左右の耳の上で縛っている、おとなしくて可愛らしい女の子。
「今更そんな質問なんて相変わらず抜けてるね、君は。」
笑顔でからかう稲嶺 来人。人間観察と情報(弱み)収集が趣味な腹黒いメガネの男。本来、屋上の出入りは禁止だが、教頭に交渉(脅迫)して鍵を借りたらしい。
「凌ちんらしいけどね~」
そして心に僕、それから
「玲はまだ帰ってきませんね」
伊波 玲はジャンケンで負けて飲み物を買ってきてもらっているのだ。
「私ちょっと見て来ます」
「あんなのほっとけって」
茅依ちゃんを凌が止める。凌は玲が苦手なのだ。
「あんなので悪かったわね」
「げっ」
屋上の入り口に飲み物を抱えたショートヘアにリボンがトレードマークの玲がいた。それから…
「あっ、柊っちじゃん。どしたの?」
「ここに雪村君がいるって聞いたから、伊波さんに連れてきてもらったのよ」
玲の後ろにいた柊さんが笑顔でまた僕を見て言ってくる。
また僕の名前を出すの?
綺麗な人からそう言われるのは嬉しいけど、なんで僕に?
「ミリーが?」
横で玲と言い争っていた凌が話に入ってくる。そして柊さんの言葉で来人の眼鏡が光ったのを僕は見た。
「はい、雪村君が」
「僕に何か用ですか?」
「いえ、特には」
「…えと、とりあえず一緒に昼でも如何ですか?」
「はい、頂きます」
笑顔で僕らの輪の中に入ってくる。
何だか頭が痛くなってきた。