距離の近い妹は、いつの間にか
◇
わたくしの妹は、異性との距離が近い。
わたくし、ヴィクトリエ・ラドミールは、ラドミール公爵家の長子であり、ヴラディミール第二王子殿下の婚約者でもある。
齢十七歳。
婚約をしてまだ半年。
幼い頃から婚約をする一族もあるが、我が家はわたくしの立場的な問題でつい最近、調ったばかり。
けれども、婚約者のヴラディミール第二王子殿下は、わたくしの妹に手を出そうとしやがっております。
◇
「エリシュカ、今日も可愛らしいわね」
わたくしは、妹を応接間でのお茶会に招待をした。
「ヴィクトリエお姉さま、ご招待いただき光栄でございます。お姉さまも素敵ですわ」
エリシュカは多少姿勢の低さが足りないが、礼儀作法の先生に合格点をもらえる淑女の礼をとって見せた。
十五歳のエリシュカは、父に似てとても可愛らしい。
ふわふわの髪の毛、サイドで三つ編みで可愛らしく結っているのもポイントが高い。
「まぁ、私の好きなアプリコットのお菓子がいっぱい」
ふわりと笑う笑みには、女の色香が混じっている。
ヴラディミール第二王子殿下の毒が、彼女に染み始めている。
二つ違いの姉で、ラドミール公爵家の継嗣として育てられているため、エリシュカとは明らかに区別をされているわたくし。
彼女からしたら、理不尽でしかないだろう。
愛らしく、はしたなく、甘い甘いお菓子を頬張る妹。
ふわふわの子犬がきゃんきゃんと喜んで駆け回っている姿が、脳裏を過ぎる。
学校のことや淑女教育のこと、最近できたお友達のことなど話題は尽きない。
「そういえば、エリシュカ。最近、異性のお友達ができたとのことね」
妹の唇が一瞬上がる。
優越感に満ちた口元。
幸い、妹はすぐにその表情は隠したが、それでも察せられるような時間浮かべるのは程度が低い。
可愛い可愛いエリシュカ。
可愛い妹を俗に染めようとする男が憎らしい。
「距離が近いと苦情を家にもらっているわ。公爵家の次女は端女なのかと」
「はした、め?」
「身分の卑しい女性という意味もあるけれど、召使いや水仕事をする女性を侮蔑して言う場合も多いわね。今回は、あなたの妹さんは春を売る商売をなさっているの? を婉曲表現したものよ」
「春を、売る……」
「売春婦か? ということ」
妹が顔面を真っ赤に染める。
「お姉さまっ、酷いっ!」
「酷いもなにも、そう誤解を受けるような体勢を取っていたということでしょう?」
ヴィクトリエはエリシュカの隣に座る。太腿が触れるかという近さだ。
「この近さは、売春婦と同じよ。これくらいだったの?」
「……し、下町では、これくらい、普通だってっ」
顔を朱に染め、エリシュカが涙を浮かべる。
庇護欲をそそる、可愛らしい顔。
ふるふると震える子犬のよう。
悪戯をして、慈悲を乞う子猫のよう。
「あなたの生家は?」
「……ラドミール公爵家」
「あなたは貴族? それとも下町の暮らしを希望している貴族?」
「……貴族、だわ」
今にも嗚咽を零しそうな可愛らしい泣き顔。
これを計算でしているなら素晴らしいが、エリシュカは無意識の計算でしている。恐ろしい子。
「そう、では、これからは異性とは同じソファには決して座らない。隣同士も駄目。向かいは机が食堂くらい広ければいいけれど、それ以外は駄目。寄子の娘を三名付けるから、これからは両隣と正面はその三名になさい。これは、あなたの純潔を守る措置よ」
「……純潔……」
「アプリコット、葡萄、桃、オレンジ……加工してしまえば見掛けは関係ないけれど、購入する時に傷が付いていれば値切られるわ」
「……私は果物と、同じ」
「ええ。異性と密室で数分でも一緒であれば、もう生娘とは見られないわ。理不尽なのよ、世の中は。わたくしも両親も、あなたをずっとずぅっと、大事に大事に守ってきたのに……」
「守ってきた? 嘘を吐かないで! ずっと私を馬鹿にしてきた癖に!!」
エリシュカが声を荒げる。
「馬鹿に……? ああ、でも馬鹿な子程可愛いと言うものね」
ヴィクトリエはにっこりと微笑んだ。
「可愛らしいお馬鹿の人生は楽だから、あなたにはそちらのがいいかと思ったのだけれど……では、選んでみる?」
にこにこと微笑んだままなのに、エリシュカはヴィクトリエの笑顔に寒気だけを感じた。
◇
「まずね、二つのルートがあるの」
ヴィクトリエは杏のジャムが乗ったクッキーを、なにも乗っていない真っ白な皿に置く。
「ラドミール公爵家の後継としてのエリシュカと、ヴラディミール第二王子殿下に嫁ぐエリシュカね」
クッキーが乗っている皿の隣に、杏の一口タルトが乗った皿を置く。
並ぶ、二つの皿。
「ラドミール公爵家の後継の場合は、まずは執務ね。公爵領の領務に、寄子の管理。広大な公爵領には様々な寄子の家があるわ。まず寄子を全部覚えて、家系図も頭に入れて、現当主と次期当主の関係も全て覚えて、さらに現当主の兄弟、親戚・縁戚関係も全て覚える必要があるわ。さらにそれらの領地ごとの産出物ね。穀物、鉱石、果実、宝石、貴石、輝石、織物、塩、砂糖、香辛料、ハーブ……これらは一例でしかないけれど他領との違いも覚える必要があるわ。一族の結束も固めなければならないから、年頃の人材がいれば婚姻なども薦める必要があるし、問題がある家には警告も出す必要があるわね。領に関わる商人との交流も必要ね。あまり持ち上げてはいけないけれど、下に見ては悪い噂が流されるわ。見る目がなければ騙されるし……些細な表情の変化で情報を盗まれるから、表情管理も必要ね」
蕩々と語る姉を見て、エリシュカは目を丸める。
クッキーの置かれた皿に砂糖菓子が置かれる。
「領の歴史、公爵家の歴史、地理の勉強、水源地の見学、寄子の家系図の記憶、寄子の現当主の記憶、名産品の記憶、生産品の記憶、表情管理、話術の練習……とりあえず、始めとしてはこれくらいかしら」
十個置かれた砂糖菓子。
「あら、意外と最初は少ないわね」
朗らかな姉の様子にエリシュカはぞっとする。
最初、なのだ。
「じゃあ、次はヴラディミール第二王子殿下に嫁ぐ場合ね。公爵領の領務はそこまで覚えなくてもいいけれど、知らないで我が領に不利な動きをされても困るから、ここ三十年くらいの歴史は必要ね。合わせて一つにしておきましょうか。あとは、寄子関係は変わらず覚えなければ駄目ね。領の歴史、公爵家の歴史、地理の勉強、水源地の見学、寄子の家系図の記憶、寄子の現当主の記憶、名産品の記憶、生産品の記憶、表情管理、話術の練習は一緒ね。それから、第二王子は今のところ外交の公務に就く可能性があるから近隣五カ国の言語を貴族言葉・女性言葉で覚える必要があるわね。近隣十二国の歴史、産出物、交易ルート、各国の文化や天候……執務は国になるから、下拵えとして我が国の歴史は創造神話から現在までみっちり。それから、女性独特の化粧や衣装での会話について行けないといけないから衣装の歴史、食物の歴史、宗教の歴史、各宗教で禁じているものも勉強しないと駄目ね。国によって鳥は食べてはいけない、豚は食べてはいけないなどあるから、気をつけないと戦争になってしまうわ」
もう、長過ぎて頭に入ってこない。
エリシュカは目を白黒ぴよぴよさせている。
そんな、ぴよぴよなエリシュカを見て、ヴィクトリエは「可愛いわね~」と頭と頬を撫でる。
「……お姉さま……」
一口タルトの乗った皿は、砂糖菓子がてんこ盛りだ。
絶句する。
エリシュカは、女神のように麗しい姉を見上げて涙を浮かべる。
選べばいいと姉は言う。
ただ、選べば……膨大な勉強を始めなければならなくなる……
それに……
「お勉強は、好き?」
ヴィクトリエが微笑む。
「お勉強は、嫌い」
エリシュカは涙ぐむ。
スカートを握り締めて俯く。頭と頬を撫でられているので、俯くのにも限界があるが。
「そうよね……エリシュカ、残念ながらヴラディミール第二王子殿下もお馬鹿なの」
「へ?」
涙が引っ込む。
「あら、エリシュカ。淑女が『へ?』なんて変な声を上げては駄目よ」
ふふっと姉が笑う。
「夫婦のどちらかが馬鹿ならなんとかなるけれど、どちらも馬鹿だとどうしようもないの。どうしようも、ないのよ」
姉はいつも通りの朗らかなまま。
「エリシュカはお馬鹿でも素直で可愛くて真っ直ぐで……そのまま素直なままでいれば、素敵であなたを甘やかしてくれる旦那様候補補はいっぱい見繕えるわ」
姉が頬と頭を撫でる手を止めた。
「エリシュカは……頭を使いたい?」
真っ直ぐな瞳はまるで氷の槍のよう。
ここで諾と答えれば、怒濤の勉強三昧になるだろう。
考えろ。
目の前で一生懸命考え出す妹を見て、ヴィクトリエは微笑む。
悪戯を見つかって尻尾を巻く子犬のよう。
「……ここで、いいえと言ったら、お父様みたいになってしまうの?」
エリシュカが暗い目をして見上げてきた。
可愛い可愛いお母様のお父様。
あらあら、お父様ったら、娘からの信頼度が低い。ついつい笑ってしまいそうになる。
ヴィクトリエとエリシュカの父親は、王都で毎夜楽しく過ごしている……表面上は。
ヴラディミール第二王子殿下との婚約を結ばされた罰として、父は王都でなにか成果を上げない限り、母と同じ部屋で眠ることは許されないらしい。
お父様、頑張れ!
「華やかなパーティーで観察して流行や人の動きを把握して文字にして、情報を送るのも立派な仕事よ」
「お姉さまと結婚なさったら、ヴラディミール第二王子殿下が同じようなお役目をするの?」
「ヴラディミール第二王子殿下には無理ね」
即答すると妹が目を見開いた。
まん丸の瞳は可愛いけれど、目が渇かないか心配。
ごそりと正面から音がするが、ヴィクトリエは無視をする。
「ヴラディミール第二王子殿下は、選りに選ってわたくしの最愛の妹を浮気相手に選んだのよ。下種の上、屑よ」
ヴィクトリエは、目の前にヴラディミール第二王子殿下が見えていたら、細い踵で男性の大事な部分を念入りに踏み躙っていただろう。
それくらいあの男が憎らしい。
「実の姉妹を恋敵にさせようという浅ましさ! その前に、わたくしはあの男に恋なんて、まっったくしておりませんが!!」
ヴィクトリエは冷めてしまった紅茶を飲み込む。
「実の姉妹が仲違いをしてしまったら、我が公爵家は分裂するわ。それを機に公爵家を乗っ取ろうという心積もりがあったのでしょう」
対面のソファーが蠢いているが、無視をする。
「お姉さま、下がって」
エリシュカが立ち上がって、わたくしの前に立った。
「人の気配がします」
妹に促されてヴィクトリエも立ち上がる。
状況はわかっているが、警戒する妹に目を奪われる。
妹が可愛い格好いい。
なにか良い言葉はないものか。『かわっちょいい』とかは響きは可愛いが、なんだか格好がよくない。悩む。
まるで子犬が頑張って飼い主を守ろうとしているかのよう。
可愛い。
とはいえ、真剣に周囲を探る妹に気苦労をさせるのはよくない。
「エリシュカ、大丈夫よ。アンドレイ、笑って魔法が崩れたのなら、修行不足よ」
「すみません。お嬢様」
対面のソファに、簀巻きの男と、その男を縛る縄を持つ青年がいた。
「……ヴラディミール第二王子殿下?」
エリシュカがわたくしに抱きついてくる。抱き付く相手が違うのではないだろうか。でも可愛い。
「お嬢、顔、顔」
側近に指摘されて表情を戻す。
「えーと、『公爵家の乗っ取りなんて考えていない』『お前を貶めたかっただけ』グーグー煩いなぁ」
ぽかりとアンドレイがヴラディミール第二王子殿下の頭を殴る。
最初はそのままなのだろうが、後半は適当なことを言っている気がする……
「アンドレイ、一応王子殿下よ」
「聞ーこえーませーん。まだ、不審者です。取調中です」
アンドレイはエリシュカと同じ年の、わたくしの側近候補だ。
側近候補は男女問わずいる。
わたくしに十名。妹のエリシュカには五名。
エリシュカの側近候補がエリシュカの傍から離れていたのはわざとだ……そして、まんまと下種な男が引っ掛かった。
「エリシュカ、座りましょう」
◇
わたくしも母も、頼るのが上手ではない。
好きな人には遠くで幸せでいて欲しい。
あまり表情筋の変わらないわたくしは、表情管理も簡単に取得できた。
朗らかな父。
様々な花が咲き誇るような笑顔の妹。
「あなたには……なにも知らずに、笑っていて欲しかったの」
淹れ直された紅茶は温かい。
「公爵家の歴史は血生臭い。エリシュカには、少し年上の素敵な方に娶っていただいて、守られて、大事にされて、笑って過ごして欲しかったの。だからあまり教育もしないようにしていたわ」
「お姉さま」
ぱちぱちと瞬く妹は本当に可愛い。
「わたくしが寄子の家から婿を迎えて、公爵家を継ぐ準備は進めていたのだけれど、王家にちょっとした不手際を指摘されてヴラディミール第二王子殿下を押し付けられてしまった」
妹がヴラディミール第二王子殿下を睨み付ける。
可愛い。
「もしかして、お父様……?」
「そう、お酒でちょっと失敗なさったの」
「ラドミール公爵閣下が、運悪く一人になったタイミングで嵌められました。シガールームでの出来事で、側近が間に合わず……」
アンドレイが補足説明をしてくれる。
強引に体を寄せられ、捻った体がぶつかったと側妃の縁戚に因縁を付けられたのだ。言い掛かりにも程がある。
その些細な隙を突かれてヴラディミール第二王子殿下と息女の婚約を進められてしまった。言質を上手く取られたお父様はしばらくの間泣き暮らして、お母様に慰められていた。
「あなたにはお父様を悪くとって欲しくなくて、黙っていたのよ。ごめんなさい」
「お姉さまが謝ることではないわ」
ふるふるとエリシュカが首を振る。可愛い。
「お嬢様、先を進めましょう」
アンドレイが目を細めて見てくる。視線が冷たい。
「そうね、まずは状況説明からね。強引にわたくしとヴラディミール第二王子殿下との婚約を取り付けた側妃さまだけれど、彼女はヴラディミール第二王子殿下……長いわね。『屑』でいいかしら?」
「いいと思いまーす」
アンドレイが適当に答えた。
うん、採用。
「彼女は『屑』を説得できなかったの。理由を知らない、もしくは聞かない『屑』は、母親が勝手に決めた婚約者が気に入らなくて仕方がなかった。でも、上手くやれば統治が順調な領地を持つ公爵になれる……単なる入り婿だから公爵にはなれないんですけどね……と考えた屑は、せっかくなら可愛い妹の方がお得だと思った。最初から屑は外交を担うつもりなんてなくて、楽をしたがっていたの。国王陛下や王太子殿下は、なんとか働かせようとなさっていたのだけれど……楽な方がいいものね。可愛い妻、調っている公爵家の後釜のが、断然楽に見えたらしいわ」
「それで、私に声を掛けてきた」
屑は、切なげな顔で、姉に疎ましがられていると落ち込んで見せたらしい。遠くで見守っていた側近候補達からの報告だ。
随分とやきもきしたそうで、次に同じ命令があっても破りますと怒られてしまった。反省しています。
「あなたの周囲を手薄にしていたのはわざとよ……隙を見せれば、食いつくと思ったの」
「私は……囮?」
エリシュカが見上げてくる。
それにヴィクトリエは目を逸らさずに頷いた。
「っ! お姉さまのお役に立てたのね!!」
妹の、嬉しそうな声に瞠目する。
手を合わせて、それは嬉しそうに笑う姿は愛らしくて……
――― ああ、本当に叶わない。
可愛くて可愛くて、わたくしも母も、この子を災いから遠退けて……
孤独を、味わわせてしまって……
ほろりと、涙が零れる。
「お姉さま!?」
エリシュカの慌てた声に、涙がさらに零れる。
距離の近い妹は、わたくしの太腿に触れる距離で顔を覗き込んできた。
「そこの簀巻きの人、お姉さまのことで話があるって言うの……距離が近くて気持ちが悪くて、息も臭くて、語彙もなくて、声が無駄に大きくて耐え難かったけれど、お姉さまのことだから我慢したの」
簀巻き人間が呆然としていた。
「エリシュカさま、辛辣~」
そして、側近候補は適当だ。
「距離が近かったのは……」
「その人、逃げにくい場所とかソファの位置とか、そういうのは把握が凄かったの。自分が痛めつけてもいいと思った女の体を、逃げにくいように扱う技術があって……逃げられないようにするの。お姉さまとこんなふうにくっつくような距離でいるのはなんだか嬉しいのだけれど、その人とは本当に気持ち悪かった。腰とか無断で手を回してきて、足で押さえ込んで、端から見ると普通の格好に見えているみたいなのだけれど、実際は逃げられないの……」
妹の言葉に絶句する。
――― 距離の近い妹に、させられていたのだ。
ヴィクトリエはエリシュカの両手を掴んで、額に当てる。
「エリシュカ……怖い思いをしたわね」
泣きながらヴィクトリエが言えば、エリシュカも声を上げて泣き出した。
「お、ねえ、さまっ! 怖かったぁああ!!」
まだ十五歳なのだ、エリシュカは。
姉の豊満な胸元で気の済むまで泣いた妹は、ぱっと離れると杏の一口タルトを噛み砕いた。杏の一口タルトは、簀巻きルートの例で置いたものだ。
「んっ!! これで、おしまい!! なし!!」
ぱっと笑うと、エリシュカはまた姉に抱きついた。
妹の唇が一瞬上がる。
優越感に満ちた口元。に、見えるけれど、これは……恐怖の色。覚えた。
ああ、妹もお母様の子だ。表情管理が上手で……とっても下手な。
誤解して、ごめんね。心の中で謝る。でも、お菓子を手掴みするのはよくないわ。今日は気にしないことにするけれど。
「これで、エリシュカさまの王子ルートはなしってことですね」
声を掛けてきたアンドレイを、姉妹二人して眺めてしまう。
「……あ、二人して俺とこの簀巻きのこと忘れていましたね」
「え……ええ。すまないわね」
「……ごめんね」
二人して謝るしかない。
「じゃあ、とりあえずこの簀巻き男は奥様の指示に従って処分してきます。お二人は姉妹仲良く交流を深めてください。情報交換、大事ですよ」
では!っとアンドレイは簀巻きを魔法で持ち上げて運んでいった。
まるで、木ノ葉が付いた枝を振り回しているような気楽さで第二王子を簀巻きにして運ぶ側近候補。
図太い。
それを呆然と見ていると、くいくいと妹に腕を引かれた。
「お姉さま、もう隠し事はなしよ?」
うーーん、それは難しいわね~。
とは思いつつ、とりあえずはなぜ簀巻きがあったかは伝えておこう。
「今日、簀巻きが我が家に来るって先触れがあったの。それで仕方なく待っていたら、裏庭に入り込んだ簀巻きがランドリーメイドを強引に納屋に連れ出して襲おうとしていたわ」
「えっ、節操も倫理観もないの?」
エリシュカが目を白黒させている。
「我が家からしたら襲撃犯なので、ランドリーメイドが簀巻きを打ちのめしました」
「まあ、師匠とお呼びして技術を習わなくては」
お姉さまとしては、あなたには淑女らしい教育を受けて欲しいわ。
「簀巻きは、王宮でも同じように女性に手を出しては乱暴に扱っていたようなの……口だけは回るから、騙された女性も多いのだけれど……とりあえず、裏取りも済んで、そろそろ婚約を解消しようと思っていたらあなたに手を出していると聞いて……今日が最後通牒のつもりだったの。でも、もしも……エリシュカが本当に簀巻きを好きだったらどうしようと思って……」
エリシュカの手を握って目を見つめる。
「あんなどうしようもない男でも、物語だと好きになる女性だっているわ……わたくしの妹がそこまで趣味が悪いとは思っていなかったけれど、でも念のために確認をしようと思って……」
「お姉さま……」
「本当にあなたが好きなら応援したいけれど、アレは不良債権だし、性病が怖いし、時折痒そうにしていたって報告もあったし……でも、あなたが好きなら、きちんと妹を大事にするよう脅そうと思ってあそこに置いておいたの」
エリシュカが涙目で見上げてくる。
大事な妹があの簀巻きがいいならどうしようもないけれど……でも、応援……したくないわぁ。
アンドレイに忘却魔法を作らせればいいわね。
今、気がついた。
わたくしの失態、失態。
「お姉さま、私が簀巻きに近付いたのは、お姉さまを大事にするよう訴えようと思っていたからなの……でも、先にお姉さまに相談するべきだったわ。ごめんなさい」
「エリシュカが謝る必要はないわ」
「ううん、謝らせて。私が素直にお姉さまと勉強したい、一緒にいたいって言えていれば……よかったんだもの」
エリシュカが抱き付いてくるので、遠慮なしに抱き返す。
あら細いわ。もっと食べさせないと。
「領の歴史も、公爵家の歴史も、地理の勉強も……すいげん、ち?の見学もするわ……他にもいっぱいあったけれど、頑張れるだけ頑張るから、私も側近候補としてお勉強したい。お姉さまと一緒にいたいの」
「へ?」
「お姉さま、『へ?』は言っては駄目なのよ?」
腕の中で妹が可愛らしく笑っている。
「アンドレイみたいに、別のことで突出していればお勉強が苦手でも大丈夫な場合もあるのよね?」
「……ええ」
「まずは、お姉さまを馬鹿にする奴ら用の囮だったら、なれるわ」
にっこりと天使の笑顔を浮かべる妹だが、言っている内容は危なっかしい。
「……えーと、アンドレイの作戦に従ってね」
ヴィクトリエは、アンドレイに丸投げした。頑張れ、アンドレイ。
「はい、お姉さま!」
その後、簀巻き……アレ……屑……こと、ヴラディミール第二王子殿下は側妃さまと里帰り中に盗賊に襲われて儚くなられ……
お父様はようやくお母様と過ごすことができるようになり……
距離の近い妹は、いつの間にか、わたくしの護衛騎士になっていた。
おしまい
結局、お勉強は頑張れなかった妹ちゃん(笑)
『かわっちょいい』は昔知人が使っていて、私もよく使っていました。いい単語があるといいのですが。




