第71話【謎のメッセージカード】
「失礼します」
大規模探索から戻ったフィオナは、冒険者ギルド『星極の羅針盤』リヴェリア支部の支部長室にいた。
「お疲れ様でした。どうでしたか? 初めてのランクAだけのパーティは」
「はい、とても良い経験になりました」
リヴェリア支部長のアリスター・セドリックは笑顔でフィオナを迎え、応えるその笑顔は輝いていた。
「おや……出発前とは随分雰囲気が変わりましたね。とても自信がついたみたいですね」
「え……? そう、でしょうか?」
「その笑顔を見ればわかります。……それではお借りしていた瞳をお返ししますね」
アリスターはフィオナの目の前に掌をかざし、詠唱を紡ぐ。
「繋ぎし光の糸を解き、異質の視界を遮断せよ」
光が瞬き、フィオナの瞳に掛けられていた魔術を解く。
「しかし大変だったのではないですか? ランクAに上がったばかりで長期探索は。貴女のお父様も人が悪い」
「『冒険者を続けたいならランクAになる事、そして実績を作ってこい。そうでなければ魔術研究所で働け』って父から言われましたが……治癒師に実績を求められて本当に困ってました……」
基本的に治癒師は単独で実績を積む職業ではないため、ギルドの受付嬢にフィオナは相談していた。その話を聞いたアリスターは、ランクA以上ならば大規模探索に参加できると誘ったのだ。
そのため、大規模探索が始まる直前にフィオナは昇級試験を受け、ギリギリランクAになったのだった。
「貴女のお父様には申し訳ないですが……冒険者を経験していない者に冒険者実績を語って欲しくないですね」
そう語るアリスターの瞳は少しだけ怒りの色が宿っていた。
「本当に……ずっと研究所でふんぞり返っているだけの人に……そんな人達と仕事だなんて……だから魔術研究所で働きたくなかったのです」
フィオナの父は王立魔術研究所の所長だ。そこはあまり良い噂は無く、聞かれるのは貴族のコネ入所と天下り先。そのため、同じ目で見られたくなかったフィオナは、家出同然で冒険者になったのだ。
「それは……冒険者になる前から研究所に入るように言われていたのですね」
「はい……兄もそれを嫌がって聖騎士団を選びましたから……」
「貴女はもう立派な冒険者です。この未踏域での探索は並みの冒険者にはできない事でしたよ」
「不慣れな事が多くて大変でした……ですが、同じパーティメンバーがとても良くしてくれて。あのパーティに入れてくださってありがとうございました」
アリスターはパーティ編成の優遇と引き換えに、探索中の様子をフィオナの瞳を通して見させてもらう事を約束していた。
「ふふ……なかなか癖の強いメンバーだったのではないですか? 仲間を失い人間不信気味な射手、夢を諦めきれない盾撃士、多額の借金を抱えた秘宝探求家、それに付き合う守護者、狼を連れ未踏域を発見した魔術師……」
「癖……! 確かに、普通、ではなかったですね。でも……とてもステキな方達でした! ……アリスター支部長、ザークさんの件は……ご覧になっていましたよね?」
「ヴェルセリアさんが連れていた狼、やはりフェンリルでしたね。あれは……結界を施した人が悪いのです。しかし仮に私があの結界を解いていたとしても……あのフェンリルを手懐けられるとは思いませんでしたから……」
先日その結界を施した本人に会い、ぶつけようのない怒りがほんのり残っている。
「そうですか……ヴェルセリアさんとザークさん、とても仲が良くていいパートナーだなって思いました」
「本当に……今後が楽しみですよ」
「……私、今回の探索は実績になりましたか?」
「それはもう、大丈夫でしょう。リヴェリア支部長の私が認めますよ。貴女がいなければパーティDは大変でしたからね」
「そう言ってもらえると、嬉しいです……」
フィオナは控え目な笑顔を見せる。
「それでは、貴女のお父様には今後も冒険者を続けると私からお伝えしてもよろしいですね? 私から伝えれば、もう実績などと言って来ることもないでしょう」
「え……よろしいのですか! ありがとうございます! ……今回の探索で、皆さんのお役に立てる事がこんなにもステキなんだって気付けました。そして……」
キラキラした笑顔から一転、フィオナの笑顔が曇った。
「魔術研究所に対する不信感が募りました……」
「おやおや……若い方はそんな事は気にせず、自分の道を歩んでください。その辺りはベテラン勢に任せて……ふふ」
アリスターも今まで黙っていた未踏域での事を、これからは公にできるとあって色々と画策しているようだ。
***
地上に戻ってから3日が経ち――ヴェルセリア達の姿は『リヴェリア』にある『咆哮亭』にあった。
「改めまして未踏域探索、お疲れ様でした!」
『お疲れ様でしたー!』
パーティDのメンバーだった6人と1匹は宴会を開いていた。探索が終了した日の別れ際に、3日後改めて打ち上げを行おうと言う事になったのだ。
初対面だったメンバーも約1ヵ月という長い間寝食を共にし、死線を越えてきたと言う事もありすっかり打ち解けていた。探索中とは違い、全員ラフな格好で楽し気に卓席を囲んでいる。
「この3日、休めました?」
「あぁ、宿屋のベッドでグッスリだったよ。フィオナはフリーズ・マナに行けたか?」
「はい! 今回はブリザード・パフェを食べましたよ(美味しかったな)」
「エレノアは満足するまでお風呂に入れたかしら?」
「えぇもちろん! ヴェル姉様は……あぁ、ザークさんを見ればわかりますわ」
毛並みがふわふわになり、キレイになったザークが足元で骨付き豪快ローストを貪っていた。そして視線を戻すと心なしか、ヴェルセリアの肌艶が良くなっている。
「ヴェル姉様、戻って来てから何かこう……エステにでも行かれました? 肌艶がいつもよりいいですわ」
「え? そう? うーん……特に何もしてないけど……よく眠れたからかしら……?」
ヴェルセリアは宿に戻ってからザークを思う存分洗い、気の済むまでザークの毛に顔を埋めモフっていた。この1ヵ月、思い切りザークをモフっていなかったのがストレスだったのかいつも通りモフった途端、肌艶が一時的にいつもより良くなっているのだ。
一方ザークは、期待通りヴェルセリアにされるがままモフられたので満足していた。
「それより……なんでランクSのパーティが隣の卓席にいるのよ」
チラリと横に視線を巡らせると、見慣れた『最果ての開拓者』のメンバーが隣の卓席に勢ぞろいしていた。
「やぁ、ヴェルセリアさん! こっちの席に来なよ」
明るい声でイグニスが声をかけてくる。
「誰が行きますか! 私はこっちで楽しく吞んでいるのよ」
「そうですよ、イグニス。ヴェルセリアさんは私とエレノアさんとで未来の魔術について語っていますから!」
その声に振り向くと、ヴェルセリアの隣に座っていたシオンをイグニスの隣に移動させてちゃっかりローランドが座っていた。
「えーローランド、ずるいー」
「悔しかったら魔術を語れるだけの知識を身につけて来てくださいね!」
余程先日の魔術談義が楽しかったのか、ローランドは満面の笑顔だ。
「すみませーん! こちらにマナ・ベリー酒を追加でボトル3本とブルーハイポーション・ソーダ1つお願いしますー」
「……いつの間に……」
ローランドの席移動の速さと手慣れた注文に、若干引き気味なヴェルセリア。
「(このメガネ、この前からヴェルに近付きすぎなんだよ……)」
足元にいたザークは、ローランドの足を小突いた。
「いたっ! 痛いですよ!」
他のメンバーは、シオンはイグニスの隣に、その隣にアルドリックとテオドール、クレアとフィオナの隣にリリアとコーデリアとメイプルが座った。
「……」
また魔術について深い話ができる魔術師が揃った事で、ヴェルセリアは話すかどうかで迷っていた。
『禁書』の事だ。
「……エレノア、ローランド……少し話をしてもいいかしら?」
「改まってどうされましたか? ヴェル姉様」
「……私、目的があってこの中央大陸に渡ってきたのよ。その目的が、『禁書』と呼ばれる物を探す事。……聞いた事あるかしら?」
「『禁書』、ですか? それはどんな物ですか?」
マナ・ベリー酒を注ぎながら詳しい話を聞くローランド。自家製カマンベールベイクも運ばれ口にする。
「『禁書』にはとても強力な魔術について書かれている。その魔術は『シルヴァリア』に存在する魔術とは全く異なるもので、魔術の概念が根本から覆る。『禁書』には神をも殺せる強力な魔術が書かれている……らしいわ」
ヴェルセリアもマナ・ベリー酒に口をつけ、口に広がる芳醇な香りにうっとりする。
「うーん……神をも殺せる魔術……大変興味深いですね」
「……初めて聞きましたわ。概念が根本から覆るって、面白そうですわね」
エレノアは野菜チップスを手に取り口に運びながら、興味津々に聞いてくる。
「ただ、それ以上の情報が全く無くてお手上げ状態なのよ」
ヴェルセリアは小さくため息を吐き、再びグラスを口につける。
「だからヴェル姉様はギルドで遺跡探索を中心にされていたのですね。『遺跡探索の女神』と呼ばれているだけありますわ」
グラスに口をつけたが、聞き慣れぬ呼び名を言われ手が止まる。
「え、なによそれ……私そんな二つ名みたいなので呼ばれているの?」
「ご存知なかったのですの? リヴェリアでは有名ですわ。ただ、それがヴェル姉様の事だと言うのは最近知りましたけど……」
「なるほど……その『禁書』を探すために今回の大規模探索にも参加されたのですね」
「そうよ。……でも発見には至らず。ただ……不可解なことがあって……」
差し出したのは、メッセージカードだった。
「これは?」
「研究所でヘンドリックから渡された物よ」
「ヘンドリックから? それはまたどうして? 初対面でしたよね?」
「それは私が聞きたいわよ。なんでも、魂を脅してまで『エメラルドの瞳のエルフに渡せ』と言われたらしいわ」
「魂を……脅す!?」
死者の魂を脅すなど、聞いた事がない。一体どう言う事なのか。
「誰から預かった物なのか聞こうとしたら、遠隔で強制浄化されるから言えないって。とんでもない人に頼まれたみたいよ」
「強制浄化? かなり強引ですわね……」
「そう、強引なのよ。なにもかも……あの研究施設に関しては」
「……? それはどういう事ですか?」
ローランドはヴェルセリアの方に視線を向けたまま、マナ・ベリー酒の入ったグラスを口につけ一口飲む。
「ローランドは気付いたかしら? 地下の研究施設から魔動昇降機で上がった先で氷漬けになったゴーレムがいたのだけれど」
「ゴーレム……あぁ! ありましたね、動き出しそうなのに動けなかった氷漬けのゴーレムが! あの時は観察する時間がありませんでしたから……」
「あのゴーレム、氷結魔術に時間魔術が重ね掛けされていて氷が全く溶けていなかったわ」
「確かにありましたわね……それが何か関係がありますの?」
「ヘンリーがいた部屋の扉にかけられた施錠の魔法陣、あれにも時間トラップが施されていたわ」
「そう言えばそうでしたわね。あれに気付かずに解除をしていたら、50時間程ロックが掛かってましたわ!」
「どちらも時間魔術が使われていた。それも普通の魔術師ができないほど難しい魔術を」
ヴェルセリアはグラスに入ったマナ・ベリー酒を一気に煽った。
「……そして魂を脅すとんでもない人……それら全てが同一人物によるものなら、その方、性格が悪そうですね」
ローランドがハッキリと言い切った。総合的に考えて、やり方が性格悪いと。
「そうなの、そこなのよ……そんな性格の悪そうな人で凄い魔術師が、なぜ私にこれを渡したかったのか全くわからないのよ」
ヴェルセリアは頬杖をつき、思い出そうとするがそんな人に覚えがない。
「心当たりは?」
「全く無いわ。第一、あの場所は未踏域じゃなかったの?」
大きなため息をつき、空になったグラスをぷらぷらさせるヴェルセリア。
「あの場所はギルドには登録されていない場所のはずですが……」
心当たりもなく、思い当たる人物もこの3人にはわからない。エレノアはメッセージカードに視線を落とす。
「それで……このメッセージカードには何て書いてあったのですの?」
「……見て」
ヴェルセリアはカードを裏返す。捲られた側には乱雑に、わかる人にしかわからない内容が書かれていた。
【お前の欲するものは何だ? 知識か? 承認か? 支配か? それとも、全てを捻じ伏せる、神をも殺せる力か? 白く深き森、新たな道、対となる者。探せ、世界にそれはある】
『……』
エレノアとローランドはピンとこない。文章として何が言いたいのかハッキリしていないのだ。
「何の事でしょう……」
「……さっき話した、私が探している物はどんな物か思い出して」
ローランドとエレノアは順番に思い出し、一つずつ言葉に出していく。
「強力な魔術……」
「全く異なるもの……」
「魔術の概念が根本から覆る……」
「神をも殺せる強力な魔術……っ!!」
『神をも殺せる力!!』
エレノアとローランドは目と指先を合わせ同時に言い放った。
「ね? これは……私に『禁書』を探せと言っているみたいだわ。親切に手がかりをくれているようね」
「……信用していいのか?」
それまで黙って聞いていたザークが顔を上げて声を上げる。
「だって、『禁書』にまつわる文献が書庫にあるどの本を探しても全く出てこないのよ? ……それなのにこの雑なメモにはご丁寧に『神をも殺せる力』と書いているわ。『禁書』を知る者が書いたとしか思えないわ」
「一体誰が書いたのでしょう?」
「わからないわ……」
「それに『禁書』を知る者……この世界にどれだけいるのかわかりませんわね」
「2人が知らないとなると、そこらにいる魔術師は絶対に知らないわ」
ヴェルセリアのその一言に、エレノアとローランドは互いに目を合わせる。
「……すごい信頼を寄せられてますね、私達」
「……ですわね」
ローランドはエレノアの方を向き、嬉しそうに微笑む。
「……こんなに話ができる人、なかなか、いないから……」
ヴェルセリアは少し頬を染め恥ずかしそうにして、エレノアとローランドを交互に見る。その姿を見たエレノアはヴェルセリアの手を取り、笑顔を向ける。
「……私もヴェル姉様とたくさんお話ができて、とても嬉しいですわ!」
「魔術に長けているハイエルフのヴェルセリアさんに認めてもらえて、魔術師冥利に尽きますな!」
魔術に魅せられ研究に没頭してきたヴェルセリアは、ここまで理解をしてくれる友が同じエルフの中ではできなかった。中央大陸に渡って来てからは新しい魔術の発見は無く、気付けば期待をすることを諦めていた。だが――
(あぁ……幸せだわ)
中央大陸に渡り5年が経つ。それまであまり人と関わらないように、目立たないようにしてきたが、共に考え、共に語る事ができる友と呼べる人物に漸く出会えたようで嬉しかった。
「エレノア、ローランド……ありがとう……っ」
照れながら柔らかく微笑むヴェルセリアを間近で見た2人は――
『っ!!』
一瞬息が止まり、胸を押さえている。
「ヴェ、ヴェル姉様の、その笑顔の破壊力は……」
「ギルド長ですら、太刀打ちできないと……」
『理解できました』
「わ」
パタリと、テーブルに載せられた食器が派手な音を立て、エレノアとローランドがテーブルに突っ伏した。
「え? え? 2人共、大丈夫? ねぇ!」
「あーあ、ヴェル、また無自覚にやったな……」
急に2人が倒れたので動揺するヴェルセリアを尻目に、ザークはまた人たらしが発動したと呆れていた。
「え? え?」
「なんだ? ……はぁ!? エレノアとローランドが倒れてる!」
異変に気付き振り向いたシオンが大きな声を上げる。
「ヴェルセリア、呑ませすぎちゃダメだろ? すみませーん! お冷2つお願いしますー」
酔いつぶれたと勘違いしたクレアが、ヴェルセリアが呑ませたと思い店員に水を注文した。
「違……っ! 2人が急に倒れたのよ! 私は何もしてないわ! しっかりして! エレノア! ローランド!」
お気に召しましたら、感想、評価、ブックマーク頂けると嬉しいです。
どうかよろしくお願いします。




