第49話【シオンの過去】
「皆さん、……私が言うのもなんですが……ご無事ですか?」
テオドールがバツが悪そうに呼びかけをする。そもそものきっかけがテオドールの失踪だったので、とても気まずそうだ。
「なんとかな……ただ、正直全滅するかと思ったな……」
クレアは地面に寝転がり、枝葉のなくなった森の、人工太陽の光が降り注ぐ下層の天井を見上げる。
パーティメンバー全員が、消耗し切ってその場で座り込んでいる。
「しかしあの蜘蛛最悪だな、あれだけ苦労して倒したのに取れる素材が蜘蛛の糸だけとか……」
魔力喰らいの大蜘蛛は小さな蜘蛛となって散ってしまい、あれだけ大きな身体だったのに全く素材が取れなかった。クレアが悔しそうに握りこぶしを作る。
「まぁ、全滅しかけたし、倒せただけでも良しとしないとな。……しかしテオドールが無事で良かったよ。エレノアの取り乱し様、見ていられなかったからな」
シオンがエレノアに視線を移す。
「し、シオンさん! ……仕方ないですわ……まさかテオが魔物の手に堕ちるなんて思いもしませんでしたから……」
もじもじと、少し恥ずかしそうにエレノアがチラリとテオドールを見上げる。
「お嬢……大変申し訳ございません……守護者として失格ですね……」
テオドールは座り込んでいるエレノアに近付き、頭を下げている。一瞬の間を起き、エレノアが立ち上がる。
「テオ……今回の相手は私達には相性が悪すぎましたわ……例え最初に襲われたのがテオじゃなくても、同じだったと思いますわ……だから……その……生きていて……よかっ……た……ですわ……」
テオドールの代わりにパーティをまとめ気丈に振る舞っていたエレノアだが、堰を切ったかの様にポロポロと涙を流しテオドールの胸に飛び込んだ。テオドールは静かに泣くエレノアの背をポンポンと優しく撫でる。
周りで見ているパーティメンバーは温かい目で見守った。
人工太陽から降り注ぐ暖かな光が、森だった場所を照らす。
そこで寝転がるヴェルセリアの顔を覗き込むザークの、灰蒼の毛が視界に入るとヴェルセリアは手を伸ばした。生命維持ギリギリまで魔力を与え、先程まで虫の息だったヴェルセリア。今はフィオナに強制的に魔力補給をされたので、疲れてはいるが生きている。
「ヴェル、大丈夫か?」
「……なんとか、ね」
ゆっくり呼吸をしながら、瞳を閉じる。伸ばした手はザークの柔らかな毛に触れ、優しく撫でる。
「生きてて、よかった……」
ポツリと呟く。それを聞いたザークは、ヴェルセリアの頬を前脚でツンツンと優しく小突く。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ」
そっと瞳を開くと、目の前にザークの顔がある。じっと見つめ、ネティシアが言っていた事を思い出す。
『あのクソ狼……どうやって眷属にした? あれ、フェンリルだろ』
第三者と呼べる者にザークの事をフェンリルだと指摘されたのだ。これ程決定的な事はない。ヴェルセリアはゆっくりと起き上がり、改めてザークを見る。
「貴方、本当にフェンリルだったの……」
「だから……っ! ……今までだって何度も言ってるだろ……」
ザークは不貞腐れたようにため息交じりでヴェルセリアを見る。お互い目を合わせ、暫くそのままでいた。再び話を切り出したのはヴェルセリアだった。
「……私の魔力、何か感じてたの? だから従ってたの?」
ネティシアが言っていた、『神の祝福』――
稀に生まれながら特別な力、特別な技術を持った者がいる。その力は十人十色で、気付かず天寿を全うする者も少なくない。ヴェルセリア本人も全く気付いていなかった、魔力供給による追加技術『能力上昇』。特殊な条件下でのみ発動する技術なため、恩恵を受けられる者はごく限られた者である。
「……そう言う訳じゃねーけど……確かに力が溢れる感覚はあった」
レッド・ドラゴンの討伐の際、初めて本格的な魔力供給を受けた時に感じた感覚はそれだったのだ。
「……自分でもそんな技術があるなんて、知らなかったのよ……」
「そうか……」
「……」
沈黙が流れる。
その少し気まずい空気を打破したのはシオンだった。
「……なぁ、お前らの関係って、屈従契約って言っていたがそれは本当なのか?」
チラリとシオンを見上げ、ヴェルセリアは短く答える。
「……本当よ」
この世界に存在する生物と人間の契約にはいくつか種類がある。
魔獣使いなど使役生物との契約は対等関係の守護契約、偵察や隠密活動をする際の感覚同調契約、魔獣などの体の一部を借り受ける寄生型契約がある。
その中でも、魔力供給を約束に守護をする、一見守護契約に見える屈従契約は互いの魂を結び付け主従関係以上になるのだ。強い拘束力のある契約のため、主は眷属に命令をする事ができ、一生を捧げる覚悟をしなければならず普通なら結びたがる者はいない。
しかも契約の際、脛即ち膝下にキスをするという服従を意味する屈辱的な行為をさせなくてはならない。
「……って事は……ザーク、お前……」
真剣な顔でシオンがザークを見つめる。
「……」
「あの儀式、やったのか?」
「あ゛ぁ?」
何を言われるのかと覚悟を決めたが、シオンが聞いてきたのは儀式の内容だった。
「あ、いや、屈従契約をする時って……確か契約者の脛にキ……」
「あーー! 知らなかったんだ! こんな事になるなんて……」
被せ気味にザークが叫ぶ。恥ずかしさを誤魔化すように、無意味に穴を掘り始めるザーク。それを冷ややかな目で見るヴェルセリア。
「おバカなのよ、この子。屈従契約について何も知らないのよ。言われるがままにやるんだから……本当、バカな子……」
最後は愛しい者へ向ける眼差しをザークに投げかけた。
シオンはこの1人と1匹の間には、契約以上の何かしらの感情を見たような気がした。
「ところでシオン……身体は大丈夫? 効いてないとは言え、麻痺毒をもらっていたのでしょう?」
ヴェルセリアがシオンの身体を案じる。だがシオンはそんな事はなかったかのように軽く答える。
「ん? 俺は大丈夫だ。……こんな鈍い身体がここにきて役に立てたみたいでよかったよ」
鈍い身体――普通の人間は毒に対して多少の強さはあっても、全く効かないなんて事はない。毒への反応は生きていく上で必要な防衛反応である。効かないではなく、効かなくなるように訓練をするしかない。
ヴェルセリアは、過去に何かがあった事を察する。
「感覚が鈍い……何度も毒を受けて耐性を付けたから効かなくなったのではなく?」
ヴェルセリアに真っ直ぐ見つめられると、全てを見透かされているように感じる。そのエメラルドの瞳に嘘はつけない。
「あー……そう、だったかなぁ……」
これ以上見つめられると思い出したくない過去も口を吐いて出てきてしまいそうで、思わず目を逸らしてしまった。
「もし……もし、そうだとしたらどれだけの量の毒を受けたの? こんなに辛い事を……」
ヴェルセリアはシオンを目で追い、その瞳からは逃げることを許してくれない。
「どれだけ……そうだな……」
ポツリと、シオンが語り出す。それは、今のシオンになる前の事――
***
冒険者として駆け出しの頃、剣士をやってきたシオンだったが、あるきっかけで盾撃士に転職をした。
『剣士なのに強化魔術が使えない?』
最初のパーティで言われた言葉だった。
シオンは剣技には自信があったのだが、如何せん魔力量が極端に少なかったのだ。
剣士と言う職業は、治癒師や魔術師に比べたら魔力量は少なくてもできる職業だが、強化魔術が使えないほど少ないのでは話は別だ。
剣士は身体強化の魔術が必須となり、自分で自分を強化できなければなれない。
『そこは剣技でカバーするから大丈夫だ!』
冒険者を始めた頃は、強化魔術を使わずに倒せる討伐依頼が多かったため問題はなかった。しかし、ランクが上がれば上がるほど強化魔術が必須となる相手が増えてくる。
『シオン! 何故強化魔術を使わない! お前が使っていればここまで被害が出る前に終わらせられただろ!』
討伐対象の魔物を倒すのに手こずり、パーティメンバーが傷つく事も増えてきた。
『……それなら、皆を守りながら戦う! だから……』
それからのシオンは戦いながら、体を張って仲間を守るようになった。
自分が皆を守れば何とかなる、そう信じて戦った。だが、守りを固めれば攻撃が疎かになる。攻撃に集中すれば、強化魔術ができないので決定打に欠ける。そんな中途半端な仕事しかできず、自らパーティを去る結果となった。
元々は剣に魅せられ、いつかは剣聖になる! と、田舎を出てきたシオン。剣技の才はあれど、剣士に必須な強化魔術が使えないとなれば冒険者以外の転職も考えねばならなくなる。
だが、冒険者を諦めたくはなかった。依頼を受け解決する、仲間と共に戦う、その全てが楽しかった。何より、剣を振い誰かのためになるのが嬉しかった。
『ただ、魔力の器が小さすぎた』
たったそれだけ。それだけで剣士の道を諦めなければならなかった。悔しくて何度も泣いた。だがどうする事もできない。魔力の器は生まれ持ったもの、それを大きくすることはできないと魔術師達に何度も言われた。
しかし、とある魔術師は違った。
その人は偶然出逢ったエルフの魔術師だった。
『なに、魔力量が足りなくて強化魔術が使えないって?』
彼女曰く、魔力の器を大きくするのは難しいが、『自分を騙す』事はできるという。
『いいか、魔術ってのは使うイメージが大事なんだ。毎日少しずつ魔術を使い、身体全体に魔力が流れるイメージを覚えるんだ』
そして驚くべき方法を教えられる。
『少しコツはいるが……魔力を使い切る直前に魔力補填を行い詠唱を続ける。そうすれば魔力が注ぎ足され、器以上の魔力を使う事ができる』
かなり荒技なのだが、タイミングさえ間違えなければ可能だという。
その人はシオンに身体を鍛え、先ずは盾撃士として守りの魔術を使うよう勧めた。守りの魔術は身体強化魔術に近いが、身体へかける魔術とは違い使う魔力量が少ない。それに慣れてから使えばいつかは――
『私は努力を惜しまず頑張る奴を応援するのが好きでね。希望を捨てるな、少年』
エルフの魔術師はそう言い残し、去って行った。
一筋の希望に見えた。
まだ自分は冒険者を、剣士を諦めなくていいと。
シオンは血の滲む努力を重ね、盾撃士として残り、いつかまた剣士を名乗れるように今まで続けてきた。どんなに強い魔物にも斃れない強い身体作りをし、どんなものにも耐えた。毒の耐性もその1つであった。
その先には剣士への道があると信じて。
「……だから、やれる事はやった。やったけど、なかなか上手くいかなくて。でも、今回はできた、かな?」
少し照れたように、嬉しそうに語るシオン。その姿がとても尊く、シオンの人柄が出ていた。
「……そう……だったのね、シオン。剣士への憧れと絶え間ない努力が、今の貴方を形作っているのね。……シオンのお陰で皆の命が助かったわ。本当に、ありがとう」
柔らかな笑顔をヴェルセリアはシオンに投げかける。
何度も身体的にも精神的にも傷付いてきたシオンは、ヴェルセリアのその言葉で報われたように感じた。パーティメンバーに、そんな風に言われる日が来ると思っていなかったからだ。
気付けば、シオンの瞳から涙が溢れ頬を伝っていた。
「シオン……?」
突然のシオンの涙に、ヴェルセリアが心配をする。
「あ……ちょっと、昔のことを思い出しただけだ……大丈夫」
その姿を見たクレア、フィオナ、エレノア、テオドールもシオンに寄り添い、讃えるのだった。
「お前の剣技、本当にすごかったな。本来なら剣士が適職だったんだな」
「シオンさんのお陰で私達、今生きています!」
「シオンさん! 守りだけじゃなく攻めるのもできるのは素晴らしいですわ!」
「攻守ができる剣士は貴重です。ぜひその道を極めましょう!」
そしてザークも控え目に呟いた。
「……お前のお陰で助かった、ありがとな……シオン」
皆にそれぞれ感謝と称賛を受ける日が来ると思っていなかったシオンは、心の中でも嬉しくて泣いていた。
(あぁ……こんな未来があるなんて、あの時の俺は想像できなかったな……)
過去の自分が今の自分を見たらどう思うかなと、ふと思う。振り返れば辛かった鍛錬、あれらが無駄にならずに今やっと報われた。
俺はまた剣聖を目指してもいいのかなと、今は少しだけ自分を褒めようと思ったシオンであった。
***
落ち着いたところで、皆の視線がザークに集まる。
「……なんだよ……」
事前になんとなく知っていたエレノアとテオドールはやっぱり……と言った顔をしている。何も知らず、普通に狼だと思っていたシオン、クレア、フィオナは少し青ざめている。
そう、伝説級の魔獣フェンリルが目の前にいるからだ。
ネティシアが本物を知った上で、ザークの事をフェンリルと指摘したからだ。言い逃れができない事に、ヴェルセリアは頭を抱えていた。
ヴェルセリアとザークが屈従契約の関係と言うのも、エレノアとテオドール以外の3人もなんとなくわかっていたがここではっきりわかってしまい、それも気まずさがある。
「全部、あの魔力喰らいのせいよ……」
恨み言のようにブツブツとヴェルセリアが呟いている。
ザークがフェンリルだと言う事にうすうす勘付いていたが、まさかこのタイミングで、皆の前でバレてしまうとは思ってもいなかった。
ギルドの書庫から勝手に封印を解いてしまい、屈従契約までしてしまった。知らなかったとは言え、これがギルドにバレてしまうとザークを取り上げられてしまうかもしれない。
なりふり構っていられないヴェルセリアは皆に頭を下げる。
「お願い……っ! ザークがフェンリルだと言う事、屈従契約をしている事を秘密にしてもらいたい、です……。これが公になると私、ザークと一緒にいられなくなってしまうから……」
肩を震わせ懇願する。その姿を見たザークも、ヴェルセリアの隣に寄り添い頭を下げる。出会ってまだ1ヶ月ほど、それでも今更ザークと離れるのは考えられなかった。
5人はそれぞれ顔を見合わせ、頷き、改めてヴェルセリアとザークを見る。
「ヴェル姉様、今更ですわ。ザークさんが犬だろうと狼だろうとフェンリルだろうと、私達の仲間なのは変わりませんわ!」
エレノアのその言葉に、他の4人も頷くのだった。
「今更、ですね」
「ザークがいないと索敵が捗らないしな」
フィオナとクレアも頷きながら笑顔を見せる。
その言葉に、ヴェルセリアは瞳を潤ませ
「エレノア……みんな……ありがとう……っ!」
柔らかい笑顔を見せるのであった。
パーティの雰囲気はまとまり、残りの探索とマッピングに弾みがつきそうであった。
「第一フェンリルとどこで出会ったんだよ……探したって見つからないような魔獣を……」
素朴な疑問をクレアがぶつけてくるが、書庫での一件は話してしまうと本当にギルド側にバレてしまいかねない。
「それは……内緒で」
口元に人差し指を立てて当てるヴェルセリアだった。
そんな和やかな空気が流れる中、その様子を静かに見ている者がいた。
『そうですか……やはりあれは……封印の書のフェンリルだったのですね……』
落ち着き放ったその声は暗がりの部屋で響き、他の誰にも聞こえない――
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