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【第一部完】『禁書』を探す天才エルフ、旅のお供は犬でした。【第二部準備中】  作者: ねこめがね
第1部 第3章 未踏域探索編

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第41話【最果ての開拓者の過去と現在】

 ――数年前、『最果ての開拓者(フロンティア)』が今の形になる前の事。


 その当時、イグニスはまだランクSに到達していなかった。それでも、圧倒的な強さだったのは変わらない。この時の『最果ての開拓者(フロンティア)』のメンバーは、イグニス、ローランド、アルドリック、クレア、そしてアコと呼ばれる治癒師(ヒーラー)の5人だった。


 ある時、ギガ・テンタキュラという植物と肉食獣が融合した、巨大な魔物(モンスター)が街道に居座るという事案が発生した。場所が『アクアス』と『リヴェリア』を結ぶ街道だったため、すぐさま討伐依頼が出されイグニス率いる『最果ての開拓者(フロンティア)』が依頼を受けた。


『あれがギガ・テンタキュラ……大きいと聞いてたが、想像以上に大きいな』


 アルドリックが前衛に立ち、様子を窺う。大きさもさることながら厄介なのはその複数生えた触手だった。


『あの触手を使って、巨体を動かすらしいですよ。動く姿、見てみたいですね……』


 ローランドは魔獣や魔物に興味があり、新種を発見し学会で発表するのを目標にしている。そのため、いつも討伐依頼を受けるとじっくり観察をして既存の種類か、確認が取れてから動くのだ。


『ローランド、まだぁ? 俺そろそろ戦いたいんだけど』


 痺れを切らせたイグニスが文句を言い始める。現場に到着してギガ・テンタキュラを前にしてからかれこれ1時間、まだローランドの観察が終わっていない。逆に言ったらイグニスはよく耐えている方だ。


『待ってください、あれは……触手の先の方だけ色が違う……もしかしたら新種かもしれません!』


 ローランドは使い古したノートと『光彩の写し筆(ルミナ・クイル)』を取り出し、描き写し始めた。この状態になったローランドは使い物にならなかった。


『あぁもう、俺、やっちゃうよ。あれぐらいの魔物なら俺だけで大丈夫だ!』


 イグニスは何も作戦を立てずに正面から突っ込んでいく。


『い、イグニス!』


 残されたメンバーは慌てた。巨大な魔物を前に何も作戦を練らずに突っ込んでいくイグニス。援護しようにもローランドは魔物のスケッチに夢中になり、残されたアルドリックは護りを固めるしかなかった。


 クレアは射手(アーチャー)としてできる事をやろうと必死だった。


『アルドリック、私は高所から狙うからアコをお願い!』


『わかった、アコは俺の後ろに』


『わかったわ』


 アコはアルドリックの後方に回り、いつでも加護を与えられるよう準備をする。


『イグニス、サンプルを残してくださいね!』


 呑気にローランドはイグニスに声をかける。忙しく手元を動かし、討伐依頼の実行中とは思えない。


 アルドリックはその場で守りを固めるが、初めて対峙する魔物の様子から何か嫌な空気を感じ取る。相手の視線がイグニスの方を向いていないのだ。


『待て! イグニス! そいつは……』


 アルドリックが止めるのを聞かず、イグニスはそのまま魔獣の正面から斬りかかる。だが、ギガ・テンタキュラはその複数生えた触手を周りに這わせ、その巨体を瞬時に動かしイグニスの剣を避けた。あまりに見た目と不釣り合いな動きをしたギガ・テンタキュラに、イグニスも驚き踵を返す。


『へぇ……面白いじゃないか!』


 振り返りギガ・テンタキュラの動きを追う。だが、相手の視線は未だにイグニスではなく別な方向を見ている。


『……一体どこを見ている?』


 素早く動くギガ・テンタキュラを、強化魔術を使ってないイグニスはそれを感じさせない程の速さで追う。素の速さで一般的な剣士(ソードシーカー)の強化された速さで走るのだ。


 追われたギガ・テンタキュラは地面に着地したと同時に、複数ある触手を一気に放出するように伸ばしていく。


『!!』


 だが、伸ばされた触手はどこを狙っているのか、あらぬ方向へと向かう。


『どこを狙っているんだ? 邪魔だから切っちゃうね』


 太く長い触手をイグニスは枝葉を切るように簡単に落としていく。触手は長く、切り落とすとビタンッ! と大きな音を立てて地面に落ちる。それに当たるだけでも大怪我に繋がりそうだ。


 アルドリックも前から飛んでくる触手をシールドで抑え、アコを護る。


『これは何がしたいんだ?』


 狙いがわからないのが一番怖いと、アルドリックは周りを見回しながら警戒をする。


 その時だった。


『アルドリック! 後ろだ!』


 高所からギガ・テンタキュラへ狙いを定めていたクレアは、いち早く気付く。長く伸ばされた触手がパーティの、護りの薄かった後ろ側に向かっていた。


『アコッ!!』


 クレアが狙われたアコの名を呼び矢を放つが、間に合わない。


『え……?』


 鈍く重い衝撃音が肉を穿つ。


『か……っ。ハァ……ッ!』


 太く鋭い触手が、アコの身体を無慈悲に貫いていた。大型の魔物は知恵が働く。どこから崩せば良いか初めからわかっていたのだ。


 ――初めから狙いはアコだったのだ。


『アコーッ!』


 元々、クレアと治癒師(ヒーラー)のアコは友達であった。当時からイグニスはギルド内では有名で次期ランクS候補と言われ、そのパーティメンバーになれば安定的な仕事がもらえる、そう思い『最果ての開拓者(フロンティア)』の固定メンバー募集を見て、2人で参加を決めた。


 アコは故郷に幼い兄弟がいた。その子らの生活を支えるために仕送りをしていたアコは、安定的な仕事を欲していた。


『田舎では仕事が少ないから……母さん達も大変なんだ。食べ盛りの子達だからね。少しでも生活の足しになればって、仕送りをしてるんだ。だから、このパーティに参加できれば……巻き込んじゃってごめんね、クレア』


 優しいアコはいつもクレアに謝ってばかりだった。


『私こそ、アコに便乗しているよ。安定した仕事、いいじゃない!』


 だが、現実はそう簡単ではなかった。ギルド内ではすでにイグニスのいるパーティは有名であったが、固定メンバーの募集は何度も見た。それだけメンバーが長続きしないのだろう。


 実際にメンバーとして参加したクエストも、ランクAの物でもかなり高難易度のものが多く、おまけにイグニスとローランドが時に暴走する。それがわかった時に、アコが亡くなった――


 それがきっかけでクレアは『最果ての開拓者(フロンティア)』を脱退した。


 クレアはこの時から心の中の時間が止まっていた。


「――だからこそ、さっきヴェルセリアが身体を張ってフィオナを守ってくれたのが嬉しかったし、苦しかったんだ……」


 あの時、フィオナとアコが重なって見えていた。結果的にフィオナもヴェルセリアも無事だったが、一歩間違えればあの時の二の舞になっていた。クレアが泣きそうな顔でフィオナとヴェルセリアを見る。


「だ、だから、あんなに私の事を心配していたんですね……」


 ヘルハウンド戦が終わった後、クレアは過剰なまでにフィオナを心配していた。


「……そんな事が……」


 リリアが震える声で呟く。だが、それを聞いたからこそ言いたい事があった。


「あの、私、今、治癒師(ヒーラー)として『最果ての開拓者(フロンティア)』に所属しています。貴女が所属していた時の事はわかりませんが……私、ちゃんと守られています。相変わらずイグニスさんとローランドさんは暴走する事はありますけど……」


 隣でコーデリアとメイプルが激しく頷く。


「それでも、今は本当に危ない時はローランドさん、正気に戻って守ろうとしてくれてます」


 正気に戻って、と言われたローランドは眼鏡を指で持ち上げる。


「イグニスもちゃんと守りが固まってから攻撃を始めるようになったわ」


 コーデリアがリリアに寄り添う。


「それに、私達もいるニャ。治癒師(ヒーラー)はパーティの大きにゃ柱だニャ」


 メイプルがリリアに抱きつき、頬をすり寄せる。


 今の『最果ての開拓者(フロンティア)』は、メンバーを使い捨てと考えずに一人ひとりを大切にしているのが窺える。


「……そう、それならよかった……」


 自分達の時からそうだったら、と思う気持ちは拭えない。だが今、目の前にいる新しいメンバー達は確実に良いパーティへと成長している。


 クレアはイグニスと対面してから、ずっとささくれた感情が渦巻いていたが、今の治癒師(ヒーラー)の言葉を聞いて少しだけ救われた気がした。


「ん゛、ゴホンッ! えー……と、私もイグニスもあれから反省したん……ですよ? そこは、わかってほしい……ですね」


 少しばつの悪そうに話すローランド。言われてみれば、守りを固めてから虫(ワーム)に攻撃をしていた。イグニスも先程剣を振る時に、パーティメンバーを気にかけてから放っていた。


「そっか……人間は短い時間でも学ぶ事ができるんだな……」


「それは、エルフ的ジョークですか?」


「うるさいな、人間の25歳なんてエルフから見たら赤子だからな!」


「……エルフは皆、同じような事を言うのですね……これぞエルフジョーク……」


 クスクスと笑い声が上がる。クレアはパーティを脱退した後も『最果ての開拓者(フロンティア)』を気にかけていて、ローランドの今の年齢を覚えていた。


 あれから数年、変わっていないと思っていた『最果ての開拓者(フロンティア)』はパーティメンバーのために動けるようになっていた。今のパーティメンバーを見て、当時を知っているが故にここまで協力的に変われると思わなかった。むしろ、変わっていなかったのはクレアの方だった。


「……アコ、私も変わらなきゃだね」


 肩に乗っていた重たい何かが、ストンと落ちたような気がした。


 クレアの中で、アコが亡くなってから止まっていた時が漸く動き出したようだ。

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