第39話【光芒一閃】
「ん〜……何処か近くで何かが暴れてるね」
今日もパーティEのイグニス率いる『最果ての開拓者』はマッピングを進めている。暇を持て余しているイグニスは、遠く響く戦闘の音を聞いていた。
「いいなぁ……俺達もそろそろ暴れたいんだけど……」
小さくため息を吐き、踵で地面をぐりぐりと弄っている。その姿はアーマーを纏っているが、子供のようだ。
「暴れたいかどうかは置いておいて、あまりにも静かすぎますね、この森は」
マッピングをするその手を止めず、周囲の警戒を怠らないローランド。その表情は少し作業に飽きたのか気怠そうだ。探索を始めてから3日、あれから警戒はしているがイグニスが言った通り『まだ』何も起きていない。
「……イグニス、3日前に言っていた何かがいるって……あれはどうなった?」
アルドリックが静かに問う。イグニスが言う事だからこそ間違っていない。その確信があるために、いつまで警戒をしなければいけないのかわからず、疲労だけが蓄積していく。
「そうだね、うん、そろそろかなぁ。……なんなら、こっちから呼んでみる?」
楽しげに、まるで友達を呼ぶかのような言い方をするイグニス。
「イグニス! それはダメだ……お前が仕掛けると別の物も呼び込んでしまうから……」
普段穏やかなアルドリックが、珍しく声を荒げる。過去に何かがあったのだろう。
「そう? でも――来ちゃったかもしれないよ。あー……俺達を追いかけて来たんだね」
『!!』
その言葉でローランドが指示を出し、パーティ全員が戦闘体制に入る。
「コーデリア! 周囲の警戒を! イグニス、アルドリック、前衛を任せました。メイプル! イグニスの援護を! リリア! 私の側に」
完璧な布陣で挑む。その相手は――
イグニス達が歩いてきた道を辿るよう、来た道の地面が波打つ。比喩ではなく、実際に波打っているのだ。近くに生えていた背の高い木が、バタバタと倒れていく。そのお陰で相手の位置が丸わかりであった。
「いいね……これだけ大きな相手ができるならこの3日の運動不足も解消するね!」
まるでこれから動物と戯れようと楽しそうに話すイグニス。だがその言葉とは裏腹に、イグニスの身体にバチバチと小さな雷のような光が纏わりつく。完全に戦闘態勢だ。
「いくよ……っ!」
イグニスは波打つ地面に向け、一閃を繰り出す。詠唱などなく、ただ剣を地面に向けて一太刀浴びせる。
それはまるで地面に雷が落ちたような衝撃だった。凄まじい爆鳴が轟くと同時に、地面の中から巨大な虫が躍り出てきた。
「ニャニャ!? にゃにこの虫は! キラキラビカビカニャ!」
メイプルが驚きのあまり跳ねるように後退する。普段他の場所で見かける虫は、大きく長いのは当たり前なのだが、その体の表面は岩のようにゴツゴツするのが大半だ。だがこれは違った。今目の前にいる虫は宝石を纏ったかのように輝く結晶が貼り付いている。
「まさか……新種!?」
ローランドは新種の可能性があるとわかると、マジックバッグから使い古されたノートと羽ペンを取り出す。その羽ペンは、見ている物体をそのままに描くことができる魔道具『光彩の写し筆』だ。
「これは……み、見た事がない……!! 新種の可能性が高いですよ! サンプルが欲しいので、イグニス! 本体の一部が残るように倒してくださいね」
忙しく手を動かしノートに描き込むローランド。その表情はとても明るく、先程までマッピングをしていた時のような気怠さは欠片も見えなくなった。
「ローランド! こんな時に……死にたいの!?」
コーデリアが虫に狙いを定めたまま、ローランドに対して文句を言う。
「今回の探索、新種を期待していましたがいきなり現れてくれるとは……! 来た甲斐がありました!」
先程まで落ち着いた様子だったローランドだが、新種の可能性がある魔物が現れた事で子供のようにはしゃいでいる。
「あー……ローランド、ああなっちゃったらもう周りが見えてないね。リリア、下がってね。俺が何とかするから」
イグニスはローランドの傍にいたリリアを下げさせる。今のローランドの傍にいたのでは危険だ。
波打つ地面をイグニスは軽快に飛び回り、虫をじっくり観察する。
「シュルルル……、カチカチカチッ!」
大きな口からは無数の牙が覗き、見た目からも絶望感が出てくる。ずるずると地面から出てくる体は、未だ半分以上が土の中だ。
「とりあえず、剣は通じるかな?」
イグニスの眼光が鋭くなる。獲物を捕らえたその目は紅く、睨まれたら魔獣も怯える程だ。剣を構え、一瞬だった。
「ハァッ!!」
直後、強烈な金属音が遅れてやってくる。電光石火とはこの事を指すのだろう。
一瞬で間合いを詰め斬りかかり、彼はすでに虫の背後へと突き抜けていた。硬質な結晶体と剣先が衝突した摩擦で、一瞬辺りが閃光に包まれた。
「アハ……これは硬いね!」
駆け抜けたイグニスは振り返り、虫の表面を見る。斬りかかった体表に傷はついているが、決定打になるようなものではなかった。決定打ではないが、その傷が痛むようで虫はその大きく長い体をバタバタとくねらせ暴れる。
「……イグニスの剣が入らない……硬度はどれくらいなのでしょうね……」
羽ペンを忙しく動かし、観察をしているローランド。新種にあたりそうな魔獣や魔物を見つけると、いつもこうなのである。パーティメンバーもわかっているので、こうなってしまったローランドには何も言わないのだ。
「ローランドが使い物ににゃらにゃい! コーデリア! 遠距離お願いニャ!」
ローランドの事は諦めて別の攻撃方法を考える。
「どの道、あの体表だと魔術も効かなさそうね……それなら内側からいきますか!」
弓を構えたコーデリアは詠唱を紡ぐ。
「万象を灰燼に帰す劫火の源よ、我が意志を芯に此の矢へ集え。天を焦がす咆哮を上げ、直進する紅蓮の彗星と成れ。放たれし因果の火、標的を逃さず根源より焼き尽くせ」
矢が赤く光り、炎の魔術が宿る。コーデリアは狙いを定め、虫の口めがけて矢を放つ。真っ直ぐ放たれた矢は炎を湛え、虫の口の中へと吸い込まれるように入っていく。そして口の中が炎で明るくなり、燃え盛る。しかし――
「カチッ、ガチン!」
まるで巨大な歯車が噛み合ったような硬質な音が鳴り響くと、口腔内で燃え盛る炎は消えていた。
「魔術自体、あまり効かなさそうだね」
腕を組み、頷きながら分析をするイグニス。
「それならやっぱり内側から力でなんとかしないとダメかな」
『力』で、その言葉を聞いた全員は嫌な予感が過る。
「アルドリック!! 強化魔術を!! 全員アルドリックの後ろに回れ!!」
先程まで虫の観察で忙しかったローランドが血相を変え、その手を止め指示を出す。アルドリックはシールドを前に出し、詠唱を唱える。
「盾よ、不変の律動を宿し、不可侵の境界を現ぜよ。一切の貫通を許さぬ鉄壁となりて、我が歩みを守り抜け!」
シールドに光が宿り、強化魔術が付与される。イグニス以外の全員がアルドリックの背後に回る。さらにローランドが早口で詠唱を紡ぐ。
「虚空を越えよ、鋼の魂。封印の楔を解き、今こそ真姿を此の手へ!」
右手のブレスレットに嵌められた蒼の魔石が輝き、その手にスタッフが握られる。地面を一度突くと、スタッフの装飾された鈴が鳴る。
トッ……シャン……
「万象を隔つる不可視の境界よ、我が命に従いて其の堅牢を現せ。荒ぶる力の奔流を遮り、一時の静寂を此の地に留め置かん。天を突く牙、地を砕く爪、あらゆる破砕の意志を拒絶せよ!」
ローランドの詠唱で、透明な盾がアルドリックのシールドにさらにかけられ守りを固める。
「絶対に動かないでください!」
全員が頷き、固まる。
「ん? 準備は大丈夫そうだね。それじゃ、やるよ」
「カチカチカチッ!」
威嚇をするように虫が口を開け歯を鳴らす。そして虫の口へとイグニスは駆け出し、勢いよく飛び込んでいった。大口を開けたワームにそのまま飲み込まれる。
『…………』
全員が固唾をのんで虫を見守る、次の瞬間――虫の体表から光の筋が漏れる。その光は2本、3本と増えていき虫の口からも溢れる――
凄まじい破裂音が辺りに響き渡り、虫が内側から弾け飛んだ。
「ッく……!!」
虫の体表が結晶体で出来てたため、残骸がアルドリックのシールドに勢いよくぶつかり硬質な物が当たる音がする。シールドと強化魔術とローランドの防御魔術をかけているが、それでも衝撃が大きい。
漸く虫の破片が全て飛び散ったと思ったら、前方に何かがいる。
粘着質な足音を響かせながら、弾けた虫がいた場所から、イグニスがゆっくりと歩いてこちらに近付いてくる。
「いやー、やっぱり内側は脆いね。ちょっと切っただけでこれだよ」
剣を振って虫の体液を払う。虫の体液や肉片がイグニスの身体に纏わりつき、別の恐ろしい生き物のように見える。
「い、イグニスさん……それ、洗い流した方がいいですね……」
リリアが声をかける。誰もイグニスの心配はしない、圧倒的な強さを知っているから。どちらかと言えば見た目の心配の方をしている。
「あー……そうだね。近くに川はあったかな?」
どこか、緊張感が欠如している。ランクSとなると、これくらいでなければ務まらない。普段から圧倒的な脅威と対峙している彼は、恐怖心や危機感をどこかに置いてきてしまったようだ。時にその感情が生き抜くために邪魔になるのだ。
イグニスがその感情を思い出す時が来るとしたら、この世の終わりなのかもしれない。
『最果ての開拓者』のメンバーは、このイグニスと渡り歩いているのだ。それは、圧倒的な力に対して自分を守ることができるメンバーでなければならない。
「それより……さっきの奴が出てきた穴から細かいのがたくさん来るよ。きっと道になってるんだね」
鋭い洞察力と警戒心だけは忘れない。それは彼にとって戦いを楽しむために絶対に必要なものだから。
「さっきのよりは普通に戦えるやつだと思う。と、言う事であとはよろしくね」
イグニスはそう言い残すと、川を探しにどこかへ行ってしまった。
「ちょっ……! 待てイグニス!!」
ローランドの声はもうイグニスには届いていない。そして大きく開いた穴の奥からは小さな虫が大量にこちらに向かって今まさに出てこようとしていた。
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