第八話 未来の話
第八話 未来の話
小鳥遊さん曰く。
これより2年後に日本は相次ぐ魔物の出現に対応しきれず、政府機能が完全に沈黙。そこから数年間、脱出船を使い生き残った日本人は海外へと避難した。
その最後の船を防衛する為に、自分は戦死。この時、彼女の先祖に当たる人物も脱出船に乗っていた。
日本が魔物に飲み込まれた1年後、中国を始めとした複数の国が魔物により滅亡。
それから徐々に人類は生存圏を魔物に奪われていく。魔法と科学の融合をもって、非異能者の戦力化に成功し、多少は押し返すもののやはり劣勢。
『回帰の日』より100年後の段階で、残された人類の領土は米国の半分と、英国本土のみ。
しかし、米国も防衛線を突破されつつあり、英国も本土上陸を許す状態となっている。
人類の滅亡は、時間の問題であった。
「……と、言う事ですか?」
「はい。その通りです」
小鳥遊さんの証言を自分なりに纏めてみたわけだが、到底信じられない内容であった。
しかし、ただの妄想と断じる事も出来ない。
ちらりと、彼女がこちらに差し出した機械を見る。画面に女体化された自分のキャラクターが映るそれは、見た事のない機種だった。
スマホの種類になんて詳しくないが、この機械に入っているゲームは少なくとも現代にはない物ばかりである。
最近は個人でもゲームを作れるとは言え、ここまでの物を作れるだろうか……?
正直に言って、自分は彼女の話を7割程信じようかと思い始めている。この機械の事もあるが、不謹慎な事に『タイムスリップ』という言葉にトキメキを覚えていた。
誰だって、未来人という言葉に憧れるものだろう。出来る事なら、信じたい。
でも自分がとんでもない形で有名になっている部分は、信じたくなかった。
「……はふぅ」
普段大して働かせていない脳みそをフル回転させている自分をよそに、小鳥遊さんは『砂糖の入ったコーヒー』というより、『コーヒー味の砂糖』を口に入れて満足気である。
こちらの視線に気づいたのか、彼女はカップをソーサーに置き、背筋を伸ばした。
「失礼しました。この時代の甘味に、少々冷静さを失っていた様です」
「……その。もしかして、100年後の未来は食料事情が厳しいのですか?」
「はい。軍の士官になれば、月に1回天然の卵を使った料理が食べられる、と。自慢げに上官が喋っていたのを聞いた事があります」
「それは、また……。ゲームのフィギュアを売買しているぐらいだから、意外と余裕があるのかと」
「食料に関しては、病害系の呪詛を魔物が撒いているのが原因ですね。農作物をまともに育てられるのは、特殊な結界の中のみです」
「……魔物は人間を食べるのに、人間を減らす事に力を入れているのですか?」
「私も詳しくは知りませんが、魔物の支配する場所には呪詛が撒かれていないと聞いた事があります。そこで、人間の『酪農』をしているとか」
「……そう、ですか」
つまり、人間は家畜になっている、という事か。食い物が欲しければ、魔物に飼育されろ、と。
彼女の言う人類滅亡とは、人が人である事が終わる……という事なのかもしれない。
「それと。貴方のフィギュアは限定1000個の生産でした。もしも人類にもう少し余裕があれば、桁を2つは増やせたかと……」
人が人である事、もう終わっているんじゃなかろうか。
「貴方のおかげで逃げ延びた者達が、せめて矢広さんの事を皆に覚えていてほしいと願い、ゲームやフィギュアが造られたとされています。素晴らしい事です」
その人達には、どうか辞書で『恩を仇で返す』という言葉の意味を調べてほしい。100回ぐらい。
漫画の悪役みたいに『人類は愚かだ!』とか叫びたくなってきたので、話題を変える。
「しかし、タイムマシンが完成していたとは。流石100年後の未来ですね」
「……?いえ、私がこの時代にタイムスリップしたのは、人類の技術によるものではありません」
「……つまり、異能ですか?」
「はい。そもそも、人類かどうかもわからない存在でしたが」
彼女の言葉に、思わず眉間を押さえる。
出来れば、最初の方にその話をしてほしかった。頭の中で某タヌキ……もとい、猫型ロボットのテーマソングが流れていたというのに。
なんなら、州知事になった未来からのロボット兵の姿だって浮かんでいたのだが。
「その時の状況と、異能の発動者について教えてもらっても良いですか?」
「はい。私を内蔵したケニングは、地下施設の防衛作戦に参加していました。しかし部隊が壊滅し、司令部とも連絡できない状況でした。最後の通信で戦闘区域ごと結界により閉じ込める事で被害の拡大を防ぐ、と聞いていたので、出入りは不可能であったと考えられます」
……何か、開幕からとんでもない情報をぶつけられた気がする。
どうにか喉元まで出てきた疑問を飲み込み、視線で続きを促……す事は、ちょっと無理である。
異性と目を合わせ続けるのは、かなりメンタルを消耗するので。あと立派な双子山に視線が行ってしまう可能性を考慮し、無言を貫く事で続きを促した。
「私1人だけが生き残り、地下を彷徨っていました。すると、『金髪の少女』が現れたのです」
「……ん?」
まさかと思い、顔を上げる。
「その人物は、もしかして眼帯の……?」
「はい。自身をデミウルゴスのデミちゃんと名乗る、水着に白衣を重ねた奇妙な出で立ちの少女でした」
服装こそ違うが、『回帰の日』の放送で現れた彼女が……。
「デミちゃん氏は私に対し、『100年前の世界に送る』と言って、魔法を発動させました。質問をする間もなく、私はこの時代に飛ばされたのです」
「……なるほど。説明してくださり、ありがとうございます」
「いえ。問題ありません」
自称デミウルゴス。彼女の正体は、未だわかっていない。
魔物や異能の情報が揃う程、とんでもない化け物である事がわかる、謎の存在。そして、それ以外の事は全くの未知なままだ。
本名は、種族は、出身は、目的は。数々の疑問を抱え、各国の政府が接触を試みているそうだが……これといった情報は世間に出ていない。
そんな存在だからこそ、タイムスリップも『やりかねない』とは思う。
有名人……人?だから、あちこちで与太話の題材にされているので、話の信憑性を上げる材料にはならないが。
「この家も、デミちゃん氏が提供してくれた物です。私が内蔵されていたスペースに、ここの住所と日本で暮らす上で必要な書類。そして冒険者の仮免許が入っていました」
「……えっと。細かい様ですが、パイロットが機体に乗るのは『搭乗』であって、『内蔵』というのは誤解を招くかと」
先程から気になっていた事を指摘する。
正直、未来の追い詰められ具合から、『もしや』とは思っているが……。
こちらの言葉に、小鳥遊さんは首を傾げた。そして、まるで常識を語る様に言葉を紡ぐ。
「いえ。搭乗、と言うのは適していないかと。私の脳が入った容器を、直接デバイスやケニングに繋げている状態でしたので」
「───……そう、ですか」
悪い予想が、当たってしまった。
続いて出てきそうになった言葉を、コーヒーで飲み下す。
……苦い。そう言えば、砂糖をまだ入れていなかった。
「私の祖父がその身を魔道具の『部品』に提供した事で祖母は市民権を得ていましたが、その祖母が亡くなった為、扶養されていた私が人類圏で暮らす権利は消失しました。その為、7歳の頃にケニングの部品に志願し、脳以外のパーツは魔道具の材料になりました」
「……100年後の未来では、それが普通なんですか?」
「そうですね……珍しくはない、程度かと。人間の体を持った志願兵も、ケニングのパイロットになっていましたので。私も10年間働けば、再手術により肉体を取り戻し、その後もパイロットとして働く事で市民権を得る事が出来ると教官から教わっています」
「10年……」
あまりの事に、もはや何と言って良いのかわからない。
彼女の話を『信じたい』と思っていたが、今はその逆だった。
信じたくない。ただの、中二病をこじらせた少女の妄言であってほしいと、願うばかりである。
「……質問ばかりで、申し訳ありません」
「いいえ。私にお答え出来る事でしたら、何なりと」
「では、ついでにもう2つ、いいえ3つだけ」
もはや、異性への緊張どころではない。
『回帰の日』の前なら、一笑にふしていた、荒唐無稽な話。
そんな内容を語る彼女の目は、真剣そのものである。小鳥遊さんのアメジスト色の瞳に気圧されながらも、唇を動かした。
「貴女は何を目的とし、この時代に来たのですか?」
「……人類の滅亡は、日本から始まったとされています。デミちゃん氏は『君の自由にしろ』と言っていました。ですので、人類の滅亡を防ぐ為に行動したいと考えています」
「その、手段は」
「わかりません」
「……ん?」
予想外の返答に、疑問符を浮かべる。
「えっと……未来の知識で、この時代に起きる悲劇を食い止めるとか、そういうのは……?」
「私は7歳の頃に手術を受け、以降はケニングの中で過ごしていました。端末からネットを閲覧する事もゲームをする事も出来ましたが、歴史に関する教育は受けていません。また、この時代については100年後にほとんどの記録が残っておりません」
「えぇ……」
「矢広さんを始めとした、この時代の有名人の名前はある程度知っていますが、誰がいつ、どこで何をするかは知りません。貴方と出会えたのは、偶然……あるいは、デミちゃん氏の判断かと」
まさかの、ノープランである。
小鳥遊さんは、無駄にキラキラとした目をこちらに向けていた。
「幼い頃から憧れていた英雄と、こうしてお会い出来て光栄です。是非、私と一緒に人類の未来を守りましょう」
「……その。過去を変えた事によるタイムパラドックスとかは……?」
「デミちゃん氏は、ここは異なる世界線だと言っていました。なので問題ないかと」
「それなら、そもそも100年後の未来も違うものなのでは……?」
「……。……!!」
今気づいたとばかりに、小鳥遊さんが目を見開く。
どうしよう。この人、特殊な環境だったせいかだいぶ『ズレ』ているっぽい。
「あ。じゃあ、そもそもそちらの世界の僕は男ではなかった可能性が……!」
「いえ、男性だったはずです。写真も残っていますので」
「ア、ソッスカ」
写真、残っているのに女体化されたのか。
思う所はあるも、新選組の某副長とか、某維新の龍とか、女体化されているし。有り得る事なのだろう。
……女体化した某副長が出演するゲームのお世話になった事があるので、マジで何も言えん。
R18のゲームじゃないのかって?そこはほら……世の中、年齢確認する所ばっかりじゃないから。
未来人の知識が役に立たない事実に、思考が横道にそれかける。
どうにか、軌道修正を図った。
「そ、そうだ!なら、あのケニング?とかいうロボットを自衛隊なり何なりに見せましょう。非異能者が手術なしで使えるのなら、きっと役に立ちますし」
「いえ。日本の政治家に、魔物が紛れ込んでいたという説が有名なので。あまり信用できません」
今明かされる衝撃の真実……!
そういうのもっと前に言わない????
……落ち着こう。まず、『小鳥遊さんの話が本当』という考えに囚われてはならない。
クールだ。クールになるのだ、矢広耕太。やれば出来る子って、小さい頃から言われていただろう!
……頑張っても何かを為せた覚え、あんまないけど!
「あ、そう言えば」
「は、はい。なんでしょう」
小鳥遊さんが、ポン、と。手を叩く。
「今月中に、総理大臣が霊的災害に巻き込まれ、死亡したという話を聞いた事があります。その前に東京で『灰色の戦乙女』が活躍したので、少しだけ印象に残っていました」
「……はい?」
なんかまた、とんでもない情報が出てきたんですけど?
* * *
あの後、あまりの情報量に一旦頭を整理させてもらう事にした。
小鳥遊さんに見送られ、彼女の家を出る。驚いた事に、うちから徒歩5分の位置であった。
……そう言えば、少し前に新しい家が近所に建ったと母さんから聞いた気がしたが、あの家の事だったのか?
自称デミウルゴスが、事前に用意していた?それとも、誰かのを奪った?
わからない。情報の多さに、頭がパンクしそうである。
今重要なのは、『自称デミウルゴスが小鳥遊さんをこの時代に送り込んだ』『彼女はこれから起きる悲劇を止めたい』『でもどういう悲劇がいつ起きるかよくわかっていない』の3つ。
……いや。『そもそもこの話は本当か』も、付け加えるべきだろう。
必死に、小鳥遊さんの話が妄想という証拠を頭に並べようとした。しかし、やはり思考が纏まらない。
頭痛を堪えながら、帰宅する。玄関のドアノブを引くも、動かない。鍵がかかっている様だ。
スマホを確認すると、母さんから『お父さんと買い物に行ってくる』とメールが来ていた。そこそこ前に送られていたらしく、もうすぐ帰ってくる頃だろう。
今更ながら返信をし、出る前に渡されていた鍵で扉を開ける。
「ただいまー……」
誰もいないが、そう告げて中に。
手洗いうがいを済ませ、リュックを片手に下げたままリビングへと向かった。
何だかもう、頭を空っぽにしたくてしょうがない。録画していたアニメでも見て、気持ちをリセットしよう。百合な日常系アニメが、昨日放送していたはず。
そう思い、テレビの電源を入れた。
『───ですから。そもそも、異能者というものを私は信じられないのですよ』
何かのニュース番組らしく、どこかの教授さんが訳知り顔で語っている。
『こちらのグラフを見てください。異能者による犯罪の件数は、霊的災害とほぼ同じなのです!彼らは非常に危険な存在であると、数字が証明しています!』
よくある内容だと、デッキの電源を入れようとする。
しかし、霊的災害……今月中に総理がそれで亡くなると言っていたが、どうにか出来るのだろうか。
電話で危険を伝えても、悪戯か、最悪犯行予告と思われるだろう。
いやまあ、小鳥遊さんの話が真実か───。
『番組の途中ですが、速報です!』
「んあ?」
テレビから、切迫した声が聞こえてくる。
画面が切り替わり、女性アナウンサーが強張った顔で原稿を手にカメラを見ていた。
『先程、東京都で霊的災害が発生しました!』
「……え」
『総理含め、5名の大臣と連絡が取れないという情報も入っており、現場は非常に混乱した状況で───』
……今月中って、今日かぁ。
あまりの事態に理解が追い付かず、呑気にそんな感想を抱く。
もう、『信じない』なんて悪あがきは出来ないらしい。
日本は、2年後に滅亡する。そして、世界は100年後に滅ぶ様だ。
読んでいただきありがとうございます。
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