第四十九話 魔物の知性
第四十九話 魔物の知性
いつもの様に着替えと受付を済ませ、封鎖所の奥へ。
そして、ダンジョンへと踏み入れる。
一瞬の、吸い込まれる様な感覚。直後に、ブーツ越しに柔らかい土の感触が伝わってきた。
視界に広がる、鬱蒼とした森。腰から吊るしたランタン型のLEDが、濃い色の地面から伸びる大木を照らし出す。
10メートルはあろう木々。相応に育った枝葉の隙間からは、真っ暗なダンジョンの天井しか見えない。
大抵の森型ダンジョンは、偽りの青空や太陽があるものだ。しかし、ここにはそれがない。
生ぬるい風が、頬を撫でる。ざわざわと揺れる枝が、自分に言いようのない不安感を抱かせた。
まるで、夜の森に放り出されてしまった様な、そんな恐怖。生物としての本能が、警鐘を鳴らす。
だが、剣を握る手に力を籠める事で抑えこんだ。大丈夫。戦える。
「小鳥遊さん、ケニングを」
「はい」
振り返って彼女にそう告げた後、璃子先輩と一緒に少し距離を取る。
小鳥遊さんが手首に巻く紐に通された指輪。そこから、魔力の粒子と共に鋼の巨人が姿を現した。
柔らかい地面にめり込む、無骨な両足。片膝をついた姿勢のケニングに、彼女は慣れた様子で乗り込んでいく。
ガチャリ、と。鉄製の扉が閉じられた音がした後、数秒程で鋼の巨人は両目を薄っすらと光らせながら立ち上がった。
『ライトを点けます』
スピーカー越しに小鳥遊さんの声がしたかと思えば、ケニングの鎖骨近くに設置されたライトが点灯する。
元は軍用機だけあって、その光量は強い。夜の森に警棒と盾を携えた姿は、ガレージで見た時以上の圧迫感を放っていた。
『予定通り、私が前衛に立ちます。お二人はナビゲートと、いざという時の支援をお願いします』
「分かった。気を付けて」
「がんばー」
『はい』
3メートル前後の巨体を見上げた後、近くの木にライトを当てていく。4本目で、自衛隊のペイントを発見した。
ここの魔物は、あまり頭が良い方ではない。そのおかげで、普通のライトでも見える黄色のペンキでアルファベットと数字が描かれている。
しかし、こうして考えると不思議な話だ。魔力の籠っていない物質で、こうして魔力の塊であるダンジョンに干渉できるのだから。
そこまで考えて、嫌な想像が浮かぶ。魔物が最も好む獲物は、人間だ。異能者も非異能者も、等しく狙われる。
この『巣穴』は、餌を効率よく運ぶ為に……いや、探索中に考える事ではない。
余計な思考を、首を振って頭の隅に追いやる。隣では、璃子先輩がスマホで地図を見ていた。
「現在地は『O-3』だよ、美由っちー」
『了解。前方へ進んでみます』
「おけまるー」
「はい……」
気を取り直し、剣を手に頷く。
ナビは璃子先輩、メインの戦闘は小鳥遊さん。そして自分は、どちらかに危険が及んだ時の壁役だ。集中しなくては。
ケニングが、ズシズシと音を立てて歩き出す。その後ろに続き、ゆっくりと森の中を進んでいった。
3分程歩いた所で、自分達以外の足音が聞こえてくる。
「小鳥遊さん、敵だ。こっちに近づいてきている」
「10時の方角、数は1体だよー」
『了解』
自分達の言葉に、ケニングが示された方向へ向き直る。
強い光を向けられたにも関わらず、魔物が進路を変える様子はない。間隔の広い木々の間を、悠々とこちらへ歩いてきていた。
ケニングのライトで、その姿が照らし出される。
鋼の巨人にも劣らぬ、3メートル前後の巨体。筋骨隆々とした肉体は、焦げ茶色の剛毛で覆われていた。
足首から先は蹄になっているが、骨格は人間に近い。毛皮越しでも分かる筋肉の鎧に覆われた腕は、無骨な斧を握っていた。
皮膚が露出している腹筋や胸板は、夜に溶け込む様に黒い。
『ブフー……!ブフー……!』
荒い獣の声が、近づいてくる魔物から聞こえてくる。
その首から上は、猪のそれであった。
特徴的な鼻に、下顎から伸びる鋭く白い牙。つぶらとは言い難い瞳は、薄っすらと光を放っている。
『ブォオオ……!』
『オーク』
その名前自体は、あまりにも有名な怪物。日本人なら、何かしらの作品でその名を聞いた事があるかもしれない。
もっとも、現代に現れたこの魔物の姿は創作でよく見るものとは多少異なるが。
オークは斧を両手で腰だめに構えると、重心を落とす。蹄の足が地面に深くめり込んだ、次の瞬間。
『ブゥァァアアア!!』
雄叫びを轟かせ、ケニング目掛けて猛然と走り出す。
速い。愚直なまでに真っ直ぐな突撃は、まるで暴走したトラックの様であった。
だが、彼女は動じた様子もなく。
『戦闘を開始します』
淡々とした呟きの後、ケニングの足裏から猛烈な回転音を響かせた。
「わぷ」
盛大に土煙を上げ、鋼の巨人もまた、怪物へと突撃する。
咄嗟に剣で視界を覆う土煙を払いのければ、1機と1体が激突する瞬間であった。
『アアアアアッ!』
咆哮と共に振るわれた斧へ、小鳥遊さんは盾をぶつけに行く。
刃が最高速に乗る直前で、分厚い木製のタワーシールドが殴り飛ばした。
しかし、互いの突進はその程度では止まらない。衝突すると思った瞬間、小鳥遊さんが操るケニングは寸前で盾を引き戻した。
瞬間、魔力の流れを感じ取る。鋼の背中でよく見えないが、間違いない。『念力』のスクロールを使用したのだ。
『ブゴッ……!?』
木々を揺らす轟音と、オークの短い悲鳴が聞こえてくる。顔面から盾に激突し、突破できずもろに衝撃を受けたのだ。
彼女は相手の勢いをまともに受けず、姿勢を低くしながら盾を傾ける。怪物の巨体が持ち上がり、跳ね上げられた。
重い音と共に、背中から地面に叩きつけられたオーク。その牙はへし折れ、鼻からは血が出ている。
明らかに重傷。しかし、その程度であの怪物は止まらない。左肘を支えに上体を起こし、右手で斧を掴み直す。
だが、奴が立ち上がるよりも早く。
────ズンッ!
ケニングが握る警棒が、太い首へと突き立てられていた。
刃などついていないはずの武器が、オークの急所にめり込んでいる。ぐるり、と捻った後に引き抜かれた先端には、赤い物がついていた。
首を折るどころではない。首を貫いたのだと、その様子で理解した。
警棒の先についた血もろとも、オークの体が黒い霧へ変わっていく。残ったのは、魔石のみ。
それを少し離れた位置から見ていた自分達に、ケニングの頭部が向けられる。
『どうでしたか、お二人とも』
小鳥遊さんの問いかけに、璃子先輩と顔を見合わせた後。
「完璧」
「ナイスファイト」
揃って、親指を立てた。
それにケニングの頭を頷かせた小鳥遊さんの顔は見えなかったが、何となく、誇らし気な表情をしている気がした。
魔石を回収し、彼女に近づく。
「大丈夫?内側への衝撃とか、機体へのダメージとか」
『問題ありません。許容範囲内です。『念力の盾』が、上手くこちら側への衝撃を受けてくれました』
「ああいう使い方は、想定していなかったけどね。でも、大丈夫そうで良かった」
『はい』
「ね、ね。あーしの調整はどうよ?」
『感謝しかありません。ここまで機体が私についてきてくれたのは、初めてです』
「でっしょー?そうっしょー?やはりあーしは天才ギャルだぜ!」
天才かどうかは置いておいて、少なくともギャルではない。
が、腰に両手を当てて胸を張った璃子先輩の巨乳が『ぽよん』と揺れたので、そっと目を逸らすだけにとどめた。
『このまま探索を続けようと思います。良いでしょうか』
「小鳥遊さんが良いのなら、勿論」
「おけまる水産だぜブラザー!地平線の彼方まで付き合ってやんよベイベー!」
『ありがとうございます。それとブラザーではありません』
「日本ではそういうもんさ!」
『以前、矢広さんから違うと聞きました』
「バカな……あーしより、オタク君の方が信頼度高め!?」
「残当」
「ソンナー」
眉を『八』の字にする璃子先輩を無視し、念の為周囲を警戒する。
他に敵はいないらしい。剣の峰を肩に載せ、視線をケニングに戻した。
「じゃあ、一旦この辺りに自衛隊のマーキングがないか探そう」
『了解』
「え、無視?あーし無視?」
ぶつぶつ言いながらも、璃子先輩も持っていたライトで周囲の木々を探る。
すぐに、黄色のペイントが塗られた木を発見した。
「見つけました。現在地は『D-23』です」
「オッケー。さっきが『O-3』だったから……うっし。あっちの方角に行ってみよう」
『了解』
璃子先輩が指さした方向へ、再び歩き出す。
オークは、基本的に隠れて不意打ちを、という事はしない。だが、偶然こちらが相手の接近に気づかず、横合いからもろに攻撃を受けてしまう事があると、対霊庁のホームページに載っていた。
それだけ、奴らの身体能力は高い。大型トラックを、体当たりで横転させたという話さえある。クレイジー・ボアとは比較にならない突進力だ。
「そう言えばさー」
周囲を警戒しながら進んでいると、璃子先輩が口を開く。
視線を彼女に向ければ、喋りながらだがその瞳は木々の向こうへと油断なく向けられていた。
「2人も『アルフ』への加入テストでコボルトと戦ったんだよね?」
「そうですね。マスターと一緒に行きました」
「んじゃぁ、コボルト、オークと、有名どころはこれで経験したわけだ。ゲームとかだと、ゴブリン辺りも有名だけど」
「アレは、一般の冒険者には基本的に戦闘が許可されていないですからねー」
『ゴブリン』。オークやコボルトに並ぶ、あるいはそれ以上に有名な怪物。
分類としては妖精の一種だそうだが、醜悪な外見と残忍な性格はメルヘンさとは程遠い。まあ、妖精の伝説って、そもそもえぐいの多いが。
「ぶっちゃけ意外だよね。ゴブリンって、よくゲームとかだと雑魚敵扱いなのに」
「頭良いですからね。あいつら」
魔物の知能の高さは、ピンキリが激しい。それこそオークの様に道具を使う事は出来るが、基本的に突撃しかしない奴もいれば、魔法と戦術を駆使する怪物もいる。
『私がいた時代でも、ゴブリンは恐ろしい存在でした』
スピーカー越しに、小鳥遊さんが会話に加わる。
『高位の魔物程知能が高い事が多いですが、下位の魔物でも優れた知能を持つ存在はいます。その代表例が、ゴブリンでした』
「未来でもやばい扱いだったんだ、ゴブリン」
『はい。下位の魔物の中では、最初に現代の言語を覚えたのではないか。とまで言われています』
「そこまで……」
『奴らは人間の部隊の動きを真似、応用し、そして人間から奪った武器で攻撃してきます。それこそ、基地がまるごと1つゴブリンによって滅ぼされた事例もありました』
自分が講習会で聞いたのは、自衛隊の異能者部隊が仕掛け弓や落とし穴で苦労したというものだったが……未来では、今以上に恐ろしい存在となっているらしい。
『ただ、それでも全体で見れば脅威度は低かったですが』
「そうなんだ?」
『もっと危険な魔物が、大勢いたので』
「あ……うん」
つくづく、魔境としか言いようがないな。100年後の世界は。
無意識に、腰の後ろのホルスターに納められた、杖に手が伸びる。
今試行錯誤している、魔力を含んだ紙の作成。それが上手くいけば、魔物を捉える事以外にも結構『凄い事』が出来そうなのだが……通用するだろうか?
……まあ、やってみるしかないな。
下手の考え休むに似たりと言うし、平々凡々な自分には、取りあえずやってみる以外に道はないだろう。
会話はそこで途切れ、再び意識を周囲の警戒に集中した。
知能は比較的低くとも、オークとは……魔物とは、恐ろしい存在なのだから。
「……そう言えばさ。ゴブリンとかオークってエッチな本だと、人間を性的な意味で襲ったり」
「集中しろや」
『生殖行為ですか?いえ、その様な事例はありませんし、そもそも魔物は人間を性の対象として見ていないと思いますが』
「答えなくて良いから」
『しかし。禁書指定された本ですが、矢広さんがゴブリンの巣穴で』
「ちょっと黙ろうか」
『はい』
「分かったよ、オタク君……この話は、後で詳しくな!」
「するな。永久に」
魔物とは、恐ろしい存在なのだから……!
取りあえず後でマスターに告げ口をする事を誓いながら、偽りの夜の森を進んでいった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.ケニングのメインカメラって、どうやって魔物を捉えているの?
A.
璃子先輩
「わっがんね」
耕太
「レンズ自体は普通ですので、科学と魔法がごっちゃになったブラックボックスの中に秘密があるとは、思うんですが……解析出来る気がしません。50年後の技術って凄い」
小鳥遊さん
「コアユニットに関しては、整備班の班長も詳細は知らなかったと思います」
シナリオ部長
「作者の人、そこまで考えていないと思うよ」
シリアス先輩
「そこはせめて、術式を機械で再現したあれこれで、とか。それっぽい事で濁しましょうよ、部長……」




