第四十五話 松尾レース
第四十五話 松尾レース
────決戦の時がきた……。
負けられない戦いが、ここにある。
敗者に与えられるのは何か。物理的な死か。経済的な傷か。
否。これは、心を……精神の尊厳を賭けた、決戦なのである……!
「なんかオタク君の目が燃えているぜ」
「凄い熱意ですね」
「なあ。吾輩ゲームやるとしか聞いていないのだが」
場所は喫茶『アルフ』……の、奥。
店側からも入れるし、裏側に回っても行ける井上家のリビングである。
薄々思っていたが、璃子先輩の家はそれなりに経済的な余裕があるご家庭らしい。
前にご両親が家を空けがちと言っていたが、それに関係するのだろうか。
小鳥遊さんが自称デミウルゴスから貰った家程ではないものの、2階建ての大きめなお家である。そのリビングも、4人どころか倍の人数……は、少し言い過ぎか。それでも6、7人が寛げる広さをしている。
「それでは、今からチキチキ!最下位にはコスプレつき!ポロリもあるかも?ゲーム大会を開催いたします!」
「……!」
「え?……え??」
ドヤ顔でアホ全開な事をのたまう璃子先輩と、無言で拳を強く握る小鳥遊さん。そして、彼女らの様子に目を白黒させるロッソさん。
20代厨二が癒し枠という、カオスとしか言えない状況である。こんなの絶対おかしいよ……。
「ルールは簡単。我ら4人で『松尾レース』を3回プレイし、それぞれ最下位になった奴はコスプレをする!どんなコスプレかはその回で1位になった人間が決めるが、基本的に美由っちの家にある服な!」
「な、あのエロ売りの動画配信者みたいな衣装しかなかった家にある服を!?」
ロッソさん。貴女は小鳥遊さんの家で何を見たんですか、マジで。
好奇心以上に、呆れが出てくる。マジで何してんだ、あの自称デミウルゴス。
『回帰の日』に一方的な放送をしてきり、音沙汰のない謎の存在が、『てへ☆』と舌を出している姿が脳裏に浮かんできた。
「あ、NPCも混ぜるけど、NPCを除いた順位で判定するからね」
「正気か!?そ、その……だ、男子を交えて、そんな罰ゲームは……駄目だろう!?教育的に!」
「ロッソさん……貴女なら、そう言ってくれると信じていました」
「まあまあまあ!逆によ?逆に考えてよ?うちら女子3、男子1じゃん?間違いとか起きねーって。万が一オタク君のパトスが暴走しても、ロッソん含めた3人なら余裕で取り押さえられるっしょ」
「し、しかしだな……」
「負けないでくださいロッソさん!男はケダモノです!きっとあの手でこの手で何かしらやらかしますよ!卑怯な手も使う、下種に違いありません!」
「貴殿がそれ言うのか?なあ、それ言って良いのか?」
うるせぇ!こっちは談合されて変な格好される可能性が高いんだよ!
自分だって必死だ。このままだと、ミニスカサンタやケモ耳メイドにされる……!
「それにね?さっき万が一、なんて言ったけどさ。オタク君がそんな酷い事を女の子にすると思う?何だかんだ言ってヘタレだし、同時に良い奴でもある。仲間で友達なんだからさ、信じてやろうよ」
「む……」
「信じるな!信じては駄目だ、ロッソさん!貴女は美人さんです。男という生き物を、もっと警戒すべきだ!隙を見せてはいけない!これは罠だ!」
「なあ、やっぱりおかしくないか?貴殿ちょっと様子が変だぞ?」
「璃子先輩と小鳥遊さんは僕に変な格好をさせようとしている!」
「あっ……」
ロッソさんが、全てを察した顔をした。
良かった、分かってくれたらしい。
何だかんだ言って、彼女は良識のある人物である。ちょっと……ちょっと?ちょっと中二病が酷いだけで、善良な大人の女性なのだ。
この戦い、僕の勝ちだ!
「さあロッソさん!今すぐ罰ゲームなんてやめさせて、ほのぼのとしたゲーム大会にしましょう!」
「すまん、若き鬼よ。吾輩は小鳥遊美由と井上璃子につく」
「なん……だと……!?」
信じられなかった。信用も信頼もしていた人物に、自分は今裏切られたのだという、その現実が受け入れられなかった。
自身を掻き抱きながら、そっとロッソさんから距離をとる。
「え……あの、まさかそういう目で僕の事を見ていたんですか……?ケダモノ……?」
「ち、違う!」
「ロッソん……ちょっと引くぜ」
「貴殿にそれを言う権利はないぞ!?真面目に!」
「そんな事より早く始めましょう。脳内厳選は済ませました」
「さっきから無言だと思っていたら何をしていたのだ貴殿!?」
金髪を振り乱し、ロッソさんが耳まで赤くなりながら吠える。
「わ、吾輩はだなぁ……と、友と、こういう、罰ゲームをかけた勝負とか、してみたかったのだ……」
「ロッソさん……」
「ロッソん……」
「ダートでショートカット……壁とレール……アイテムの取得タイミング……想定されるあのコースなら、壁走りのリズムは」
ちょっとしんみりとしてしまう。いや、1人何やらスマホでプロのプレイ動画を視聴しているけども。
何ともいじらしいダンピールへ、笑いかける。
「……それ、別に罰ゲームがコスプレじゃなくっても成立しません?」
「さあ!ロッソんの願いを叶える為にも、戦いの時だ!」
「待てぇ!似非ギャルぅ!もうちょっとで!もうちょっとでこの可愛らしい生命体を説得できるから!150円あげるから待って!」
「いいや、押すね。ゲーム開始ぃ!」
「ぶおおおおおおお!」
「小鳥遊さん!?なんでエア法螺貝を!?」
「角笛です」
「うん。どっちでも良い!」
「時にロッソん。美由っち初心者だからさー。あーしらでサポートしてやんない?」
「ふむ……思惑は察しがつくが、それもまた青春か……!」
「そんな青春あってたまるか!戻って、ロッソさん!闇に堕ちてはいけない!」
「闇……そう、それこそが我が領域!我が故郷!」
「しまった、逆効果だ!」
「4人とも~?」
ひょっこりと、エプロンをつけたマスターが笑顔でリビングに顔を出す。
その手には、フライパンが握られていた。
「もうちょっと、静かにしようね?」
「はい」
全員正座である。もうそれ以外に選択肢はなかった。
それはそうと、小鳥遊さん正座出来たんだね。ちょっとビックリ。
「良い子に遊んでいたら、後でお菓子とジュース持って来てあげるからね?」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、楽しんでね」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「あ、お祖母ちゃん。お祖母ちゃんのゲーム機ちょっと借りるね」
「いいよ。仲良くしなよ?璃子」
「うっす」
バタンと、扉が閉まり、それぞれ動き出す。
璃子先輩が持ち出したのは、自身のゲーム機と、マスターのゲーム機。中心にゲーム画面があり、左右のパーツが外れてコントローラーになるやつである。
え?どう見ても『S●itch』じゃねぇかって?すみません、英語はちょっと苦手で、なんのことやら。
「マスター、こういうの持っているんですね。正直意外です」
「あーしが布教してな。偶に街づくりゲーとかやっているよ」
「へー」
「さて、画面は……と。これでよし」
それぞれゲーム機付属の画面2つ、璃子先輩のノートパソコン、そしてリビングのテレビと連動。1人ずつ別の画面でプレイする事になる。
「さ、実質3対1のオタク君。せめてもの情けだ、一番大きな画面でプレイしなさい」
「騙されませんよ?さてはプレイ中にこっちの画面覗く気ですね?」
笑顔でテレビの前にクッションを置く璃子先輩に、こちらも笑顔を向ける。
笑うという行為は本来攻撃的な云々かんぬん。
「ですが……あえて乗りましょう」
「ほう……余裕かな?」
「ちょっとだけイラっときたので……こちらも、本気で行きます」
ロッソさんはああ言っていたが、自分だって友達とこうして罰ゲームつきで何かをやった経験はあんまりない。
中学時代の友人達は自分を含めてインドアであり、ゲームこそよくやっていたものの、それぞれ個人プレイの作品ばかり遊んでいた。その作品のストーリーやバトル、キャラクターについて、感想を語り合っていたものである。
だから、こういうのに憧れがないと言えば嘘になる。
それゆえに、燃えるものがないわけではないのだ。何より────。
「人に無理矢理コスプレさせて良いのは、コスプレする覚悟のある奴だけだ。それを、貴女達に教えてあげましょう」
「ふっ……言うね、オタク君……!」
「問題ありません。私は、絶対に貴方……超える!」
「……あれ。もしかしてこれ、吾輩も結構リスクがある?」
そんなこんなで、ゲーム開始となった。
当然の様に、全員がガチカスタマイズの牛車に乗っている。御者も現在最も性能が良いとされている、本作主人公の『松尾』だ。違いは、それぞれの牛車の屋根の色ぐらいである。
4人のキャラ以外にも、8体のNPCが参戦。安倍晴明や酒吞童子がモチーフのキャラが、それぞれ牛車に乗っていた。
自分がテレビの前に陣取っているのに対し、他3人はリビングのソファーで仲良く並んで座っていた。
「いい、美由っち。このゲームはコース上にある籠の中に、レースを有利に進めるアイテムがあるからね。それを意識するんだ」
「ダート……普通なら通りづらい砂利道がコース上に存在するが、それをアイテムの加速で強引に突破し、ショートカットも可能だ。しかし、初心者が狙い過ぎるのは良くない。堅実に行け」
「了解。お二人とも、よろしくお願いします」
「おっけまる~!」
「ふっ……吾輩が助力してやるのだ。万の援軍に勝る友軍と考えよ」
……うん。地味に疎外感。
『5!』
画面に、カウントが表示される。
しかし、却って3対1で良かったかもしれない。
『3!』
だってこれなら、『丁度良い』。
『1!』
卑怯だなんて、言わせない。
『GO!』
「あっ」
画面端で、開幕小鳥遊さんがスタートダッシュを失敗していた。
「大丈夫だよ美由っち!このゲームは序盤のミスなんて後のアイテムで簡単にひっくり返せる!」
「はい!」
「さあ、最初のカーブだ。曲がれえええええ!」
背後で聞こえてきたやけに気合の入った声に、何となく振り返る。
そこでは、体ごと傾いて隣のロッソさんの肩に頭を乗っけている璃子先輩がいた。
「ちょ、なんだいったい!?」
「めんご。実はあーし、コントローラーと一緒に体が傾いちゃう血筋なのだ」
「血筋で決まるのか、それ!?」
「もち。だってお祖母ちゃんもそうだから」
そんなやり取りをしている女子達をよそに、トップを独走する。
「……って、オタク君速くね?」
「む。もしや、やり込んでいるのか?」
「いえ、それ程は。レートはだいぶ低いですよ、僕」
ゲーム機は持っているが、熱心にやっているわけではない。勉強に、冒険者活動。スクロールの作成に、剣の素振り。他にもやりたいゲームや見たいアニメだってある。
ネット上で見かける、『松尾レース』に全てを捧げている様な、ガチ勢には程遠い。
だが、自分はかなり強い部類だ。それはテクニックでも、ゲーム知識でもない。もっとシンプルで、理不尽なもの。人によっては、チートだと罵る様なもの。
──ダートへ入った瞬間、璃子先輩が妨害アイテムの『牛糞』を投げてくる。回避は不可。加速アイテムでリカバリー。
──ショートカットで追い越してきたロッソさんの位置はが目の前に。ガードアイテムはなし。着地の瞬間に体当たりでコース外へ押し出す。
──小鳥遊さんが『ファイヤー牛糞』を投げてくる。正確な軌道だ。左右に車体を振って、NPCを盾に。その後壁走りに移行。あのアイテムは、上方向への射角が狭い。
……え?プレイ風景的に、やっぱマリ●カートじゃねーかって?いえいえ、そんなキノコと土管が似合う髭のお方が出演するゲームなんて、まったく知りませんとも。
「ちょ、まっ、まさかオタク君!」
「はっはっは。どうしました璃子先輩」
「貴様……『視て』いるな!?」
「はっはっは、なんの事やら」
『異能────未来視の魔眼』
画面内の自分が操作する牛車が、ドリフトで飛んできた牛糞を回避。『電電太鼓』という全キャラに雷を降らせる妨害アイテムが使われる瞬間、アイテムが入っている籠の前で停止。
他キャラが全員所持していたアイテムを落とす中、新しくアイテムを取得する。
未来が視えるからこその、プレイングで2位以上の状態をキープ。
「ち、チートだぁああああ!?」
「はっはっは。御冗談を」
璃子先輩の言葉を、一蹴する。
3対1の状況を作っておいて、そんな言い訳が通用するものか。
この異能は基本的に『自分や味方への危機』にしか発動しないが……ちょっとだけ魔力を多めに流し込めば、こういう『危機』にも反応する。
1位だけを狙う『特大牛糞』の接近を察知し、わざとロッソさんを抜かせた。直後に牛糞まみれとなった彼女の牛車を抜かし、ゴールイン。
そして、NPC含めても最下位で璃子先輩がゴールする。
何で初心者の小鳥遊さんがいる中、彼女が最下位なのかって?それはね。僕が彼女の通るルートを読んで、罠の牛糞を配置したからだよ。
「ば、バカな……こ、こんな事が、こんな事が有り得るんか……!?」
「さあ、璃子先輩。小鳥遊さん。ロッソさん」
ニッコリと、笑みを浮かべて3人へと振り返る。
「2回戦を、始めましょうか」
……まあ。
ぶっちゃけ、彼女らに無理矢理コスプレをさせるのは忍びないので。『メンゴ!やっぱ罰ゲームはなしで!』とか言ってくれたのなら、今すぐにでもその辺をチャラにしても良いのだが。
「やったらぁああ!ぜってぇエッチなコスプレさせてやる!」
「楽に勝てるだなんて、最初から思っていません。何としても、勝ちます……!」
「ぐす……そうか……これが、青春……吾輩の鉛色のものとは、違う……!」
どうやら、まだまだやる気の様だ。いや、なんか1人感極まっているけど。
そんなこんなで、次のレースが始まった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




