閑話 アイギス
閑話 アイギス
サイド なし
とある地方都市にある、住宅地と古びた店舗が交互に並ぶ場所。
そこに、その映画館はあった。
4階建てで、入ってすぐの受付回りは妙に狭い。その空間に、ほんのりとポップコーンの香りが漂っている。
テレビCMで流れない様なマイナーな映画のポスターが複数貼られ、メジャーな映画は1つか2つだけ。
そんな映画館に、2人の女性が入っていく。
片や、軽やかな格好をした、派手な髪色の少女。片や、シンプルかつ清潔感があるが、地味な装いの女性。
繋がりの見えない彼女らに、受付の青年がやる気のない挨拶をする。
「らっしゃせー」
「ダンジョンからただいま帰りました!こちら、冒険者免許と報告書です」
「……あざーす」
どこか気だるげな青年が少女の差し出した免許と、2枚の書類に軽く目を通す。
そして、仕事が増えた不満を隠す様子もなく、眉間に皺を作りながら頷いた。
「『クラマス』にお伝えしときます……」
この映画館は、『アイギス』の拠点。
所属人員も少ない、新設クランであった。
「はい、お願いします!それと、今やっている映画で『オススメ』はありますか?」
にこやかに問いかける少女に、青年は少しだけ考える素振りを見せた。
「そっすねー……3番シアターで、古い映画が今から上映するすっけど」
「どんな内容ですか?できれば、バイオレンスなのは避けたいのですけど」
「昭和の人情ものっすねー」
「おおっ!中々渋いチョイスです!学校で話題にしたら、目立ちそうですね!では折角ですから、それを見てみましょう!安田さんもそれで良いですか?」
「はい。OKでーす」
「じゃあ、2名様で。クランメンバーって事で割引入ります」
「はーい!」
手際よくチケットを購入し、彼女らは上の階に向かった。
やけに折り返しの多い階段を上り、2階にある3番の劇場へ入っていく。
平日という事もあって、他に客はいない。彼女らが入ったのとほぼ同時に、場内が少し暗くなった。
劇場でのマナーやCMが流れた後、昭和を舞台にした家族の物語が始まる。
「……さて」
視線は画面に向けながら、派手な髪色の少女……遠海虎毬が、隣にいる女性にだけ聞こえる声量で喋り出した。
「ちょっとお喋りしましょうか、安田さん」
「……そーですねー」
「……私が言うのもなんだけど、いつまでその喋り方のつもり?」
間延びした声で返事をした安田に、遠海はやや呆れた顔をする。
ジトッとした目を向けられた糸目の彼女は、少しだけ沈黙した後。
「……すみません、『先輩』」
「あん?」
「────ハハハハハハハハ!」
突然、場内に哄笑が響き渡る。
普通の映画館なら即座につまみ出される様な暴挙。それでも構わず、安田は声を上げて笑った。
「キヒヒヒ……ヒヒヒヒ!クカカカカカカカカッ!」
その糸目を僅かに開いて……彼女としては限界まで見開いて、口角をつり上げて笑う。
どう見ても『糸目キャラが裏切った時に上げる笑い』をする安田を、遠海は無言無表情で眺めた。
「ハーッハッハッハッハ!ヒー……ヒー……!」
「……満足しましたかー?安田さーん」
「ぶふぉぁ!?」
笑いが治まり出した所でかけられた言葉に、安田が再び吹き出した。
ふるふると肩を震わせる彼女に、遠海はニッコリと笑顔を浮かべる。
「そろそろ切り替えろ。教育的指導すっぞ」
「ぼ、暴力反対……!」
「うるせぇぞ後輩」
ギチギチと握られた遠海の拳に、安田が慌てて背筋を伸ばす。そろそろ本気で怒られると、察したのだ。
そんな後輩の姿に、遠海は小さくため息をつく。ついでに、少し膨らんでいた尻尾も元に戻した。
「私だって好きであんなキャラやってんじゃねぇっての……」
「分かっていますが……あまりにも演技がお上手過ぎて、逆に……!」
「そりゃどーも」
先程の笑い声から一転、2人の会話は映画の声に紛れて、数メートルも離れたら聞こえないものになっていた。
「すぅ……失礼しました。御見苦しい所を」
「本当にな。ここは盗み聞きの心配がないにしても、警戒はしろよ。プロとして」
「申し訳ありません」
「ま、いいよ。それより、本題に移ろうか」
2人とも視線は画面に向けながら、その意識は互いの声に向けられていた。
受付の青年から、『このシアターがチェック済みである』と知らされている事もあって、盗聴や盗撮の心配はしていない。それでも、最低限の警戒をしているのは職業病と言っても過言ではないだろう。
「対象の現在の実力と精神状態のチェックでしたが……先輩は、どう思いました?」
「そんなん、決まってんでしょ」
遠海は、今日のダンジョン探索を振り返る。
彼女らと『もう1人』は、特に大きなトラブルもなく、淡々と、作業の様に魔物を倒していった。
そこに語るべき様な出来事はなく、終始同じ様な流れで戦闘が行われたものである。
ゆえに、遠海は。
「バケモンでしょ、アレ」
そう、断言した。
「……遠海先輩が、そこまで言う程ですか」
「逆に、あんたはどう思ったのよ」
「優秀な冒険者ではある……ですね。彼の全力を見る事は出来ませんでしたので、何とも評価しがたいですが」
「矢広耕太の全力が見られるダンジョン……ね」
遠海が、小さく鼻を鳴らす。
「あんただと相当上手く立ち回らないと、すぐに死ぬわね。そんな場所」
「……です、か」
「ま、あんたは索敵特化だし。公安としてはむしろ抜群に相性の良い異能だと思うわよ。少なくとも、私みたいに荒事前提のよりはね」
自嘲する様に、遠海はその細い肩を軽くすくめる。
「矢広耕太。彼が冒険者になったのは、1カ月前。これまでに通ったダンジョンは加入試験も合わせて6つ。遭遇した霊的災害は2回」
「……それであの霊格は、確かに恐ろしい成長速度ですね」
「そうね。純粋な霊格は私の方が上のはずなのに、基礎スペックでは圧倒されているわ。アレで本来なら魔法も使う上に、固有異能も残っている……久々に才能の格差を感じたわね。本当に」
遠海が、皮肉気に口元を歪める。
「ライカンスロープの霊的災害時、目撃情報と戦闘跡から矢広耕太は大通りを、避難所目掛けて真っ直ぐ強行突破している。霊格的に格上と言える魔物がひしめく中を、人命救助しながら」
「技量が高い様には、見えなかったんですけどね」
「そうね。私から見ても、太刀筋は決して綺麗でも鋭くもない。でも、魔眼の影響か異様に当て感も避け感もある。あの身体能力と魔力も合わさると、人間台風みたいなもんでしょ。まさに、スペックの暴力」
「……先輩なら、勝てますか?」
やや緊張した面持ちで、安田が問いかける。
それに対し、遠海はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「愚問ね。もしも私と矢広耕太が戦ったら、99%私が勝つわ」
「です、よね……」
「でも」
安心した様に胸をなでおろす後輩に、遠海は淡々と告げる。
「私が勝てない魔物に、彼は勝つ。そして、対人技術で勝っていても『スペック差』でひっくり返される様になるのも、遠くないでしょう。近い内に、私でも殺せない異能者になるわ」
安田の頬に、一筋の汗が流れる。
「……公安で、現状最強の先輩でも、ですか」
「そうね。ま、そもそも私達は侍でも騎士でもないんだし。やりようはあるけどね」
遠海の言葉に、安田が苦笑する。
「高校生1人を倒そうと思ったら、対物ライフルや小銃を囲んで向けないといけない時代ですか」
「おとぎ話よねー。まさに、『神代回帰』だわ」
おどけた様に肩をすくめる遠海だが、その顔は笑っていない。
「それに、スクロール作成もある。具体的にどういう魔法が使えるかは、分かっていないけどね。市役所の方は、どうだった?」
同じ異能を持っていても、その内容が人によって異なる事は珍しくなかった。
例えば同じ『未来視の魔眼』でも、数秒先を回数制限なしに視る異能者もいれば、数日先の未来を1週間に1回だけ視る事が出来る異能者もいる。
能力が微妙に異なるのは勿論、シンプルな性能にも差が出ていた。それこそ、同じ異能でも他の異能者のものより上位互換じみた能力の者もいる。
一口に『スクロール作成』の異能と言っても、火に関する魔法しか書けない者もいれば、100近い魔法を書けるが実用性と生産性が低すぎる者もいた。
遠海の問いに、安田は小さく首を横に振る。
「詳しい記載はなかったですね。彼が隠したというより、市の担当者がそこまで聞かなかったか、聞いても記録に残す必要はないと考えたようです」
「聞いたのは、『回帰の日』のすぐ後だったでしょうしねー……今度免許の更新に来たら、その辺詳しく質問する様に言っておいて。彼の性格なら、お上には素直でしょ」
「既に、その様にしてあります」
「サンキュー」
遠海は後輩にそう告げながら、画面の方を見る。
映画の方は、刑務所から出所した男が故郷に帰るも、白い目を向けられている所だった。
「……能力は未知数ながら、高過ぎる程に高いのは確実。問題は、メンタルか」
「今日の様子から、かなり安定した精神状態に見えましたが」
「そうね。学校での様子を見ていると、多重人格を疑いたくなったわよ」
「……それだけ、過去のトラウマが影響しているのでしょうか?」
「かもね」
矢広耕太は、異能に目覚めた事で中学時代に友人達から怪物扱いされた事を気にしている。
そのせいか、学校という空間そのものに本人も気づかぬ内に強い苦手意識を持っているのではないか。……と、遠海達は考えている。
そして、それはおおよそ当たっていた。
「しかも、学校での、というかクラスでの空気が良くない。普通ならただのコミュ障陰キャで済みそうな矢広耕太の言動が、異能者というフィルターのせいでかなり不気味なものになっているわ」
「コミュ障陰キャって……地味に酷い事言いますね、先輩」
「事実だしね。本人の聞こえる場所では言わないわよ。告げ口する相手にもね」
「はいはい」
先輩の言葉に、安田は肩をすくめる。
「異能者に対する偏見も、未だに強いですからねー」
「そうね。異能を使って悪さをするかも……ってのはまあ、関東で暴れている連続殺人鬼のせいで仕方のない警戒かもしれないけど、『力加減を間違えて殺されるかも』なんて噂も真実みたいに流れていたわよ。彼のクラス」
「あちゃー……」
『戦える異能者』の身体能力は、高い事が多い。特に、冒険者となって霊格を鍛えていれば尚更だ。
それこそ華奢な体つきの遠海や安田の腕力も、その見た目に反して、多少時間をかければ両手で人の頭を握りつぶせる。本気を出せば、車のドアを拳でぶち抜く事も可能だ。
だが、無意識でも卵を割らずに掴む事が出来るし、寝起きに目覚ましを壊すなんてベタな事もしない。
それこそ、くしゃみした拍子に強く握ったドアノブを引き千切る、なんて事もした事がなかった。
世間一般で『異能者の傍にいると間違えて殺される』などという噂が流れているが、全くの事実無根である。
もしもそういう事態が起きたとしたら、それは事故ではなく事件だ。
「海外の一部の異能者の内、軍人やプロの格闘家が異能に目覚めたばかりの頃『逆に弱くなった』という事例は聞きますが……」
「それも、異能者としての才能の差でしょうね。異能者としての才能が高い程、霊格の変化に伴う身体能力の上昇に違和感なく体が適応する。それでも、暫くすれば彼らも馴染んだそうだけど」
「そう言えば佐藤さんが言っていましたね。日本やイギリスの異能者だけ、突出して才能ある異能者が多いと」
「そうなのよねー……ストレスで矢広耕太が爆発しないかどうかもだけど、海外からの引き抜きも恐いわー……」
肘掛けを使って頬杖をつきながら、遠海は苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「既に、結構な数の異能者が海外に流れているらしいわね」
「はい。同期から聞きました。中国や韓国は勿論、フランスやアメリカも動いています」
「アメリカの場合、大統領以外?」
「中心にいるのは副大統領。そして、今の政権を支持している有力者達です」
「隠す気もなし、か」
「大統領以外には、でしょうけど」
「大統領には上手い事言ってんでしょ。国際交流だとか」
米国大統領、サミュエル・フリーマン。
日本とイギリス以外の国々に有力な異能者が生まれ難いと言っても、少数だが際立った強者が出てくる事もある。彼は、その最たる例であった。
『全人類のお兄ちゃん』を名乗る変人だが、その精神はコミックのヒーローに近い。自国の為に他の国を犠牲にする様な真似は、積極的に行わないだろう。
ただ、経歴的にも性格的にも、腹芸は得意ではなかった。
「他にも『ヴァルハラ』なんて怪しい団体も出てきているし……どうしたもんやら」
「矢広耕太が、他者を害するより内に籠るタイプなのが、不幸中の幸いでしょうか」
「そうだけど、同時に流され易くもある。ああいう子は、『自分を肯定してくれる人を好きになる』タイプよ。ちょっとヤバめの思想もちに、影響されないとも言い切れない」
「……クラン『アルフ』は、どうなんですか?」
安田が、その細い目を僅かに開きながら問いかける。
「彼はクランに馴染めているのでしょうか。そして、クランの思想はどうなのでしょう。あまり、過激なものでないと良いのですが……」
「あのクランに、政治的な思想はなさそうよ。でも……」
「でも?」
「……強いて言うのなら、変態の巣窟?」
「んんん?」
気まずそうに告げた遠海に、安田は口をミッ●ィーみたいにした。
だが、すぐに気を取り直す。
「……まあ。そういう人達もいますよね」
「……そうね」
公安に所属する、遠海と安田。
彼女らは、その職業柄とんでもない奇人変人と接する機会は常人よりも多かった。
2人にとって、『奉仕欲モンスター』も『妖怪無差別絵描き』も『着ぐるみ』も『自称オタクに優しいギャル』も、これまで見て来た変態や変人と比べれば大したものではない。
それこそ、『聖娼館』を遠くから見張っていたら問題を起こした冒険者が女主人との『自由恋愛』を経て、翌朝にはド級の被虐性癖に目覚めていたり、異様に清らかな人間になっていたりした事に比べれば、驚く事など何もない。
日本の公安は優秀なのである。
「ただねー。『アルフ』は、何かを隠しているっぽくはあるのよ」
「と、言いますと」
「詳しくはまだ分からない。でも、状況証拠的に『例のタイヤ痕』とは関係している。一番有力なのは、小鳥遊美由かしらねー」
「タイヤ……ああ。先輩が追っている、例の」
「そっ。やましい事をしている雰囲気はないけど、何を隠しているのやら。つうか、小鳥遊美由自体、書類に不自然な所が無さ過ぎるのが不自然っつうかさー……」
遠海が、難しい顔をしてガシガシと頭を掻く。椅子に浅く座った彼女の尻尾も、小刻みに震えていた。
「……こうなってくると、先輩は『アルフ』に潜入した方が良かったかもしれませんね」
「ふざけんな。変人どもの中であの演技続けられる程役者じゃないわよ、私」
口を思いっきり『へ』の字にする遠海に、安田は苦笑する。
「そうですか?でも、意外と多少のボロならスルーされるかもしれませんよ。私の偽名も、相手のクランは気にしていなかったのでしょう?」
「そりゃーそうでしょ。安田って名字も、公子って名前も別に普通だし。そもそも『公安が自分達を調べているかも!』ってそうそう警戒はしないもんよ。何か隠し事をしているとしても、日本人の場合はねー」
「それもそうですか」
「だいたい」
遠海が、やれやれと首を横に振る。
「公安の癖に『安』田『公』子なんてアホな名前名乗る奴、いるわけないって」
「アホ……」
数秒の沈黙の後、安田がその細い目を彼女基準で『くわっ!』と見開く。
「命名したの、先輩ですけど!?」
その叫びが劇場の外にまで響く事は、当然なかった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。創作の原動力になっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。




