第十六話 ボスモンスター
第十六話 ボスモンスター
『シィィァ!』
「ぐぅぅ……!」
振り下ろされる外骨格を纏った前足は、もはや鈍器であった。
それを刀身で受け止めれば、硬質な音と共に重い衝撃が腕を襲う。だが、耐えられない程ではない。
強引に押し返し、フックの要領で迫るもう片方の前足を剣で打ち落とす。白刃が装甲を打ち砕き、その下の肉を切り裂いた。
赤い血が地面を汚し、ヨーウィーの悲鳴が洞窟に響く。
返す刀で相手の胴を横薙ぎに切り裂いた。飛び散る鮮血から逃げる様に後退すれば、入れ替わる様に不可視の鉄槌が自分の横を通過する。
小鳥遊さんの放った『風弾』。それが顔面に直撃し、鈍い音と共にヨーウィーの上体が仰け反る。直後、もう1発が腹部の傷口を抉った。
びちゃりと、嫌な音が洞窟に響く。腸が地面にこぼれる光景に、喉まで酸っぱい物が込み上げてきた。
どうにか吐き気を堪え、剣を構え直す。警戒する事数秒、ヨーウィーの体は黒い霧になった。
周囲に視線を巡らせた後、大きく息を吐きだす。その拍子に再び胃の中身がせり上がり、慌てて口を閉じて飲み下した。
「お疲れ様です、矢広さん。どうかしましたか?」
「いや……ちょっと相手の臓物に……」
「……ああ。なるほど」
「うん……そちらこそ、お疲れ様」
隣までやって来た小鳥遊さんが、納得した様に頷いた。
自然と彼女の爆乳が視界に入り、先程見た光景を上書きしていく。
……美少女の爆乳は、いずれガンにも効くのではなかろうか。
アホな思考を振り切り、魔石を拾い上げる。いけないと、内心で首を横に振った。心が元気になるのは良いが、煩悩で頭が満たされてはならない。ここはダンジョンなのだから。
「その、体力と魔力は大丈夫?小鳥遊さん」
「はい。問題ありません。あと5回はスクロールを発動出来ます」
拳銃型の杖を手に、彼女が頷く。
スクロールの発動には、僅かだが魔力が必要だ。物があれば無制限に使えるわけではない。
「5回……なら、このまま出口に進み、到着したらそのまま脱出しよう」
「了解」
「……それと、霊格が上昇した感覚、あった?」
「いえ、まだです。矢広さんは?」
「さっき、何となく」
自分の手を見下ろし、軽くグーパーと動かす。
身体能力と魔力出力が成長した感覚が、確かにあった。今スクロールを使えば、威力が明確に上昇しているだろう。
スクロールは魔力を流せるのなら誰でも扱えるが、使い手の魔力出力には影響される仕組みだ。なんせこれは『魔法』。魔法使い次第で、効果は変動して当たり前と言える。
自分のスクロールは銃弾の様な運用が出来るが、そういう所は『魔法らしい』。
「……そうですか」
小鳥遊さんの眉が、一瞬だけ『八』の字になる。
そのリアクションに、ちょっと気まずさを覚え視線を逸らした。木材の擦れる小さな音から、彼女がリロードをしているのがわかる。
音が止んだのを確認し、視線を小鳥遊さんの方に戻した。
「えぇっと。じゃあ、行こうか」
「はい」
再び洞窟の中を歩き出す。
探索を始めて、およそ1時間半。帰るには良い時間だ。
そう考えながら進んでいくと、通路が緩やかな坂道に変わる。地図を脳内で浮かべ、もうすぐ出口だと内心で胸を撫で下ろした。
ダンジョンの中というのは、どうにも落ち着かない。この空間に長居するのは危険であると、知っているからだろうか。
ここは、霊脈に解け込んだ魔物達の記憶から再現された空間。尋常ならざるこの地は、『異物』を養分として取り込む。
といっても、それは2週間とか3週間もいた場合だが。理性では1時間や2時間問題ないと分かっていても、不気味な場所である。
例外は、魔力を碌に含んでいない物体。自衛隊の目印が消えないのは、そういう理由だった。
緩やかな坂道を進んでいくと、開けた空間に辿り着く。
広さは教室4つ分程だろうか。天井は随分と高くなり、5メートル近い。前方と左右にそれぞれ穴が開いており、道が続いている。
もっとも、前方の通路は『とある理由』から立ち入りが禁止されているが。
左の道に進めば出口がある。そう思い、足を踏み出した時だった。
───カカカカカカッ!
「っ!敵が……!」
「はい」
洞窟内を反響する、けたたましい足音に武器を構えた。音の方向を探ろうと耳に集中すれば、それが2方向から迫っている事に気づく。
右と左、両方の通路からヨーウィーが迫っているのだ。しかも、それぞれ1体ずつではない。複数体がこちらへ迫っている。
ヨーウィーは基本的に、群れで行動はしない。想定外の状況に思わず固まってしまいそうな自分の耳に、鋭い声が聞こえてくる。
「矢広さん、右を頼みます」
「わ、わかった!」
小鳥遊さんの声で、我に返る。一刻も早く迎撃の構えを取らなければ。自分だけならともかく、2人揃ってでは逃げきれない。
彼女も左右から迫っている事に気づいたのだろう。左に杖を向けながら、後退。両方の通路を視界に納める位置に移動していた。
自分を少し下がり、挟み撃ちにされない場所へ。左手で杖を抜き、右肘を支えにする様に構えた。
その際、銃ならば銃身下部に当たる箇所を、肘で挟み込む。そこにポン付けされた様なパーツの両側面にあるスイッチが、カチリと音を立てた。
瞬間、杖先に5つの簡易的な魔法陣が展開。小鳥遊さんもいつの間にか弾倉のスクロールを入れ替えたのか、内1つを発動させ同じ様に魔法陣を杖先に浮かべていた。
それから3秒も経たない内に、ヨーウィー達が姿を跳び込んでくる。
右から来たのは2、いや3体。地面を駆けて来た2体と、昆虫めいた足を使って壁を走って来たのが1体。
入って来た瞬間を、未来視の魔眼が既に目撃している。トカゲ頭がこちらを向くより先に、引き金を引いていた。
放たれた『風弾』が中央の魔法陣を通過した瞬間、他4つの魔法陣からも同じ魔法が発射される。
『スクロール:魔法拡大』
同時に離れた5つの鉄槌が、地面の2体に3つ、壁の1体に2つ飛んでいく。
風の塊で殴りつけられたヨーウィー達の鱗が砕け、その下の肉が潰れて血が飛び散った。
『ジィァ……!?』
短い悲鳴と共に、化け物達は走って来た勢いのまま地面に倒れ伏す。
『魔法拡大』用の下部パーツは、1発しか入らない。右肘で杖を挟んだまま、左手でレバーを動かす。
壁を走っていた個体は動かない。よろめきながら立ち上がろうとする残り2体の、左側のヨーウィーに2発目を叩き込んだ。
頭が弾け、首が歪な方向に曲がる。だが、同時に残る1体がこちらへ走り出していた。
『ジィィアア!』
「こ、のぉ!」
次弾装填が間に合わない。その未来を予知し、剣を振りかぶる。
大振りの横薙ぎを、前へ踏み込む事で回避。頭上を通過する物体に肝を冷やしながら、逆袈裟に片手半剣を振るった。
元々胴体の鱗が吹き飛んでいた事もあり、刃があっさりと肉を裂き、骨を断つ。
肉厚な刃にバッサリと斬られた怪物が、仰向けに倒れていった。
即座に、小鳥遊さんの方に視線を向ける。しかしそれも杞憂だった様で、あちらには2体のヨーウィーが黒い靄になりながら転がっているだけだった。
無傷の彼女は、次の魔法を撃つ為に撃鉄を上げ、周囲の警戒に移っている。
「ご無事で何よりです、矢広さん」
「あ、うん」
……え、つよ。
異能者としてのスペックはこちらが上のはずなのに、戦士……というか、兵士としては格が違い過ぎた。
正直格好いい。
小鳥遊さんに見惚れながら、ほっと胸を撫で下ろした。突然の緊急事態だったが、自分達は無事に乗り切ったのである。
こういう事もあると、講習会で聞いてはいた。だが、知識と経験では違う。
何にせよ、今日はもう帰りたい。そう、考えた時だった。
ズシリと、重い音が聞こえてくる。
トン単位の物が地面に落ちた時にしか出ない様な、そんな音。それこそ、工事現場の前を通りがかった時にしか聞いた事のないものだった。
それが、正面の通路から聞こえてくる。1回ではなく、一定のリズムで。
これは、足音だ。
「うっそぉ……」
つい、口から弱音が出た。
なぜ、正面の通路を使ってはならないのか。それは正面の通路の先にある小さな湖が、このダンジョンにおけるボスモンスターの出現場所だからである。
『ボスモンスター』
そのダンジョンにおける、主とも言える存在。特定の1体を指すのではなく、同じダンジョンに複数体いるのを目撃した例もある。
共通しているのは、滅多に出現するものではない事。そして、非常に強力かつ、狂暴な事。
そのダンジョンに住む他のモンスターとは、一線を画す力を持っているとか。そう、講習会で習ったのを覚えている。
たしか、このダンジョンにおけるボスモンスターは『バンイップ』。
人を好んで食べようとする、身長4メートルはある巨大な化け物だ。その上、魔法まで使う。
「この音、主ですか」
「そ、そうだよ小鳥遊さん!早くにげ」
「前衛をお願いします」
「逃ぃぃげるんだよぉ!?」
淡々と杖を構える小鳥遊さんに、全力で首を横に振る。
なんでそんな好戦的なの!?鬼の血入っていたりします!?
「……そう言えばそうでしたね。わかりました」
一瞬キョトンとした顔になった後、彼女は指でシリンダーを回転。引き金を引くと、『念力』のスクロールが発動する。
小鳥遊さんはそれで手早く落ちていた魔石を引き寄せた。足元まで来た所で不可視の腕が消えるも、手際よく拾い集める。自分の方にも寄せられていたので、こちらも拾い上げた。
「では、行きましょう」
「う、うん……!」
そそくさと、元来た道を戻る。幸い、少しだけ遠回りをすれば出口に行けたはずだ。
ボスモンスターとは、戦わない。それが、冒険者の鉄則である。
万が一ボスモンスターと遭遇しそうになったら、逃げる事。そして、『封鎖所』の職員に報告。後は、自衛隊や警察の異能者が何とかしてくれる。
それでも、戦おうとする人はいるらしい。何でも、こっそり魔石を持ち帰り闇ルートで売るのだとか。あくまで、噂だけど。
何にせよ、自分達には関係ない。逃げるが勝ちだ。
一瞬だけ『ボスの魔石って、高級な素材になるかも』と思ったが、ここは初心者用のダンジョン。
ルーキーの自分達にとっては強敵だが、バンイップは魔物全体で見るとかなり弱い方である。
ここは変に欲をかく時ではない。三十六計逃げるに如かず。偉い人もそう言っていた。いやマジで。
そうして、自分達は完璧な理論武装のもと逃亡したのである。幸い、あの集団以降ヨーウィーに遭遇する事はなく、無事に脱出できた。
直ちに『封鎖所』の職員さんに報告し、胸を撫で下ろす。
ふっ……バンイップ。これで貴様も終わりだ。首を洗って待っていろ。
僕以外の誰かが、お前を殺しに行くぞ!震えて眠るが良い!
「矢広さん。汗が凄いですが、大丈夫ですか?」
「……走ったので」
「そうですか」
ダンジョン。そこは、危険と隣り合わせの魔境。人間を餌としか思っていない、怪物達の住処なのだ。
今日の探索で、それを改めて実感する。
恐怖で心臓が早鐘を打ち、冷や汗はダンジョンを出た後も中々止まってはくれなかった。
なお。
探索で集めた魔石10個で10万円。そこにボスモンスターの目撃情報の3千円が加わり、しめて10万3千円で、2人で割ると5万1千5百円。
冷や汗が引っ込み、ガッツポーズを決めたのは言うまでもない。
ダンジョン。そこは、危険と隣り合わせであるが、同時に夢と浪漫に溢れた場所でもあった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。創作の励みになっておりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.ボスモンスターの目撃情報って、誤りだった場合どうなるの?
A.目撃情報の3千円は没収。また、悪質であると判断された場合は罰金になります。まあ、今回は実際にいたので問題ないのですが。
Q.鬼の血入っているわりに少し主人公チキンじゃない?
A.しょせん4分の1ですからね!あと、鬼の血を上回る小市民メンタル。
Q.ボスモンスターを倒した場合って報酬は出るの?
A.出ません。撤退が不可能な状況でなかった場合、代わりに職員さんからお説教を貰う事になります。
対霊庁
「危ないから戦うなつってんでしょぉ!」




