第一章 プロローグ
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第一章プロローグ
剣と魔法のファンタジー。それは、ゲームやアニメの中だけの話だと、ずっと思っていた。
『おっはよー!人類諸君!』
中学からの帰り道。突然眩暈がした。
それは、ほんの一瞬の出来事に過ぎず、すぐに回復する。目の前には、赤く光る信号と横断歩道。渡っている途中ではなく、直前で立ち止まったタイミングだったのは不幸中の幸いだった。
しかし、今の声はなんだったのだろうか?
左を見れば道路が、右を見れば民家のブロック塀。見慣れた通学路に、渋谷の交差点みたいに巨大ビジョンなんて物はない。
通り過ぎた車から、漏れ聞こえたのかもしれない。
そこでふと、自分の着衣に違和感を覚える。喉に少しぶつかる、学ランの詰襟の感覚が消えていた。
『きちんと聞こえているかな~?みんなー!おっはよー!』
疑問を抱いたのも束の間、再び謎の声がする。
咄嗟に、声のした方へと顔を向けた。
「……えっ」
そこにあったモノを認識し、自分の口から間の抜けた声が出る。
周囲に誰もいなくて良かったとは、今だけは思えない。むしろ、これが幻覚ではないか確かめる為に、第三者の意見が欲しいぐらいだった。
空中に、巨大な立方体が浮かんでいる。
大きさは、遠くてよくわからない。少なくとも、普通の家よりは大きいだろう。
その立方体の、こちらから見える全ての面に金髪の少女が映っていた。
ホログラム?ドローン?わからない。驚きで固まる自分を無視し、謎の少女は言葉を続ける。
『ま、一方通行だからね!返事をされてもわからないんだけど!』
そう、ケラケラと笑う少女。
今まで見た事がない程に、美しい顔立ち。華奢な体躯ながら出る所は出て引っ込むべき所は引っ込んだ、魅力的なスタイル。燕尾服とバニーガールを混ぜたような、露出の多い服装。
片目を無骨な眼帯で隠しているが、それでなお彼女の美貌が損なわれたとは思えない。むしろ、ミステリアスな雰囲気さえある。
『おっほん!この放送は現在世界中に、同時に流しているよ!魔法で翻訳しているから言語は問題ないと思うけど、何言ってんのかわかんねぇ!って人は気合で理解してね!』
だが、この突拍子のない光景のせいなのだろうか。それとも発言の内容のせいなのか。
自分には、あの少女が何か『恐ろしい存在』に思えてならなかった。
『早速本題に入ろうか!ズバリ、この世界は神代に回帰しようとしている!』
びしりと、芝居がかった仕草で少女は画面のこちら側を指さす。
『神代とは何ぞや?って思う人もいるかもしれないね。ようは、剣と魔法とモンスターの溢れる世界、って認識でOKだよ!』
剣と魔法?モンスター?
荒唐無稽な発言の数々に、段々と理性が先程感じたものとは別種の恐怖を訴えてきた。
もしや、自分は脳に腫瘍でも出来てしまったのだろうか?あるいは、夢の中なのだろうか?
何にせよ、現実とは思えない。後者であることを、祈るばかりである。
『かつて、この世界には英雄が、化け物が、神様がいた。でも、栄枯盛衰は世の常でね。その大半が、失われてしまったのさ』
やれやれと、少女は両掌を上に向けて首を小さく振る。
しかし、その唇を上方向に歪めた。
『しかし、現在世界中の霊脈が活性化し始めた。死んで星に溶け込んだ化け物や神様達の残滓が、君達に襲い掛かろうとしている!』
楽しそうに、彼女は語る。
『常人に霊的な存在は見えないし、触れない。だけど向こうからは触れるし、殺せちゃう。一方的な関係だね。でも化け物と人間って、そういうものでしょう?』
ニヤニヤと笑いながらそう脅かした後、彼女はパチンと手を叩いた。
『化け物に抗う方法!それは、英雄達!君達の中に、素質のある者達がいるはずだ!彼ら彼女らは、化け物どもを倒す力を持っている!』
無垢な輝きを瞳に宿し、唾を飛ばしそうな勢いで少女は言葉を続けた。
『だけど英雄でない人達も頑張らないと。ポップコーンを買う暇はない!だってみーんな、もう舞台の上に立っているんだから!』
両手を大きく広げ、彼女は視線を上に向けた。
『英雄よ、戦うのだ!民衆よ、立ち上がるのだ!人類の未来は、君達全員の肩にかかっている!』
高らかに、ふざけた調子でそう叫んだ後。
少女は、視線をこちらに向ける。
そう、こちらに。
『賽は投げられた。試練の時だ、人類諸君』
────視線が、合った気がした。
全身の毛が逆立ち、言い知れぬ恐怖が背中を駆け抜ける。後退る事すら出来ず、喉は引きつって声が出ない。
笑みを消し、能面の様に無感情な顔をした少女。神秘的な眼差しでこちらを睥睨する彼女は、きっと自分1人を見ているわけではない。
この視線は、放送を見ている全ての存在に向けられている。それが、本能的に理解出来た。だと言うのに、怖くてたまらない。
自分の呼吸音が、やけにうるさく聞こえる。心臓が早鐘を打ち、汗が止まらない。
ふいに、少女がニッコリと笑みを浮かべた。
その瞬間、金縛りにあっていた体が自由を取り戻す。転びそうになり、たたらを踏んだ。
先程までの圧迫感はどこへやら。少女は、今度は天真爛漫な笑みを浮かべていた。
何とも、多種多様な笑い方をする。それが、尚更に恐怖心を駆り立てた。
『以上、私の話はここまで。世界各地に現れる化け物の巣を見つけ出し、頑張って戦ってくれたまえ!そうしたら、何か良い物が手に入るかもしれないよ』
少女が、被っていたシルクハットを手に取る。
『そうそう、名乗るのを忘れていたね。じゃあ、締めの挨拶と一緒に自己紹介といこう』
優雅な一礼をし、彼女は三日月のように唇をつり上げた。
『私の名前はデミウルゴス。勿論偽名なわけだけど、親しみを籠めてデミちゃんって呼んでほしいな。次の放送では、画面に向かって私の名前を呼んでね?ま、次があるかどうかなんて、わからないんだけど!それじゃ、バイバーイ!』
背筋を伸ばした少女、自称『偽の神』は、満面の笑みで手を振った。
瞬間、空に浮かんでいた立方体が砕け散る。甲高い音をたて、バラバラと破片が落ちていった。
重力に逆らう様に、ゆっくりと落下していく破片。それらは地面に到達するより先に、光の粒子となって消えていく。
現実離れしたその光景を、どれぐらい眺めていただろうか。体感時間では、立方体が割れてから数秒だと思うけれど。あいにく、今は自分自身を信用できない。
自らの頬に手を伸ばし、つまむ。古典的な、夢かどうかの判別方法。
「……いひゃい」
妙に硬い物に包まれた指で頬肉を引っ張った結果、そのような結果となった。
どうやら、夢ではないらしい。
……幻覚ではない事を、あの偽の神様以外に祈るしかなさそうだ。
* * *
その日から、世界は一変した。
自称デミウルゴスの言う通り、世界各地で謎の存在が人々を襲い出す。
大半はその存在を知覚できず、カメラにも捉える事が出来ない。ただ、死体ばかりが積み上がる。
だが、そういった存在を認識し、戦う事が出来る者達もいた。
例の放送を境に超能力の様な力を手に入れた彼らを、人々は『異能者』と呼んでいる。
化け物に、『魔物』に対抗できるのは現状異能者だけ。そして、魔物はそれぞれのかつての住処を再現した『迷宮』で力をつけ、数を増やし、地上に出てくるらしい。
各国政府での対応はまちまちだが、日本政府は驚くべき決断を下した。
民間に、大半の迷宮への対処を委託する事にしたのである。
多くの反対意見こそあったものの、迷宮と異能者を国で全て管理するのも様々な問題があった。苦肉の策として、この様な結果になったとテレビでどこかの偉い先生が言っていた。
迷宮に潜む魔物を討つ職業。その呼び名は、勿論『冒険者』。
創作の中でしか有り得ない状況に、ある者は歓喜し、ある者は嘆いた。
自分は、たぶん前者だ。
あの少女の放送や、画面越しに知る魔物被害の数々。それらへの恐怖や不安はあるが、好奇心が勝った。
もしかしたら、漫画のヒーローの様に、自分もなれるかもしれない。
そんな期待を胸に過ごした、2年間。15歳となって、冒険者になれる年齢となった。
もっと年齢を引き上げるべきだと、世間では言われている。今日も国会では、激しく議論されているらしい。
そんな世の中の声を無視して、自分は冒険者となるべく踏み出した。
まだ着慣れない服に違和感を覚えながらも、これは我が身を助ける鎧だと。何度も、どこかおかしな所はないか確認する。
別に、本当に鎧を着ているわけではない。物理的な防御力という意味では、普通の服と大差ないだろう。
なんせ、高校の制服なのだから。
「……よし!」
気合を入れて、扉を開く。
自分がこれより向かう戦場。その名は。
『面接』
冒険者になるには、ある程度の社会性が必要なのだ。
……お腹がキュッとする。面接前から、もう家に帰りたくなってきた。
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